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44.騎士

次回更新、1/5になります。


私は自身の体内の魔力を探った。



手繰り、

道を作り、

綾を織り上げる。



魔法を。



ただ、習いはじめるのが遅かったせいかしら。馴染まないのよ、まだ魔法は、私の感覚に。

なら、どうすればいいか。別の方向からアプローチをかければいい。



苦手より、得意の方向から。



魔法は苦手。だけど。

薬…植物、なら。


胸を張って、私に任せてって言えるわ。


そうよ。

私には、経験がある。病人やけが人の治療のね。妊婦さんの出産に立ち会った経験も。

全部、手伝いだったけど。それでも経験って言うのは、単なる知識より心強い。

解剖の経験はないけど、人体構造だって、素人よりはましってくらいの知識はある。


危うい? 知ってる。でもやるしかない。


改めて、気を引き締めた。

さあ、ミア・ヘルリッヒ。




―――――失敗、できないわよ。




強く言い聞かせる。直後、私は。


全力で飛び込んだ。ラキトフさんの身体、水の流れ、魔力の流れ、意識の流れに。

その中から、拾い上げてく。異物の感覚を。

飲み物や食事らしきものは排除した上で。


人体の中に在るには自然とは程遠い、薬剤の感覚を追尾。ひとつひとつ、確実にとらえていく。


でもこれって、本当に気が遠くなる作業。膨大な海水から塩を選り分けろって言われるのと似てる。でもやらなきゃ。



…できなきゃ、命が一つ消える。








―――――人体には、天然に備わった自然治癒力がある。


軽い症状なら、即ち、治癒力が追い付くなら、薬なんか必要なく、自然に治ってしまう。

…つまりラキトフさんが話したことが事実なら、その薬は人体の自浄作用では追い付かない猛毒と言うこと。


ただ、今、その薬は彼の体内で猛威を振るい始めたばかり。

完全に肉体に溶け込むのはまだのはず。時間との勝負だけど、溶け去る前に追いついて。


魔力で包み込む。


すべてを溶け込ませない。でもそうすると、薬物はそのまま残ることになるから。こうした上で、作用の速さを、落とす。




―――――…ゆっくり、ゆっくり…ゆっくり。




それこそ。


人体の自然治癒力が追い付く速さまで。

早さを制御した上で、一時的な魔力の縛めから解放する。


そこまでしておけば。

自浄作用が自然に働き、薬物の脅威を始末してくれるはず。



もちろん、完全な駆除には時間がかかるけどね。

一日かもしれないし。


一生かもしれない。








何も今、完全に消しきれなくっても問題はないわ。

どうにかして、解決までの時間が作れたなら私の勝ちだわ。


肉体が天から授かった恩寵で戦ってる間に、解毒方法の研究なりなんなり、できる。

調べ、探る時間がたっぷりできるってこと。



この世に存在するものだもの。その道の専門家が寄って集れば、調べきれない、なんてことはないはず。



そう私は信じてる。


ただ、やりはじめてすぐ、理解した。

思い付きはしたけど、完璧にやり遂げるのは、私には難しい…いえ、不可能ね。

私は潔く諦めた。


もちろん、思いついた方法を試すことを、じゃないわよ?


自力でやり遂げることを諦めたってだけ。じゃあ誰に、何に頼るのか。

五大公家の方々がいればよかったんだけど、彼らは魔法人形の対策に総出のはずだから無理。…だから。



私は―――――いっきに、自分の内側深くへ意識を落とす。



とたん。








もぞり。








大きな…おおきな何かが、私の意識の奥底で蠢いた。

意識が吹き飛ばされそうになる。これ以上、近づくのは危険。それでも。


一歩踏み出し、私は啖呵を切った。






そこにいるなら、家賃代わりに。



―――――ちょっと、力を貸してくれない?






