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35.有能さの無駄遣い

台風15号により被害を受けた皆さまにお見舞い申し上げます。

一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。


「狙いは、御曹司だったはずでしょう」


底に怒りをたぎらせながらも平然とした声は、レオさまのすぐ斜め後ろから。

振り返った私、呆気にとられた。だって。



…すごいわ、ロンバルディさん。レオさまに平気でついてきてる。何者。



この速さで置いて行かれないってどんだけ。

私なんか、レオさまに抱えられてるだけなのに、振り落とされないようにするだけで精一杯。突き付けられる身体能力の差が酷いレベル。


でも彼らくらいまで行くと化け物にランクインしそう。


ロンバルディさんって、以前は受付嬢だったわけよね。なら、今は?

ケープを翻らせ、颯爽と駆ける姿は実に様になってる。


デスクワークじゃない気がするなぁ。なにより、この荒んだ空気に怯んでないもの。

お嬢様な物腰と裏腹に、実戦慣れした戦士の風格がある。



天賢議会には、魔法・魔術にまつわる事件にあたる執行部隊があるって聞くけど、もしかして。



「標的を前にすれば一目散に逃げ出すのに、異界が現れた混乱に乗じて火事場泥棒…」

そんな彼女が放つ怒りの波動が怖い。獲物を狙う伏した獅子って言うか。そこへレオさまが、



「お仕置きするか」



軽く提案。醸し出された茶目っ気が逆に薄気味悪い。


一見、ロンバルディさんの義憤に同意してるみたい聴こえる。でも本音は。

―――――面白がって、煽ってるわね。

「ええ…じゃ、ありませんっ」

物騒な表情でロンバルディさんが頷きかけ…、すぐ我に返った。



そろそろ、彼女もレオさまに慣れてきたみたい。良かった…いえ、お気の毒に、と言うべきかしら。



ロンバルディさんは仕切り直すみたいに、咳払い。重ねて言うけど、速度。

ちょっと引いた目で見つめる先で、生真面目に彼女は言い直した。



「捕らえ、ベルシュゼッツ公国の、法で裁くべきです」



どこからも責めようがない、教科書通りの、優等生のお返事。多分、私もそう言う。

でも。


残念だけど、この場合、その当たり前のこと、が…できないんだろうなあ。



なにせ、彼らはマイヒェルベック家の子息が、相続争いの相手を減らすために雇った暗殺者たち。

彼らを裁くなら、レオさまの兄弟も無視はできない。



ベルシュゼッツ公国って一口に言っても、いろんな立場の方々がいるわけで。



この場にいる暗殺者の誰かを処罰の対象とすれば、芋づる式になって、―――――もめまくりそう。



ただ、十中八九、五大公家の人間は見逃されるはず。



なにせ、ベルシュゼッツ公国が建国された理由が理由だもの。それは。






天使と悪魔、その血統を絶やさないため。






理由は当時の人々が、さらなる災害に備えるための力を欲した、とも、天魔に対抗しうる力を地上にとどめておきたかった、ともされるけど。真偽は謎。

なんにしたって、当のベルシュゼッツは天魔の守護を謳い、発展を続け、今に至る。



だからこの国は、怪物の住処、とか、異形の国とか言われるのよね。



とはいえ、今回のことが、法によってどう処罰されるかなんて、それはもう、雲の上の出来事。私は関係なし。

言ってみれば、レオさまも渦中の人なわけだけど。


私、すぐそばのレオさまの横顔を見遣った。見えたのは、醒めた顔。彼は素っ気なく、




「なら頑張ればぁ?」




他人事みたいに言い放った。しかもとびきり底意地悪く。

ロンバルディさんがムッとして―――――前を真っ直ぐ向いたまま、怒りを逃がすみたいに大きくため息をついた。


