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3話 未確認で転校生

 奇妙な同居生活が始まって数日後の朝。

『スタジオゲストに、本日スタートのドラマ主演の―――』

「奏多ー」

 部屋の扉が開きシエルが顔を覗かせた。そのままテレビの音を遮るようにリビングに向けて呼びかける。

「…なんだよ?」

 ネクタイを締めつつ返事をする制服姿の奏多。

 返事を聞いたシエルは片手を大きく振りながら言った。

「ひと狩り行こうぜー狩りー」

 その手には携帯ゲーム機がしっかりと握られている。

「行かねーよ」

 呆れ顔で即答する奏多。

「今日から学校だっつっただろ。もうそろそろ出発するのにそんな暇あるか」

 そんな奏多に対し、自信に満ちた表情で言うシエル。

「いけるわ、いけるいける」

「何を根拠にいけると」

「昨日自分で『コッコくらい瞬コロできて当然』って豪語してたじゃない。つまり問題ないわね」

 しかし実のところ他力本願だった。協力プレイによる助力を完全に当てにした、いわゆる“寄生プレイ”である。

 溜息をつき、シッシッと追い払うように手を振りつつ奏多は言った。

「…貴様も狩人ならコッコ先生ごときソロでもカカカッと始末しろ、じゃあな」

「かーっプロは言うことが違いますわー」

 シエルはそう言い残すと部屋に引っ込んだ。支えを失った扉がゆっくりと閉まる。

 その様子を見て奏多は眉間を押さえる。

(……ホント、この駄天使は…)

 ほんの数秒の後、再び扉が開く。

「奏多ー」

 録画して再生したかのように顔を覗かせたシエルに対し、奏多は相手をしたくなさそうにしながらも答える。

「…今度はなんだよ?」

 返事を聞いたシエルはリビングのテレビの前に置かれているゲーム機を指差して言った。

「スタブラやろーぜー」

「…人の話聞いてる?」


『今日は全国的に晴れ間が広がり、過ごしやすい陽気となるでしょう』

 数分後、リビング。

 ソファに掛けた二人に対して奏多が声をかける。

「いらねーことすんじゃねーぞ。誰か来ても出なくていいから」

「了解デス!」

「はいはい」

 奏多をまっすぐ見てしっかりと返事する命奈と、ゲーム画面をまっすぐ見て興味なさげに返事するシエル。

 そこはかとなく不安を感じ、再確認する奏多。

「本当にわかってんだろうな、お前ら…」

「問題ないデス!」

「はいは、あーもう体当たり当たっちゃったじゃん、奏多がうっさいから」

(このクソ駄天使…)

 脳内では罵倒するが、どうにか溜息をつくだけに止める奏多。

「…まあいいわ、いってきます」

 学校指定の通学鞄を持ち上げながら言う。

「いってらっしゃいデス!」

「あーもう、ダウンした上で回るんじゃないわよガードないんだか、あーはいはい食らったー」

(無駄にうるせぇ…)

 やたらと元気に挨拶を返す命奈と、敵のルーチンに文句をつけるシエルを置いて奏多は部屋を出た。


 ちなみに奏多にマルチプレイを持ちかけたことからもわかるとおり、シエルの持つ携帯ゲーム機は彼女のものである。

 そして部屋を占領したシエルに放り出された通学鞄や制服などを含む奏多の私物類は、リビングに置けず最終的に命奈の部屋に置かれることになったのだが…。

 それはまた別のお話。


 奏多が出発してから数分後。

「あの憎きクリーチャーめ、次こそ完膚なきまでに始末して―――」

 さぞ憎々しげにゲーム機を一睨みし、次いで部屋の時計に視線を移すシエル。

「…あら、頃合いね」

「もうそんな時間デス?」

 シエルの言葉に命奈も反応する。

 その短りやり取りを合図に二人とも部屋に入り、揃って着替えて出てくる。

「さて、それじゃあ行きましょうか」

「行くデス!」

 そう言って家を出る二人なのだった。



 2年3組教室。中央最後列の席に着く奏多。

(……あー、落ち着くわー)

