叔父様は強い
しばらくアルフレッド叔父様のターンが続きます
「ケーキの前に夕食ですね。父上たちも帰ってきてるようですし」
「お兄様もお部屋から出てきてくださるといいんですが・・・」
散歩を終えてメイドが開けてくれた扉から中に入ろうとするとケビンを満面の笑顔で抱きしめるおばあ様と面白くなさそうに横に立っているおじい様が見えたその瞬間に叔父様は扉を閉めると私に向き直った。
「さ、別邸で夕飯にしましょうか。その後はケーキを食べてチェスでもしましょう」
「あの、叔父様、今」
「いいですかスカーレット。私たちは『なにも』見てません」
そう言うと動かない私を抱き上げて別邸の方へと歩いていく。いや、流石におじい様たちも遊びにきた孫とご飯食べたいと思う。叔父様、乱心も良いところだ。よくスカーレットはこの環境で悪役令嬢貫けたな。
「別邸はほとんど私の私室みたいなものですからリラックスして過ごしてくださいね」
「いや、戻った方がいいと思います」
「だって誰もいなかったでしょう?」
「アルフレッド、別邸で食事をするのはあなただけでいいですか」
「私も本邸でご一緒したいですねえ。母上とケビンはどうしたんですか?」
私たちを追いかけてきたおじい様の笑顔の圧力に負けることもなく叔父様は事も無げに尋ねた。
「アリスなんてあなたが扉を閉めるものだから遅れてきた反抗期なんて喜んでましたよ」
「あの人のツボはいつまで経っても謎ですね」
ため息を吐きながら叔父様は悠然と本邸の方へと歩き出した。それを見て仕方なさそうな顔をしつつおじい様も横に並ぶ。
「あなたの『面倒だから関わらないでおこう』というスタンスはどうにかならないんですか?」
「政治やシュプリーム家の危機になりそうなことなら関わりますが夫婦感のやり取りに関わって馬に蹴られるのはごめんです。全く、孫を巻き込んでケビンが不憫でした」
「別にケビンには怒ってませんよ?ただ、私にするよりハグが長めだなと思っただけです」
「はあ、スカーレットのおじい様は困ったものですね?」
「あの、それはともかく降ろしていただけませんか?」
「可愛い姪を抱き上げるのに何か問題が?」
「私、もう15歳ですよ!」
「ふむ、お姫様抱っこが不満なんですか?」
「抱き上げられてるのが不満なんです!」
もう持ち上げられた瞬間から降ろして欲しかったのだけどあまりの足の早さに口を挟む余裕も無かったのだ。抗議をしていると前からケビンが歩いてきた。
彼はあっという間に私たちの前まで来ると叔父様から私を取り上げて一言も話さずに本邸への道を歩き始める。
「お、お兄様」
「・・・・・・やっぱり、仕舞っておくべきだと思う」
そう言うケビンの頭を追い付いた叔父様はかき混ぜるように撫でた後困ったような顔をした。
「そういうことを言わない。閉じ込めておくことが、心を繋ぎ止めておくことにはならないって何度も言ったよね?」
「・・・アルフレッド様は完璧だから言えるんですよ」
「アルフレッドが完璧ですかあ。面白い冗談ですね」
「それには同感ですね父上。出来は悪くないとは思いますけど」
ケタケタ笑うふたりを呆気にとられたように見つめるケビンの頭を今度はおじい様がかき混ぜるように撫でた。
「完璧な人間なんてそうそういませんよ。ああ、サナトくん辺りは完璧に近いですが」
「サナト様ですか・・・」
「彼はもうスペックが違いますから目標にするのはおやめなさい。やっぱりケビンくんが目指すのは私ですよ。だから髪も伸ばしているんでしょう?」
「ち、違いますよ!これは願掛けなだけですから!」
「ふふふ、ケビンは素直じゃないですねえ?」
「アルフレッド様までからかわないでください!」
3人のやり取り、特に慌てているケビンが微笑ましくてついつい笑ってしまった。気づいたケビンがムスッとした顔をしている。
「笑うことないでしょ?」
「いえ、お兄様が楽しそうで嬉しいなって思っただけです」
「・・・楽しそうだった?」
「はい」
「・・・なんか複雑」
「どういう意味ですかケビンくん。おじい様とお揃いは嫌なんですか?」
「それはもういいですから」
「お揃いでもいいということですね!うう、認めてもらえるまで何年かかったことでしょう・・・」
