標語は分かりやすく
紙に思い出せる限りのことを書き出して、やることをまとめる。思い出せることが実はあんまりなくて、これはもしかしたらキャラクターを目にしないといけないとか、そういう枷があるんだろうか。それは、対応に関して不安が残るけど仕方ない。
「・・・できることと言えば、これくらいしか今のところ思いつかないな」
1.ヒロインをいじめない
2.ひとりで行動しない
3.交遊関係を広げる
4.無駄な争いはしない
5.気弱に見えてはいけないのでダメなものはキチンと申し上げる
6.誰にでも優しく。えこひいきしない
ゲームでのスカーレットは若干えこひいきする傾向があったし、交遊関係も狭かったのでここをなんとかしよう。上の2つは学園に行ってからじゃないとどうしようもないので今は保留。
「やや標語じみてるけどいっか。分かりやすいし」
さて、これをお母様からもらった宝箱にしまっておこう。これの鍵は私しか持ってないのだ。お母様の実家では宝箱に宝物を入れておいて成人の日に開けて思い出を愛で成長を祝う風習があるらしく、私も2歳のときにいただいた。中にはお父様から貰った花(押し花にしてしおりにしてある)と恋愛運が上がるからとお母様からもらったピンクのパワーストーン、お姉様たちからもらったバースデーカードが入っている。スカーレットは悪役令嬢だけどそれはヒロインの視点から見たらという話だなあとこれを見ると思う。うん、家族を悲しませちゃいけない。前世では早く死んで悲しませてしまったと思うので今回は親孝行しないと!
「そのためにも、やっぱり断罪されっぱなしは無し」
メモにやるぞ!と念を込めてから宝箱にしまう。恋愛運が上がるというパワーストーンをメモの上に乗せたのはなんとなく、ご利益があればいいなと思って。
「鍵も・・・ちゃんとしめた!よし!あとは・・・」
3歳児の擬態をがんばらないと。これが今は1番しんどい。絶望的すぎるくらいに分からない。3歳ってどれくらいのことができて、どれくらいのことができないんだろう?
「人見知りしてたみたいだけど・・・交友関係を広げるならあんまり人見知りすぎてもね・・・」
広がらないから、交友関係。人見知りしてちゃ自分から話しかけられないし、相手から話しかけられたとしても話が膨らまない。でも突然直したら不自然だし・・・。
「うーん・・・」
「スカーレット。お父様だよ。入ってもいい?」
「は、はい!」
部屋に入ってきたお父様はホッとしたように微笑んで私に近づいてきた。
「よかった泣き止んだみたいだね。そろそろおやつにしようか。まだ目が少し赤いね。ウサギさんみたいで可愛い」
よしよしと頭を撫でるお父様。ダメだ推しからのナデナデ・・・しんど・・・いや、前世みたいに推しとか言っちゃだめだ!ここで頑張るって決めたじゃないか!ゲームの世界と思うのはよくない!これは生の現実!そうよ!お父様にナデナデされるなんて世の中の女の子は拒否するもの!ここは断らないと!思いきってお父様を見上げて目で撫でるのはやめてくれと訴えてみる。
「どうしたの?上目遣いなんてして、抱っこ?」
睨んでも上目遣いにしか見えないとかさすが美少女。それにしてもお父様、普通に顔がいい。これ、思春期が来ても嫌いになれないと思う。でも!抱っこは拒絶させていただきたい。恥ずかしいから!
「・・・もう、あかちゃんじゃ、ないから、だっこしません」
「別に赤ちゃんだと思ってるから抱っこするわけじゃないよ。お父様が抱っこしたいから抱っこさせて?」
娘にキラースマイル食らわせても許されるのはたぶんこの人だけだ。手を広げるお父様におずおず近づくとすぐに視線が高くなる。お父様背が高くていらっしゃいますね・・・。
「羽みたいに軽いね」
「えっと・・・はねのほうが、かるい、です」
「・・・ふはっ!そうだね!あー・・・こういうところは僕の血かなあ・・・エレーナとトパーズはこういうと喜ぶけどスカーレットは違うんだね。可愛い可愛い」
「・・・?」
お父様の可愛いのツボが謎過ぎるんですが・・・。こういうのは照れるのが可愛いんじゃないんだろうか。いや、羽根の方が軽いと思うのは事実ですが。まあ、満足そうなのでいいか。
「さ、おやつを食べに行こうか。今日はマドレーヌだって。色んな味を作ってみたって言ってたから楽しみだね」
「まどれーぬ・・・あじがたくさん・・・!」
「夕飯が食べられなくなるから1つだけだよ」
「・・・えう・・・」
そんな!マドレーヌは前世からの好物なのに!しかもここのシェフは料理もお菓子もとても美味しいからたくさん食べたいのに、1個しかダメなんて・・・。思わず唸ったらすごく可愛い声がでましたよ、これは仕様なんでしょうか・・・。3歳児エディションってこと・・・?
