図書館では色々と起こります
「・・・ここか」
もしかしたらケビンの体調が悪いかもしれないとブライアンから教えられた私はスティナーに図書館の場所を教えてもらって様子を見に来ていた。スティナーが一緒に来てくれると言っていたけれど彼女も今日は忙しそうにしていたので気持ちだけ受け取ってひとりで来た。ケビンも大勢で押し掛けられたくないかもしれないし。
中に入るとそこそこ生徒が利用しているようだ。手前で本を読んでいる生徒たちは集中しているのか誰が入ってきたのか気にしていない様子で安心する。学校に来てより実感したのが公爵家令嬢ということで伯爵位以下の生徒が過剰なほどに遠慮したり縮こまってしまうということだ。爵位が近い子どもばかりと接してきたので忘れがちだったが確かに権力のある人間は怒らせたくはないだろう。少しずつ壁が無くなるように頑張らないといけない。そんな決意をしたばかりなのに私に気づいた生徒が本を置いて立ち上がろうとしたので手でそれを制した。
「そのままで」
口だけ動かしてそう言えばこくこくと首を振って座ってくれたのでよかった。そんな調子で気づいた生徒を宥めながらケビンを探していると2階で女の子2、3人に囲まれている姿を見つけた。
確かに少し元気が無いように見えるけれど具合が悪い様子はない。たぶん昨日のことがあってあんまり元気がないのをブライアンが具合が悪いと思ったんだろう。とりあえず体調はよさそうだし、ケビンの回りに女の子がいなくなるまで待っていよう。私が出ていくのは女の子たちも嫌だろうし。
同じ階で経営学の本を見つけて日当たりのいい場所を探していると先客がいた。気配を察したのかフィリサティは顔をあげると私に向かって歩いてきた。
「こんにちはスカーレット様。放課後に読書ですか?」
「はい。それとお兄様にも用事があったのですが・・・」
「このところ、ほぼ毎日彼はあんな様子ですから、読書をして待つのがいいですね」
「そうなんですか・・・」
「経営学の本ですか?」
「はい。興味があって。手始めに読んでみようかと思いまして」
「それならこちらよりもこちらの方が分かりやすいですよ」
そう言ってフィリサティは少しその場を離れたかと思うと違う本を取ってきてくれると先程まで自分が座っていたソファに私をエスコートして座らせた。
「こちらは暖かいですし、難しい本がある辺りで人もあまり来なくて静かなのでオススメですよ。私はもう戻りますのでよかったらどうぞ」
「え、あ、でも、まだ先生は読書の途中で・・・」
「こういうとき、レディはお礼だけ言うものです」
「・・・ありがとうございます。その、本も場所も教えていただいて」
「どういたしまして。それでは失礼しますね」
そう言って綺麗に微笑むと彼は下へと降りていった。邪魔してしまったなと思いつつ折角譲ってもらったのでその場所で教えてもらった本を読んでいると誰かが近づいてきた気配がして顔を上げる。すると息を切らせたケビンが目の前に立っていた。
「はあ、はあ・・・来てくれたのは見えたのに居なくなってたから探したよ・・・」
「ごめんなさい。お兄様囲まれていたのでお邪魔しちゃいけないと思ったんです」
私の横に座るとケビンは俯いている。私がそのまま本を読んでいると、しばらくしてケビンが「怒ってない?」と聞いてきた。質問の意図が分からなくて首を傾げる。
「何に対してですか?」
「・・・昨日の手紙」
「怒ってませんよ?」
「え!?」
「お兄様、しーっ」
「ご、ごめん・・・。でも、スカーレットが怒ってないなんて言うから・・・。普通あんな手紙送られて来たら『束縛強いな』って思うでしょう?」
「今更じゃないですか」
私の言葉を聞いてケビンは私の肩に頭を置くと深く息を吐いた。
「・・・こんな僕が嫌いだ」
「お兄様は自己肯定感が低いですね。あんなに女の子にモテて顔も綺麗で頭もよくて非の打ち所が無いじゃありませんか」
「中身の問題」
「中身なんて誰でも大なり小なり問題あります」
「スカーレットも?」
「むしろ、私の方が問題だらけかもしれませんよ?」
開いたままになっていた本を閉じて横に置くとケビンは私の手を握ると突然手首にキスをした。
「お兄様」
「・・・こんなことする男でも、怖くないの?」
「全くないといえば嘘になりますけど、何事も限度です」
「そうやって甘やかすから僕がダメになるんだよ?」
「私のせいにしないでください」
「そういう厳しいところも好きだよ」
「お兄様っ」
「スカーレット、しーっ」
いくらここが難しい本が並んでいて滅多に人が来ないとはいえ流石にやり過ぎだ。ケビンの手の甲を軽くつねると楽しそうに笑う。本当に仕方がない人だ。
「・・・壊さないようにするから捨てないでスカーレット」