「そっちじゃないですから」
「いいじゃないですか、おじい様とお揃いでも」
このネタはフェイバー家とシュプリーム家双方で鉄板になりつつあるのだけど、これだけ弄られても切らないってことは憧れてるっていうのもあながち間違いでは ないと思う。ケビンは以前におじい様の手腕を見習いたいと言っていたこともあったし。
「・・・もう、スカーレットまでそうやってからかって・・・」
「そんなところも好きなんですよね?」
「アルフレッド様はどうしてそうやって僕を煽るんですかね?」
「甥には逞しくなってほしいという叔父様の願いですよ。これでも心を鬼にしてですね・・・?」
「絶対違うことだけは分かりました」
「ふふふ、さ、立ち話も楽しいですが、そろそろ戻らないと、仲間外れにされたとアリスが怒りだしてしまいますよ。食事も冷めてしまいますし」
おじい様の鶴の一声で歩みを早めて本邸に戻ると腕を組んで頬を膨らませているおばあ様がいた。どうやら少し遅かったらしい。
「私を仲間外れにするなんてひどいじゃないのセアリアス。それで、アルフレッドの遅れてきた反抗期はどうなったのかしら?」
「反抗期は来てませんでしたよ。アリスをひとりにしてすいませんでした。お詫びに今夜は早めに部屋に行きますから許してください」
「・・・アルフレッドがスカーレットに買ってきたパティスリーのケーキ、私も気になってたの」
「明日、アリスの好きなものを買ってきますよ」
「・・・許してあげる」
「ふふふ、ありがとうございます」
私たち3人の存在など無いかのように堂々とイチャイチャする2人を見て叔父様はやや苦い顔をしている。ケビンの方は『なるほど・・・』と呟いているけれど私おばあ様みたいに可愛く拗ねる技術は習得してこなかったから使えるところはないと思う。
「・・・こほんっ。父上、母上、スカーレットとケビンに早く食事をとらせてあげたいのですが」
「そうですね。私としたことがついついアリスに夢中になってしまいました。今日はスカーレットが来るからとシェフもはりきっていましたからね」
シュプリーム家の食事は豪華なので楽しみだ。歩き始めたおじい様とおばあ様を先頭に続いて叔父様が後を着いていく。その後ろをケビンと歩いていると不意にケビンが私の手を握った。
「・・・嫌じゃないの?」
「どうしてですか?」
「・・・スカーレットのそういうところが僕をおかしくさせるんだろうなあ」
「私のせいにされるのは心外です」
「スカーレットは厳しいね」
「甘やかして欲しいだけならたくさんお相手はいるでしょう?お兄様モテてますもの」
「・・・ねえ、それってもしかして・・・」
「ほらほら、仲良しなのはいいですけど歩いてください。ケビンと一緒だとすぐスカーレットは遅れてしまいますね」
そういうと叔父様はお兄様から私を引き剥がすと自分の横に並ばせた。
「アルフレッド様、さすがに横暴です」
「最近スカーレットといられるようになって学校でも目に余る行為がありますからね。おしおきですよ」
ナゼかケビンの行為がバレているらしい。誰かが叔父様に報告しているんだろうか。誰だろう・・・。ブライアンやガーネットが言うとは考えにくいから王家付きの騎士様とか?彼らなら叔父様と接触することもあるだろうけれど話してメリットがあるとも思えないしケビンの気持ちを知らないであろう彼らが何か言うとも考えにくいしなあ。
「なんでアルフレッド様が知ってるんですか」
「おや、カマをかけてみただけなんですがそうですかそうですか。スカーレット、危ないお兄様は放っておいて叔父様と行きましょうね」
ケビンが後ろで『しまった』と言いたげな顔をしているけど後の祭りだ。私は叔父様にしっかり腕を掴まれてしまって動けないしこれ以上何かすればケビンはシュプリーム家にいる間は私と接触できなくなるだろう。後ろで完全にいじけているケビンを見て叔父様を少し睨む。こうなると長いのにどうしてくれるのかという意味を込めて。
「どうしたんですか上目遣いなんかして。欲しいものがあるならいくらでも買ってあげますよ」
「・・・叔父様は性格がいいみたいですね?」
「そうでしょう?」
どう頑張ってもこの人に太刀打ちすることはできないと再認識させられるだけだった。




