閑話4 王様の謝罪
宰相が子どもたちを連れ出してくれている間にサナトとワースレス伯爵家についての話をする。
「ブライト王子に取り入って得することってある?」
「・・・強いて言うなら教師としての仕事に箔が着く。だが貴族間ではすでにワースレス伯爵夫人の教師としての腕には疑問の声が出ているし微妙なところだろう」
「・・・うーん・・・これはもう少し調べてみないとだね」
「ワースレス伯爵も簡単には尻尾は出さないだろうがな」
「東の国の狐と狸は姿を変えるのが得意らしいよ」
「子孫かもな」
「東の国に失礼だよ」
クスクスとサナトが笑う。『尻尾は家の優秀な執事が掴んでくれるのを待てばいいよ』と言うので任せることにした。それよりも、とサナトは立ち止まる。
「ブライト王子、このままじゃマズイよ。いや、うちの子と結婚して欲しいわけじゃ全くないけど王家の補佐役としてはかなり心配。リヒターは子どもたちをちゃんと叱ってる?というかそもそも話するの?」
「・・・・・・」
「してないんだね」
はあ、とため息を着くと無理矢理腕を引っ張り歩き出すサナト。
「な、離せ」
「僕だって男の腕なんて引きたくないよ。でも引きずってでも連れてかないと歩かなそうじゃんお前」
「どこに行くつもりだ」
「ブライト王子の部屋」
「な」
「お前が叱れ。ワースレス伯爵夫人でもなければストリクト伯爵夫人でもない、お前が怒ってあげなくてどうするんだよこのポンコツ」
「・・・」
「ふふ、やっぱりルティシアも同じことしてた」
「は」
ブライトの部屋の前まで来るとルティシア嬢に腕を引かれて歩くエミリアの姿があった。
「サナト様、奇遇ですわね。お互い大きな荷物を抱えて行き先まで同じだなんて」
「全くね。でも、こんなでも親友だからね、これくらいはやるよ」
「私もです。学園内だけとはいえ、可愛い妹分でしたからね」
「「まあ、スカーレットはあげませんけど」」
ふふふふ、と夫婦で笑い合うとサナトはドアをノックした。ドアを開けたレーナは驚いた顔をして二の句が継げないでいた。
「・・・あの?」
「レーナごめんね。とりあえずこれを放り込むからレーナは外で待機しててもらっても大丈夫かな?」
「もちろんですわ。でも、・・・ええっと、陛下と王妃様をその放り込む?とは・・・」
「危ないから退いてくださいな」
「レーナはそこに立ってて。よし、せーのっ!」
サナトの掛け声と共に二人は私たち夫婦を部屋に投げ入れるように押し入れるとレーナが持っていたであろう鍵で施錠した。
「・・・ちちうえに、ははうえ?」
いきなり入ってきた私たちにブライトは目を丸くしている。
「・・・その、なんだ」
「ええっと・・・」
「・・・ぼくだけ、なかまはずれにして、たのしんでたんでしょ」
プイッと反らされた視線に自分が何の説明もしていなかったことを思い出して心の中で舌打ちした。あのときは、ブライトに悪影響を与えるワースレス伯爵夫人への怒りとスカーレットに失礼なことをしてしまったブライトを下がらせたい一心でやったことだったが、ブライトには仲間はずれにされたように感じられただろう。
「・・・そんなつもりは・・・」
「・・・えいっ!」
私が言い淀むとエミリアは自分の頬を両手で思いっきり挟んだ。その瞬間ものすごい音がしてブライトが目を大きく開く。
「は、ははうえ?」
「今、母上は気合いを入れたんです。ブライト、どうして父上がブライトだけ部屋に戻らせたか分かりますか?」
「・・・わかんない・・・」
「ブライトがスカーレットちゃんの腕を引っ張ったからよ。あれはね、やっちゃいけないことなの。引っ張ったらどうなるか分かる?」
「・・・スカーレットがころぶ?」
「そうね。転んだらどうなると思う?」
「・・・けが、しちゃうかもしれない」
「そう、それにブライトも一緒に転んで二人とも怪我をしたかもしれないわ」
「・・・」
「それに、引っ張られたら痛いわ。スカーレットは女の子だから男の子のブライトより力も弱いの。いえ、男の子とか女の子とか関係なく引っ張られたら痛い。自分が痛いことをされたら、嫌でしょ?」
「いやです・・・スカーレットも、いやだったのかな・・・」
「きっとね」
「・・・ブライト」
「ちちうえ・・・」
「理由も言わなかったのは父上が悪かった。ブライトなら分かってくれると甘えていた。これからは父上もどうしてダメなのかちゃんと説明する。寂しい思いをさせてごめんな」
「ブライト、母上も、ごめんなさい。先生たちに任せてばかりでブライトたちとちゃんと、お話ししてなかったわね。いいこと、ダメなこと、お母様が教えるわ。楽しいことも悲しいこともお話ししましょう。ブライトも楽しいことや悲しいことがあったら父上や母上に教えてくれる?」
「っ!!うん、うん!」
ポロポロと泣き出す息子を抱きしめたエミリア。私も2人を抱きしめる。甘やかすことが、ワガママを出来る限り聞いてやることが、愛情の表現だと思っていた自分は3人の子どもを蔑ろにしていたにひとしいのだろう。もう一度ブライトに謝るとブライトは目を擦りながら私たちを見上げた。
「ちちうえ、ははうえ・・・ぼく、ぼく、スカーレットに、あやまりたい・・・!スカーレット、きっとおこってる、から!」
「ああ、ちちうえもいっしょにあやまろう」
「・・・うんっ」
ブライトは涙を拭うと今まで見たことが無いくらい嬉しそうな顔で笑っていた。




