騎士と叔父様
ケビンは叔父様と話した後、少し頭を冷やすために部屋にいるとシュプリーム家の執事が伝えてくれたので話を聞くためにブライアンとガーネットを部屋に呼び出した。
「ブライアン、ガーネット、反省のポーズです」
護衛のふたりを反省のポーズ・・・正座で座らせた。この国には正座というものがないのだけど私が教えた。反省のポーズだと言うと何故か喜んでふたりとも座る。
「反省のポーズしました」
「私もですお嬢様!」
「・・・なぜ、反省のポーズをさせられているのか分かっていますか?」
まあ、分かってたらしないとは思うのだけど、さっき叔父様とのやり取りで気づいてたのがほぼ明確なのでそのことについて悪いと思っているのかの確認だ。
「ケビン様とのことですよね!大丈夫です!近くにいた私たち二人以外には聞こえていませんから!」
「周りに分からないようにお兄様を止めようという気持ちはなかったんですか?」
「え?」
「え?じゃないんです」
「だってお嬢様とケビン様は両思いですよね?」
「そうですよ。旦那様や奥様にはまだ恥ずかしいから隠しておきたいのですよね?」
「え?」
突然の発言に固まって動けないでいる。誰か、ケビン辺りがふたりにそんなことを言ったんだろうか?
固まった私を見てふたりは怪訝そうな顔をするとお互い顔を見合わせた。アイコンタクトを取った後、バッと私のことを見上げてきた。
「・・・まさか」
「まさかと思いますがお気づきでないんですか?」
「え、誰かがふたりに、そう言ったんじゃないですか?」
「・・・・・・お嬢様は恋愛面ポンコツでございましたか」
「な・・・!失礼ですね!これでも恋のキューピッドになったこと沢山あります!」
恋愛相談に乗ったりしてるからポンコツなハズはない!反論する私を見て頭を抱えるブライアンに『そうではありません』とたしなめられた。いつの間にかふたりは立ち上がって私が見下ろされている状態である。
「仲人の腕が大変よろしいのは私も認めますが、ご自分の恋愛はどうなのですかということです」
「自分の・・・?私、好きな男性はいませんよ?」
「ブライト王子を見てどう思いますか?」
「え?」
「いいからお答えください」
どちらでもいいですが、イケメン騎士に命令口調で言われるとテンション上がります。それより、ブライト王子を見てどう思うか・・・?
「えーっと、人って変われば変わるものだなあと思いますよ」
あと、まだ絡まれるのはちょっと面倒だとも思います。口には出しませんけど。ブライアンはふむ、と頷くとさらに続ける。
「セージ王子は?」
「親友なので特別何か思うことはないですけれど・・・」
道端で友達に合うと「わーっ」てなるあの感情に近い。
「では、ケビン様はどうですか?」
「お兄様・・・?」
ケビンを見るとどう思うか・・・。まあ、なんだかんだ嬉しいし、また変なこと考えて思い詰めてないか心配だし、他の女の子と仲良くしてる・・・のはモヤモヤする。
「・・・なんだか色々考えちゃいますね。お兄様は小さいときからなんだか危なっかしいので、これは母親の気持ちなんでしょうか?」
なんせ精神的には一応年上だし。そう答えるとブライアンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ケビン様が他の女性と結婚したらどうするんですか?」
「え?」
「え?じゃありません。ケビン様がお嬢様じゃない女性に夢中になる可能性もありますよ?そうしたらどうするんです」
例えばヒロインみたいな、と自分で続けてしまって頭を殴られたみたいにショックだった。ショックを受けた自分にショックだった。もし、もしもケビンがこれから現れるヒロインを選んだら?私は笑って祝福できる?
「スカーレット、入っても大丈夫ですか?」
「え、あ、はい・・・」
突然、叔父様の声がして返事をすると扉が開かれて叔父様が中に入ってくる。ふたりはさすが公爵家の騎士。音もなく部屋の隅に待機していた。
「少し庭を散歩しませんか?バラも見頃ですよ」
「はい・・・」
私が動き出そうとするとブライアンたちも動き出そうとする。それを叔父様は手で制した。
「屋敷の中はシュプリーム家の騎士の領分です。ここで待機をお願いします」
「ですが・・・!」
「先程の馬車もそうですし、過ぎた忠言はいかがなものかと思いますがフェイバー公爵に聞いてみましょうか?」
「・・・ご自由に。お嬢様になにかある方が私たちには問題ですから」
一触即発の雰囲気だ。昔から、ブライアンと叔父様は仲が悪い。古くからの知り合いだけど折り合いが悪いのだとガーネットが話していた。
「・・・叔父様、せめてガーネットだけでも連れていっていいですか?ふたりとも私と離れるのはお父様に知られたらさすがにいい顔はしませんから」
何とか妥協点を提案するとしばらく考えた後、叔父様が了承してくれたのでブライアンには留守を頼んで部屋を出る。
「スカーレットが優しいからブライアンがああなるんですよ?」
「ブライアンは私のことを思って言ってくれてるんです。それに、ああやって言ってくれるのはいい関係が築けているということなのでいいじゃないですか」
「うう・・・私の主がお嬢様でよかった・・・!」
「ガーネット泣かないでください」
最近涙腺の緩いガーネットにハンカチを差し出すと泣きながら涙を拭く。それを見て叔父様は諦めたようにため息をついた。
「スカーレットは誰でも味方にしてしまうね。ブライアンとガーネットは問題児だったんだよ?」
「まあ」
「ねえ?」
「獅子は好かない相手に腹は見せぬものです」
