閑話6ー3 ワースレス家3
ワースレス家の娘は父を『その人』母を『あの人』と呼んでいます。
床に崩れ落ちて呆然とするあの人を無視して王様の前に出るとその人はまるで自分は立派なことを言っていると言わんばかりに高らかに声をあげた。
「陛下、私はこの女と離縁します」
「許可しよう」
「では、お好きに処罰してください。私たちはその女に利用されていただけです。さあ、行こう 私の家族はお前だけだ」
「・・・・・・」
「どうしたんだ?ほら?」
「・・・・・・・・・」
「、何をぐずぐ・・・驚いて腰が抜けてしまったのか?ほらお父様が手を引いていこう」
優しげな顔つきで話しかけてきたところで騙されるわけもない。きっと、私をどこかへやってしまうつもりなんだろう。無理矢理私のことを掴んだ手を振り払う。昨日、倉庫に連れていかれる途中で執事の人に言われたのだ「陛下の前で助けを求めるように」と。そうでなければこのまま良くないところに連れていかれてしまうと涙を流しながら彼は言った。何くれと面倒を見てくれた執事のおじさんが言ったことくらいは私も信じたかった。震える手を握りしめると今まで出したことがないくらい大きな声を出した。
「いやっ!」
「・・・ライズ?」
「わたし、わたし・・・!帰らない!」
「なっ・・・生意気なことを・・・!」
思わずと言ったようすで手を振り上げたその人の手は下りてくることは無かった。部屋の左右に並んでいた騎士様のひとりが止めてくれたからだ。
「お怪我はありませんかレディ?」
「は、はい」
「それはよかった。勝手な行動、申し訳ありません陛下」
「いや、よくやったエリオット。ライズ嬢から離れろジャック殿」
「陛下・・・これは躾で・・・」
「聞こえなかったのか?離れろと言ったんだ」
王様の言葉を聞いてその人はしぶしぶ私から離れる睨まれると思ったけど私とその人の間にさっきの騎士様が入ってくれて姿は見えない。そっと見上げると優しく笑いかけられて慌てて目を反らす。王様は私たちの様子を見てから隣に立っていた男性を見る。
「サナト・アルディ・フェイバー前へ」
サラサラと流れるような金の髪に濃い青の瞳、柔らかな目元と薄い唇で物語の王子様がそのまま絵本から飛び出して来たような男性は陛下の前に立つと胸に手を当て礼をする。
「なんなりとご命令を陛下」
「彼女の保護とこの後の説明を任せる。合わせてサナト・アルディ・フェイバーと ・ワースレス両者のこの場での発言の自由を許可する」
「御意に」
頭を上げるとサナトと呼ばれた王子様は私の前に来ると膝をついて私を真っ直ぐ見た。
「サナト・アルディ・フェイバー。公爵家当主をしています。お名前を教えてくださいますか?」
「ら、ライズ・ワースレスです。伯爵家の令嬢です・・・」
「ライズ嬢、どうして帰りたくないのか教えてくださいますか?」
「・・・・・・それは」
「・・・僕にも、あなたと同じくらいの娘がいます」
「・・・」
「ですから、愛されてる子がどんな表情をするのかよく知っています。あなたはとっても苦しそうで悲しそうにしていて見ていて私ももちろん陛下も何かあったのではないかと心を痛めています。理由を教えてはもらえませんか?それとも、大人は信用できませんか?」
「・・・・・・う、うう・・・」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
泣き出してしまった私にハンカチを差し出して公爵様は微笑んだ。初めからこんなに良い人たちと同じになれるはずなんてないのに、過ぎた夢を、あの人もその人も見すぎていたんだ。もう終わらせたい。自由になりたい、ひどい目に遭いたくない。その一心で口を開いた。
「お、父様と・・・お、母様は、ブライト王子を私と、こ、婚約させて、うちを、公爵家にさせるって、はなしてて・・・」
「黙れ!」
「っ!」
大声に体が動かなくなる。その瞬間に騎士様がその人を掴み上げる。
「騎士風情が!離せ!!」
「少し黙った方がよろしいですよジャック殿。騎士ですが私は伯爵なんです。というよりここにいるのはあなた以外は皆貴族なのですから過ぎた口は身を滅ぼすかと」
「は、私だって伯爵で・・・!」
「黙ってくれるかなジャック殿。君はワースレス伯爵夫人と離縁すると宣言して陛下は了承した。商人の息子だった君が伯爵になれたのはワースレス伯爵夫人が君を当主に据えたからだよ。離縁した場合、その家の血筋の人間に爵位は戻る。君は今、平民だ。ここにいる誰より身分は低い。エリオット伯爵やライズ伯爵令嬢に何か言える立場じゃないんだよ?」
初めて知った事実に驚いていると取り押さえられているその人は思い出したとばかりに顔を青くして慌て出した。
「あ・・・!いや、待ってください離縁だなんて言葉の綾で・・・!」
その人の言葉を遮るように王妃様が右手を上げた。さっきもブライト王子?がしていたこの動きは御前で王様に話をする許可をもらうためのものだと昨日執事が言っていた。
「王妃」
「ありがとうございます陛下。先程から気になっていたのですけれどどうして、 ジャック殿は陛下の許可なく言葉を発しているのでしょう?」
「は」
「リリー・ワースレス様もですけれど、まさか、このような公の場で陛下からの許可もなく発言するほどお二人はご自分が偉いと思っていらっしゃるのでしょうか?」
「あ・・・」
「それは・・・」
「それに、陛下の器量を疑うような発言に、王子たちを軽んじた発言もありました。これはもはや、王家に対する反逆罪なのでは?」
