こんにちは王妃様
ケビンお兄様が来てから早いもので1週間。最近はお姉様たちがケビンお兄様に屋敷の中を案内している姿をよく見る。今日は天気がいいから中庭の東屋に行くって言ってたし、仲良くできているようでよかった。
「・・・確か家に馴染めなかったのが原因でヒロインに傾倒していったんだっけ」
というのを思い出したのがケビンお兄様が来た次の日だというのだから笑えない。円満じゃない家庭なんて息が詰まると思って取り持っただけなのに上手いこといったみたいで胸を撫でおろした。記憶を思い出した日に対応に不安があると思ったのは間違いなさそうだけど、こればかりはどうしようもない。
「スカーレット?いる?」
「はい」
「ああ、ここにいたのね。お母様今からエレーナたちと東屋でランチにしようと思うの。ピクニック風よ。よかったらスカーレットもお庭で食べましょう?」
「ありがとうございます。でも、おとうさまと、やくそくしてるので」
「そう?来たくなったらいつでもいらっしゃいね」
「はい」
部屋を出ていったお母様の顔には『仕方のない人だ』と書いてあった気がする。私もそう思うけど王宮に行かなきゃいけないからって誘われもしなかったお父様が可哀想だとは思うのでランチくらいは一緒に食べようと約束したしいいのだ。それに、できれば攻略キャラクターとはほどほどの仲を保ちたいので仲良くランチは遠慮しておく。
「スカーレット」
「はい」
「おまたせ。それじゃあ行こっか」
お父様はもうお城に行くようで後ろに執事のエリックが控えていた。行くって言っているけど、ここで簡単にランチを食べてから出かけるんじゃなかったっけ?
「わたしも、おうさまに あうんですか?」
「まさか!あの面食いのロクデナシにスカーレットを会わせたら息子と婚約させろだのギャーギャー騒ぐからね。お城の用事はすぐ済むから客間で待たせてもらってね。王妃様には言ってあるから大丈夫」
婚約・・・そうだスカーレットの相手はロクデナシの第二王子でしたね。婚約させられる可能性がある危険なところ行かないといけないのか・・・。それに王妃様と待っててとか何がなんだか分からないけれどお父様の中では何か決まっているみたいなので大人しくついていくことにしよう。婚約だけは止めてねお父様。
「わかりました、おとうさまとおでかけします!」
「よし、それじゃあ行ってくるからね。ルティシアにスカーレットを連れてくこと伝えておいてくれる?」
お父様が執事長のエリックにそう告げるとエリックは頭を下げる。エリックは黒い髪を後ろに撫で付けてモノクルを着けている。瞳はターコイズブルーで綺麗な色だ。執事長とは言うもののまだ40歳くらい。とてもかっこいいおじ様だ。
「かしこまりました旦那様。お嬢様、外は悪い人がたくさんいますからねお気をつけて」
「はい」
「それでは旦那様いってらっしゃいませ」
「僕には気をつけろとか言わないの?」
「旦那様を害せるものがいるのならぜひ手法が知りたいですね」
「あはは、うんうん。それでこそ僕の執事。行ってくるね」
そういうと私を抱き上げてさっさと玄関から出て馬車に乗り込むお父様はどことなく上機嫌だ。お父様とお出かけならこのレモンイエローのワンピースにはしないで白のワンピースにしたのに。早歩きで私の上着だけはなんとか従者の人に渡したミーナが『お出かけならもっと違う服にしたのに!』という表情をしている。わかる私もそう思うもの。
「スカーレット、今日はスカーレットが好きそうなお店に行こうと思ってるんだ」
馬車に乗り込んで私に上着を着せながらお父様はニコニコしている。そういえば久しぶりにお父様と出かけるかもしれない。お父様も喜んでくれてるなら嬉しいな。まあ、行き先はかなり憂鬱だけど。
「えっと、おしろに いって、おみせにいくんですか?」
「そうだよ。楽しみにしててね」
「はい!」
お父様とお話しているとあっという間にお城に着く。あっという間に感じたのはお父様とお話ししてたからかもしれないけど。私をだっこしたまま馬車を降りて我が物顔で歩くお父様に案内役のメイドさんの方がついていく感じで可哀想だ。
「王妃様はもういる?」
「は、はい。伝えて参りますのでお待ちください」
「うん」
メイドさんが中に入ってからすぐに扉が開いた。すると部屋の真ん中にとても綺麗な女の人が座っている。お父様は私を床に下ろすと私の手を繋いで歩き始めた。
「お待たせしましたか王妃様」