「ガーネットはやんちゃだったんですね。いつかお話ししてください」
騎士のお手本のようなのに親しみやすいふたりのやんちゃな過去・・・興味はあるけれど触れられたくない話なのかもしれないし詮索はしない。言いたいことが伝わったのかガーネットは嬉しそうにしている。・・・ガーネットとブライアン攻略ルートとかないかな。
「お嬢様の敵は私と兄が切り裂いてご覧にいれますからね」
「ほどほどに」
私が生まれる少し前、ブライアンとガーネットがフェイバー公爵家に盗みに入ろうとした人間を文字通りボロ雑巾のようにして公立の牢屋に入れたことがあるとか。フェイバー公爵家の使用人は過剰なところがあるのは私も了解しているけれど、ふたりはその中でもズバ抜けているのでやりすぎないように言い聞かせている。
「場合によっては承服しかねます」
「まあ、その場合はいいですけど、平時やりすぎはダメですよ」
「はい」
騎士と雇用主が仲良く話すのは珍しいのかシュプリーム家の騎士の皆さんがソワソワしている。ここの騎士の人たちは実はおしゃべり好きなのだ。特に今日は女性の比率が高い上に小さいときから知っているお姉さんたちが多いから私もできたらお話ししたい。そんな様子を察したのか叔父様はクスクス笑いだした。
「スカーレットは猛獣使いですね。家の騎士は実は気性が荒いんですよ?」
「え?そうなんですか?優しくしてもらった記憶しかありません」
「最近じゃ、フェイバー公爵家に行きたいと言われる始末ですよ。ねえ?」
「・・・」
叔父様が問いかけても特に返事をしないお姉さんたち。この辺りシュプリーム家の統率力は素晴らしい。いえ、家の騎士だって皆、真面目で素晴らしいですけど!今日はガーネットと半分お客様みたいな扱いだから少し砕けているだけで本来はこんなに人前で私にデレデレしたりはしない。
「家に来たいなんて光栄ですけれど、実際に誘っても誰も来てはくださらないと思いますよ」
「そうですか?」
「はい。皆さん叔父様たちが大好きらしいですよ」
「・・・そうなんですか?」
叔父様が周りを見渡すが特別お姉さんたちの顔色が変わった様子はない。けれど、叔父様には分かったのか目を丸くしている。
「はー・・・気がつきませんでした。もう少し分かりやすくしてもらいたいものですね」
少しふて腐れた様子の叔父様は可愛い。思わず顔が緩んでしまったのを見逃さなかった叔父様に笑ったでしょうと頬をやんわりと包まれ、むにむにと触られる。
「ご、ごめんなさい・・・でも、叔父様が可愛らしくてつい・・・」
「こんなおじさんを捕まえて可愛らしいだなんて・・・ケビンのことも含めスカーレットは男を見る目がないですよ」
「叔父様もお兄様も素敵な男性ですよ?」
「お父様には及びませんけどって後に続きそうですね・・・?」
「お父様は揺るぎないので」
でも、結婚する相手にお父様のレベルを求めるのは酷だというのは分かる。あのレベルの男性なんて出会えないと思っていた方がいい。叔父様はお父様と近いけれど血縁者だし。ケビンはお父様と違って完璧ではないけれど私はそんなところも可愛いと思う。そういえば『好きになった相手を可愛いと思ったらもう最後だ~』なんて前世で恋人のいた同僚に言われたことが・・・。
「違うんですよ・・・」
「何がですか?」
「いえ、なんでもないんです・・・」
「そうですか。さ、バラ園が見えてきましたよ」
そう言うと私の手を取った叔父様とゆったりバラ園を散歩する。騎士の人たちはバラ園の出入口の前やそれぞれの配置に着いたらしく着いてきているのはガーネットを含め3人ほどだ。それも姿は見えるけど会話は聞こえない程度の距離を保っている。
背丈を越えるツルバラで覆われた迷路のようなバラ園を進んでいくと今まで連れてきてもらったことのない噴水のある広場に出た。
「わあ・・・!」
「綺麗でしょう?僕がこだわって手入れしているお気に入りの場所です。ここでプロポーズするのが夢なんですよ」
「こんな素敵なところでプロポーズされる方が羨ましいです」
「・・・本当に?」
「叔父様?」
私の言葉を聞いた叔父様は私の手をやんわりと握ると首をかしげて微笑んでいる。
「・・・ここで、告白したら好きになってもらえますか?」
「えっと・・・女性なら憧れるとは思います・・・」
「・・・どんな風に告白したらいいですか?」
「えっと・・・」
「言葉を重ねるのか、素直に好きだと伝えるのか」
私が相手じゃないはずなのに、私の好みを聞かれているような気がするのは自意識過剰なんだろうか。可愛い見た目になって浮かれている?見上げた叔父様の顔はいつもと変わった様子はない。
「・・・ふふふ、なんて顔をしてるんですかスカーレット。そんなに困った顔をしなくてもいいでしょう?」
優しく頭を撫でる手つきもいつもと変わらない。からかわれたんだろうか?
「スカーレットの好みは教えてもらえませんでしたね?」
「つっ!や、やっぱりからかってたんですね!?」
「ふふふ、可愛い子をいじめるのは男の性ですから」
「またからかって!」
「拗ねないでください。そうだ、屋敷に戻ったら最近流行りのパティスリーのケーキがあるんです。一緒に食べましょう?それで機嫌を直してください」
「・・・いいですよ」
怒っているわけではなくて上手く手のひらの上で遊ばれたことが少し面白くないだけだから許してあげることにする。
よかったと笑って私の手をとると散歩を続ける叔父様の様子はやっぱりいつも通りだ。からかうにしたってまだ15歳の子どもにするには質が悪い。ケーキを2つくらいは食べさせてもらおうと心に誓って叔父様の手を握り返した。