難癖とも言える、強引な勧誘。『それ』が自分だと感じてるって言っても、正直怖かった。


けど、結論から言えば。






『それ』は私の望みに力を貸してくれた。動いて、くれた。


刹那。






すべては、一瞬で起きた。


理解できた―――――何もかも、私の思い通りになったことを。



拍子抜けするくらい、簡単に。




なんと言おう。その時の、万能感を。同時に、ぞっとした。

刹那。


思いきり強く、扉を閉ざす。最奥につながる意識の扉を。その、巨大なものとのつながりがより以上に強くなる前に。






何もかもが思い通りになる。逆を言えば、それは。

私の行いには、失敗も間違いも、許されないってこと。


そんなのは、私の心には重すぎた。






一瞬、私は呆然としてたみたい。

気が付けば、目の前で、ラキトフさんが座り込んでた。もう耐える必要がなくなったから、一気に力が抜けてへたりこんじゃったのね。

何が起こったのか分からない。


そんな表情で、私を見上げてる。


見下ろして、私は表情を引き締めた。だめね。私まで呆けてどうするの。

去ったのは、目の前の危機だけ。ラキトフさんの肉体は、未だ危険な状態にある。



「え、えぇ?」



ジャンナが間の抜けた声を上げて、ラキトフさんのそばに座り込んだ。

「あの、もう苦しくはありませんか? 痛いところは」


「あ、ああ…」

聞かれてようやく、自分の状態を思い出した様子で、身体に意識を戻すラキトフさん。


信じられないって顔で、鈍く頭を横に振った。手の甲で、顎から滴る汗をぬぐう。

「ない。なにも。…普通、です」

ジャンナが目を瞠る。私を見上げた。


「何をなさったんです、お嬢さまぁ?」

つられたみたいに、ラキトフさんが私を見上げる。

「あなたは、―――――今、何を?」


私は厳しい表情で、彼の前に膝をついた。早口で説明。



「薬剤の働きを鈍くしただけです」



「鈍く…では」

ラキトフさんが目を瞠る。

「薬の効力が発揮されるのを遅らせた、ということでしょうか?」


分かるわ、それだけでもとんでもないことよね。にしたって、理解が早い。さすが、大国の文官。

「そんなの、…可能なんですかぁ?」

ジャンナの声が戸惑いに揺れた。


私はラキトフさんと彼女に対して、曖昧に首を横に振った。


彼が言ったことは間違ってないけど、正解でもない。

不可欠の条件があるんだもの。



「あなたの体調が今の健康な状態を保たれるなら、時間がかかっても身体に自然に備わった治癒能力が薬の影響を根絶するでしょう」



そう、私が行ったことは、万全の対処とは言えないわ。体調が崩れた場合は、薬の影響が身体を乗っ取ってしまう可能性が高い。

私の言葉に、ある程度は危険性を理解したみたい。

ラキトフさん、察しがいい。

「つまり、薬が身体から消えたわけではない、ということですね」


彼は、厳しい顔で頷いた。

直後、私と言えば、内心は後悔の嵐。だって、そうでしょう。咄嗟に思い付いたのが『それ』だったとはいえ。

(あの力があれば、もっと万全の対処ができたはず、よね)

それこそ、薬剤を抜き取ることだって可能だったはず。

でもまた、あの力を使おうって気は起きない。なんだか、触れるたびに消耗する気がする。

ただ、一方で。

もたらされた結果が、『完璧』ではない。それこそが、正しい気もしてた。

(完璧でないからこそ)