「いいえ。そんなことありません。それに、私が会いたいと伝えたのですから気になさらないで。この子がスカーレット?」
「はい」
「始めまして。ベルベット王国の王妃エミリア・ローズリア・ベルベットです。本日はお越しいただきありがとうございます」
「・・・はじめまして。フェイバーこうしゃくけ の むすめ、スカーレット・アルディ・フェイバーです。こちらこそ、ほんじつは おまねき いただき ありがとうございます」
「まあまあ、しっかりした娘さんねサナト様!これは目にいれても痛くないでしょう」
「学園のときのように様付けで呼ばないでください王妃様。あと、スカーレットは目にいれたまま出したくないくらい可愛いですよ」
「あら、サナト様は私の憧れの君でしたのに。ルティシア様と並ぶ姿はそれはそれは神々しく・・・ルティシア様の『妹』だった私は公的な場面でないのですから様付けで呼びますわ」
「・・・う?」
どういうことだと首を傾げる。3歳児が首を傾げると思わず間抜けな声が出てしまうのは恥ずかしいがしょうがない。『妹』ってなんだろう?おば様はお母様のお姉様しかいなかったはずだけど・・・。
「お父様と王妃様は昔からのお友達なんだよ。お母様と王妃様はもっと特別な仲なんだけど。それはまた今度お母様に聞いてごらん」
「!すてきです!なんだかかっこいいです!」
王妃様が友達とかお父様すごいなと思わずにはいられない。どうしたらそんな交遊関係になるんだろう。
「本当に目にいれたまま出したくない気持ちになりますわね」
「そうでしょう?僕の宝物のひとつ」
「4つでしたかしら宝物」
「最近1つ増えましたよ。生意気だけど可愛げがあって楽しくなりそうですね」
「ああ、家族が増える報告でしたわね」
「そんなの書面で済ませればいいと思いませんか」
「完全に会うための口実ですわ。そろそろお時間ですね。スカーレットちゃんは私が見ておきますのでいってらっしゃいませ」
「はい、すぐに戻ります。スカーレット、王妃様と待っててね」
「は、はい」
私の頭をぽんぽんと撫でるとお父様は部屋から出ていった。さて、と王妃様は手を叩く。
「スカーレットちゃんは好きな人はいる?」
「おとうさま です!」
間もなく答える。もともとファザコンの気があるスカーレット、私もお父様が素敵なことを目の当たりにしてよりファザコンに磨きがかかったのでそう答える。どうして突然そんなことを聞くのかと思ったけど女の子だし3歳でもそういう話は好きかなと思っての質問なのだろう。そう答えると王妃様は大きく頷く。
「素敵ですものね。スカーレットちゃんはお父様以外に好きな人はいないの?」
「いません!おとうさま が いちばん すきです」
「・・・そうよね。そうよねえ。サナト様が近くにいればそうなるわよね・・・」
「おうひさまは おうさまのことが すきなのですか?」
政略結婚だったらごめんなさいとは思うもののこれはぜひ聞いておきたい。ずっと聞かれたままなのはツラいので会話を広げる意味もあった。
「へ!?」
「・・・」
わくわくとした気持ちが顔に出ていたのか王妃様がたじろいだ。そうして周囲を気にすると私を膝にのせてこっそり耳元で囁くように話始めた。
「・・・だいすきなの」
「きゃー!」
「声が大きいわ。ただね、私あんまり好きと言えないのよ」
「?すきなのに すきっていわないんですか?」
「は、恥ずかしいでしょう?それにねスカーレットちゃんは分からないかもしれないけど私少し怖いらしいから、好きと言われても困ると思うの」
3歳の子に何を言ってるのかしらねと笑う王妃様は寂しそうだった。でも、こんなに綺麗な人の・・・
「どこが、こわいんですか?」
「え・・・?」
「ぎんいろの かみも るびーみたいなめも きらきらで、とってもキレイです!それに、わたしをおひざにのせてくれて ないしょばなしも、してくれました!とっても、やさしくて、すてきだとおもいます!!」
隠すことない本心だ。確かに少し目はつり目がちだけどそれも魅力的なくらい綺麗な人なのになんで怖いなんて言うのか分からない。
「わたし、おうひさま、だいすきになっちゃいました」
「つっ!」
「え、あ、ど、どうして、ないてるんですか・・・?」
ぽろぽろと泣く王妃様。美人は涙も綺麗だなんて現実逃避をしてしまいそうになるがそんなことしてる場合じゃない!持っていたハンカチで涙を拭いてあげるが小さい手では上手くできない。
「・・・」
「うう・・・おうひさま・・・」