 何事もなく始業式が終わり、久方ぶりに感じる平穏を満喫する。

 そこに気さくに語りかける者が一人。

「おっすー奏多ー、またクラス一緒だったなー」

「…おー、そうだな文次」

 彼の名は森谷文次もりやぶんじ

 奏多にとっては学校内で数少ない、中学時代からの知り合い、もとい悪友である。

「そういや、知ってるか?」

 挨拶もそこそこに唐突に切りだす文次。

「…何を?」

「このクラス、なんと!転校生が二人も来るらしいぜ」

 やや鼻息を荒くしながら続ける。

「しかも!二人ともとびっきりとんでもない美少女だって噂だぞ…!」

「…ふーんそうなのか」

 まるで興味なさげな奏多の態度に目を丸くする文次。

「……おやぁ、リアクションしょぼくないですかぁ?奏多さんよー」

「美少女ねぇ…」

 ここ最近美少女に良い思い出がない奏多は、そのワードにはあまり心動かされなかった。

(まともな奴なら良いんだがな…)

「そういやぁ、奏多は草食だもんなぁ…」

 話す相手が悪かったとでも言いたげに大仰に溜息をつく文次。

 そこにチャイムが鳴り響く。

「はーい、静かにー。一旦着席してくださーい」

 担任教師が入室し手を叩きながら言う。

 教室内が一気に静まり返り、生徒全員が着席した。

 それを確認すると担任は改めて口を開く。

「えー今日はまず転校生の紹介を―――」

 担任の声を遮り、勢いよく開かれる教室の扉。

「ここがあの男のクラスルームね」

 声とともに堂々と入ってきたのは、白銀に輝く長髪を後ろで纏めた小柄な少女。

 その姿はおよそ高校生には見えないが確かに美少女であった。

 感嘆の声とともに色めき立つ、一部を除く男子達。

「おお、噂に違わぬレベル…!」

 文次もまた然りだった。

 直後に響く先ほどの少女とは違う少女の声。

「あ、奏多サーン!」

 もう一人の美少女。

 眩しいくらいに満面の笑顔を浮かべて、とある一点を見て手を振る。

 視線の先に居る少年に一斉に向けられる(特に男子の)視線。

 所々からむき出しの敵意やら殺意やらを感じる程度には鋭い。はっきり言って痛い。

「―――篠神さん、天道さん、まだ早いですよ」


「篠神命奈デス!よろしくお願いしますデス!」

「天道シエルよ。…まあよろしく」

 教卓を挟むように立ち、簡単に自己紹介をする二人。

(たしかにとんでもない美少女だな…)

 奏多は半ば呆然とそんなことを考えていた。

 ただし“とんでもない”はどちらかと言えば“美”ではなく“少女”自体の方にかかっているのだが。

 内心穏やかでない奏多を置き去りにしてホームルームは進んでいく。

「えー、とりあえず席は出席番号順なので…」

 見事に奏多の左隣と前だった。

「奏多サンのお隣デスね!」

「監視が捗るわね、できれば後ろの方が良かったけど」

 教室中がざわめく。

(ダメだこいつら…早く何とかしないと…)

「はい静かにー、ホームルーム続けまーす」


 終業のチャイムが鳴る。

「はい、では一旦休憩にしまーす」

 各々が自由に行動し始める。

 だが当然奏多にそれが許される訳もなく。

「おいおーい、どういうことだよ奏多ぁ?」

 意地の悪い笑みを浮かべながら奏多の机に手をつく文次。

「あーえーとだな…」

 同じく意地の悪い笑みを浮かべたシエルと能天気にニコニコしている命奈の顔を見る奏多。

(どうする俺…)

