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4話 一匹狼と高熱量

 新学期が始まって一週間。

 転校生フィーバーも少し落ち着きを見せ始めた2年3組。昼休みのこと。

「篠神さん天道さん、お昼一緒に食べない?」

 奏多の席に集まるように机を寄せていた三人の元に、二人組の女子が近づき声をかける。

「いいデスよー」

「ええ、構わないわ」

 申し出を快く承諾する二人。返事を聞くや二人組は自分の席から椅子を持ち寄ってきた。

 椅子に腰かけつつ、二人組の内の活発そうな少女が意地の悪い笑みを浮かべて奏多に呼びかける。

「ごめんねー七生君、ラブラブのとこお邪魔しちゃってぇ」

「ああ、いや別に、お気になさらず…」

 あの例の発言以降、奏多と命奈はもはやクラス中の公認カップルのような扱いとなっていた。

 そのせいで奏多はこのように、なにかと女子にイジり倒されるはめになったのだが。

 考えても見れば、一年の間は特に学校では目立たなかった男子が、二年になった途端突如現れた転校生の彼氏ともなれば、格好の標的となるのも仕方のないことかもしれない。

「でも、本当意外だよねー」

「何がデス?」

 弁当の包みを広げながら、会話も広げる女子達。

「いや、篠神さんっていっつもニコニコしてて明るいしカワイイじゃん?」

「しかも胸は大きいし…でもウエスト細いし、足は長いし…」

「そうデス?」

 いろいろ褒められても、当人にはあまり自覚がないようである。

「ぶっちゃけいくらでも相手探せそうなのに、失礼ながらなんでまた七生君なの?」

「本人を前にしながらマジで失礼っすね…」

 奏多が苦笑しながらポツリとこぼすのを横目に、命奈は少し考えてから簡潔に答えた。

「むー…でも、奏多サンはいい人デスよ?」

「いい人…」

「うーん、なんかそのうち悪い男に騙されそうで心配だなぁ…天道さんもそう思わない?」

「そうね、この女は少々抜けてるところがあるのは事実だと思うわ」

「むぅ、シエルには言われたくないデス」

 かしましいやり取りが続くのを尻目に奏多は嘆息する。

(案外馴染んでるんだな、こいつら…)

「何よ、その感慨深そうな顔は」

 そんな奏多の様子に、シエルが二人だけに聞こえるくらいの声量で口を出す。

「…いつの間にこんな、ちゃんとした交友関係作ってたんだ?」

「しいて言えば、あなたが必死に文次から逃げていた間、かしらね」

 どこか見下したように答えると、そのまま自信満々に続けるシエル。

「まあ、私の魅力をもってすればコミュニティ作りなど容易いわ」

「…はいはい」

「この教室の人心を掌握するのも時間の問題よ…」

「お前は一体何を始めるつもりなんだ……」

 シエルの発言にやや不穏な気配を感じずにはいられない奏多だった。


「ってかさー、ひとつ気付いたんだけどー…」

 少女が上げた声に引き戻されるように会話の輪に戻る二人。

「どうかしたかしら?」

「三人のお弁当…中身全く一緒じゃない?」

「…ほんとだ」

 二人がしきりに弁当を見比べながら言った。

 普通に考えれば、市販品でない以上は偶然ではありえないことは確かである。

「だって全部奏多サンが作ってるデスし」

 当然のように答える命奈。その言葉を受けた二人の視線が奏多に集中する。

「え、これって七生君が全部作ってるの?すごくない?」

「…まあ、こいつらに任せるよりは、よっぽどマシなものは作れるとは思うけど…」

 やはり褒められるのは悪い気はしないのか、やや得意げに言う奏多。

「愛妻弁当ならぬ愛夫弁当…」

「あ、でもワタシもちゃんと手伝ってるデスよ!ご飯よそったりとか!」

「白飯詰めてるだけじゃねーか」

 惚気にしか聞こえないやり取りを、二人は更に囃し立てる。

「はぁーはいはい、なんとも仲がよろしいことでぇー」

「登校してくるのも、いつも一緒らしいし…」

 とここで、何か思い当ったのか、言葉を遮るように手を突き出し思案する。

「ん?…ちょっと待って、そういえばさー七生君って去年確か―――」

 一瞬の間が開き、言葉を発する。

「一人暮らしって言ってなかったっけ?」

 その場にいる四人の視線が奏多に集中する。

「え?あ―――」

 しまった、と思ったがすでに遅かった。

「それが朝から一緒にお弁当作ってるってことは、つまりー?」

「……つまりそれってもしかして…!」

「あー、えーとですねー…」

 にわかに興奮度合いを増す二人とは対照にバツの悪そうな奏多。

 しどろもどろになる彼を横目に、シエルが静かに言った。

「もしかしなくても、お察しの通りよ」

 二人とも興味津々といった面持ちで奏多を凝視する。

「ってことは、やっぱり…同棲!?」

「それは、その…………はい」

 誤魔化しきれないと踏んで観念したように小さくうなずく。この場にたまたま文次が居なかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。

