ワルツの相手
メイ・ホリデーガーデンパーティは混乱や問題もなく進行し、残すは最後のワルツだけになった。進行のために活動していた生徒会役員もこのワルツは皆と同じように参加することになっているのであまり声をかけられないように壁の花をきめこんで周りの様子を眺めながらこのパーティについて考える。
実はこのパーティでヒロインと踊ったキャラクターは攻略キャラクターの当て馬として扱われるようになる。ルートによって固定なので来年はこれを見ればヒロインが誰を好きになったのかが分かる。ちなみにブライトルートだった場合ヒロインのダンスの相手はセージ王子になってブライト王子のダンスの相手はスカーレットになる。
この最後のワルツは私にとってかなり鬼門だ。2年連続で婚約者じゃない異性と踊ることはないのでブライト王子に今年来られてしまうと来年ブライト王子がヒロインと踊る可能性が出てしまう。そうなるとブライト王子はヒロインと結ばれないので私の長年の悩み・・・ブライト王子しつこい問題が解決しない。かといってブライト王子と来年踊るとブライト王子ルートになるため悪役令嬢にしたてあげられて断罪されてしまう可能性が出る。出来ればどちらも起こらないのが理想だけどこの前の図書館での宣言を鑑みるにこの2年以内に誘われることがない可能性の方が低いだろう。
吐きたいため息をぐっと堪える。公爵令嬢がこういう華やかな場でため息を吐くのも、長い時間、壁の花を決め込むのも良くはない。誰とも踊らないというわけにもいかないのだ。
ただ爵位の高い私を誘ってくれるのは候爵家以上の家柄の人か王族くらいなものだ。今年、公爵家の男子はジェイムズ様しかいない上にヴィクトリア様と踊るらしいのでダメだ。残すは候爵家だけど交流のある家の子はすでにパートナーがいる。
教師とも踊っていいのでケビンに相手をしてもらえれば良いのだけど離れたところでご令嬢に囲まれて全く身動きが取れない状態だ。同じフェイバー公爵家の子どもなのに、このモテ度の差はどうしたことだろう。あまり見ているともやもやした気持ちになるから、女の子に囲まれているケビンを視界に入れないために移動しようと横を向くとさっきまではいなかったはずのブライト王子が立っていた。
「スカーレットが壁の花なんてどうしたの?」
「・・・相手が見つからないものですから」
「ふうん・・・実は僕もなんだ」
もうこの後どうなるのか察しました。嫌な予感なんてものじゃない。むしろこれで察せない方がおかしいだろう。私に逃げる隙を与えずにブライト王子は跪くと王子様のお手本と言って差し支えないポーズで私に微笑んだかと思うと手を差し出した。
「・・・僕と踊っていただけませんか?」
普通の女の子から見たら(見た目は)完璧な王子様が憧れの行動をしている様子は大変ロマンチックに写るのかうっとりしているのが伝わってくる。良かったら交代してくださいというのが私の偽りない気持ちだ。
こんなにたくさんの人が見ている中で断ることができない状況を作り出すブライト王子に対してフェイバー公爵家の者として王族としてのやり方が身に付いたと喜ぶべきなのか、女の子として彼の腹黒い成長を嘆くべきなのか・・・。とりあえず今できることは差し出された手に自分の手を重ねることだけだろう。
「私でよろしければ、喜んで」
私の返事を聞いて立ち上がったブライト王子のリードで会場の中心へ歩いていくと見計らったかのように曲が流れ始めた。これを忖度って言うんだと思う。
一瞬、足を踏んでやろうかとも思ったけれど幼稚かなと思ってやめた。『ダンスが苦手なら教えようか?』なんて言い出されても困るし。しばらく普通に踊っているとブライト王子がクスクスと笑い始めた。
「どうかされましたか?」
「いや、足は踏まれても仕方ないと思ってたんだけど、何もしてこないから」
「そんなことしませんよ」
「でも、少し悩んだでしょ?」
「そういうことはおっしゃらないのがよろしいかと思います」
「分かった。もうこの話はやめる。せっかく君のナイトを出し抜いて踊ることに成功したのに理由をつけて逃げられるのは嫌だから」
「ナイト?」
「ケビン殿のこと」
他人にはケビンは私の騎士役に見えるらしい。思わず笑ってしまうとブライト王子が首を傾げた。
「何かおもしろかった?」
「いえ、大丈夫です」
ケビンはナイトだなんて言われたらきっとすごく嫌な顔をするだろう。でもケビンが私を守ろうとしてくれているのは事実だ。ナイトに例えられたということはそれが他人から見ても明確だということなのだろう。彼の我慢が実を結びつつあることが証明されたようでとても嬉しい。
「・・・相手以外の男のことを考えるのは失礼じゃないかな?」
「まあ、気持ちは自由なものですよ?」
私の返事が気に入らなかったのかリードが少し荒っぽくなる。感情がすぐに表に出るところはあまり変わっていないようだ。
「・・・どうして、君との仲は上手くいかないんだろう」
「そういうところだと思いますよ」
まだ、自分がすることで失敗することは無いと思っている節があるようだ。色々な人が彼にバレないようにフォローしているとおじい様やエミリア様が話していたのでそのせいだろう。ふたりは本当はその過保護をやめさせたいようだけどいくら言ってもやめない人間もいるらしい。ブライト王子は昔から使用人に甘やかされやすいところがあるのでなるべく
信用できる厳しい人間も近くにいるようにはしているけれど効果はあまり上がっていないらしい。
「そういうところって?」
「お分かりにならないのならよろしいと思います」
わざわざ答える義理はない。というより言って分かるくらいなら、もう分かっているのではないだうか。
その私の突き放したような返答も気に入らないのだろうどんどん早くなるリードに苦笑する。
やっぱり根本的なところは、どうあっても変わらないのかもしれない。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。
「・・・はあ」
途中ブライト王子が何故かため息を吐いたがため息を吐きたいのはこちらの方だ。それをグッと飲み込んで笑顔を貼り付けたまま踊り続ける。お願いだから私とブライト王子、お互いの心の平穏のために、一刻も早く曲が終わってほしい。