その間にも、一旦逃げ出した相手が、続々と戻ってくる。大半の顔にあるのは戸惑い。


でも、開き直ってる相手もいる。前から後ろから迫る彼らを見るなり、レオさまの目が嬉々と輝いた。

ロンバルディさんも、ある程度状況を察したみたい。今度は遠慮や手加減はなし。戦意に満ちた顔で、後ろを振り向く。

直後、後ろ殴りにするみたいに杖を持った腕を真横に薙いだ。



「…断ち切れ!」



直後、追って来てた彼らは、もんどりうって倒れる。複数が、同時に。その事実は。

ロンバルディさんが正確に、彼らの足の腱を断ち切ったってことで。


自分も走りながら、動く相手に対し、その緻密さ。あり得ない。もう神業。

背後からは悲鳴や怒声が上がり、大騒ぎになった。けど、それでもまだマシな扱いだったのよ。―――――正面から来た相手に比べれば。



「そぉら」

レオさまは、真正面から血走った目で迫る男たちを見て、ご機嫌に声を放った。




「派手に散れよ!」




それがどれだけ無慈悲な号令か。


彼のあまりの陽気さに、目の前でコトが起きるまで、私には予測できなかった。

直後に、正面にいた男たちが立ち止まる。足を縫い止められたみたいに。その隙に、真横をレオさまが駆け抜けた。ロンバルディさんが後に続き―――――直後。


彼らの身体が限界まで膨らんだ。皮膚が伸び切った、刹那。



人体が、弾ける。



咄嗟に、私は目を閉じてた。あまりに容赦なくて、直視できない。


室内で、時ならず起きる臓腑の雨。浴びることを予感して、つい身体が固くなった。




「…大丈夫です」

ロンバルディさんの囁きが聴こえ、そろり、目を開ければ。

―――――誰も、血に濡れていない。


ロンバルディさんを見遣る。彼女は、力強く頷いてくれた。安心させようって思いやりに満ちた動き。

私、強張った唇をどうにか動かして、お礼を言った。


「あ、ありがとうございます…」

結界を、張ってくれたのね。


遠ざかってく悪夢の沼みたいな場所に、びたびたと肉塊が張り付いた透明な壁が見えた。


「おいおいおい」

なのに、彼女をレオさまは横目に睨んだ。



「つまんねえことすんなよ」



玩具を取り上げられた子供みたいな不貞腐れた声。獣が威嚇の声を上げてるみたい。非常に凶悪。

つまんなくない。私は浴びるなら、あったかいきれいなお湯がいい。


ロンバルディさんのおかげで心も服も汚れずすんだ私は、




「その部屋、です」

物理的に腕でレオさまの顔を、目的の部屋の方へ押しやる。ロンバルディさんから少しでも彼の意識を逸らしたかった。とたん、騒ぎ出す。


「痛…ってぇ! 首鳴ったぞ、今っ」

知らない。聴こえない。私、無視しきった。


レオさまはその部屋の扉を蹴破りながら、嫌味。


「チッ、テツもこんな凶暴なチビのどこがいいんだか」




直後、部屋へ飛び込むと同時に、






「はい?」






自分でもびっくりするくらい、低い声が出た。室内に変な沈黙が落ちる。


構わず、私は言った。



「自分の過去を振り返って、もう一度同じこと言ってもらえます?」



いくら私でも、凶暴さでレオさまは飛び越えられない。

続いて部屋に飛び込んだロンバルディさんがわたしは関わりませんって態度で、後ろ手に扉を閉めた。


すぐ、鍵もかける。間を置かず、近くから椅子やら机やら引っ張ってきて、手早くバリケートを作成。すごい、有能ね。


私の耳に、ぼそりと棒読みながらレオさまの一言が届いたのは、彼女の手際に見惚れてる時だ。






「スミマセンデシタ」






拗ねた響きに、分かればいいのよ、と頷いた私は。


―――――内心、驚愕。




レオさま、あなた、謝れたの…っ?