 周囲の時間が遅く感じられるほどに脳細胞を極限まで動員して、状況を打破する言葉を探す。

 そして言葉を紡ぐ。

「―――遠い遠い親戚なんだ、うん」

 苦しい言い訳だと自覚しながらも、他に誤魔化しようがないと割り切った奏多であった。

 だがあまり意味を成さなかったようだ。

「…などと供述しておりますが、実際のところはどういったご関係で?」

 奏多から視線を外し、二人を交互に見つつ質問する文次。

「おい、供述ってなんだ、人を犯罪者みたいに言うんじゃねー」

「静粛に、今は被告人のターンではありません」

「おいこら」

 視線を二人の側に向けたまま手を突き出し、奏多の発言を制する文次。

 それをよそに命奈は口を開いた。

「奏多サンは…」

 伏し目がちに奏多の方を見つめて、頬を朱に染めつつ消え入りそうな声でつぶやく。

「……ワタシの、初めての人……デス」

 周囲で命奈の発言を聞いた者達がざわめく。

(なにをいっているんですかこのひとは…?)

 発言の意図が読めない奏多は目の前が真っ白になっていた。

「……おやおやぁ?」

 奏多に振り向く文次。その表情は笑顔だったが、目は笑っていなかった。

 状況を察した奏多は席を立つ。

「…先生―――」

 そして強く声を上げた。

「早退していいですか」

「ダメです」

 担任は笑顔で、しかし無情に短く切り捨てた。

「この期に及んで逃げの一手とは、情状酌量の余地なし!潔く屍を晒せぇ!!」

「うるせー!こんなところに居られるか、俺は家に帰らせてもらう!」

 叫び教室を飛び出す奏多と後を追う文次。

「奏多サン、待ってくださいデス!」

「まったく世話が焼けるわね…」

 命奈とシエルもさらにその後を追うのだった。

「ちゃんと次の時間までに帰ってきてくださいねー」



「……撒いたか」

 軽く息を切らす奏多。

「奏多サン居たデス」

「私に無駄な労力を使わせるとは良い度胸ね」

 そこに涼しい顔をして追いついてくる二人の少女。

「…ってか貴様ら何をしに来た?」

 奏多は二人が教室に現れてからずっと疑問に思っていたことを口にする。

「何って、もちろん奏多サンのお世話デス」

「私は奏多の監視に」

 しかし家に転がり込んできた時と同じ言い分を繰り返されるだけであった。肩を落とす奏多。

「頼むから揃いも揃って誤解を招きかねない言い方はやめろ」

「そんなこと言われても…」

「事実じゃない。受け入れなさい」

「あのなぁ…」

 奏多が苦言を呈しようとしたのを遮り、シエルが口を開く。

「ついでに面倒だけど、私仕事一個増やされたのよね」

 初耳である。奏多はシエルを見やると、彼女はやたらと得意げな顔になった。

「まあ私ってば優秀だしぃ?」

「…はいはい、良かったな。頑張れ」

 呆れて会話を打ち切ろうとする奏多だったが、それは許されなかった。

「待ちなさい、あなたも頑張るのよ」

「なんでだよ」

 やれやれ、といった様子で肩を竦めてから、いつもの小馬鹿にした顔で言うシエル。

「当然でしょう?他人事みたいに言ってないで、私が、わざわざ、こんなところに、直接出向いてきている意味を、少しは考えなさい」

 わざわざ一つ一つ強調して言うシエル。

 横柄な物言いが少し癪に障るが、とりあえず言われたまま考えてみる奏多。やがて一つの結論にたどり着いた。

「…もしかして、この学校にも要観察なくらいヤバいのが他にも居るってのか?」

「まあ上が言うにはそういうことなんでしょうね」

 大したことではなさそうにシエルは答える。

「いやそんなんホイホイいてたまるか」

 奏多は疑いの目を向ける。

「…そもそも本当に居るのかぁ、そんなの?」

