新生活とお兄様?
あの後、お姉様たちも納得してくれて家での騒ぎは落ち着いた。
そして無事に入学式を迎えて新入生代表の挨拶を済ませた。そつなくこなせたので一安心である。ブライト王子やセージ王子を差し置いての代表挨拶は色々言われるかもしれないけどそんなことで傷つく年齢は過ぎてるから平気だ。
今は寮の部屋で荷ほどきをしている。貴族が集うこの学園は校舎は別れているけれど皆同じ敷地内にあって寮は共同だったりする。社交の場も兼ねているってことなんだろう。男子寮と女子寮は真逆でもちろん両方に守衛がいる。護衛を連れていけるのでガーネットに着いてきてもらった。
「ふう・・・こんなところでしょうか」
「そうですね。ありがとうございます」
「この後はホールで先生方の紹介と歓迎会でしたね。もう出られますか?」
「そうですね。各自集合とのことでしたし・・・」
まあ、大体は上級生が連れていってくれるらしく外で待機しているらしい。それなら余計待たせてはいけないと身だしなみを軽く整えて外に出ると青いリボンを胸元に結び青いラインが入った裾がふんわりと膨らんだワンピースタイプの制服に身を包んだスティナーとサファイアが立っていた。この階は公爵位専用らしく私たちしか使っていないのだ。
「ごきげんようスカーレット。よかったら食堂まで案内いたしますわ」
スティナーは縦ロールを学園入学と同時にやめたらしい。今は毛先を緩く巻いた髪をポンパドールにして後ろでまとめた髪型がよく似合っている。
「私もスティナーが案内してくれるっていうから着いてきたの」
サファイアはスティナーの横で少し緊張している。姫カットがとても似合っていて可愛らしい。ただ、ふたりとも、ゲームのときと髪型が違うのが気になるところだ。ゲームではスティナーは縦ロールのまま、サファイアは前髪がもっと長くて顔が見えないくらいだった。これはシナリオが変わったってことなんだろう。
「お願いします」
「ええ。ああ、そうだわスカーレット、フレールブローチは持ってるかしら?」
フレールブローチは学園内限定の疑似兄弟になった相手と交換するものだ。申請すれば2人までは妹、または弟にすることができる。お母様とお父様が言うにはこの疑似兄弟がいるから特にいいことがあるという訳でもないらしい。なんというか・・・「素敵なお姉様がいらっしゃるのね、うふふ」という程度のものなんだとか。ヒロインはこの疑似兄弟のお助けキャラに色々とアドバイスをもらったり助けられたりしてたけれど、やっぱりそれはヒロイン補正というものだったんだろう。
「入学前に渡されたものですよね?持ってます」
「よろしかったら交換しませんこと?私、もうサファイアとは交換しましたの」
「わざわざ事前に申請して2つもらってくれたんだって」
「そういうことは言わなくてよろしいのよ!」
「スティナーのそういうところ好きだもん」
「ほん、とに!あなた小さな頃のおどおどした感じはどこにいったのかしらね!」
「スティナーとスカーレットは大丈夫なだけ」
「それもそれで困りますわね・・・」
困り顔のスティナーとブローチを交換する。自分の家紋の形をしたブローチがそれぞれに渡される上に裏には名前が入っているので誰が誰のお姉様、妹かが分かる。これで私とサファイアはスティナーの妹、スティナーは私のお姉様になる。
3人ともブローチを左胸につけておかしなところがないか確認するとホールに向かう。
「・・・あら?」
「セージ王子ですね」
「久しぶり」
「お久しぶりですね」
「スカーレットが首席入学するからブライトが表には出さないけど荒れて荒れて大変だったんだよ?」
「まあまあ・・・でも私は大変ではございませんし・・・」
「まあ、僕も困ってないけどね」
だいぶ身長が伸びたセージ王子を見上げると見下ろすセージ王子の肩辺りで切り揃えられた髪がサラサラと流れる。
「3人はもうブローチ交換したんだ?早いね」
「ええ。スカーレットとサファイアですよ?まあ、サファイアは私にべったりですからいいにしてもスカーレットは引く手あまたですからね。先に手を打っておきましたの」
「心配しなくてもスティナー以外からいただくつもりはありませんでしたよ?」
「なっ!?そ、そういうところですわよ!!」
「僕は今スカーレットが女の子でよかったって心から思ってるよ。ねえサファイア」
「あ、あうう・・・」
「・・・まだ慣れてくれないの?」
「は、恥ずかしいんです・・・」
「セージ王子に会うのは久しぶりですし、少し見ない間に素敵になられて言葉が出ないとサファイアは言いたいんですよ」
「そうなの?」
「え、えう・・・」
「・・・いつか僕とも普通にお話してね?」
「~!スカーレット!パス!」
真っ赤になって私の後ろに隠れてしまったサファイアの気持ちなんてバレバレなのになんでかセージ王子は気づいてないらしく寂しそうな顔をする。じれったいな・・・。まあ、顔を少し見つめられただけ良しとしよう。
「セージ王子はひとりなんですか?」
「王子なのにって?」
「はい」
「スカーレットって意外と辛辣だよねえ。ブライトが大分王子様然としてきたでしょ?」
「せ、セージ様も王子様です!」
「・・・本当?嬉しい。ありがとうサファイア」
「あ、いえ、そんな・・・」
「こういうときは一言『はい』と返しなさい」
「は、はい・・・」
「よし」
「ふふふ。仲良しだね。それで、皆ブライトを構いたいみたいでね?僕はすごすごと離れてひとりで向かってるところ。だから、よかったら仲間に入れて欲しいな?」
