ブライト王子は諦めない
陛下は深いため息をついた後、それはそうだろうなとこぼした。
「フェイバー公爵家にはブライトを待つメリットがない。当然の結論だな。分かったそれでいい。スカーレット嬢はブライトのことは気にせず自由にしてくれ。私としてもその方が嬉しい」
「陛下の寛大なお心に感謝します」
「ありがとうございます へいか」
「・・・ああ」
私たちのやり取りをエミリア様に分かりやすく教えてもらったのだろう。ブライト王子は決心した顔をして私を見つめる。
「あきらめな・・・あきらめませんから!」
私はその言葉に頷くだけで明確な返事は返さなかった。それにしても、諦めないらしい。まあ、ここで性格が矯正されてゲームのように王子の権力を振りかざすだけの面食い暴君にならなければ私の断罪も遠退くだろうし王家としても安心するだろう。ぜひ、がんばってほしい。私との結婚はともかく彼の将来のためにも。
「さて、それじゃあこの話はここまでにしましょう。スカーレットちゃんお菓子でも食べてお話ししましょう?」
「はい!」
「ブライトもいらっしゃい。あなた興奮してお昼も食べなかったじゃない」
厳しいことを言いつつもエミリア様はちゃんとブライト王子のことを愛しているんだろう。そもそも、そうじゃなければちゃんとして欲しいだなんて思うはずもないけど。
「・・・さきにいってて・・・いえ、いっててください。ちちうえに、おはなししたいことが あります」
「そう?それじゃあ行ってるわ。スカーレットちゃんこちらよ」
王妃様に手を引かれてソファーに座ると目の前にはたくさんのお菓子とサンドイッチがおいてあった。このサンドイッチはお昼ご飯を食べていないというブライト王子のために用意されているものな気がするし、王家のお菓子が気になるので、まずマドレーヌをいただくことにしよう。エミリア様はニコニコと私が食べるのを見ている。レモンピールが入ってるのか、食感があっておいしい。
「それは私が味を考えて作らせたの。はちみつとレモンピールを混ぜてあるのよ」
「とってもおいしいです!」
「よかったわ。そうだ、スカーレットちゃんお花は好きかしら?」
「おはな!だいすきです!とくに、あお と あかい おはなが すきです」
公爵家の庭には綺麗な花がたくさん咲いている。お父様が好きだからだ。スカーレットも花が好きだった。私も前世では、毎日花を一輪買っては花瓶にさしていた。電車通勤だったから大量に買って帰れないためにそうなったけど、今は定期的に庭師が花を切ってくれるのでありがたい。
「どうして?」
「あおは、おとうさまの めの いろ で あかは おかあさま と おねえさまたち の めの いろだからです!あ、きいろ の おはなも すきですよ!ケビン おにいさまの めのいろですから!」
記憶が戻ってから、お花好きに輪がかかった私はミーナに青と赤の花ばかりねだった。本当は黄色も入れたかったけどなんだか妙に恥ずかしい気がして外していた。花惜しげもなく用意してくれたミーナに『ご家族の目の色ですね』と微笑ましそうに言われて気がついたのだ。早くも家族好きを拗らせつつあった私だが黄色を外したのは家族になったばかりのケビンの目の色の花を入れてもらうのが気恥ずかしい気持ちがあったから。でも、今は黄色も入れてもらっている。
「そう。スカーレットちゃんは家族が大好きなのね」
「はい!」
「ふふふ、ねえ、よかったらこの後、少しお散歩しましょう?お城のお花もとっても綺麗よ」
「いいんですか?」
「ええ。サナト様にお願いしてみましょうね」
「たのしみです!!」
エミリア様とお城のお花を見るなんて贅沢な気がする。きっと素敵なんだろうな。意識をすでにお花に飛ばしているとブライト様がやってきた。
「おまたせしました」
「陛下とはお話できた?」
「はい」