「天界の情報網を甘く見てもらっては困るわね。居るのは確実よ」

「確実に居るってんなら、なんか手掛かりとか無いのかよ?何年とか、せめて男子か女子か…待てよ、教師の可能性も…?」

 深く考え込む奏多に対し、シエルはキッパリと言い切った。

「たぶんどこかにいるんでしょう。だがその他一切のことはわかりません」

「おい、それじゃ探しようがないだろ」

 奏多が不満げに言うと、シエルは少し不機嫌そうにしながら奏多に人差し指を突き付ける。

「口答えしないの。とにかく普通の人間じゃなさそうなのがいたら、さっさと知らせなさい。いいわね?」

「そんなこと言われてもな…」

 そこで命奈が口をはさむ。

「それはそうと、早く戻らないと遅れちゃうデスよ?」

 聞いた途端にうなだれる奏多。

「あぁ…教室戻りたくねー…」

 そのセリフを聞くや、二人して彼を非難する。

「奏多サンはワガママデスねぇ…」

「本当にそうね。偉そうだし、文句は多いし」

「お前らに言われたくねーよ!そもそも誰のせいだよ!?」

 同時に指を差される。

「なんでだよ!?」

「満場一致ね。諦めなさい」

「本当に往生際の悪い人デスねー奏多サンは…」

 抗議の声を上げ続ける奏多を無視して、二人は彼を教室に引っ張っていくのだった。



 次の休み時間。

 終業の合図とほぼ同時に教室を飛び出し奏多は一人、あまり人気のない校舎裏手のベンチに腰掛け、気配を押し殺していた。

 そしてぼんやりと考えを巡らせる。

 普通じゃない奴なんてそうそう居るものだろうか?―――と。

「……………さっむ」

 そこに小さく声が聞こえた。奏多は声の主の方を見やる。

 まず目に入ったのはスカートだった。どうやら女子生徒のようだ。

 そしてその制服のスカートから覗く、体育用の野暮ったい学校指定ジャージ。

 上半身を見ていくとまず制服の上にマフラーが見えた。すごく暖かそうなパステルカラーの毛糸のマフラーである。

 そのマフラーを口元まで覆えるように引っ張り上げている最中の右手には、これまた暖かそうなモフモフの手袋。

 そのまま頭頂部まで見ていくと、耳当てにニット帽まで視界に入る。

 もう4月だというのに、なぜか完全防寒装備だった。すごいモフモフっぷりである。

(……居たわ)

 その目元以外肌色が見えない少女は、奏多の存在を気にした風もなく奏多の隣に腰を下ろす。

「………………」

「………………」

 無言。

「………………」

「………あの」

 堪らず声をかける奏多。

 相手は驚いたように一瞬体を竦めて奏多を見たかと思えば、すぐ事もなげに返してきた。

「……何?」

 静かだが、良く通る声。心なしか億劫そうに聞こえた。

「何か御用ですか?」

 努めて丁寧に聞いてみる奏多。

「…別に」

 しかし返事はあまりにも冷たかった。

 取り付く島もない態度に少し苛立ちを覚え、語調を強める奏多。

「じゃあ、なんで隣にいきなり座ってきたんだ?」

「…あんたの存在感がなさすぎて気づかなかっただけ」

 それに対しての返答もやはり冷たい。

「そ、そうか…」

 会話が続かない。というか続けられない。

 なので奏多は「基本的にそういう態度のやつ」だと思うことにした。

 しかしながら、確かにクラスメートに絡まれるのを避けるためになるべく気配を消してはいたが、隣に座っても気づかないほどとは思わなかった。

 そこまでやり取りして、ようやく奏多は彼女に対して抱いた素朴な疑問を口にする。

「……つか暑くない、その恰好?」

「全然。むしろ寒い」

 即答。

「…そ、そうか……」

 奏多の心の内に一つだけ結論が出た。

(うん、異常だ)