「ちなみに私もよ」

「しかも天道さんまで!?」

 こうして格好のイジりのネタがさらに増えてしまったのだった。


「ところでさー、二人は部活どうするの?」

 奏多を散々イジり倒してから一息おいて、そんな話題が唐突に切りだされた。

「……部活?」

「今日放課後さー、新入生向けの部活見学会あるんだけどー」

 朝のホームルームで配られたプリントを手に、身を乗り出す少女。

「良かったら篠神さん達もどうかな?」

「あーそういえば去年もやってたな」

 奏多が懐かしそうに言うと同時に、二人が勧誘を始める。

「そんでもって、ぜひ我らがバドミントン部に入部を!」

「部員減ってきてて、そろそろ本格的にヤバいんだよねー…」

 とそこで突然奏多の肩に静かに、だが力強く何者かの手が置かれた。

 奏多が振り向くとそこには。

「ドーモ、奏多=サン」

 ハンカチとタオルで目元以外を覆い隠した文次が居た。

「あ、森谷だ」

「…何やってんだ文次?」

 その場の五人がキョトンとしているのを意に介さず、妙に低い声で続ける。

「ハイクを詠め。カイシャクしてやる」

「…いや俳句詠めって急に言われても―――」

「イヤーーーーー!!」

 文次は奏多の言葉を遮り、両手で挟むように鎖骨の辺り目がけて勢いよくチョップを見舞う。

「痛ってーな、何なんだよいきなり…!」

「……せめてフリだけでも爆発四散しておけばいいものを、貴様という奴は―――!」

 何か納得いかなそうに即席の覆面を取り外しながら、一人怒りを露わにしていく文次。

「久々にキレちまったよ…屋上に行こうぜ」

「行かねーよ。そもそも鍵掛かってるだろーが」

 冷静にツッコまれると、文次は更にボルテージを上げる。

「だったらこの場で始末したらぁ、こんの―――!」

 勢いよく奏多に向けて伸ばされた手を、命奈が横から掴んで止める。

「…文次サン、ケンカは良くないデスよ?」

「め、命奈ちゃん…?」

「もし奏多サンに危害を加えるつもりなら、ワタシも黙っていないデスよ?」

 命奈がやや凄味を持たせながら言うと、文次は衝撃を受けたようにのけぞり、大仰にその場に崩れ落ちた。

「なんだよちくしょー…奏多お前一体どんな星の下に生まれてるんだ…!」

 四つんばいの体勢のまま声を震わせる文次。

「もしも将来魔法使いになっても、俺達はズッ友だって約束したじゃねーか…!」

「いつしたんだよ。俺のログには何もないぞ」

 奏多は冷たく突き放す。

「魔法使いどころか、一人暮らしをいいことに家に連れ込んで、遊び人から賢者モードの無限ループだなどと…!」

「ちょ、どこからその情報を―――!」

 うろたえる奏多。文次は体勢はそのままに奏多達の向こうを指差す。

 そこには数人の男子が集まっていた。

「…まあ、あんだけ騒いでたら聞こえるわな。ご愁傷様、七生」

 その内の一人がやや気まずそうに頭を掻きながら言った。

「お前らっ……!」

 裏切られた気分を味わう奏多。

 とはいえいつまでも隠し通せるものでもないことは確かなので、ひとまず重要な部分を訂正しておく。

「ってか、連れ込んだって人聞きの悪いこと言うな!どっちかと言うと転がり込んで来たんだぞ!」

 しかし文次は奏多の反論を無視して恨み言を続ける。

「初めて会った時はぼっちもやしボーイだったのに…いつの間にかこんな美少女と関係を持つわ、同棲するわ、そこそこ勉強できるわ、料理もできるわ、家は金持ちだわ…」

「途中からただの妬みになってんじゃねーか!」

「森谷ダッサ…」

 周りから憐憫あるいは侮蔑の目を向けられる中、文次は天を仰いだ。

「神は不公平だっ!!」

 が、文次の渾身の叫びは昼休みの喧騒にむなしくもかき消された。

「……本当にそうかしら?」

 と思いきや、そこに小さく反応する者が一人。

「…えっ」

「あなたは全ての責任を神に押し付けられるだけの事は成したのかしら、文次?」

 椅子に座ったままいつになく真剣な顔で文次を見下ろしつつ、諭すように語りかけるシエル。

「今の言葉は最善を尽くしてから、初めて口にしていい言葉よ。『人事を尽くして天命を待つ』という言葉もあるとおり、ね」

 文次は呆気にとられながらシエルを見つめる。

「…い、いやいや、だってですね―――」

「それにいくら神といえども、この世の何もかも全てを決めているわけではないわ」

 うろたえる文次を、シエルはさらにまくしたてていく。

「つまり、命ある間に何を得て、何を成すかは当人の行動の結果次第よ」

「そ、それなら…!」

 文次も真剣な表情で返す。

「それなら俺にもワンチャン、美少女と劇的な出会いからイチャコラワンダホーな未来はありますか…!」

「欲にまみれてんな…」

 二人ともに真剣な表情のまましばし見つめあう。奏多の呆れ声が届かないほど、シエルと文次は二人の世界に入り込んでいた。

 やがてシエルが静かに席を立ち、口を開いた。

「……大望を抱く若者に贈る言葉として、聖典にこんな記述があるわ」

 いつかのように手を重ね合わせ、祈るように目を閉じて呟く。

「ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん…と」

「…波に乗れそうな言葉だな」

 奏多の横槍は気にも留めず、ゆっくりと目を開き両手を広げ慈愛に満ちた微笑を浮かべるシエル。

 その様はまさしく聖母のようであった。

「―――ッ!し、シエル様ぁぁーーー!!」

 シエルの眼前に跪き、腰のあたりに抱き着く文次。それを優しく抱き留めるシエル。

 その光景は一見すると、シエルがまさしく不運な男に祝福を授けに来た天使のように見えるものだったが。

 しばらくするとシエルの口元が少しずつ歪んでいき、言葉がこぼれた。

「フッ……落ちたわね」

 誰にも届いていないはずのその言葉を、唯一奏多だけは聞き逃さなかった。

 ふと奏多が向けた視線の先で、シエルは続けて呟いた。

「……手駒、もとい信者一号ゲット……ちょろい」

(こいつ、悪魔のような微笑みを浮かべてやがる…!)

