決意のお茶会
次の日、私は週に4回ある『令嬢による令嬢のための立派な令嬢になるためのレッスン』通称『令嬢レッスン』を受けていた。私の先生はストリクト伯爵家のレイチェル様。ストリクト伯爵家は貴族だけでなく王族にも貴族としてのマナーや施政者としての心得、その他王族に必要なことを代々教えている家系だ。
レッスンの途中、次に教えていただく科目の前に休憩しようとお茶を飲んでいるときに昨日お城であったことをレイチェル様に話すと彼女は唸ったと同時にロダンの『考える人』のようなポーズで悩み始める。
「スカーレット様はブライト王子のことはどうお思いです?」
「すきではないです」
「お嫁さんになりたいですか?」
「いいえ」
「うーん・・・」
確か、ロダンの『考える人』って地獄に落ちた人を見つめて考えてるんだったっけ?地獄を見つめてるんだっけ?どちらにしても、これ、もしかして断るのってよくなかった?何かの示唆ですか。このポーズ
「・・・断ったのは英断と言えますが、完全に突っぱねたわけではないということですよね」
「はい」
「お嫁さんになるのが嫌なのでしたら・・・それは良くないかもしれませんね」
「よくない?」
レイチェル様が姿勢を正すと真っ直ぐな赤毛の髪がさらさらと揺れる。勝ち気な深緑の瞳で私を見つめるとレイチェル様は私にも分かるように説明してくれた。
「スカーレット様、王家の方はやろうと思えばどこまででもやってしまう可能性があります」
「うーん?」
「あの第二王子がですか?」
私のカップにおかわりのお茶を注ぎながらミーナが思わずと言ったように呟く。それにレイチェル様は頷いた。
「ミーナも噂は聞いていると思うけれど、確かに今のブライト王子はとても王子様と呼べる代物ではないわ。それが、昨日、突然我が家に協力を求めてきたの。今まで母が散々『行く』と言っていたのを断っていた陛下から直々に『来てもらいたい』なんて手紙が届いてね?『なにがなんでも理想の王子様にするんだー』なんて息巻いて朝早くから出かけて行ったわ」
「ストリクト伯爵夫人がですか・・・」
「ええ。それに、あの調子だと父も呼ばれるでしょうね。母はマナー専門だから、王家の者として必要な知識は教えられないもの。ああ、スカーレット様ごめんなさい。難しくなってしまいましたね。私のお父様とお母様がブライト王子様をサナト様のようにしてくるかもしれません。そしたら断るのは難しくなる、というお話です」
「ブライト王子がお嬢様の望むようにサナト様ほど素敵になっていたら、例えお嬢様に好きな相手が居たとしてもその人が王子様にお嫁さんになってくださいと言われているお嬢様のことを選ぶのはなかなかに勇気がいります。そうなったら自然とお嬢様はブライト王子を選ばなくてはいけなくなります」
「いやです!わたし たぶん なかよく できません!」
さらにミーナが言うにはフェイバー公爵家は他の貴族よりはるかに格が高いらしい。私のお婆様が王家の出身なのは知っていたけれど何代か毎に王族出身のご先祖様がいるらしいのだ。濃い青の瞳は王家の血筋にしか出ないらしく瞳だけで血筋を物語っているのがお父様と私らしい。それだけじゃなくお父様もやり手で王家を影に日向に支えているようで王家への発言力も強い上に機嫌を損ねたくないというのが王家側にもあるから断れるだけで他の貴族は王子様がぜひにと私を求めた段階で私を妻にと求めることができなくなったと話してくれた。
「こまりました・・・」
「・・・・・・そうだわ、スカーレット様、領地経営にご興味はおありですか?」
「りょーちけーえー?」
「お父様のお仕事気になりますかということですお嬢様」
「それは・・・」
ある。正直、とてもある。領地経営なんて大変そうだがお父様のお仕事に興味がないなんてことはない。だって前世ではお父さんの仕事に憧れて大学を決めて同じ職種の違う会社に入社したのだ。私は元々そういう気質だし、浮いた話もなくバリバリ働いていた私には令嬢の仕事であるお茶をすすって情報を集めるだけで後は夫にやってもらうというのは性に合わない。
「あります」
「そう!それなら当主を目指されてはいかがですか?」
「え?」
「まさかその家の主を嫁にくれなどとは王家でも言えませんもの。公爵家を継げば断る断らないなどという些末な心配いりません」
「でも、わたしは おとこのこじゃ ないですよ?」
男の子じゃないと家が継げないからケビンお兄様が連れてこられたのではないのだろうか。今もお部屋でレイチェル様の旦那さんに次期当主に必要な教育を受けているはずだ。
「・・・ああ、スカーレット様はケビン様がこちらにいらっしゃったのは公爵家を継がせるためとお思いですか。3歳ながら聡明でございますね」
「そうでしょう!私のお嬢様はとても賢くていらっしゃいます!」
ミーナがえっへんと大きな胸をはる。それを鮮やかに無視してレイチェル様は話し始めた。
「サナト様は別にそんな おつもりはないと思います。恐らくお嬢様たちの未来の自由度を広げるためとケビン様がこちらに来たいと強く所望されたからでしょう」
「でも・・・」
「それに!女性の当主など、たくさんいますよ。この国は当主の男女比は5:5です。私も次期ストリクト伯爵ですわ」
衝撃の事実にくらくらする。なんだかずいぶんと先進的な国らしい。でも、それなら・・・
「わたしは さんばんめの うまれです」
「私もお姉様たちを蹴落としましたわ。いえ、彼女たちはあまり当主の座に興味がなかったというべきでしょうか。能力と意欲があれば生まれた順など関係ありません」
超進んでるなこの国。長子継承でもないのか・・・。
「愚かな者に継がせるくらいなら優秀な者が継ぐのが家のため、ひいては国のためですからね」
「私の家も父は次男です。まあ、伯父様が商売をやりたいと出ていってしまったのが原因でもあるのですが・・・。私もこうして出てきたわけですし自由な国だとは思います」
ミーナがそう言って苦笑した。某女神像の国もびっくりなほど自由だ。もう、なんでもありな気がする。
「ただ、やはり生まれた順が早ければ早いほど指名されやすいのは事実です。特にスカーレット様とエレーナ様は年が離れておいでですから並大抵の努力では難しいですよ」
「・・・」
これはチャンスなのではないだろうか。このまま普通の令嬢として過ごしていたらなんだかんだと悪役令嬢にされてしまうかもしれない。でも、当主になればそんなことにかまけてるほど暇じゃないと言えるし事実そうなるだろう。それに『女当主』ってかっこいいと思うのだ。
「レイチェルさま、わたし、とうしゅ を めざします!!」
そう、力強く宣言するとレイチェル様は楽しそうに笑った。
ようやく目指すことにしました・・・!




