はじめての生徒
おばあ様は楽しそうに私の前にやってくると椅子を用意しようとしたミーナを手で制する。
「スカーレットに、必要なことを話したらケビンに会ってすぐにあちらへ帰るわ。ダーリンを置いて何日も家を開けられないもの。だから席は無くていいの。スカーレット」
「はい」
「レイチェルが先ほど言ったことは全て彼女の本当の気持ちだってことは疑わないであげてね。私は『スカーレットが望むなら当主としての教育をしてあげて、お金は私が払うから』と頼んだだけなの。それなのにレイチェルったらスカーレットを褒めに褒めた挙げ句、自分が費用を持つなんていうでしょう?かっこよかったのに最後に口を滑らせたから私が出てきたの」
「・・・私も、したくない結婚を勧められたことがあります。私は相手が同じ伯爵家だったから断れましたが、王族が相手です。このままではなし崩しにブライト王子に嫁ぐことになるかもしれません。そうなる可能性の方が、私には高いと思えます。わずか3歳のスカーレット様の未来が決まってしまうのが自分のことのように、無性に悔しかったのです。だから私は出来る限りのことをスカーレット様にして差し上げたいんです」
「どうして、そこまで してくれるんですか?」
「・・・私の生徒はまだまだ少ないです。母や父、それに、主人の方が先生としては優秀だと分かっています。そんな私の、初めての生徒はスカーレット様、あなたなんですよ」
「・・・レイチェルさまは とっても おしえてくださるのが じょうずで すてきな かたですから わたしが はじめての せいと だなんて おもいませんでした」
「スカーレット様が自慢できるような先生になりたかったのです。スカーレット様は覚えていないと思いますがストリクト家がスカーレット様の先生として公爵家に来たその日のことです。サナト様は私の母を先生にと考えていました。大切な娘さんを駆け出しの私に預けたいと思う親はいませんから当然です。私はそのとき、あくまで付き添いという形で母に着いてきました。そんな私を1歳になったばかりのスカーレット様は選んでくださったんです。喋りだしたばかりのスカーレット様は私を指差して『しぇんしぇ』と・・・先生と、呼んでくれました。母が話しかけようとサナト様が違うと言ってもスカーレット様は私に抱きついて先生とずっと呼んでくださったんです・・・。私を初めて先生にしてくれたのはスカーレット様です。初めての生徒に出来る限りのことをしてあげたいのです」
そう言うとレイチェル様はぽろぽろと泣き出してしまった。座っていた椅子から降りるとレイチェル様の膝に手を置く。私の周りの強い女の人はなんだかとっても泣き虫みたいだ。
「・・・せんせい」
「はい・・・」
「わたし、レイチェルさま、だいすきです。レイチェルさまの、はじめてのせいとが わたしでうれしいです。わたしを、レイチェルさまとおそろいに してください」
「・・・当主に、なるのは、大変ですよ・・・」
「だいじょうぶです!だって、わたしのせんせいは レイチェルさま ですから!」
そう答えるとレイチェル様は私を抱きしめて声も上げずに泣いてしまった。おばあ様は私にウインクするとミーナに手紙を渡して部屋から出ていった。きっとケビンお兄様に会いに行くんだろう。
「・・・レイチェルさま、わたし、がんばります。レイチェルさまが わたしのことをじまんできるように」
「・・・ええ、ええ、スカーレット様っ、私も、精一杯、持てる全てで、貴女を当主にしますわ。私の大切な生徒ですもの」
「はい、これからも、よろしくおねがいします」
抱きしめられていてハンカチが取り出せなかったので手で優しくレイチェル様の涙を拭う。しばらくしてミーナが冷たい水に浸してから固く絞ったタオルをレイチェル様に差し出した。
「・・・ありがとうございます。スカーレット様、ミーナ様」
「いいんですよ。そちらのソファに座って少し目を冷やしていてください。それに、私だって手伝うって言ったのにふたりだけで完結しないで仲間に入れてください。レイチェル様が休んでいる間、私からお嬢様に教えられることがあれば教えます」
「・・・そうね、私たち3人は協力関係にあるのだものミーナ様にも手伝ってもらわなくちゃ・・・それじゃあスカーレット様に学園について説明してもらえる?」
「任せてください。お嬢様こちらへ。少し紙とペンをお借りしますがよろしいですか?」
「はいっ!」
ミーナは私の机からに紙を取り出すとそこにいろいろと書き出した。
「まず、15歳になると貴族の子息令嬢は3年間、学校に通うことになります。この間はお家ではなく学校に住むことになります」
「うん」
「お嬢様が通える学校は『セイントリリー女学園』『ノーブル王立学園』『プリーゼン共学園』の3つです」
「うん」
セイントリリー女学園は『のばキス』のメイン舞台だったので分かる。それで、確かブライト殿下は王族なのを理由に本来は入れないレベルのノーブル王立学園だったはずだ。
「『セイントリリー女学園』は文字通り令嬢の方のみが通えます。ここでは手芸や女主人としての振る舞いなどを学ぶのが主です。ルティシア様の母校ですね。私もこちらの卒業です。『ノーブル王立学園』は次期当主に決定している方やそれを目指す方が通っています。陛下やサナト様、レイチェル様もこの学校の卒業です。最後の『プリーゼン共学園』は15歳の時点で上記どちらにも属さない方や勉学を優先する方が選びます。この学園は国の官僚になった優秀な方を多く輩出している由緒正しく、1番歴史の長い学園でもあります。エリック様が卒業されています」
「うんうん。つまり、わたしは ノーブルおうりつ がくえん をめざせばいいの?」
「はい。その学校に通ってもいいですよというのが分かるのが14歳です」
「だからサナト様は14歳を一区切りとしたんですよスカーレット様」
レイチェル様はまだ目は赤いものの涙は止まったのか私の向かいに座ると姿勢を正した。
「スカーレット様、私もやるときは徹底的にやる女です。明日からお勉強の時間を増やしましょう。大丈夫ですか?」
「はい!よろしくお願いします せんせい!」
私が元気よく返事をするとレイチェル様は花のように綺麗に笑った。