 そう奏多が思ったのも束の間、一瞬にして表情を切り替え文次に穏やかに囁きかけるシエル。

「文次…私なら、あなたに正しい道を見つけるヒントを与えられるかもしれないわ」

「ああ、シエル様…!」

 心酔しきった表情の文次に奏多が忠告する。

「おい、文次。悪いことは言わないから、こいつの言う事を真に受けるな」

「ほざけ裏切り者!貴様にはわからんだろう、持たざる者の気持ちなど!!」

 が、一瞬で拒絶される。

「俺にはもう、シエル様の教えに縋るしかないんだよ…!」

 鬼気迫る表情の周りに悲壮感をこれでもかと漂わせて奏多を一瞥する文次。

「ドロップアウト早すぎだろ…諦めたらそこで人生終了ですよ」

「うるさいうるさい…!今に見ていろ勝ち組リア充め…!」

 聞く耳持たぬと言わんばかりに首を大きく左右に振って、再びシエルに抱き着き顔を埋める文次。

 そんな文次にシエルは変わらず優しく囁く。

「佳境において救いを求めることは間違いではありません、迷える子羊よ」

「ああ、ありがとうございます、シエル様…!」

(むしろ人間性が劣化してるような気がするんですが…)

 唖然とする奏多に対し、勝ち誇ったような表情でシエルは言った。

「……言ったでしょう、奏多?コミュニティ作りなど容易い、と」

(新興宗教って、こうやって流行っていくのかなぁ……)