「「!!」」
「ふふふ、これ以上罪を重ねないためにも少し口を慎んではいかがでしょう?」
「それは私も気になっていた。議事録に記入しておくように。さて、ライズ嬢」
「は、はい」
「これで邪魔は入らない。それでどうして、公爵家になれると?」
「お、王家の婚約者は、公爵家以上の人間だと、決まって、るから、ブライト王子に我が儘を言わせて我が家を公爵家にさせるって」
「そうか」
「それで、スカーレット様に、婚約を断られたブライト様を、なぐさめろって言われて・・・ダメだったら・・・私を売るって・・・」
「ふむ・・・」
陛下が顎に手を当て考える素振りをするとその人が右手を震えながら上げた。
「ジャック殿」
「あ、ありがとうございます。子どもの言うことです!私を困らせようと適当なことを言う、不出来な娘で・・・」
「もうよい。これ以上は聞くに堪えぬ。どちらが正しいかは私が総合的に判断して決めることだ。それに、先ほどの様子を見ればライズ嬢が何をされていたかなど火を見るより明らか」
「ですが」
「もう良いといったはずだ。伯爵であるならまだ無礼で済むが平民でありながら王族・貴族への暴言や暴行未遂など目に余る行為だ。特に女性への暴力・暴行未遂は重罪となっている。知らないとは言わせない。ああ、ワースレス伯爵への暴言もあったな?」
「リリーと離婚などしませんとも!なあ、リリーそうだろう?先ほどのことはちょっとした、喧嘩の延長だ、な?」
「・・・」
あの人が右手を上げる。陛下が名前を呼ぶと立ち上がったその顔には笑顔が張り付いていた。ただ、瞳孔は開ききっていて目には光がなく口は不自然に歪んでいた。
「ありがとうございます。陛下、数々のご無礼への罰は私ワースレス伯爵、慎んでお受けする所存でございます。ですが私の子どもであるライズとお腹の中の子どもはご容赦くださいませ」
「子どもに罰はない。だがワースレス家のままでは社会的に罰される可能性もある」
「はい。ですから養子へ出そうと思います。私には親である資格はありませんから」
「・・・ライズ嬢はどうだ?お母様とワースレス家に戻るか、他所の家の子になるか。決めるのが難しければ王家で保護もできる」
優しく微笑む王様と目の前の公爵様を見るとふたりが優しく頷く。それを見て私はゆっくり口を開いた。
「・・・よその、お家に、行きたいです・・・。助けて、ください!あそこはもう、嫌です!」
「・・・分かった。お腹の中の子どもは生まれ次第家を決めることとする。それではこれにて解散としよう。ジャック殿を牢へ連れていけ。サナト後のことは任せた」
王様がそういうと騎士様は他の騎士様へその人を引き渡す。そのときその人はまだ足掻くつもりなのか、取り押さえられながらお母様に手を伸ばした。
「リリー!リリー!聞いてくれ!」
「平民風情が話しかけないでくださいませ」
「・・・連れていけ」
騎士様が他の騎士様に命令するも諦めきれないのか私を見てきた。
「ライズ!お母様を説得しろ!ライズ!ライズ!!」
それを遮るようにあの人は高笑いをするとその人を見つめた。
「うふふ、あなたには、もう家族はいないのよ。私とは離縁、子どもたちは養子に。貴族との繋がりを証明できるものなんて、もうどこにもないの」
「違う!ライズは私と髪も目の色も同じだ・・・!そうだろう!!」
「私にどこにでもある茶色の髪と緑の目・・・そう言ったのは、あなただわ」
今まで自分がしたことを分かってないような態度のその人に言い放つと違う!違うんだ!と叫びながら引きずられていった。それを見送ると公爵様はあの人に書状を見せる。
「では、こちらに署名をお願いできますね?」
「はい。・・・スカーレット様を傷つけるようなことをブライト王子にするよう、言ったのは事実です。如何様にしていただいても構いません」
サインを書いた書状を渡しながら公爵様は驚いたような顔をした。
「もう少し否定をなさるかと思いましたが」
「意味がありませんもの。それに、私は全てを失ったんです。あの人以外何もいらなかった。あの人が喜ぶからしていただけ。あの人が喜ぶなら誰が苦しもうがどうでもよかった。一緒に堕ちるものだと思っていたのにあの人は私のことなんて権力とお金が手に入る道具としか、見ていなかった。許されるなら、これからは傷つけた領民を救済した後、親戚筋に領地を譲って修道院に入るつもりです」
「そうですか」
「・・・ライズ」
あの人が私を呼ぶ。顔だけをそちらに向けるとやっぱり光のない瞳で私を見ていた。少ししてあの人は口を開く。
「私は謝らないわ。謝って許してくれなんて言わない。恨むなら恨んでいいわ。私はあなたを愛せなかった。だから、やり直さない。やり直せる地点がないのだから」
「・・・そうですね。謝られても困ります」
「・・・さようならライズ」
「はい」
人らしい会話をあの人とするのはきっとこれが最初で最後だろう。そう思うと涙が出てきた。騎士様に連れられて出ていこうとする背に向けて叫んだ。
「・・・お母様っ!」
「っ!」
「私、本当は、本当は!お母様って、お父様って呼んで!みんなで仲良く、暮らしたかった!!最後に大好きだって言って!!」
「・・・そんなこと言えないわ」
私を見ることもなくあの人は出ていってしまった。崩れ落ちるように泣き叫ぶ私を王妃様がぎゅっと抱きしめてくれる。それが余計に胸をしめつけて涙が止まらなかった。