開かれる道もある。



今回のことに関して言えば、今ここで薬を消し去ってしまわなかったからこそ、…調査することができる。

危ういとしても、可能性が繋がれる。

消してしまえば、そこで終わりだ。


「その、ご令嬢」

すっと気持ちを切り替えた表情で、ラキトフさん。


「このような場面でする話ではないのですが…」


彼が何かを言いさしたところで、




「とっとと退避しろ!」




聞き覚えがある野太い声がいきなり全身に叩きつけられた。びりびり、皮膚が痺れる。とたん、

―――――ぶうん。

刃が空気を横薙ぎにする音が頭上を過った。続く、飄々とした声。


「役立たずのお貴族さまはご退場願いませんかね!」

視界の端を掠めたのは、騎士団の、黒い制服。石黒騎士団。

誰だか、すぐ分かった。

持ち前の明るさが、無礼さを相殺してしまう、この爽快な気質。加えて、筋骨隆々の体躯と赤茶の髪。


「アンガス・バルヒェットさま…」


よくよく、縁のある騎士さまね。私の呟きは、しっかり聴こえてたみたい。ぎょっと目を剥いて、彼は私を見下ろした。

「うへぇ、ミア・ヘルリッヒお嬢さま…うそでしょ、会いたくないとこで会いますねえ、いつも」

すぐ、げんなりした表情になる。言葉も含めて、正直。


その手にしてるのは、今日は剣じゃない。槍。

儀礼的な場所では、彼は槍を持つのかしら。


室内じゃ動きにくくて不利に思えるし、普段は剣を持ってるから、その考えで間違いないと思うけど。

「あ、ちなみに、名前はアンガス呼びで結構です。この国で、あなた以上に尊ぶべき大切な存在はいないしな」

でも私を見たのは、ほんの一瞬。すぐ、前方に視線を戻した。そちらにいたのは。


―――――繊細な意匠を凝らした、純白の甲冑。薄ら寒くなるくらい完璧な造形美。中身は。



「…魔法人形…」



いつの間にかジャンナが、短刀を構えてた。既に臨戦態勢だ。いえ、戦うって言うより、私を守る姿勢。

「にしたって、どうして逃げてないんですっ? あんたに何かあればこの辺り一帯、焼け野が原になるってご自覚しやがってくれないですかね!」

私、つい顔をしかめる。だって声が大きいんだもの。


大丈夫、いくらなんでも、五大公家の方々だって、そこまでしないわよ。たぶん。


アンガスの言葉に、何を思ったか、ラキトフさんが、眉をひそめた。

「そう言えば、ご令嬢は五大公家のご令息方とご一緒でしたね…」



…何か企んでらっしゃるみたいね。それもおそらく、物騒な方向性で。冬の海みたいな暗い青の瞳が、黒に近い色に見える。



でも不思議だわ。これくらい回転の速い方が、ここまで聞いても、私が天魔って考えには至らないのね。

私を見るラキトフさんの目に、打算やら苦悩やらが閃いては消える。



「そっちは、北のお客人ですかね」



大きく息を吐きだし、アンガス。

「できればそのお嬢さんの手を引いて逃げてくれませんか…ねっ!」




ガンッ!!




いつの間にか、アンガスが身体の前で真一文字に構えてた槍の柄が激しく鳴った。

魔法人形が、剣を、真上から振り下ろしてる。隙だらけの大ぶりな動きに見えるけど、…なにぶん、速い。

遅れて。

風圧かしら、床に転がってた食器やら椅子の破片やらが一斉に舞い上がる。

刹那、弾丸みたいに吹っ飛んできた。


魔法人形が移動した軌道上から、正確に周囲に向かって。こちらに飛んできたものは、幸い、ジャンナがすべて叩き落してくれたけど。




一部が、私の手の甲を切った。じわり、熱に似た痛みが走る。刹那。








「あぁーぁ、退屈だ」



怒鳴ったわけでもないのに、不思議と耳に響く声があった。おっとりと、柔和。

「久しぶりに目覚めたと言うのに」

それでいて、無視できない引力がある。

引っ張られるみたいに視線が、そっちに向く。目に映ったのは。




―――――雪。




一瞬、降り積もったそれを見た印象が脳裏を掠めた。

直接的に言えば…その方は、やたらと白かった。


肌は白皙。シミ一つない。

清潔に切り揃えた髪も白。

瞳は空色。でも、空色と言うのすらまだ濃いと言えそうな、薄い水色。


よくできた人形みたいに、生気を感じない人物。まるで、植物ね。

でもおそらく、あの方が。



―――――ベルシュゼッツ公国の顔、公王陛下。



あそこ、さっきまで、人が群がってたあたりだもの。間違いないわ。

しかし若い。二十代半ばにしか見えない。そろそろ中年の域を出ようとしてるはずなのに。


公王さまがひとつ発言をした。それだけで、その場にいた全員の時間が、一瞬止まったみたいな感じになる。

五大公家の方も、騎士の方々も、…魔法人形ですら。


あ。公王さまの近くに、テツさまとゼンさまの姿が見えた。知り合いの姿に、私は無意識のうちにほっとする。


公王さまは自分がもたらした影響なんか、つゆ知らずって感じ。ぶつくさ言葉を続けた。








「ああ…退屈だ。退屈だ。退屈だ。退屈だ。退屈だ」








語尾が、調子はずれに跳ね上がる。とたん。


バツンッ!!