 悟りを開いたかのような穏やかな表情でそんなことを思う奏多だった。



 授業が終わり放課後。校舎前。

「やる気満々か!?」

 しっかりと体操着に着替えている両名を見て、声を上げる奏多。

「もちろんデス!死神たるもの、いつでもやる気は満々デス!」

「当然でしょう?いついかなる時でも全身全霊をかける者にこそ、天は味方するものよ」

 奏多は頭が重くなるのを感じ、眉間を押さえて溜息をついた。

「まあいいわ…じゃあとりあえず、まずはバド部から見に行くか」

 奏多を先頭に一行は体育館へと歩み始めた。

「ん?あれは…」

 その矢先、奏多の視界の端に見覚えのある者が映った。

 春本番の陽気には似つかわしくない毛糸製品に包まれまくったその者は、一人でのこのこと正門に向かって歩いていた。

「おーい、雪村ー!」

 奏多が声をかけて駆け寄ると真冬はその場で足を止める。

「……何?」

 相変わらずの短い返事。

「雪村、今暇か?」

「ん…まあ、帰るところだし…暇、かな」

 はっきりとした物言いをする彼女にしては珍しく、いまいち歯切れの悪い返事だった。

 少し引っかかったが、とりあえず一つ提案する。

「俺達これから部活見学行くんだが」

 至極友人らしい提案。

「よかったら、雪村も一緒に行かないか?」

 すると真冬は一瞬驚いたように目を開き奏多を見るが、すぐに目を逸らし考え込む。

「…んー……」

「あー、嫌なら無理して来なくても良いんだぞ?」

 真冬の様子を見て気を遣ったつもりの奏多だったが。

「別に嫌なんて言ってないでしょ」

 食い気味に即答する真冬。その後またすぐにハッとして続ける。

「し…仕方ないから、私も付き合ってあげるわよ」

 どこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら言う真冬。

「そ、そうか…?なんかわりーな、わざわざ付きあわせて」

「…付いて来たいのなら、最初から素直にそう言えばいいのに」

 真冬の言葉を額面通りに受け取った奏多の様子を、シエルが鼻で笑いながら真冬を揶揄する。

「まあ無理もないわね、この女見るからに陰気臭いし」

「本当に口が減らないわね、このちんちくりん…」

 売り言葉に買い言葉でにらみ合う二人。

「むぅ、またケンカしようとしてるデス…」

 命奈が呆れながらも仲裁して、再び体育館へと進んでいった。


 奏多一行が体育館に入ってくるなり、クラスメイトの女子二人が呼びかけてきた。

「おっ!お三方ーこっちこっちー!」

 二人の元に歩み寄った一行の後ろに控えた人物を見て、一人が目を丸くする。

「…え?ゆ、雪村さん……?め、珍しいね…?」

 意外そうにかけられた声に、真冬はしばし思案してから返す。

「…………ごめん、誰だっけ?」

潮田(しおた)だよ!去年クラス一緒だったでしょ!?」

 言われて、思い出すように口元に手を寄せ再度思案する真冬。

「……そーだっけ?」

「うっ…あんまり絡んだことなかったけど、完全に忘れられてる…そりゃ確かに私も『影薄い』とかよく言われるけどさ…」

 うなだれ愚痴っぽく言う彼女に、もう一人が声をかける。

「?…そのなんか暑苦しいカッコの子、知り合い?」

「い、一応…去年同じクラスだったんだけど―――」

 説明しようとしたその時、二人を呼ぶ声が響いた。

荻野目(おぎのめ)ちゃーん、潮田ちゃんもー、そろそろ始めるよー!」

 先輩らしき女生徒に呼びかけられ、返事をする二人。

「―――んじゃ、ちょっと行ってくるから、ゆっくり見てってね!」

 そう言い残し二人が離れて間もなく、見学会が始まった。


 しばらくして。

 競技についての簡単な説明と部員による実演が終わると、一息ついてから荻野目がこう切り出した。

「それじゃあ見てるだけってのもなんなんで、実際に対戦してみましょう!」

 言い終わるとそのまま、何か思いついたように手を叩き続ける。

「そうだ、せっかくだし篠神さんと天道さん、二人でやってみる?」

「そ、それは―――」

「いいデスね、やってやるデス」

「望むところよ。どちらが上なのか、今日はきっちりとわからせてやるわ」

 奏多が制止する間もなく二人が立ち上がり、やたらと闘志を漲らせてネットを挟み立つ。

 二人の間に激しい火花が散る。

「…お?これもしかして七生君、修羅場ってヤツ?」

「……さぁ?」

 不敵な笑みを浮かべてすこぶる楽しそうに聞いてくるが、奏多は曖昧に返事をすることしかできなかった。

(頼むから面倒な事態にはしないでくれよ……)


「はっ…!」

「せいっ!」

 ネットの上を幾度も羽が往復する。

 周囲の者達―――バドミントン部員も、いつの間にかその数を大いに増やした他の見学者達も、時を同じくして体育館で見学会が開かれていた卓球部の部員や見学者達までもが、羽の行方を固唾をのんで見守っていた。

 そう、思わず惹きこまれるほどにその試合は白熱していた。

 どれほどの時間が経っただろうか。

 命奈の打った羽がコートの奥、外端ギリギリに目掛けて飛ぶ。

「小癪なっ…!」

 短く吐き捨て羽を追うシエル。

 余裕の無さそうなセリフとは裏腹に難なくといった様子で羽に追いつくと、軽く跳躍して体を半回転。

 その勢いを乗せて強烈に打ち返す。

 ネットに触れそうなほどの低空を切り裂き、飛び立った羽は―――。

「なっ―――!?」

「ていっ!」

 ネットを越えた直後に命奈のラケットに軽い調子で弾き返され、ネット間際シエル側のコートに力なく落下した。

「そ、そこまで!11対9で篠神さんの勝ち!」

 主審を務めた荻野目が勝者を告げると、割れんばかりの歓声が沸きあがる。

「やったデース!」

「…まさか、こんなはずでは…」

 歓喜する命奈と愕然とするシエル。

「すげー!」「なんだプロか…」「次の試合早よ」などと口々に発する周囲の生徒達。

「プッ…逆にわからされてやんの…」

 ここぞとばかりに挑発する真冬。

 シエルはいつものように反論する…かと思いきや、ただ静かに唇を噛み、足早にその場を去った。

「お、おいシエル?ちょっと待てって」

 シエルを追う形で奏多も体育館を出て行った。


 外に出て周囲を見渡す奏多。すると少し離れた位置に腰を掛け肩を落としたシエルの背中が見えた。

(なんだあいつ、落ち込んでる……のか?)

 いつもの高慢な態度からは想像できないほどのしおらしさに、奏多は彼女を心配する。

 体育館からは「これは一体何の騒ぎですか!?」と微かに聞こえてきたが、ひとまず気にしないことにして、シエルの元に駆け寄った。

「…シエル?」

 奏多が様子を窺うように控えめに声をかけると、ほぼ同時にシエルは勢いよく立ち上がり、そして呟いた。

「これだわ」

「…ん?」

「……あら、奏多。どうかしたかしら?」

 いつもと全く変わらない調子で発せられた声に面食らう奏多。

「どうかしたかっていや、あの…」

 それはこちらのセリフなのだが…と続けるよりも早く、命奈と真冬が奏多の元に追いついてくる。

 シエルはそれを見るや、挑発的に命奈を見据え啖呵を切った。

「…一度勝ったくらいでいい気にならないことね。次行くわよ」



 音楽室。

 そこでは吹奏楽部の見学会が行われていた。

 それはつつがなく進んでいたがそこに突如、周囲から奇異な目で見られる一団が現れた。

「むぅ?全然鳴らないデスね…?」

 トランペットを持ち、一心不乱に息を吹き込む命奈。

 周囲から漏れ出る「なんで体操服…?」という雑音も、一切耳に届いていないようである。

「ま、初めてだと大体こうなるよねー」

 吹奏楽部員の女生徒がうんうんと頷きながら、朗らかに微笑む。

「……むぅー、猪口才な…」

「フッ…無様ね。私に貸しなさい」

 悪戦苦闘する命奈を嘲りながら、トランペットを受け取るシエル。

「―――ラッパなら知り合いが得意だったわ…!」

 言うや、深く息を吸い込む。

 そのままトランペットに口を寄せていき、そして―――。

「おー、すごい!いきなり音出せた!」

 周囲から驚嘆の声が響く。

 気を良くしたのか得意げに演奏を続けるシエル。それは確かに見事なものだったのだが。

(ん?…天使がラッパって、確か―――)

