おでこ
「スカーレット」
名前を呼ばれて目を開ける。いや、正確には開けようとした。でもどうしても瞼が落ちてきて開けられない。それに、この暖かさから離れがたくてすり寄る。そういえば、今日は私どこでお昼寝したんだっけ。
「・・・スカーレット、起きて」
「・・・うー」
「起きてスカーレット。スカーレットが起きてくれなきゃおはようのキスができない」
おはようのキス・・・お父様だったっけ・・・いや、声が高かった。えっと、確かお兄様が寝ててもいいよって・・・。そこまで考えて思い出した。そうだ、私、お兄様の膝の間で眠って・・・!あまりの羞恥に顔をあげるとなぜか寝る前は壁を見ていたのに目の前にはお兄様の綺麗な顔があった。
「おはようスカーレット。もう15分経ったよ」
そういうと本当に私のおでこにキスをした。中身は大人とはいえ26年間、浮いた話などなかった私を赤面させるには十分だった。真っ赤になる私の頬を撫でるとお兄様ははにかむように笑った。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいね。エレーナとトパーズにはやらないでおこうかな」
そんな機会はないだろうけどねと笑うケビンお兄様にクラクラする。全てが完璧過ぎて怖い。
「ね、スカーレットが寝る前に読んでた絵本、お姫様の話だったよ」
「そうなんですか?」
「うん。怪獣が王子様で魔法使いが実はお姫様だったみたい。ふたりは結婚して幸せになるんだって」
「うーん・・・」
「お気に召さない?」
「だって、おひめさま は ぜったい おうじさま と けっこん する んですもん。 おうじさま が きらいな おひめさま だって います」
「スカーレットみたいに?」
「わたし?」
「ブライト王子を袖にしたってサナト様から聞いたよ」
「・・・そで?」
ついつい答えそうになっていろんな言葉を飲み込んだ末の間だった。油断すると3歳児の擬態を忘れそうになる。袖にするなんて言葉、3歳は分からない。分からないよお兄様。
「相手にしなかった・・・はわかるかな?」
「あいてにしなかったわけじゃないですよ?いや ですって ことわった だけです」
「それを相手にしなかったって言うんだよ」
「うーん?」
袖にするって親しい相手にするんでしょう?私、別に王子様と親しくないけどなあ・・・。なんか誤解されてる気がするけど・・・。
「・・・スカーレット」
「なんですか?」
お兄様は私の名前を呼んだかと思うとぎゅっと力を込めて抱きしめられた。なんなんだ、なんなんださっきから!
「お、おにいさま?」
「・・・あーあ」
「どうしたんですか?」
「スカーレットはホントに王子様嫌いなの?恥ずかしかったとかじゃないの?」
「いまのところは きらい です」
「本当?」
「はい」
「じゃあ、僕が本当は怪獣だったらどうする?」
不思議な質問するなあお兄様。怪獣だったらかあ。
「そうですねえ みてみないと わからないです」
「そっか・・・」
「でも、わたしが まほうつかいになって なおしてあげても いいですよ」
「治るかな」
「おにいさま は やさしいから きっと なおります!」
この前まで全然なついてなかった子にジャケットをかけてくれるのだ、優しくないわけない。いや、成長するとどうかは分からないけど、少なくとも現時点では優しい。
「治っても、王子様じゃないけどいい?」
「だから わたしは おうじさまだから すきになったり しません」
そこまで答えてなんだかさっき説明してもらった絵本のようだなと考えてまさか、これ遠回しの告白で「言ったね?」とか言われたりしないよね?ヤンデレの気質をすでに持ってたりしないよね?
「・・・ありがとう、スカーレット。怪獣になったら助けてね」
「が、がんばります?」
「・・・もっと大きくなったらまた聞いてみようかなあ」
ぽそりと呟かれた言葉に肩が跳ねそうになるのを抑えた私すごい。フラグ、いらないフラグ立てたかもしれない私。いや、でも私まだ3歳だし、お兄様9歳だし、恋愛フラグなんて立たない。ないない。気のせい。うん、たぶんきっとそう。誰かそうだと言って。
「スカーレットはサナト様が大好きなんだっけ」
「は、はい」
「ふふ、そっかそっか」
そう言って何かに納得したのかお兄様はもう一度私のおでこにキスをすると「おきて、おやつにしよう」と言って笑った。