「まあ、それなら私、上級生としてセージ王子も連れていきませんと!どうせ王族と公爵は座るところは同じですしちょうどいいですわ。行きましょう」
そう言って私たちの前に立って歩き始めたスティナーとセージ王子と並ぶのが恥ずかしいのかその横に立ったサファイアの後ろを着いていく。
「・・・本当は押しつけて来たんじゃないですか?」
「んー・・・ま、僕より人気があるのは本当だし」
「そうですか。・・・今更ながら目立つ組合わせになってしまいましたね」
「あはは、君たち社交界でなんて言われてるか知ってる?」
「公爵家の薔薇姫たちでしょう?仰々しいですね」
「他にもあるよ?スティナーは公爵家のアテナ、サファイアは公爵家の人魚姫、スカーレットは公爵家の天使」
「・・・知ってます」
「嫌なんだ?」
「どこが天使かと」
「見た目?」
「それは否定しませんけど」
ふたりで話しているとサファイアがチラチラとこちらを気にしている。このふたりの組合わせはゲーム通りでふたりが両片思いなのは変わらないけれどここまで仲良くなろうとしてはいなかった。その満たされなさからセージはヒロインを求めるようになるわけだ。・・・ヒロインホントに余計なことしかしてないな。
「お似合いだと思うんですけど」
「何が?」
「セージ王子とサファイアです」
「・・・そうかな?」
「はい。気の早い話ですけれど夏休みにお茶会にでも誘ってあげてはどうですか?仲良くなれると思いますけれど」
「・・・僕が誘うよりさ、スカーレットが僕とサファイアを誘ってくれた方が来てくれそうじゃない?」
「あ、お茶会には乗り気なんですね」
「・・・僕だって色々と模索してるんだよ」
「ふふふ。分かりました。そのようにいたしましょう。スティナーも誘ってさらに敷居を低くしましょうね」
「ブライトは呼ばないでね」
「どうしてですか?」
「かなりいい男になっちゃったから、サファイアがブライトを好きになったら困る」
お門違いな心配だとは思うけど承諾する。
「その代わり、ブライト王子が誘われなかった理由はうまいこと考えて伝えてくださいね」
「・・・わかった」
そんな話をこっそりしている内にホールに着く。まだ時間に余裕もあるし集まってる生徒は半分くらいだろうか。案内された通りに進んでいくと円形のテーブルにひとりで座っているブライト王子がいた。
「ブライト早いね?」
「置いてったよね?あれは放置っていうんじゃないのかな?それでなんでお前は女の子侍らせて登場してるのかなあ??」
「え?ホールまで案内してくれるっていうから」
「・・・はあ。スティナー嬢、スカーレット嬢、サファイア嬢、弟をありがとう」
「い、いえ!私は上級生ですから当たり前のことですわ!!」
スティナーはブライト王子のことが好きっぽい。ぽいというのはサファイアやセージ王子と違ってなんの相談もされてないからだ。さりげなくサファイアをセージ王子の隣に座らせて私はその横に座って私の隣はスティナーだ。左側はセージ王子がニコニコと笑ってサファイアはあわあわしている空間なのでいいけれど右側はスティナーのアピールとブライトのシャッターを閉じてる感じが居たたまれない。私のせいもあるが、ブライト王子はもともとスティナーのことを好きではないのだ。しょんぼりしてしまったスティナーの制服の袖をちょいちょいと引っ張る。
「スティナー、この後はどんなことをするんですか?」
「え、ええ。そうね、この後は時間になったら先生方の紹介ね。滅多にいないようだけど新任の先生が紹介されるのもここよ。今年は図書館の先生が産休を取られたので一時任用の方がいらっしゃるらしいわ。そしたらテーブルに食事が運ばれてきて歓迎会になるの」
「図書館ですか。よかったら今度案内してくださいね。私、スティナーのこと頼りにしてるんですから」
実際ひとつ年上のスティナーは頼りになる。弟がいるからかしっかり者だし。そう言えばスティナーは顔を真っ赤にして「よ、よろしくてよ!」と答えた。
「スティナーみたいな綺麗な人を独り占めしたら後ろから刺されてしまいそうですね」
「あ、わ、私も!私も連れてって!」
「サファイアは本をあまり読まないでしょう?」
「いいの!ふたりと少しでも一緒にいたいんだもん!」
「私はどうして女の子なんだろうと思ってます」
「スカーレット?」
「そんなに睨むことないじゃないですかセージ王子」
私にまで嫉妬するくらいならさっさと告白してしまえ!
「ほら、皆先生始まるみたいだから黙って」
ブライト王子は本当にかなり成長したらしい。親のような気持ちになりながら姿勢を正して先生方を迎えるがどの方も社交界では有名な方ばかりで特別覚えないといけない人もいなさそうだ。
「えー、今年は珍しく新任の先生がいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
「失礼します」
入ってきた人の姿を見るなり女の子たちから悲鳴が上がった。私も思わず絶句する。背中まで伸びたクリーム色の髪は三つ編みにしていて、白が基調の正装もとてもよく似合っている。ハチミツ色の柔和な瞳を細めて微笑む姿は絵本から飛び出してきた王子様のようだ。
「ケビン・アルディ・フェイバーです。今年から3年間図書館勤務となりました。よろしくお願いいたします」
ただただ驚いて目を丸くするばかりの私ににっこりと笑いかけたのはきっと気のせいではない。