 昔何かで読んだ覚えのある神話の一節をふと思い出し、奏多は不安を募らせた。


 その不安は見事に的中する。

 どこからともなく突如立ち込める季節外れの積乱雲。たちまち校舎に大きく影を落とし―――。

 閃光。

 直後にとてつもない轟音が鳴り響く。

 バケツをひっくり返した、という表現ではまだ足りないほどの凄まじい勢いで、雨が天から降り注ぐ。

 ―――それはまるでこの地を水没せんとするが如く。

 トランペットの音色をかき消しかねないくらいに、強く窓を叩く音がすぐさま鳴り始める。

「…おい」

 窓の外を見つつ口を開く奏多。当然その呼びかけはシエルに対して行ったものである。

 しかしシエルは我関せずといった面持ちで、気持ち良さそうにトランペットを吹き鳴らし続ける。

「おいこら、シエル!!やめろぉ!!」

 今度は耳元で叫ぶ。

「…何よ、うるさいわね。せっかく私が気持ち良く演奏しているというのに」

 そこまでされるとシエルもさすがに手を止めた。

 不機嫌そうに奏多を見据えるシエルに対し、奏多は外を指差して問う。

「これは一体どういうことだ?」

 演奏が止まった影響か幾分勢いは弱まったが、外はいまだ降りしきる雨。

 キョトンとした顔で奏多の指差す先を見るシエル。

「……あら」

 ようやく状況を理解した様子を見せたが、しかし悪びれる様子もなく言った。

「まあ、天が必ずしも人に味方するとは限らないという事ね。…勉強になったかしら?」

「あのさぁ…」

 小声でやり取りをする二人の元に、部員が興奮気味に歩み寄りシエルの肩を抱く。

「あなたすごいわね、逸材だわ!是非入部を―――」

 そしてなんと外の異様な状況に気づいていないのか、それとも気にしていないのか呑気に勧誘してくる。

 奏多が真剣な表情で間に割って入る。

「絶対に、ダメです」

「えー、どうしてよー?」

 即座に断りを入れるが、部員はなおも食い下がる。

「申し訳ないが、ダメなものはダメです。…ほら満足しただろ、次行くぞ」

 納得がいかなそうな部員と唖然とする他生徒達を置いて、奏多一行は音楽室を後にした。



 先ほどの雨が嘘のように晴れ渡り、傾き始めた陽が差し込む校舎の一角にて。

「さっきの雨…っていうかスコール?すごかったねー」

「しかもなんか校舎の周りだけピンポイントで降ってたし、これも異常気象ってヤツかなぁ?」

 そんな会話が聞こえてくる中、奏多がぶっきらぼうに口を開いた。

「んで、結局どーすんだ?」

「どうするって何がデス?」

「いや部活だよ、決まってんだろ。あ、シエルの吹奏楽はナシな」

 先ほどの惨状を繰り返さないために念押しする奏多に対し、二人が口をそろえて言った。

「しないデスよ?」

「しないわよ?」

「えっ」

 先ほどまでの真剣さとは裏腹の答えに、あっけにとられる奏多。

「だって奏多サンのお世話ができなくなっちゃうデス」

「任務に支障がでても面倒だし、なるべく自由に動ける立ち位置は確保しておきたいもの」

 それぞれに理由を述べるが、それを聞いた奏多には疑問が浮かんだ。

「……じゃあなんでこれやってんの?」

 その疑問を口にした奏多にシエルが即答する。

「もちろん偵察を兼ねてのことよ」

 そのまま真冬の方を見ずに指差してこう続けた。

「今のところ、このレベルの変質者は特に居なかったけれど」

「誰が変質者よ、このちんちくりん。凍らされたいの?」

 またいがみ合いが始まる。

「そ、そう…で、命奈は?」

 あえて捨て置き、命奈の答えを促す。

 すると彼女はモジモジしながらこう答えた。

「………なんだか楽しそうだったから…デス」

「子供か!?」

 思わずツッコんだ奏多に対し、いじけたように言う命奈。

「ちょっとくらい良いじゃないデスかぁ!…さあ、次はどうするデス!?」

「そうね、さっきの様子だと文化部では勝負にならないでしょうし―――」

 命奈が反論もそこそこにシエルに呼びかけると、シエルも乗り気で返す。

「…まだやんの?私ちょっと飽きてきたんだけど…」

 そんな二人の様子に真冬が水を差す。

「当然よ。まだ決着はついていないわ」

「ワタシもシエルには負けられないデス、おじいちゃんの名に懸けて!」

 が、二人の意思は揺らがないようである。

「もはや目的が変わってないか…?部活見学とは一体…?」

 歩き出す少女たちの後について行くしかない奏多だった。



 次に一行が辿り着いたのはグラウンド。

「すんげぇジャンプ力だ!」

 その一角がなにやら賑わいを見せていた。

「…何だ、騒がしいな?」

 遠目からでも見えたのは、そこそこの高さで地面と平行になるように支持された一本のバーと大きなマット。

 そしてそのマットの周囲にできた人だかりだった。

「うん、よゆーよゆー!」

 一行が近づくとひときわ大きな声が響いた。

「ひとみちゃんすご~い!」

 人だかりの中心で称賛を浴びる、いたって健康的な印象を受ける浅く日に焼けた肌の少女。

 燃えるような赤いショートヘアからも活動的な雰囲気を感じ取れる。

 その少女もなぜか体操着だった。“1-1 屋敷”と記名されているのを見る限り新入生だろう。

「すごいな君、才能あるよ!どう、陸上部入部しない!?」

