無事帰宅
その後、お話ししたりお茶をごちそうになったりしてから家に帰ってきた。昼過ぎに出かけたのに今はもう夕方だ。我が家だと、もう夕飯が済んでいる時間だからか屋敷の中は静まりかえっている。お父様と私が帰って来ると聞いていたエリックだけがエントランスで待っていて、とても心配そうな顔をしながらお父様に歩み寄った。
「おかえりなさいませ旦那様」
「うん、ただいま。皆はもう夕食は食べたかな」
「はい。旦那様とお嬢様には軽食をご用意しておりますが食べられますか」
「うん。僕はともかくスカーレットはいつものおやつより少し多いくらいしか食べてないし、いただくよ。ああ、僕の部屋に2つ運んで。それを下げたらメイドたちにはすぐに休んでもらってね。エリックとミーナにだけは迷惑をかけるけど僕とスカーレットの身支度を頼むよ」
「かしこまりました。お嬢様もおかえりなさいませ。お城はいかがでしたか?」
エリックは右手を軽くあげてから私にも挨拶してくれた。きっとあの合図で皆さんが準備したりミーナに伝言したりするんだろう。執事長かっこいいな。そう思いつつエリックに大丈夫だったよという意味を込めてにっこり笑いかける。
「ただいま もどりました。エミリアさま と たくさん おはなし できましたよ!エミリアさま、あみもの が できるのですって!」
この国では貴族女性にとって手芸が出来るというのはひとつのステータスだ。刺繍やハンカチなどの小物を作って身内の男性に持たせるのが美徳とされている。だからお父様のハンカチは全てお母様手製のものだ。ちなみに薄いピンクのハンカチに自分の名前の頭文字を刺繍したものを渡すのが結婚の申し込みを受けるという意味になる。お父様もお母様からもらったピンクのハンカチを大切にしまっているらしい。
「編み物ですか。そういえば王子たちが赤子の頃にお使いだったあみぐるみは王妃様手製のものだったと記憶しております」
「エミリアさま やっぱり すてきです!」
「それで、そのですね」
エリックが何か聞きたそうにしている。はて、エリックに聞かれるようなことってあったかな?
「婚約はとりあえずはしなくて済んだよ」
「とりあえず、ですか」
「とりあえずだね。まあアイツもスカーレットがその気にならなきゃ婚約も結婚もさせないと思うよ」
「・・・王族がやる気を出すと怖いですよ」
「お二人とも」
お父様たちが話しているのをまだ終わらないのかなと思っていたら2階から降りてきたミーナが二人に声をかけた。
「お嬢様にお食事を取っていただいて、お着替えしていただかないといけませんわ。旦那様もお疲れでしょう。それに、ここは目につきます」
言外に誰かに聞かれてもいい話なんですか?とミーナは言っているのだ。お父様とエリックは肩をすくめて苦笑した。
「・・・そうだな。旦那様、お嬢様失礼しました。お部屋へいきましょう。」
「そうだね。ミーナ、ありがとう気をつけるよ」
「いえ、差し出がましいことを申しました。お嬢様、お待ちしておりますね」
「うん」
ふわっと笑ってくれたミーナに私も笑顔で頷く。きっとメイドの誰かがミーナにお父様たちが動かないことを伝えに行ったのかもしれない。この屋敷のメイドさんたちの中で身分が1番高いのがミーナだから。
「さ、このままだと今度はルティシアが来そうだし行こうか」
お父様と手を繋いでお父様のお部屋に行く。もうテーブルの上には軽食が用意されていてホカホカと湯気が出ていた。トマトのリゾットだ。エリックにナプキンを着けてもらって食べ始める。
「お嬢様はブライト王子にお会いしてみてどうでしたか?」
「うーん・・・おかおは とっても きれいでした」
「・・・それだけですか?」
「うーん、あとは・・・しつれいでしたかね?でも おうぞく だから そうなのかも しれません」
「・・・好みではなかったことは分かりました」
エリックがちょっと安心したように肩の力を抜いた。でも、なんでエリックがこんなに心配するのかな?
「エリック、なんでそんなに心配してるの?」
「いえ、実家の父から手紙が来まして・・・お嬢様がブライト王子に呼ばれたのを知ったところ断固として止めろと・・・」
「ああ・・・まだまだお元気なようでよかったよ」
「元気すぎて兄も困ってるようですが」
「そのうち戻ってこいなんて言われたりしてね」
「出来る限り拒否したいですね。私に貴族の仕事は合いませんから」
「謙遜をありがとうエリック」
ふたりのやり取りを聞いて首を傾げる。えっとつまり・・・?
「・・・エリックもきぞくなんですか?」
「ええ。これでも伯爵家の次男でして。社会勉強として公爵家に仕えているのですよ」
「ミーナと おんなじ ですか?」
ミーナも伯爵家のご令嬢なのに公爵家に仕えている。彼女は結婚するのを拒絶して公爵家へと着の身着のままやって来たらしい。「私がここにいられるのはお嬢様のおかげなんですよ」と笑うミーナは綺麗だけれど寂しそうな顔をする。なんとかしてあげられるといいんだけど。
「彼女とはだいぶ事情が違いますが、似たようなものですよ」
「エリックは父親から逃げてきたんだよね」
「勇気ある撤退と言ってください」
いつも涼しい顔をしているエリックが顔を歪めるエリックのお父様、いつか会ってみたいなと思いつつ私はリゾットを口に運んだ。