残念ながら、がたがた家具を積んでたロンバルディさんには聞こえなかったみたい。

誰とも驚きを共有できないのが辛い。


咄嗟に頭の中が真っ白になった。言葉も消える。あとから思い返すだに、レオさまの顔を観察って機転もきかなかったのが残念だわ。


すぐさま、レオさまはとっくに気分が切り替わった声を上げた。

「…ハッ、こりゃまた」

部屋の奥を見遣ったレオさまが、面白がる笑みを口の端に浮かべる。


「おい、バレバレだ。…かかってきな?」

レオさまが手招いた方向を、私は振り返った。

そこにあったのは、立派な天蓋付きのベッド。

薄暗い中、その上に乗っかってたのは―――――死体。おそらくは、娼館に勤めてる女の人と…それから。

客人。


彼らは、死んでた。間違いなく。


殺されたんだろう。半裸の身体に欠損が見える。不幸中の幸いとして、苦しんだ様子は見えなかった。

私は今まで、死体は何度も見てる。血でぐっしょりと濡れたシーツはまだ温かいかもしれない。けどもうそこに、命の熱はない。


それはどこまでの静謐な、ただの物体だ。


なのに。




―――――…それが、動いた。






跳ね起きる。跳ね上がった―――――天井まで。






関節が向いた方向なんてバラバラで、人体の中、足りないパーツだってある。

それをものともせずに―――――天井から、ばね仕掛けの人形みたいな勢いで、雪崩落ちる。レオさま目掛けて。


殺到する、二体の死体。刹那。


レオさまの口元に刻まれたのは、愉悦。次いで、奈落めいた声で、

「くたばり損ないが」


言うなり、床を乱暴に蹴りつけた。同時に。




野太い柱が二本、床から空を斜めに突き上げる。柱―――――と言っても、先端が尖ってる。大きな角みたい。



それは、天井にめり込み、止まった。


その半ばくらいの位置に、死体が、腹を貫かれ、縫い止められてる。それらは狂った動きで、手足をバラバラに躍動させ、レオさまに迫ろうとしてた。




とっても、視覚に害がある光景。けど、見なきゃいいのよね。うん、見ない。

なのに、何が楽しいのか、



「どこまで刻めば動かなくなるか、試すか」



げらげら笑うレオさまの神経こそ、細切れにして海へ撒きに行きたい。

イラっと来た気持ちには蓋をして、


「連れてきてくれて、ありがとうございました。降ろしてください」

死体は見ないようにして、私はレオさまの腕から降りた。お礼も忘れず付け加える。

いくら私がチビでも、体重はある。何も持ってない状態より、抱っこして走るのは大変だったはず。


素直に降ろしてくれながら、レオさま。




「お前、足が短いからな」




紫の目に満ちてるのは、同情。

よし、今後も遠慮なく乗りもの扱いしてやる。


失礼なヤツは置き去りに、私は壁の方へ駆け寄った。とたん、バリケードを積み上げたドアが外から殴られる。

騒音が次第ににぎやかに…破壊的になってきた。


聴こえない、聴こえない。


私は、部屋と部屋の仕切りとなってる側の東向きの壁に手を伸ばす。

慎重に指先で辿った。確か、このあたりにあったはず。



「おい、ここに何があるんだ」



することないのか、レオさまが私の後ろから覗き込んできた。頭の上に顎が乗る。下から小突き上げたい衝動をこらえ、

「…この娼館には、東西に」

私が動けば、レオさまはその通りについてきた。



なんてこと。じゃれる犬みたいにくっついてるのに…邪魔にならない。



有能さの無駄遣いしてるわよね、この方。


諦め半分、私は言葉を続けた。

「不自然に広く壁の幅が取られた場所があります」


杖を手に、ドアを警戒してたロンバルディさんが驚いた声を上げる。



「まさか、隠し部屋ですかっ?!」



すぐ、顔をしかめた。

娼館において、それがどんな用途で使われるか、あまり想像したくないものね。


何を想像したのかしら、頭上でレオさまが調子はずれの口笛を吹いた。うまい。



「密会に使われる側の棟には、ありませんから安心してください」