「え~どうしよっかな~?」

 満更でもなさそうにはにかみながら落ち着きなく周囲を見回すたびに、動きに合わせて頭頂部で長めのクセ毛が揺れる。

「ひとみちゃんどこでも勧誘されてるねー」

「そうなの、君?ちょっとそれ何部、うちなら即エースも夢じゃないよ!」

「それさっきテニス部でも言われちゃったしな~!」

 少女を取り巻く輪は盛り上がる一方であった。

「ちょうどいいデス、次はアレで勝負デス!」

 その輪から少し離れた位置で声を上げる命奈。

 しかしシエルの返事は芳しくなかった。

「高跳び…?あからさまに私が不利じゃないかしら?」

「…おやおや、不利を盾に逃げようとはさすがっすねーちんちくりん」

 不服そうに顔をしかめるシエルに真冬がヤジを飛ばす。

「…逃げる?…私が?」

「ホント、態度はデカいのに器はちっこいのねー、あと体も」

 真冬が畳み掛けると、見る見るうちに挑発的な笑顔になるシエル。

「はぁ……わざわざ有利条件を持ってきてまで勝ちたいだなんていう、清々しいまでの浅ましさに呆れていただけなのだけれど?」

「バドミントン負けた後に、わざわざ吹奏楽指定した奴の言えるセリフなんですかね…?」

 奏多の指摘には一切触れずに、真冬に向けて語気を強めるシエル。

「そこまで言うなら受けて立ちましょう、高跳びで。さあ始めましょう」

 見事に安い挑発に乗る格好となった。

「…あの、なーんか君たち勝手に盛り上がってるけど、一本跳んでくの?」

 それまで黙ってやり取りを見守っていた陸上部員がたまらず声をかけると、シエルが一喝する。

「何よ、文句あるの?」

「い、いや、そういう訳じゃ―――」

「ん~?…乱入ですか先輩たち!?」

 たじろぐ陸上部員の後ろから、輪の中心に居た少女が目を輝かせて覗き込む。

「だったら問題ないわね。少し借りるわよ」

「お邪魔しますデス!」

「よーし、燃えてきたー!!」

 こうして次なる戦いが幕を開けたのだった。


「…じゃあまずは屋敷(やしき)さんがクリアした150㎝から……で、良いの本当に?見てわかるとおり結構高いよコレ?」

 シエルの身長とさして変わらない高さに置かれたバーを指しつつ確認する陸上部員。

「いいデス!」

「問題ないわ」

 二人揃って返事をすると、スタートラインへ向けて歩み出す。

 先にライン前に立ったのは命奈。

「それじゃあ、いくデス!」

 言うや姿勢を低くする命奈。

 僅かな間を開け駆け出すと、みるみる加速。

「早っ―――!」

 周囲の驚嘆の声を背に瞬く間にバーの前まで到達し、そして。

「とうっ!!」

 体を捻り背中からバーに向かいほぼ垂直に跳躍。

 バーを軽々と跳び越し、その勢いのまま空中で一回転し。

 綺麗に足から着地。

 そして背筋を伸ばし両手を掲げポーズ。

「…普通にバク宙したー!?」

 もはや違う競技である。周囲がざわめく。

「おぉ~すご~い!」

 少女も感嘆の声を上げる。

「さあ、シエルの番デス!」

 マットから降りつつシエルを促す命奈。

「言われなくてもわかってるわよ」

 静かにこぼしライン前でスタート姿勢を取るシエル。

 命奈同様僅かな間を開け駆け出す。

 少しずつ加速しつつ、自分に言い聞かせるように静かに口を開いた。

「アイ…」

 そしてより姿勢を下げ。

「キャン…」

 急加速し腕を振りかぶり。

「フライッ……!」

 一気に上体を起こし踏み切る。

 すると小柄な体が美しく弧を描き宙を舞い。

 見事にバーを跳び越え、マットへと沈む。

「…クリアー!」

「…まあ、当然ね」

 陸上部員が宣言すると、意に介した様子も無く言うシエル。

「よーし、次行こう、次!プラス10行こう!」

 少女が楽しそうに告げると、その言葉通りバーの高さが10㎝引き上げられた。


 バーの高さ160㎝。

 今度は命奈の身長とさして変わらない高さとなる。

 が、それに挑む三人には委縮する様子は微塵も感じられなかった。

「屋敷陽富(ひとみ)、行きますっ!!」

 威勢よく宣言し、スタートの姿勢を取る。

「ひとみちゃん、それ毎回言わなくて良いんじゃない?」

「こういうのは気持ちが大事なんだよ!」

 友人と思しき女生徒に横槍を入れられると、そのままの姿勢で反論する。

 そして目を閉じて一度大きく深呼吸し、集中する。

 直後目を見開き、猛然とスタートを切る。

 命奈もあわやと言うほどのスピードでバーへと迫り、そして跳躍。

 美しいフォームで見事にバーを飛び越える。

「クリアー!お見事!」

 マット横に控えていた陸上部員が拍手とともに告げる。

「うん、まだ全然よゆーだね!!」

 陽富は笑顔でマットから跳び下りつつ言う。

「行くデス!」

 そのあとに命奈が続く。

 こちらもやはり余裕のクリア。

「ほら、終わったらさっさと退きなさい」

 マットをあけるよう促し、続くシエル。

 身長差をものともせずにクリアして見せる。

「うーんすごいな三人とも、是非入部してほしいところだ…!」

 感心したように告げる陸上部員。

「このまま勝負も続行したいところだけど、そろそろ時間が―――」

「よーし、次行こう、次!」

 時間の都合で切り上げようとした陸上部員を遮り、陽富が叫ぶ。