「可愛いねえ。でもだめだよ」
こういうことで泣きそうになるのが可愛いと終始にこにこしているお父様。ちょっとサドっぽい・・・。器用に片手でドアを開けると非常に長い足でゆったりと歩く。
「ねえ、スカーレット、ケビンのこと本当は嫌だったりしないかい?」
「?いやでは なかったです。ほんとうに、びっくりして でも おにいさまが ふえるの とってもうれしい!」
「いいなあ、来ただけでスカーレットに喜んでもらえるなんて」
私のほっぺたに自分の頬をくっつけながらそういうお父様。いい匂いがする。とても3人の子持ちとは思えない。
「おとうさま の ほうが だいすき ですよ?」
「・・・もう、お嫁さんになんて出さない」
「そういうわけにも行かないでしょう。ちっとも戻って来ないと思えばなんですか娘にデレデレして」
前から歩いてきたお母様は真っ直ぐな黒い髪にルビーみたいに真っ赤な瞳に少しつり上がった目をしている。見た目は非常にキツい美女だ。
「いいじゃない。可愛い娘なんだよ?僕よりできる男なんていないんだからどこにもやりたくないよ。3人ともね」
「ダメです。この子たちに好きな殿方が出来たら、応援するのを楽しみにしてますのに!」
「やだ。だめ絶対。スカーレットはお父様が1番好きなんだもんねー」
「はい!」
「洗脳はやめてください!それに、何年かすればスカーレットだって『お父様キライ』って言うようになりますわ!」
「えー?こんなにカッコいいお父様を嫌いになるの?スカーレット」
「ならないです!おとうさま だいすき!」
記憶は思い出してなかったけれど、3年間、お父様と一緒にいたからかするりと口から肯定の言葉が出た。なるほど、スカーレットはお父様が大好きだったのか。まあ、そもそも嫌いになる要素もないし、私もこの数分で今のお父様がサナトでよかったと噛み締めているから3年もいっしょにいれば盲目的に好きにもなるな。そんな私の考えなど露知らず、お父様は私の頭を撫でた。
「ねー。ほらーならないって」
「まだ3歳のスカーレットに言われたって説得力ありませんわ!恋の邪魔をする父親なんてこの世の女子が嫌いなもの5つに入ってきますわよ!」
「それはぜひ君の父上に申し上げなければ」
「え、あ、いえ、別に私はお父様が嫌いとかではなく、あくまで一般論ですわ・・・」
おずおずと小さくなるお母様。彼女は見た目に反してとても可愛らしく乙女なので誤解されてしまっているのは可哀想だと思う。
「そ、それに!イチャイチャするのはだめですわ!私だってスカーレットとイチャイチャしたいんですの!」
「エレーナとトパーズとイチャイチャしてたんでしょう?」
「そう!どちらが私の隣に座るかで気づかれないようにケンカしてましたの!可愛かったですわ」
「それはそれは・・・どうもエレーナとトパーズは僕より君の方が好きなんだよねえ・・・」
「あなたは理想の王子様然としすぎていると言っていましたから恥ずかしいのでは?」
「そうなのスカーレット?」
「おとうさまは かっこいいです」
「・・・スカーレット・・・やっぱり3人とも他所になんてやらない。僕のものにしておきたい本当に」
「だめですわ」
このやり取りは長くなる。早くマドレーヌ食べたいのに・・・。少し催促しよう。
「・・・おとうさま、おやつ・・・」
「ん?ああ、そうだったそうだった。ごめんね。早く行こうか。ほら、ルティシアもおいで」
そういうとさらりとお母様の腰を抱くお父様。お母様は顔を真っ赤にしている。
「・・・かわいい」
「ん?」
あまりのかわいらしさに思わず出てしまった声にお父様が首を傾げる。目だけじゃなくて口までゆるゆるか私は。
「えっと・・・おかあさまは おとうさまが だいすきなんだなって・・・」
「ふふふ、そうなの?ルティシア」
「聞かないでくださいませ意地悪ですわ」
プイッとそっぽを向いてしまうお母様。でも耳まで真っ赤にしてもじもじしているので怒ってる訳ではないらしい。照れているだけなんだろう。
「あとでこっそりどっちなのか教えてね」
お母様にこそっと囁くお父様は楽しそうだった。