返事をした後ブライト様は少し考えてエミリア様の隣に座った。サンドイッチを口にしてから私に向き直る。
「なんの おはなしを していたのですか?」
「えっと、これから、エミリアさまが おしろの おはなを みせてくださる そうなんです」
「はな・・・」
「ブライトはあまり好きじゃないでしょう?」
「・・・スカーレットじょうは はな すきですか?」
「はい」
「・・・なら、ぼくも、いきます」
「何の話だ?」
意を決したようにブライト王子が言ったところに陛下がやってきて王妃様の隣に座る。お父様もやってきて私の隣に座るとチョコレートがたっぷり入ったマフィンを手に取った。
「スカーレットちゃんに 王城の花を見せようと思ってお散歩に行きましょうと言ったらブライトも付いてくると言って、珍しいでしょう?」
「ブライトが?」
「だって、スカーレットじょうと おはなし、できてないし」
うっ、そういう子どもの純粋なところを出されるととても申し訳ない気持ちになる。
「それに、スカーレットじょうが すきなものは ぼくもしりたい」
「・・・王族のポテンシャルは高いんだよなあ」
「おとうさま?」
チョコレートマフィンを食べながらお父様が小さい声で呟いた。私にしか聞こえていないその声に首を傾げると誤魔化すようにちぎったチョコレートマフィンを口に入れられた。うん、おいしい。
「不安だなあ。スカーレットに王族は合わないと思うんだけど」
「気が早いな。ブライトはまだまだだろう」
「まだまだね・・・。そうだったのに王様になったヤツがいるからなあ」
大人の会話を気にすることなくブライト王子は私を見つめている。返事をしない私に焦れたのかブライト王子は軽く唸ると口を開く。
「スカーレットじょう、だめ、ですか?」
顔は超上級の王子様に首を傾げておねだりされてしまった。ううん、これは困った。ダメではないけど私はエミリア様とお散歩デートがしたかったのに。そう思っていると陛下が『待て待て』とブライト王子を嗜める。
「お前もエミリアも、散歩と軽く言うがスカーレット嬢が歩くにはまだ寒いだろう。花の見頃は少し先だし1ヶ月後くらいの方がいいのではないか?特別に取り寄せたあの花が咲くのもその時期だろう」
「ああ、あれか。わざわざ東から取り寄せた」
「ああ。そういえば、あれは挿し木で増えるようでな、庭師が試行錯誤して5本ほど根が出た。欲しければ譲るが」
「うーん・・・家の庭師と相談かな。咲いてるところは見たことないし、それを見ないと返事もできない」
「ならちょうどいいから1ヶ月後また来るといい。今度は家族皆で来てくれないか?ケビン君にも会ってみたいしな。エミリアもそれでいいか?」
「・・・そうですわね。私、少々はしゃいでおりました・・・。ああっ、そうです『お姉様』がいらっしゃるなら私、頑張らなくては・・・!それにあの公爵家のミニ薔薇の二人も・・・はあ、忙しくなりますわね陛下!」
「主に君がな」
陛下は仕方ないと言いたげだがすごく優しい顔で、はしゃぐ王妃様を見つめている。当てられたブライト王子が逃げ出して隣に来たので座ってもいいですよとジェスチャーした。
「ありがとう。こうなると ながいんです」
「だいじょうぶです。おふたりは、ふだんは なかよしなのですか?」
「気づいてはないみたいだよ」
今度はガトーショコラを口に運びながらお父様は事も無げに言う。ブライト王子は気まずいのかサンドイッチをもうひとつ口にしてため息をついた。
「ぼくたち は やめてほしい」
「なかよしなのは いいことですよ?」
「みてない ところで してほしい」
「うーん?」
「男の子は気まずいかもね」
お父様の言葉を受けてブライト王子は不機嫌そうな顔をする。そうか、男の子は恥ずかしいのか。そんなことを思いながら私はブルーベリーのマフィンに手をのばすのだった。