「………………」

「………………」

 再びの無言。

 永遠のような沈黙の後、少女が急に立ち上がる。

「な、なんだどうした?」

「……教室帰る。あんたも急がないと遅れるよ」

 言われて初めて時間を確認する奏多。

「…嘘だろ、マジかよ!?」

 声を上げると同時にチャイムが鳴りだし、奏多は校舎へと駆け込んでいった。


 放課後。帰宅途中。

「そういえばシエル」

「どうしたの下僕」

 呼び止められ、振り向くシエル。

「誰が下僕だ。普通じゃなさそうな奴、居たぞ」

「へぇ、やるじゃない」

 満足気な表情で先を促す。

「で、それはどこのどいつよ?」

「いや、誰かまでは知らんけど…」

 防寒具だらけの隙間から僅かに見えた制服のリボン。少女が着けていたそれは命奈やシエルも付けている物と同じ色だった。それが意味すること。

「同じ学年の誰かだ」

「そう。それじゃあ明日でいいわ、会わせなさい」

 シエルはそう言うと正面に向き直り、再び歩き始めた。



 翌日。

 朝のホームルームが終わり、にわかに騒がしくなり始める校内、2年2組教室。

 扉が開き、そこに乱入者が現れる。

「頼もーう」

 注目を浴びつつも意に介した様子もなく、その場から自信に満ちた表情で教室内を一瞥し、横を向き合図をする。

 後からやや気まずそうに現れた者も同様に、教室内を一瞥し言った。

「…居ないな」

「失礼」

 短く残し風のように二人組は去った。


 その直後、2年1組教室。

「頼もーう」

 同様の流れで教室内を一瞥する二人組。

「…居ないな」

「失礼」

 またも短く残し風のように二人組は去った。


 その直後、校舎内の階段踊り場。

「居ないじゃない、ガセネタ野郎」

「誰がガセネタ野郎だ」

 小馬鹿にした顔で罵るシエル。対する奏多は思案する。

「…もしかして」

 一つの可能性に思い至った奏多は手招きをしつつ歩き出した。


 昨日、件の少女と遭遇した校舎裏手のベンチ。

 相も変わらず真冬のような、防寒具まみれのろくに肌色が見えない恰好で彼女はそこに腰かけていた。

(あいついつもここに居るのか…?)

 それを遠巻きに見やりつつ奏多はシエルに囁く。

「…居たぞ、あいつだ」

 聞いたシエルはただ一言短く呟く。

「……へぇ」

 そしておもむろに歩を進めて行く。

「っておい―――」

 奏多の制止を気にも留めず、まっすぐ歩き続けるシエル。

 やがて少女の正面で止まると、仁王立ちして言い放った。

「あなたが話にあった普通じゃないやつね」

「……いきなり何、あんた…?」

 少女が怪訝そうに目を細めて見上げる。

「どうするつもりだよあいつ…!?」

 そこでようやく奏多も慌てたように早足で歩み寄り始める。

「ふーん…」

 顎に手を当て、少女の全身を舐めるようにくまなく見つめるシエル。

 しばらくそうしていたかと思えば、憮然として言った。

「なるほど、確かにいろいろとおかしいわね」

 聞いた少女の目に明らかに敵意が宿る。

「……さっきから何?ケンカ売ってんの?」

 返す言葉に、辺り一帯が凍りつきそうなほど冷たい空気が纏わりつく。

「あら…そんなつもりは無いわ」

 微塵も恐れる様子もなく返すシエル。

「おい、なにやってんだ」

 追いついた奏多が声をかけるが、それに反応すらしない。

「私はあなたのことをちょっと詳しく知りたいだけよ」

「無視かよ!」

(…昨日の…)