何かが千切れ跳ぶみたいな音を上げて、複数の魔法人形が、いっせいに吹っ飛んだ。もちろん、アンガスが刃を受けてた魔法人形も。

勢い余った彼がたたらを踏みそうになる間に。



―――――どんな魔法が働いたのかしら。



魔法人形の鎧、頑丈そうなそれが複数個所砕け散る。割れた、と言うのじゃない。穴が開いてた。何かが貫通したって風。




何これ怖い。




すぐそばで、ラキトフさんが息苦しそうに呟いた。

「あれが…ベルシュゼッツの公王…」


正直言って、私もキツい。周囲の空気が薄くなったみたいな感じがあった。でもラキトフさんほどじゃないわね。

見れば、ジャンナも何かに耐えるみたいに身体を固くしてた。


もしかして、私、慣れてきてるのかしら。こういう、猛獣がかけてくるみたいな威圧に。普段、五大公家の方と一緒にいるから…。


アンガスに斬りかかってた魔法人形に至っては、兜の部分が千切れ飛んでる。

…もしかしなくても普通なら、首まで吹っ飛んでるパターンなんじゃないかしら。

見たところ、首の骨が折れてるみたいな不自然さで、頭が下がってるもの。


頭部が露になって気づいたけど、…この魔法人形、男性型だわ。


壁に叩きつけられた身体は、どこまで無事だったのかしら。首が変な風に垂れてるって言うのに、魔法人形はそれでも鈍い動きで立ち上がる。

半ば眠ってるみたいな目は、漆黒。



合間に、公王さまの声は気怠そうに続いてた。



「そうだ、私を楽しませてくれた子に、ご褒美をあげるよ」

心底楽し気に言葉は重ねられる。




「悪い子には…お仕置き、だなあ」




瞬間、公王さまの威圧が緩んだ…そんな感じがあった。

咄嗟に、諫めるみたいに、宰相さまの声が上がる。

「公王さま!」

直後、寸前まで倒れ込んでた魔法人形たちが、いっせいに跳ね起きた。



もしかして、公王さまの力で、抑え込まれてたってわけ? なんって、桁違いの力なの…!


なのにどうして、解放するの!?



私たちの一番近くにいる魔法人形も跳ね起きた。頭を片手で持ち上げれば、ボキボキと枝を折るみたいな音を立てながら、首が真っ直ぐになる。

首が元に戻る最中に、もうその魔法人形は動きだした。

無表情で、音もなく、前動作もなく、目前の脅威・敵性個体―――――即ちアンガスの後ろに回り込み、剣を、振りかぶってた。


「この…!」


ぎりぎり、アンガスが間に合わない。そこに割って入ったのは、ジャンナだ。

かろうじで、足を引っかける。魔法人形が体勢を崩した。一瞬だ。倒れもしない。でもそれで熟練の騎士には十分。



「ははっ!」



アンガスが凶暴に笑う。

「あんがとよ、お嬢ちゃん!」

振り向きがてら、振り回される槍―――――その柄尻が、魔法人形の左頬を捕らえた。容赦ない殴打。そこに穴が開いた。



頬のあたりが割れる。間違いなく皮膚だってあるのに、卵の殻みたいに脆く。出血もない。端麗な面立ちの中、不気味に歯がむき出しになる。



けど、倒れない。魔法人形は踏みとどまった。

その、ガラス玉みたいな目が、私を映す。ただ、なぜかしら、視線が合ったって感じはない。

あるのは、不思議な意志の強さ。命を捨ててでも主人の命令を実行するって、一心に思い詰めてる感じ。まるで、不器用な騎士。


漆黒の髪に、影のある黒い瞳。

美しいとさえ言える面立ちも、以前見た魔法人形を彷彿とさせる。それでも。


やっぱり、あの時の魔法人形とは何かが根本的に違ってた。それでも、芯まで破壊されない以上、止まる気配もない。


(あの人形も、最初は)

こんな感じであったはず。いえ、こんな使命感すらなくって、ひたすら人形めいてた。それが、変わった。きっかけは、なんだった?