泣き止んで欲しくて懲りずに涙を拭ったり手を握ったりするものの効果はなく、王妃様が泣き始めて5分たった。今さらながら私、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
「おうひさま・・・」
「・・・ご、めんなさい、ごめんなさいね、スカーレットちゃん。私もあなたのことが大好きになったわ。好きとかキレイだなんて陛下にも言われたことないから嬉しくて・・・」
「!それは、へいかはダメです!おとうさまはまいにち わたしたちに だいすきって いってくれますし かわいいって いってくれます!」
「サナト様はさすがね」
そう言ってまた寂しそうに笑います。こんな美人な奥様をもらっておいてほったらかしとか王様とはいえダメではないだろうか。私が男なら飽きるほど言う。そんなことを思っているとコツコツと近づいてくる足音がしたので振り返る。そこにはキラキラした笑顔のお父様とげっそりした様子の男の人が立っていた。
「おとうさま!」
「おまたせスカーレット。ははは、陛下はダメかあ。手厳しいね」
「いつからそこにいらっしゃいましたの?」
「スカーレットの『王妃様大好き』くらいからですかね?二人で仲良くしていらしたから気がつかれなかったのでしょう」
「・・・こっそり隠れていたくせによく言う」
「ていうか、なんでお前まで着いてきてるの?王座におかえり。さあ、ほら、早く」
「娘を連れてきたなら会わせてくれてもいいだろう?」
「いやだよ。どうせお前の息子の嫁にとか言うだろ。やらないよ」
「おとうさま、どなたですか?」
記憶違いじゃなければ王様だとは思うけど確信を持ちたいから聞いてみる。するとお父様は本当に嫌そうに紹介してくれた。
「陛下だよ。でもいいのこんなのスカーレットはまだ覚えなくて」
「自己紹介くらいさせろ。一応遠縁の親戚だろう・・・。リヒター・ローズリア・ベルベットだ。はじめましてスカーレット」
「スカーレット・アルディ・フェイバーです。はじめまして へいか」
「・・・どうだ?うちの息子のこんや「だめです」な、エミリア」
お父様が言った通り婚約者にならないかと言いかけたところでまさかの王妃様からのストップに焦る陛下。私をぎゅっと抱きしめるとよしよしと頭を撫でてくださった。いい匂いする。
「こんなに可愛い子、うちの愚息たちは誰も釣り合いませんわ。絶対に!ダメですわ!」
「・・・王家に入れば家族になるぞ」
「そしたらスカーレットちゃんから名前で呼んでもらえる機会が減ります。スカーレットちゃん、私のことはエミリアと呼んでちょうだいな」
「おとうさま・・・」
判断に困ってお父様を仰ぎ見る。お父様はそれはそれはキレイに微笑んでから頷いてくれた。
「いいっていうならいいんじゃない」
「エミリア様・・・?」
「ええ、ええ。ぜひお友達になってねスカーレットちゃん」
嬉しそうに笑う王妃様はやっぱりちっとも怖くなんてない。こんなにキレイな人を褒めないとか怖いとかいう人の神経を疑う。
「おうひさまを、こわいなんていうひとは きっと おめめがくさってるんです。やっぱり、キレイです」
「!」
「ありがとう。スカーレットちゃん」
「あはは!さあ、スカーレットそろそろ帰ろう。王妃様、娘と遊んでいただきありがとうございました」
「いえ、私こそ、スカーレットちゃんのおかげで少しスッキリしましたわ。また遊びにいらしてね」
「はい、エミリア様」
「それでは陛下、失礼します」
「しつれいします」
お父様に手を引かれて王妃様に手を振って部屋を出る。馬車に乗ってからお父様はずっとごきげんだった。
「スカーレット、王妃様と仲良くなれてよかったね」
「はい!おうひさま だいすきです」
「お父様より?」
「おとうさまが、いちばんだいすきですよ?」
「ふふふ、お父様もスカーレット大好きだよ」
「おそろいですね!」
「そうだね。スカーレットは本当に可愛い」
よしよしと頭を撫でるお父様は満足そう。私も恥ずかしいけど嫌ではないのでされるがままだ。
「私のスカーレット、お嫁さんになんてならないでね」
「おとうさまより、ステキなひとがいなかったら なりません!」
「それなら安心だ。そうそういないからね」
事実そうだから厄介なんだよなと従者の人たちは思っていたらしいが私はニコニコと頷いていた。帰ってから話を聞いたらしいメイドのミーナにお父様レベルは本当にいないから諦めるべきと言われたけれど、そんなこと知ったことじゃない。