 むしろ相対する少女の方が奏多の存在に僅かに気を取られる。

 しかしながら未だに一触即発の雰囲気は変わらず、そんな中でもシエルは全く怯むことなく挑発的に続ける。

「まあ…力づくでないと従わないと言うのならば、こちらはそれでも構わないけれど―――」

 一拍置いて、射抜くような視線を向ける。

「あなたには覚悟はあるのかしら?」

「…覚悟?」

 シエルの言に少女は眉をひそめる。

「…神は戦いに臨む際にあるべき心構えを、こう説いたというわ―――」

 シエルは無知を嘲笑うかのように口元をかすかに緩めて、片手を大仰に横に薙ぎ言い放つ。

「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ…と」

「それ、神っていうか魔神じゃないですかねぇ…」

 奏多がやや呆れた様子で横槍を入れる。

「上等…」

 言うや少女は勢いよく立ち上がり、シエルを冷たく見下ろす。

「って、あんたも落ち着け、こいつは天―――」

 口走りかけた言葉を、慌てて飲み込む奏多。

「あー、とにかく普通の人間じゃないからまともに相手すんな」

 改めて無難そうな言葉で言い直す。

 冷たい視線が今度は奏多に向けられる。先日教室で浴びた男子達の視線よりも一層威圧感が強く感じられる。

(やだこいつ怖い)

 奏多は委縮するが、同時に「何としても止めなければ」と謎の使命感に目覚める。

「いや本当に―――」

 ムカつくのは重々承知なんだけど、というよりも前に少女が口を開き、まくしたてる。

「は?私がこんなちんちくりんに後れを取るわけないでしょ?」

 苛立ちのせいか余計に冷たい声音であった。

(こいつはこいつで、なんでこんなにやる気満々なんだよ…!?)