ロンバルディさんに言えば、

「それ、どこ情報だ?」

疑うって言うより、純粋に不思議がってる態度でレオさま。


「そんな情報、商人だからこそ、簡単に公開されるもんじゃねえだろ」

…同意。でも世の中には摩訶不思議な人間もいるのよ。

「以前、旦那さまと一緒に来た時、あの方が自然と移動に使ったので、知ってるんです」

気付けば、変な場所に出てるんだもの。

あの時は普通について歩いたけど、今思えばおかしな状況だったわよね。


旦那さまと一緒に行動してると、あとで思い返した時、何かがおかしかったって思うことは毎度の話だ。

繰り返されれば、『普通』になる。慣れって怖い。





「…ナニモンだよマジで、ジャック・ハイネマンってのはよ…」


レオさまは不気味そう。





実際、人間に擬態した魔物ですって答えより、普通の人間ですよって言われる方が驚く相手ではある。




「なんにせよ、そこなら賊たちにも見つかってないはずですし、それならいちいち邪魔されずに最上階まで行けます」

私の指先が、壁の一部に何か引っかかりを感じた。それを見ながら、レオさま。


「けど、この場を支配してるのは今、異界だろ。全部お見通しじゃねえの?」

やっぱり、そこ、指摘しますよね。

今だって、私たちの行動は、しっかり見られてるはず。

レオさまが言いたいところは分かる。


「異界が出向けない場所には、そこの死体とか賊とかを、けしかけてくるかもってことですよね」


でもやらない後悔より、やって後悔するほうが性に合ってるのよ。

それにしたってここ、引っ掛かりがあるけど、…埋まってる? いえ待って。

さっき、ロンバルディさんが言ったわよね。裏口の扉は見えたけど、開かなかったって。これも、そういうことかしら。



―――――異界の影響。



すぅっと理解が浸透するなり。








ざわり、身体の奥で、何かが蠢いた。私の、内部。

底の方で、おおきな何かが、胡乱そうに目を瞬かせたのが分かる。…刹那、奇妙な錯覚が起こった。



その巨体を間近で見る小さな存在も、私、だけど。


違和感に目覚めた巨大なそれも、『私』だった。




ソレの全容は見えない。近すぎるのよ。

山だって、そこを歩いてるときその形は見えないものでしょう。距離が必要だわ。

でも、予感があった。見ようとして離れすぎてしまうと、私は消えてしまう。

あんまりにもおおきいから、膨大な距離が必要なのよ。


でも今、…無理に見定める必要は感じなかった。ただ。


ソレがどうすれば。


外で何が起こるか。


これが分かってれば、もう十分。








にしたって、この存在はおそらくずっと、私の中にいた。なのに今の今まで気づきもしなかったって言うのは不自然。

けど今になって気付いたってことは。


原因は、精霊たちだわ。彼らが、この存在から私の意識を逸らしてたのね。



でも、その行動は正しい。だって。






物心つく前からこんなものに気付いてたら、私は壊れてた。


いえ、ミア・ヘルリッヒっていう人格は生まれなかったって言ったほうが正しいかしら。







身動ごうとするその存在に集中しながら、

「それを予測していながら」

私は、レオさまに尋ねる。


「まさか、何もなさらないつもりですか」

端から私は、私一人ですべて解決するつもりなんてない。


レオさまが私から離れた。試すように低い声で、



「…突っ切るのに、協力しろってのか」



遠慮なく、私は大きく頷いた。

「ですが」

ロンバルディさんが口を挟む。

「こちらを通るほうが危険では? 館の中の方がむしろ突っ切りやすく思いますが」


いいえ、逆ね。

この隠し通路は狭い。ゆえに、前だけ見てればいい。


けど、館の中を突っ切るのは、四方八方気にしてなきゃいけない。


ここなら、いくらすし詰めで来られようと、正面だけ焼き払えばいい。



だいたい、それだけの火力が、こっちにはある。



どうせ倒さなきゃいけないなら、こっちが分かりやすい状態でコトを進めたほうがよくない?