私の脳裏に、何かが稲妻みたいに脳裏に閃いた。直後、手の甲にできた傷を意識。




目の前の魔法人形は、幸い、私を敵性反応とは見なかった。無力な上、抵抗する気配もないからよね。

その目は、すぐアンガスに向いた。これなら。



いきなり攻撃される心配も、ない。



安全を確信。私は、思い付きを実行に移した。







身を乗り出す。手を伸ばす。振り上げた。魔法人形へ。さあ。




―――――届け!!








「お、お嬢さま!!」


私を呼んだジャンナの声に、はっきり、怒りが滲んだ。当然ね。彼女は私の護衛だもの。


護衛対象が危険な行動を、分かってて取ったなら、腹立たしいはず。

そばにいたラキトフさんに至っては、唖然。私の行動が現実のものなんて信じられないって風。


でも、ごめん。説明してる暇はない。ただ、もし私が思う通りなら。

これ以上の破壊行為は行われないはずなの。

私は止まらなかった。直後。



―――――べちんっ。


振り下ろした手の甲が、魔法人形の口元を叩いた。間の抜けた音がする。



避けるか、払いのけられるかすると思ったのに。

魔法人形は、それすらしなかった。

これっぽっちも脅威ある攻撃と思われなかったってことなんだろうけど。


気のせいかしら。魔法人形は不思議そうな顔をした、みたい。その唇に、私の血の跡。


異物が肌についた感触に対して確かめようとしたのかしら。魔法人形の舌が伸びて、反射みたいにちろりと赤い色を舐め取った。

慌てて私の腕を引っ張ったジャンナには悪いけど、してやった気分。


だって、あの時は。


…そう、確か私の血が。


魔法人形に、変化を。


―――――刹那。

いきなり全身を縛められたように、魔法人形が動きを止めた。たった今、目覚めた様子で目を瞠る。




その漆黒に、私が映りこんだ。




「お嬢さまっ!」


動かない私に痺れを切らしたみたい。ジャンナが私の肩を引く。そのまま彼女の背後へ押し込んだ。

その上でアンガスが前へ出る。ただ。


いきなり動きを止めた魔法人形に、手を出しあぐねてるみたい。何かを警戒してるって言うより、無抵抗に見える相手に斬りかかることは躊躇われるって態度ね。


型破りに見えても、騎士だわ。

守られる私を、魔法人形は凝視。狼狽えた風に、一歩下がった。とたん。



手にかかる剣の重みにはじめて気づいたって態度で、武器を取り落とす。


呆然と俯いた。その様子に、はじめて人間味が滲む。とたん、敗北したみたいに、その場に膝をついた。


畏まるように深く項垂れ、震える一言をこぼす。







「お会いしとうございました、我が君」







瞬間、一番前にいたアンガスが、当惑を示す。すぐさま、得心がいった態度で、私を振り向いた。応じて、頷く。そうよ。

未だ戸惑いの強いジャンナの腕を、私は軽く叩いた。安心してって風に。

大丈夫だから、と。ラキトフさんに至っては、理解が追い付いてない感じ。でもこの方は正気に戻れば厄介な気がする。


なんにしたって、今は彼らのフォローをしてる時間はない。

ジャンナの横を通り抜け、アンガスが空けた場所へ私は進み出る。


「聞きたいことは、たくさんあるわ。でもまずは、命令の更新を」

学院で魔法人形と遭遇したあと、私は改めて魔法人形のことを調べてた。それによると。




同じ目的で動く魔法人形に対しては、一体に命令の変更を伝えれば、他数体との情報の同時共有が可能らしい、と伝承の一説にあったわ。




でもそもそも誰が、彼らに命令を下したのか。魔法人形の製作者は、天魔。彼らの主君は即ち、天魔以外であり得ず、それ以外の命令は聞かないはず。

ただ、長らく、魔法人形の話を外で聞くことはない。彼らの主である天魔が、何を思ってか、ある時を境にすべてを楽園へ収納し、眠りにつかせたらしいと口伝にはある。


その彼らがなぜ、楽園を出て、破壊を行っているのか。それも。

先ほどの女性に味方するような形で。


そう、一番の問題は。

天魔以外の誰が、魔法人形に命令を下したのかと言うこと。

それらの疑問は押し込み、私はじっと跪いた魔法人形を見据えた。果たして、彼は。








従順に、頭を下げた。額が、床につくほど深く。




読んでくださった方ありがとうございました!

年内最後の更新になります。


良いお年を!

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