「プラス10行―――」

「屋敷さんちょっと待って、あの時間がね」

「え~、時間~!?」

 改めて制止されても不満そうな様子の陽富。

「それにプラス10㎝って…170㎝はさすがに無茶だって」

「なんでやりもせずに諦めるんだよ!もっと熱くなれよ!」

 やたらと食って掛かる陽富。

 陸上部員もたまらず折れる。

「あーもう、じゃあ次で最後だからね!」

 そういってバーの高さを上げていったのだった。


 結局バーの高さは165㎝に。

 いよいよその場では男子生徒以外の身長を全て超える高さとなったバー。

「屋敷陽富、行きますっ!!」

 先ほどと同じように宣言し、スタートの姿勢を取る陽富。

 そしてこれまた先ほどと同じように難なく跳び越える。

 続く命奈も同様に余裕の跳躍。

 そしてシエルに順が巡ってきた。

「……まったくこの体力バカ共、一体どこまでやらせる気なの…」

 誰にも聞こえないように小声で悪態をつくシエル。

「先輩早くー!時間無いんだからー!!」

 なかなかスタートしないシエルを陽富が急かす。

「わかってるわよ、うるさいわね…!」

 言われ即座にスタートを切るシエル。

 先ほどまでと同様に跳躍するが僅かに体がバーに接触し、バーが落下する。

「んー惜しい!」

 シエルは苦々しい表情で体を起こす。

「くっ…私だって本気を出せば、成層圏ぐらいまでなら余裕だというのに…」

「…出た、お得意の負け惜しみ」

 聞こえよがしに呟く真冬。

「―――本当にいちいち癪に障るわね、あなたは…!」

「…ん?負けっていやいや、実際の競技も一発勝負じゃなくて―――」

 陸上部員がすかさずフォローするが、事態は収まらず。

「それじゃあ、あなた跳んでみなさいよ」

「…あの、試技は三回まででき―――」

「……いいよ、別に?」

(ぜ、全然聞いてない…)

 陸上部員をことごとく無視して好き勝手進行していく二人。

 結果、次は真冬がスタートラインに立つことになった。


 まるで力の入っていない、気だるげな立ち姿の真冬。

 ポケットから手を出すこともなく、首を軽く左右に曲げ、何度か屈伸すると。

「……っし…」

 そのままスタートを切り、緩やかに加速する。

「…いや、さすがにこんな助走じゃ無理でしょ…」

 周りの生徒達が皆、失敗するものだと確信し始める中。

 だんだんと姿勢を低くし、一気に速度を増していく真冬。

 そのままバーの目前で跳躍し、なんと。

「……く、クリアー!!」

 バーに触れることなくマットに跳びこんだのだった。

「普通に跳んだ…165㎝…」

「しかもポケットに手突っ込んだまま…」

 異様な雰囲気に呑み込まれる一同。

 そんな中上体を起こし、無言でシエルを見据える真冬。

 その瞳は勝利を誇らしげに、盛大に誇示していた。

 シエルは表情こそいつもの笑顔であったが、何も言わずただわなわなと震えていた。

(…あ、そうとう効いてるやつだこれ)

 奏多は背筋に薄ら寒いものを感じながらも、そう分析した。

 そのうち何事もなかったかのようにマットから降りようとする真冬の元に陽富が駆け寄った。

「お~モコモコの先輩もやるな~!」

「……何、モコモコって?」

 興味津々といった様子の陽富を怪訝そうに見つめ返す真冬。

「モコモコって、ほら!いっぱいモコモコしてるでしょ!これとか~これとか~」

 楽しそうに言いながらちょこまかと動き回り、マフラーや帽子をペタペタ触りまくる陽富。

「………………」

「おお~すごい温か…っていうか暑い!」

 しばらく無言でなすがままになっていた真冬だったが。

 唐突に陽富の右手を取り。

「ん?」

 自身の座るマットに向けて投げ飛ばし。

「お?」

 掴んだままの右手に足を絡め。

「わぁ!?」

 そのまま固めた。

「あー!痛ーい!ギブギブギブ!!」

 陽富の悲鳴が響く。

 あまりに唐突な行動に困惑する一同。

「お、おい雪村…?」

「真冬サン!?急にどうしたんデス!?」

「……なんかウザかったから」

 変わらず淡々とした様子の真冬。

「助けてー!誰か助けてー!折れるー!!」

 騒ぎが大きくなり始めたその時、ひときわ凛とした少女の声が響いた。

「何事ですか!?」

「…あ、やば」

 声を聞いた真冬が即座に陽富を解放し立ち上がる。

「……逃げろー」

 そして校舎に向けて一目散に逃げて行った。

「え?おい、ちょっ、雪村!?」

「…不本意ながら、その方が良さそうね」

「ちょっと待つデース!」

 溜息をつくシエルとどこか不満げな命奈もその後に続く。

「は?あーもう、しょうがない…!」

 事態を呑み込めないまま奏多も後に続くのだった。


 奏多達が去った後のグラウンド。

「見学会の予定時間は過ぎていますよ、陸上部の方」

「あーそうでしたかすみません、ちょっと長引いちゃって…すぐ片付けますんで」

 凛とした声の少女が陸上部員とやり取りをしていた。

「…まあいいでしょう、器具の片付けだけはちゃんとお願いしますね?倉庫の施錠は生徒会の方でしておきますので」

 少女はメガネの位置を直しながらそう告げた。

 そして校舎を見やる。

(今…逃げるように去って行った集団の、先頭に居たのは…雪村真冬)