一瞥すれば、

「いいぜ。ただし」

レオさまは、意外とすんなり頷いた。


「ひとつ、条件がある」

条件込みなのは、納得よね。無条件の方がむしろ怖い。けど彼が言ったのは。


―――――当たり前のこと。



「必ず、この異界を退けろ」



今の私になら、分かる。確信があった。




私には、それができるって。




意識に引っ掛かってる違和感に目を向ける。

最初はささやかだった。なのに、今はうるさいくらい大きく感じられる。これが、異界の影響。でも、この位だったら。



…身震い一つで払い落とせる。私は堂々、自信をもって頷いた。



「はい」



とたん、レオさまが不敵に笑う。

「そんなら、いい。上等だ。―――――ところで、カイから聞いたんだが」


不意の名に、一瞬、集中してた意識が盛大に転びそうになった。





カイ・リヒトフォーフェン。五大公家の中でも異端の血統。その次期大公候補。…私のトラウマ。





素知らぬ顔で、レオさまは言葉を続けた。


「真名を捧げる行為は、自由を奪われるどころか、解放だってよ」



…あの方とレオさまの会話なんてどんな宇宙語かしら。



ロンバルディさんが、ぎょっとした目でレオさまを見た。次いで、私を。

真名って言葉に対する反応ね。勘がいい彼女は、気づいたのかも。


私が、なんていう存在か。


「それが本当なら…なあおい、オレに全力を出させろ。最大火力で道を作ってやる」

変な方向に話が向かってる。けどそれを理解した時には、彼は堂々、その名を告げてた。








「―――――…ファレンオルドゥ」


音楽みたいな響きの、力ある、名を。








それでも、ロンバルディさんには、ただの旋律にしか聞こえなかったはず。

「ま、待ってください」

喘ぐように、ロンバルディさん。

「真名を捧げるって、まさか、彼女は」


「そうだよ!」

至極楽し気に、レオさまは高らかに告げた。





「こいつが当代の天魔」



いたずら小僧が自慢の道具でも見せつける感じで、肩を引き寄せる。





「ミア・ヘルリッヒだ」





ロンバルディさんが戸惑いに呻いた。考えてもみなかったって反応。

それにしたって、ここまでレオさまに引っ掻き回されながら、嘘だって言わないのね。

基本的に、素直な方なんだわ。

なんにしたって。


申し訳ないけど、構ってはいられない。私はすぐさま、その名を口にした。…悪魔の名を。



「ファレンオルドゥ」



それだけで、良かった。

ファレンオルドゥ―――――悪魔の力が、いっきに膨れ上がる。彼と何かが奥の方でつながったことの実感があった。

「あーぁ、…なるほど、な」

悪魔が低い声で呟く。機嫌よく、低く笑った。


「こりゃいい」






―――――ああ、底抜けに貪欲な悪魔がいるわ。


もっとよこせ、と自分勝手に叫んでる。




でも構わない、猫みたいに喉を鳴らすまで、満たしてあげれば、この生き物はとことん従順になる。






私はそれを知ってた。

「命じます」

不思議と、このときの私に迷いはなかった。どこか底知れない万能感が命じるまま、告げる。




「最上階への道を塞ぐ相手は全員、焼き払ってください」




「そうこねえとな」

舌なめずりする悪魔に対して、ロンバルディさんが消極的な声を上げた。

「で、ですが、意思に反して操られている者は」


…そこは、気の毒には思う。罪悪感もある。できれば、操りの糸を断ち切るのが理想。

そうすれば、勝手に逃げてくれるだろうから。でも。


このままじゃ、手をこまねいていればいるだけ、犠牲は増える。

私は努めて冷静に言う。


「ならば犠牲を最小限にとどめるために、あなたは最上階以外の扉を封印してください」

さっき見せたみたいな結界を張ってくれたらいいのだ。

漏れこぼれた障害物は、悪いけど、ファレンオルドゥという名の悪魔に焼き払ってもらう。


たちまち、ロンバルディさんが緊張に身を固くした。

でも、いい返事が間髪入れず、返ってくる。

「はい」


それを聞けばもう十分だった。

もう我慢ならないくらい育った違和感に、私は手をかける。






これが、私の中でおとなしくしてた何か、おおきなものを苛立たせた。

長い、小さな手がぴたぴたとくっついてくるみたいな感覚に、『ソレ』が。


―――――ああ、鬱陶しい。


とうとう、盛大に、身震いした。






壁に当てていた手に、カチリ、かすかな振動が伝わる。異界が一部、解けた。

とたん、扉の四角い形に、光の筋が浮かぶ。



―――――太陽の、光!



ただし、室内の異界はまだ居残ってる。


いっきにことが済まなかったのには、理由があった。

違和感に、妙なねじれがあるの。そのせいで、全部を一度に片づけることができない。

気づくなり、そのねじれがどこにあるのかも感じ取れた。



最上階、だ。



ロンバルディさんが息を呑んだ。

「本物…」



私を映す彼女の目が、畏怖を宿してる。気のせいと思いたい。



「行くぞ」

悪魔が、私を片腕で抱き上げる。無造作なのに、抜群の安定感。これじゃ、荷物扱いに文句を言いたいのに文句が言えない。直後。


彼は、壁の一部を遠慮なく蹴飛ばした。どれだけの力がこもってたのかしら。

盛大に、壁の一部が粉砕される。


ただ蹴破るって感じじゃないわね。魔法が無造作に使われてた。

いっきに太陽の光が差し込む。眩しい。目を開けていられない。


がらがら瓦礫が降りしきる。そのただ中へ、委細構わず、悪魔が押し入った。

ただし、その身に礫は一つも命中しない。片腕に抱えられてる私も然りだ。


慌てて続いたロンバルディさんが、背後に、通せんぼの結界を張ってくれた。

これで、一階から追ってくる相手はいなくなる。あとは真っ直ぐ進むだけ。

「おい、天賢議会の」

悪魔が楽し気に声を弾ませる。





「遅れるなよ」








続きは明日UPできればいいなと思います。

読んでくださった方ありがとうございました!

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