先生も出張
おじい様のお家に遊びに来た次の日、私はレイチェル様とお勉強をしていた。レイチェル様におじい様の家に遊びに行くと話たらこちらに来ても大丈夫だと言ってくれたからだ。おじい様にも許可を取ったのでここにいる間もお勉強はできる。恵まれてるなあ・・・。
「・・・スカーレット様、こちらのお勉強はどうしましょう?」
そう言ってレイチェル様が指差したのは当主用の教材だった。声を潜めて聞いてくるレイチェル様に私も声を潜めて尋ねる。
「おやしきでやってるようには できないんですか?」
「・・・ミーナが居ればこちらにおじい様やおばあ様が来たとか教えてもらえますが、それがないと知られてしまうかもしれませんね・・・」
確かに、バレないようにやっていることだから見られると面倒なことになるのは確かだ。でも、ここに来る前におじい様は『ケビンくんの味方』と言っていた。と、言うことはやっぱり私がブライト王子と結婚するのは反対・・・とまでは言わないものの良いとは思ってないことだけは確かだ。それなら・・・
「いっそ、おじいさまにおしえてしまうのはどうでしょうか?」
「はい?」
「なかまにしちゃいましょうよ」
「え!?」
「おじいさま、わたしとブライトおうじがけっこんするのは うれしくないみたいなんです」
「まあ・・・。でも宰相様なんて王家に最も近い立場にいると言ってもいいんですよ?」
「おうけのひとたち、おじいさまが こわいみたいなので むりやりきいたりとかは してこないと おもいますし・・・」
家のことをペラペラ話すタイプでもないと思う。それにパトリオット王子はエレーナお姉様のことを好きでいるようなのでどちらかに肩入れするような発言はしないだろう
。
「ううーん。『虎穴に入らんば虎児を得ず』と東の国のことわざにもありますしね・・・」
レイチェル様はたっぷりと悩んだ後ため息を着くと何かを考えついたらしく『いいですか?』と人差し指を立てた。
「まず、探りをいれましょう」
「さぐり」
「はい『お父様やおじい様のお仕事に興味がある』というようなことを言ってみてはどうでしょうか。その時の反応を私に教えてください。そこからジョンと相談して決めてみます」
「・・・え、ジョンさま、しってるんですか・・・?」
「以前サナト様が我が家にいらしたとき『フェイバー家を継ぐなら誰がいいかな?』なんて世間話をされて、ジョンったら本当に悩んでしまって、そのときに『スカーレット』と返していたので協力者に出来ないかサナト様がお帰りになった後に探りを入れてみたのです。そしたらすぐに頷いたものですから」
「なんだかはずかしいですね・・・でもなんだかこころづよいです」
「ふふ。ジョンは王家には教えには行っていませんが情報は私より入ってきますし信用できますから、使えるものは何でも使いましょう」
「おじいさまも きょうりょくしてくれると100にんりきです」
「まあ、そうなると逃げ場もなくなりそうで諸刃の剣な気もしますが」
「そうですか?」
「シュプリーム候爵はやるとなったら とことんだと社交界では言われてますから」
フィクサーだからなのか生来の気質なのか分からないけど、それならとことん協力してくれるということでいいんじゃないだろうか。
「やるならさいごまでぬかりなくですね!」
「難しい言葉を知っていますね。スカーレットさまは」
よしよしと頭を撫でてくれるレイチェル様。その手つきは慣れたもので、よくよく聞けば私よりひとつ下のお子さんがいるらしい。いつか会えるといいな。
「とりあえず今日の授業は淑女用の方を進めていきましょうか。お部屋に許可なく飛び込んだようですし」
「う・・・ごめんなさい・・・」
「おじい様の家では仕方ないかもしれませんが気をつけてくださいね」
「はい・・・」
「それでは今日は訪問の時のマナーのおさらいと刺繍についてやっていきましょうか」
それから休憩を挟んで訪問のときのマナーを叩き込まれる。レイチェル様は結構スパルタだ。でも弱音を吐いてばかりもいられない。
「・・・まあ、よろしいでしょう。お疲れさまでした。少し休憩をしたら今度は刺繍についてのお勉強をしましょうね」
「はい・・・」
「お返事は元気よくですよ」
「はいっ」
「たいへんよろしいですね」
休憩と言ってもレイチェル様が教材入れ替えをしている間の短い時間だ。席について少しだけ身体を伸ばす。そのときドアがノックされた。『どうぞ』と返事をするとおばあ様がバスケットを抱えて立っている。
「ちょうど休憩かしら?それならこれをどうぞ」
「マフィンですね。ありがとうございますおばあさま。じゅぎょうがぜんぶおわったら レイチェルさまといただきます」
バスケットを受け取って私から見えないようにサイドテーブルに置く。見えると食べたくなってしまって集中できないからだ。
「まあ、少しくらいいいでしょう?」
「レイチェルさまと きまってるタイミングいがいでは おやすみしないって やくそくしてるんです」
「あら、レイチェル様少しくらいいいでしょう?」
「いくら侯爵夫人のお願いと言えどした約束は破れませんわ。どうか御容赦くださいませ。授業が終わり次第二人で美味しくいただかせてもらいますわ」
「・・・そう。そうね。約束は守らないといけないわね。それじゃあスカーレット後で食べてちょうだいね?」
「はい!おばあさま、おきづかい いただき ありがとうございます」
きちんとレイチェル様に教わった通りに淑女の礼をするとおばあ様は私をぎゅっと抱きしめて部屋を後にした。
「・・・断るのは正しいですけれど家族ですからお礼はもっとフランクでいいんですよ」
「むずかしいです」
「お父様が差し入れをくださったらどう返しますか?」
「ありがとうございます、うれしいです!あとでたいせつにたべますね っていうとおもいます」
「それですよ!おばあ様はスカーレット様にはそれを求めてたんです!」
「でも しゅくじょ としては だいじょうぶですよ?」
「子どもらしさというんでしょうか・・・完璧なら良いと言う訳でもなくてですね・・・」
「うー・・・」
「スカーレット様はとてもよく出来ますからね」
中身26歳だからマナーは比較的スルッと覚えられる。いや、テンションが上がるとこの前みたいに頭から抜けてしまうこともあるけど、大切な場ではきちんとしている。正直出来すぎなくらい
らしいけどそこまで4歳児の擬態をやり過ぎると失敗してやらかしてしまいそうで怖いのだ。
「とりあえず、刺繍のお勉強をいたしましょうか」
「はい」
レイチェル様は少し苦笑している。ううん・・・少し肩の力を抜いた方がいいのかな?でもやっぱり突然やめるのは不安にしかならないから大人たちには苦笑してもらうしかない。