 奏多達の逃げて行った校舎を。

(それと転校生の―――)

 何かを憂うように目を細める少女。

「ひとみちゃん、大丈夫~?」

「あ~う~…大丈夫じゃない~」

 その頃、まだマットに突っ伏したままの陽富は友人に介抱されていた。

「ほら、腕がこんなとこまで届く!大変だ!」

 真冬に極められていた腕を背中側に回しながら騒ぐ陽富。

「…それ、普通だよ?」

「…ほんと~?」

 そこに少女が近づいて問う。

「…あなた、屋敷さん…でいいかしら?大丈夫?」

「?…はい!普通らしいんで、大丈夫です!!」

 なぜか敬礼しながら答える陽富。

「そ、そう…なら良かったわ…」

 呆れと安堵の織り交じった言葉を陽富にかけると、彼女はその場を去って行った。



 翌日。

 奏多達が登校してくると、校舎裏から謎の呻き声が聞こえた。

「く、苦し、ぎ、ギブギブギブ…!」

 不審に思い見に行くと、そこでは制服姿の陽富が首をスリーパーホールドされていた。

 もちろん仕掛けているのは真冬である。

「…朝っぱらから何やってんすか…?」

 奏多が声をかけると、陽富の拘束が解かれた。

 すると陽富は咳込みながらも奏多達を指差す。

「……見つけましたよ、先輩!!」

 そして高らかに叫んだ。

「さあ、昨日の決着をつけましょう!!」

「いや…簡単に言うけどグラウンドはまだしも、さすがに高跳び用の備品は勝手に使えないだろ」

 冷静に指摘する奏多。

「学年が違うから体育も一緒になることは無いだろうし―――」

「そんな!?」

 衝撃を受ける陽富。考え込むように唸ってから続けた。

「…んーじゃあ、先輩たちも陸上部一緒に入りましょう!それで解決!」

「あー、部活はやらないんだってよ、こいつら」

 キッパリと断ると陽富は納得いかなそうに叫んだ。

「じゃあ昨日何しに来たんですか!?」

「俺に聞くな」

 奏多が促すとそれぞれの言葉で答える少女達。

「ワタシにはもっと大事なことがあるんデス!」

「人にはいろいろと事情があるものよ」

「……私はただの暇つぶし」

「つまり無理だな。諦めろ」

 奏多がまとめると、昨日と同じようにやたらと食って掛かる陽富。

「なんでそこで諦めるのさ!?もっと熱くなれよ!!」

「そう言われてもな―――」

 そこで一つ思いつき、試しに提案してみる。

「熱く……雪村ちょうどいいじゃないか、とことん付き合って―――」

「嫌」

 即行で拒否される。

「温かいのは好きだけど、暑苦しいのは嫌い」

「そ、そうか…」

 彼女なりの基準を述べられる。

(よくわからん…)

 が、いまいち違いが判らない奏多だった。

「はぁ…先輩たちってなんかアレですね、変な人ですね」

 ガックリと肩を落とし言う陽富。

「お前には言われたくない」

「陽富サンほどではないデス」

「あなたよりは普通だと思うわ」

「…珍しく意見が合うわね、ちんちくりん」

 満場一致で否定される。

「えぇ~そんな~ひどい~!」

 陽富は不満そうに真冬を指差す。

「少なくともボクよりモフモフ先輩の方が変だよ!なんで4月にこんなモフモフしてんのさ!?」

 そう言いながらまたマフラーやら帽子やらを触りまくる陽富。

「………ウザい」

 真冬が手を伸ばすと、陽富はサッと身を躱す。

「へっへーん、残念でした~!ボクに同じ手は二度通用しない!!」

「………ウッゼ…」

「モフらせろ~モフらせろ~」

 バスケットボールのディフェンスかサッカーのゴールキーパーのように少し身を屈めて両手を広げつつ、真冬との距離をじりじりと縮める陽富。

「まったく、まあ変な人同士仲良くしてなさいな」

 呆れたようにシエルが告げると、揃って反論する。

「だから、ボクは先輩よりは変じゃないよ!!」

「…負け犬の遠吠えってやつね、みっともない…」

 教室に向かおうとしていた足を止め、振り向くシエル。

「…誰が負け犬ですって?」

「事実、あんたは昨日の試合の敗北者でしょうが」

 挑発的に指摘する真冬。

「……敗北者…?」

 その言葉を受け、シエルの表情が凄味を増す。

「バドミントンで負け、高跳びで一人だけ失敗して、トランペット吹いてただけじゃない、あんた」

「取り消しなさい、その言葉…」

 陽富が後ずさりするほどの殺伐とした雰囲気を醸し出す二人。

「どうしてシエルはこう、すぐ挑発に乗るデス…」

「知るか。もう勝手にやってろ…」

 奏多は呆れ顔で校舎へと入っていくのだった。




 ちなみに。

 命奈とシエルの試合を見ていたギャラリーたちが次々に「バドミントン部がすごい」と口走ったせいか、校内にはいろいろと尾ひれの付いた噂が流れまくり…。

 …その結果なんと、バド部には入部希望者が結構現れたらしい。

「ありがとう、篠神さん、天道さん!!」

「それほどでもないわ」

「何がデス?」


2019/7/12 話タイトル明記

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