 こめかみを押さえて天を仰ぐ奏多。

「誰がちんちくりんですって?失礼ね、愛らしいと言いなさい」

「とりあえずお前はもう黙れ」

 どう収めようか奏多が思考する中、辺りに声が響いた。

「なにしてるデス!?」

 そこに現れたのは命奈だった。

「…命奈?」

「はぁ…厄介なのが出たわね」

「早く教室に戻らないと、休み時間終わっちゃうデス!」

 眉根を上げて駆け寄ると、そのまま二人の制服を掴む。

「二人して何やってるデス、全くもう…!」

「また私の邪魔をしようというのね、この女は…!」

「ちょっと待て、俺は何もしていない」

 命奈に襟首を掴まれて引きずられていく二人を静かに見送る少女。

「…………アホくさ…」

 すっかり怒気を削がれた様子の彼女も、短く吐き捨てると校舎へと戻っていった。



 その日の放課後、七生家のリビング。

「迷惑をかけたら謝らないといけないデス!」

「そう…まあそうだよなぁ…」

 ソファに掛けた奏多に対して命奈が熱心に説いていた。

 最初は素直に聞いていた奏多だったが、ふと思い至る。

「…いや、やっぱりお前に言われると釈然としない」

「なんでデス!?」

 驚いたような悲しいような、複雑な表情で言う命奈。

「だってお前、人間違いしといて開き直ったじゃねーか」

 言われてみればごもっともである。

「あ、あれはそのー……おじいちゃんにいいところ見せようと思って躍起になってたデスし…」

 目を泳がせて、しどろもどろになりながら釈明する。

「何分初めてのことでして…」

「レーダーだかなんだかもまともに使えないのに、初めて間違えたってのか?」

「いや、あの、そうじゃなくて…」

 厳しく追及する奏多に対して、いつかと同じようにやや俯いて頬を染める命奈。

「人間の魂を狩るのは、その…奏多サンが初めてで…」

「そっちかよ…」

 目を潤ませながら恭しく頭を下げる。

「ご、ごめんなさいデス…」

「いやまあ、もういいけどさ…」

 これじゃまるでこっちが悪人じゃねーか、などと奏多は客観視しながら、一つ引っかかる発言を拾う。

「ん?……じゃあ、あん時の『初めての人』って、そういう意味かよ!?」

 新学期初日にいきなり飛び出した「初めての人」宣言。つまるところそういう趣旨だったようだ。

「?…他に何があるんデス?」

 それはもう純粋に聞いてくる命奈。答えにくいことこの上ない。

「え、えーとそれは……」

「…むぅ?」

 答えに窮した奏多は逃げの一手を打つ。

「……ゴーグル先生にでも聞け」

「ゴーグル先生って誰デスか!?」

 しかしそこにもしっかり食いついてくる命奈。

「うるせーゴグレカス」

「奏多サン、ちゃんと教えてくださいデス!」



 翌日。

 再び校舎裏手のベンチ。

「…よう」

「……何?」

 奏多が呼び掛けると、幾分柔らかい調子で返事が返ってきた。

 別段敵視されているわけではないことに安堵して続ける。

「まあちょっと、昨日のこと謝ろうかと思ってな」

「…別に」

 彼女の返事は実は気にしている、というようには聞こえなかった。

「……ってか、あんたが謝ることじゃなくない?」

「いや、俺があいつにあんたのこと話したんだよ。変わったやつがいるってな」

「…何で?」

 彼女の方から質問が飛ぶ。

「あいつが何か普通じゃないやつを探してるから、協力しろだの言ってきてな…」

「……何それ?普通の人間には興味ありませーんってやつ?…なんか怪しげな一団でも結成しそうね」

 彼女はどこか嘲るように表情を崩した、ような気がする。目元しか見えないが奏多はそう思った。

 そんな普通に受け答えする様子に少しだけ気を良くしながら、奏多は話を元に戻す。

「だから責任の一端は俺にある」

「…そんなに気にしなくていい」

 相変わらず静かな声で続ける。

「普通じゃないやつを探してたってんなら、遅かれ早かれ私のところには来たでしょうし」

 少女は自嘲気味にそこまで言ってのけた。

 その言葉に奏多は少し思うことはあったが、今は触れないでおくことにして、改めて謝罪する。

「…とにかく昨日は悪かったな。うちのアホが迷惑かけて」

「……で、そのアホこと、小うるさいちんちくりんは?」

「置いてきた。あいつがいると話がややこしくしかならん」

「…わかる気がする。あんたも大変なのね…」

「うんうん、これで仲直りデスね!」

 それまでやり取りを陰から見ていた命奈が二人の間に立った。

「……誰?」

「命奈?お、おう、仲直り…かな?…別に俺がケンカ売ったわけじゃないけどな?」

「それじゃあ友好の印に握手デス!」

 そして半ば強引に少女の右手を取り、その手から手袋を外して言う。

「えぇ…唐突すぎじゃね…?」

 困惑気味に少女を見る。

「……まあ、私は握手ぐらいなら別に…」

 少女は少し気恥しそうにしながら答えた。

「そ、そうか……」

 そう言われては引くに引けないので、奏多は少女の手を握った。

 直後氷に触れたかのような強烈な冷気が右手の先から伝わり、堪らず声を上げ手を離す。

「冷たっ!?」

「―――っ」

 少女の表情がわずかに曇った。

 その目が悲しげに見えた奏多はとっさに謝る。

「あ、悪い…。えーと…お、女はよく冷えるって言うもんなー」

 なんとか平静を装おうとするが、どうにも声が震える。

「まさかここまで冷たいとは思わなかったけど…いや、あ、あんまり触れたことないから知らなかったわーはっはっは」

 やや墓穴を掘った感はあるものの、どうにかフォローしていく。

「…気ぃ遣わなくていい。私が異常に冷たいのは事実だから」

 だが少女の言葉は冷ややかだった。なんとか奏多が並べ立てた言葉をバッサリと切り捨てると、そのまま自虐的に続ける。

「気味悪いでしょ?だから皆あんまり私と関わりあいになろうとしないの」

 奏多から目を逸らして立ち上がり、命奈から手袋を取り返してポケットに突っ込む。

「あんた達もあんまり私に関わってると、変人扱いされて周りから浮いちゃうよ」

 何か言った方が良いとは思いつつも、言葉が喉に詰まって出てこない奏多。

「………じゃあね」

 言うべきことは言ったとばかりに、最後は短く残して彼女はその場を去って行った。

 その場に取り残された二人。命奈が珍しく呆れた表情をして奏多に言う。

「…奏多サン…デリカシーのかけらもないデスね」

「俺が悪いのか―――いや、悪いんだろうなぁ…はぁ…」

 奏多は激しく肩を落として溜息をついた。

(あれ、多分怒らせたよな……)


