思い出は突然に
はじめての投稿作品です。
お父様が連れて来た子を前にしたとき、私の脳内に様々な情報が一気に流れ込んできた。そして確信したのが生まれ変わっている、いや、生まれ変わった、ということ。どちらが正しいのかは分からないけど、生前の記憶を急に思い出した私は混乱と激しい頭痛に襲われ思わず泣き出してしまった。
目の前に立っている美少年は私が生前・・・前世というべきか。前世でやり込んでいた乙女ゲーム『野バラに口づけを』に登場する攻略キャラクターのケビン・ステファンだろう。推しNo.2の
彼は幼少期からすでに本編開始時のイケメンの片鱗を見せているし、記憶を思い出すきっかけになったのだからまず間違いない。と、冷静な頭で判断しつつも感情が全く着いてこないので大声で泣き叫んだままだ。
「スカーレット?大丈夫かい?」
「スカーレットは人見知りだから驚いてしまったのかしら・・・?」
「だ、大丈夫?スカーレット、しっかりして、怖くないのよ?」
「な、泣かなくて大丈夫よ?痛いことも何もないわ」
飄々としたお父様とオロオロするお母様とお姉様たち。これは まずい。落ち着いてはいないけどなんとか止めないと、連れてこられた先の家でその家の子にこんなに泣かれたらケビンも堪ったものじゃないだろうなと、頭の端では思うのにどうしても言うことを聞かない。見かねたお父様が私を抱き上げてぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせようとしている。それに釣られてか、まだ頭はズキズキするものの涙は止まってきた。
「ふぇ・・・う・・・うぇ・・・」
「大丈夫だよ。スカーレット。スカーレットは泣いても可愛いけど笑ってる方がもっと可愛いからね。よしよし、驚かせちゃったかな?」
「スカーレット、大丈夫よ。これからお兄様になるケビンさんが来ただけよ。怖くないわ。こんなに優しそうじゃない」
「スカーレット、落ち着いた?」
「目が真っ赤だわ、可哀想に・・・」
お父様に抱き上げられた状態で顔を上げれば前世で見た綺麗な女の人、サナトの妻で公爵夫人のルティシア・アル
ディ・フェイバーが私を覗きこんでいる。下をみればルティシアと同じように美女になるであろう2人の美少女が心配そうに私を見つめている。そして見上げると私の推しNo.1で悪役令嬢の父親である、サナト・アルディ・フェイバーの麗しい顔が近くにあってもっと脳が沸騰した。
「う、あう・・・」
「ふふふ、スカーレットはお父様と目が合うといつも真っ赤になるよねえ。ルティシアとおんなじだ」
「これでも私だって馴れた方ですわ」
「学生の頃は声を聞いただけで耳まで真っ赤にしてたもんね?」
「あなた!そうやって毎回毎回・・・!」
「あのう・・・?」
遠慮がちな声が聞こえてハッとする。眉を下げながら首を傾げて困った様子のケビンは可愛い。泣かれた挙げ句に目の前でこんなことされたら、それは困るだろう。とりあえず何か言わなくちゃ・・・。
「ご、ごめんなさい・・・あ、あたらしく、おにいさまが、ふえるなんて、うれしくて・・・」
「・・・そのように喜んでいただけてうれしいです。これからよろしくお願いしますね」
「え、う・・・は、はい・・・」
ケビンは胸に手をあてて綺麗にお辞儀してくれた。可愛いだけじゃなくてかっこいいところもあるだなんて胸が痛い。前世では結構な大人だったのに思わず赤面してしまう。
「はいはい、そこまで、ダメダメ。スカーレットをときめかせるのは僕だけでいいから」
「おとうさま・・・」
「驚かせようと思って黙ってたけど言っておけばよかったね。よしよしお部屋で目を冷やしておいで」
そう言うとお父様はメイドのミーナに私を預けた。お母様は『今からそんな調子じゃ娘が年頃になったときどうするの』と呆れている。
「お嬢様まいりましょう」
「はい・・・」
ミーナに連れられて部屋に入る。ベッドに机と本棚、お茶をするようなテーブルがあるくらいで色合いは落ち着いていた。そういえば3歳ながらに色の趣味はシックだった。マルーン色の掛けぶとんの上に寝かされて冷たいタオルを目に当ててもらう。部屋に戻れたから状況を整理したいけれどミーナがずっと近くにいるからできない。部屋から出ていってもらうために泣いたところを見られて恥ずかしかったし少しひとりで休みたいと伝えてみるとミーナは笑顔で頷いてくれた。