「そういうことは恋人に言ってください」
「次期公爵はスカーレットでしょ?出てけって言われないか心配してるんだよ?」
「確定じゃないですし、なったとしても絶対そんなことしません。家族を捨てるなんてそんなことありえませんから!」
「・・・優しいね」
「私じゃなくてもフェイバー家の皆がそう言います」
ケビンはそうだねと笑った後、急に真面目な顔になって私の手をぎゅっと握る。
「ねえ、スカーレット」
「なんですか?」
「この本を選んだのってスカーレット?」
「え?」
「スカーレットならこれじゃなくて・・・これを選ぶかなって」
いつ取ってきたのか私が最初に選んだ本を片手にケビンは微笑む。
「フィリサティ先生とずいぶん親しげだったね」
「生徒会の担当なので気にかけてくださっただけですよ」
「・・・・・・薔薇をくれたのって彼?」
察しが良くて困る・・・。でも下手に誤魔化したり嘘を吐くとバレたときに厄介なことになるのはすでに経験済みだ。さて、どうしたものか・・・。
「あれ?スカーレットとケビン様だ」
「あ、セージ王子!」
「相変わらず仲良しだね」
突然タイミング良く現れたセージ王子はにこにこと普段の眠そうな様子は隠してお兄様に歩み寄る。ケビンはさっきまでの様子を隠して笑顔を浮かべた。
「こんにちはセージ王子」
「こんにちは。ケビン様、学校生活はどうですか?」
「気にかけてくださりありがとうございます。今のところすごく困ったことはないですよ。セージ王子はいかがですか?」
「城とは環境が違いますけど兄もいますし楽しく過ごしています。あ、そうだ、探してる本があるんですけど手伝ってください。スカーレット、サファイアが探してたよ」
「そうなんですか。それじゃあお兄様、私サファイアのところに行きますね」
「・・・うん。気を付けて」
「はい」
たぶんサファイアが呼んでいたというのはセージ王子が吐いた嘘だろう。セージ王子はケビンのことをなんとなく察している節があるから助け船を出してくれたのだ。ケビンも治したいとは思ってるようだけど、あれは下手に治さないほうがいいのか・・・?ああ、大学で心理学の授業取っておけば少しは違ったのかな。
下に降りて息を吐きだす。緊張していたようだ。とりあえず本の貸し出し手続きだけはしてきた。今日は読む気にはならないだろうけど。
「心配は私だってしてるんですけどね」
「何を?」
「っ!?あ、ブライト王子・・・」
突然声をかけられたことに驚いて振り返るとブライト王子が立っていた。彼は私に近づくと少し緊張した様子で口を開いた。
「ふたりだけで話すのは、その、すごく久しぶりだね」
「・・・はい。大変お変わりになりましたね」
「3歳のときの自分に説教したいよ」
「ふふ、わんぱくでしたものね。でも、セージ王子はまだまだ荒れるときもあるとおっしゃっておいででしたよ?」
「・・・いじわるだなあ。セージの前でスカーレット嬢が同じ学校だって聞かされて喜んだだけ。本当だよ?」
「半分くらいは信じてあげてもよろしいですけど」
「あはは、まあ、身から出た錆びだから仕方ないね。・・・その、ごめんね」
「何がでしょう?」
何に対する謝罪なのか分からずに首を傾げるとブライト王子は苦笑した。それにしても今日は謝られてばかりいる気がする。
「ほら、花を踏んでしまったこと。王家からフェイバー家には謝罪したけど、僕が直接スカーレットには謝って無かったからごめんなさい」
「あの、頭を上げてください!こんなところ見られたら・・・」
「人払いはしたから大丈夫。あれから勉強して、スカーレットが怒るのも当然だし、結婚の可能性を自分で潰したのも分かってる」
「はい」
否定する要素は、ブライトには悪いけれど0なので頷くと彼は苦笑した。
「でも、好きでいるのは自由だよね?」
「・・・え?」
「俺、結構諦めが悪いみたいだから先に謝っておこうと思って。ごめんね?」
「・・・はあ」
「それじゃあ、気をつけて寮に戻ってね」
そう言って颯爽とブライト王子は去っていった。この短時間に色々なことが起こりすぎで脳の処理機能がパンクしそうだけど1つ言いたい。
「図書館って、そういえばイベントステージのひとつだったねー・・・」
忘れてて迂闊に近づいた私もいけない。そうだ本編がスタートしてなくてもここは乙女ゲームのメインステージ・・・。
「・・・だからって、ヒロインが来る前にゴタゴタさせないで欲しい」
借りた本を力なく抱えて私は寮に戻った私のことをサファイアはやっぱり呼んではいなかったようだけど、今日クラスの人とお話しできたと無邪気に喜ぶ姿にはかなり癒されたのでぎゅうっと抱き締めておいた。今日起きたことを考えるのはもう少し後にさせてほしい。