 校舎内。

 無言で歩く彼女は右手に違和感を覚え、立ち止まる。

(……そういや手袋外したままだった…)

 ポケットから右手を出して呆然と見つめる。

(いつぶりだろ……人に触られたのなんて…)

 ふと先ほどの感覚が脳裏をよぎる。

(…あいつの手……)

 手を軽く握ってポケットに突っ込むと、再び彼女は歩き始めた。

(………温かかった……な…)



 さらに翌日。

「おはようデス!」

「やはりいたわね」

「ん……うわ」

 シエルの姿を見るや、あからさまに嫌そうな顔をする少女。

「…悪い、どうしてももう一度話をすると言って聞かなかったんで、連れてきてしまった」

 奏多がそう言うと、少女は軽く溜息をつき心底うっとおしそうにシエルを見て言った。

「……何の用?」

「我が軍門に下りなさい」

 シエルはやたら高圧的に言った。

「…何様なの?ってか軍門って…」

 明らかに馬鹿にした笑いを噛み殺しながら返す少女。

 その様子を見て、シエルは見下した顔で奏多の方を向く。

「奏多の三顧の礼をもってしても靡かないなんて……全ては奏多の徳の無さのせいね」

「…俺は悪くねぇ……悪いのはお前の言い方だ」

 一つ咳払いをしてから、奏多は切りだした。

「あのーえーとだな…こいつら転校してきたばっかで、まだあまり友達いないんだよ。もしよければ仲良くしてやってくれ」

「…じゃあなんで、あんたとはそんな仲良さげなの?」

 ある意味当然の質問だった。

「え?あー…お、俺は元々知り合いだから」

「ふーん…」

 どこか納得いかなそうにしながらも、それ以上は追及してこなかった。

 やがて少女はポツリとつぶやく。

「…真冬」

「え?」

 奏多は聞こえはしたが、このうららかな春にいきなり真冬と言われても意味が分からなかったので聞き返す。

雪村真冬(ゆきむらまふゆ)…私の名前」

 少女は名乗りだと明言して言い直した。

「名前も知らないのに、仲良くなんてできないでしょーが」

「…まあ、そうかもな」

 合点がいった奏多は名乗り返す。

「俺は七生奏多。こっちが篠神命奈で、こいつが―――」

 しかしそれは途中で遮られた。

「奏多と命奈ね…よろしく」

 真冬は短く言うと視線を手元に落とした。

 当然彼女が黙っているわけがなく。

「私をスルーとは良い度胸してるわね」

「…はいはい、あとちんちくりんもよろしくねー」

 至極興味なさげに視線も合わさず棒読みで言う真冬。

「どうやら今すぐ天に召されたいようね…」

「上等…」

 先日と同じ構図で睨み合いを始めた二人と奏多を交互に見つつ、命奈が困惑する。

「なんでケンカしようとしてるデス!?」

「知らねーよ…」

 少しの間呆れ顔で眉間を押さえてから、月並みな言葉を思い出しそのまま発する奏多。

「…まあ、ケンカするほど仲が良いって言うしな、実はもう仲良いんじゃねーか?」

「良くない」

 軽口を叩いた奏多を二人同時に睨みつけて、見事に声をそろえて言う。

「…そ、そうか……」

 奏多はもうそれ以上何も言えなかった。


2019/7/12 話タイトル明記

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