「・・・そうですね。何かありましたらお呼びください」
今の微笑ましいものを見る目と間はなんだったんだろうか。出ていくミーナの姿を見ながら首を傾げる。まあいいか。
「ええっと、紙とペン・・・確かここにしまったのよお父様が くださったお絵かき用の紙」
机の引き出しの下段を開けると上質な紙の束が入っている。ペンは机の上に置いてあったので探す必要はなかった。紙を10枚ほど取り出して机に向かうと思い出したことを書き出していく。
「ええっと・・・」
とりあえず私は死んで転生した。それは覚えておかないといけないところではないので書きはしない。が、26歳の若い身空で旅立つ不孝を両親に許してくれと言えないということに 落ち込む。兄にも申し訳ない・・・。自覚してまた少し泣いた。
30分ほどそうしていたが前世の母なら「いつまでもクヨクヨしない!そこからがんばればいいの!」なんて言いそうだなと思って涙を拭う。父も「立ち止まっちゃだめだよ。歩き続けると辛くてもいいことに近づくから」と言うだろうし兄も「メソメソするなよ」と不器用に慰めるだろう。生まれ変わったならせめて幸せになろう。自己満足だとは思うけど立ち止まったりしたら3人から怒られると思うし。冷やしたのにまた赤くなってしまった目元にタオルを当てて息を吐く。よし、やりますか。
「とりあえず、ここは『のばキス』の世界で間違いなさそうだけど・・・」
『のばキス』は『野バラに口づけを』の略だ。大まかなストーリーは元平民で実は男爵令嬢だったヒロインが攻略キャラクターの綺麗な婚約者を蹴散らし攻略キャラクターの愛をちょうだいするという、悪く言えば横恋慕系ありきたりゲーム、良く言えば王道の乙女ゲームといったところ。婚約者たち令嬢が手入れされた美しい薔薇で、対するヒロインが純粋で可憐な野バラに例えられて『野バラに口づけを』なのだ。
「それで、ケビン・ステファンが兄になる予定でサナト・アルディ・フェイバーが父、そしてスカーレットが名前ということは・・・」
私は第2殿下、ブライト・ローズリア・ベルベットの婚約者でブライトルートとケビンルートでヒロインと対峙することになるスカーレット・アルディ・フェイバー公爵令嬢ということになる。
「・・・スカーレットか。いや、うん、スカーレット好きだし。ヒロインより好きだしいいけど・・・」
このゲームは悪役令嬢が死んだりしないので好きだった。もう26になってまでヘビーなゲームはしたくなかった。ヘビーなのは現実だけでいい。なのでこのゲームの設定はすごくよかった。
確か、ざまぁ、つまり断罪されたあと学校でぼっち生活を送った後で伯爵と結婚してスカーレットは爵位が下がるんだったっけ。こう言うとその伯爵、ハゲデブじじいを想像するけど伯爵もイケメンだったな。お父様より少し年下くらいだったから、まあまあな年の差だけど。このゲームは『綺麗なものしか描きたくない!というか描かない!モブも一人一人めっちゃ美人にする!』とプロデューサーが豪語して実際その通りにしたと話題になったので伯爵も綺麗でしたよと。正直プロデューサーは変態だと思う。作画がんばりすぎ問題はファンの間でも有名で色んな媒体で言われていたっけ。本当にモブまで美人だった。もちろん悪役令嬢たちが1番美人だったけども。
「だから、まあ、ざまぁ、でもいいんだけど・・・」
爵位が下がるくらいなんだと思うし、死ぬわけでもないしいいんじゃないかと思うけど。私はブライトが大嫌いだった。わがままな上に婚約者がありながらヒロインに現を抜かすとか、サナトとケビンが出てくるルートじゃなかったら絶対にやらなかった。同じ世界にいたら絶対屈服させて『婚約者がいるのに尻軽ですいません』と謝らせたいくらいだったのだ。まあ謝ったところで許さないけど。
「・・・よし」
決めた。悪役令嬢らしく、ざまぁ返しをしよう。もちろんブライトがゲームと同じ性格じゃなかったらしないけど、気にくわないクズだったらざまぁ返しだ。ざまぁ返し。
「運良く婚約者にならないで済んだらしないけどね」
幸せに平穏に暮らしたいんです日和見の日本人なんで。でも、 まあ、とりあえず、ざまぁ返ししなきゃいけないくなったときと、ざまぁされたときのためにしておかなくちゃいけないことをまとめましょうか。
読んでいただきありがとうございます