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3.待ったなし

私の高等部での生活は、この春はじまったばかり。


今、季節は夏へ移ろうとしてる。

毎日は、特に代わり映えしないわ。文句があるわけじゃない。それこそ、望むところ。



無難に過ごせたらいいのよ。ガルド学院卒業までね。



迷わず勉学第一で過ごしてれば、特に問題も…起きたけど、大ごとにならず収まってきたわ。

でも今回ばっかりは、事前に収拾がつかなかったのよ。

それだけ、誰にとっても意表外の出来事だった。…当事者にとってもね。


大ごとになるのは、自明の理。待ったなしでコトは起こった。




「許されませんわ、こんな話」




一人で寮へ向かっていた私は、そんな言葉とともに、あっという間に高貴なご令嬢方に取り囲まれた。って。

素で驚いたわ。失礼ながら、どこから湧い出てきたの、今。

学院のご令嬢方は、マスコットとしては合格の容姿だったらしい私を、それなりに可愛がってくださっていたと思うの。


でもこの時ばかりは、そんな話、なかったことになってるわよね。

輪の中心で、私は孤立無援。敵意の視線が剣山みたいに突き立ってくる。


まあ、これは当然というか…避けては通れない道よね。


私は、『あの』テツ・アイゼンシュタットさまに求婚されたのだもの。

受け入れたのはその場凌ぎの方便だったとしても、…いえ、だったら、なおさら許されないわ。



アイゼンシュタットさまは、近寄りがたい方。

けど、公平で誠実でお優しいから、男女問わず人気があるもの。



彼を慕う方たちが、あんまりにも相応しくない私を攻撃するのは分かり切ってる。

私に自覚だってあるもの。




(不相応すぎて、他人事みたいに山を見上げてる気分よ?)




一応、こういう…敵意に満ちた攻撃を私が受ける可能性を考えたシルヴィアさまが、午後の授業は体調不良でお休みして、寮の自室にこもっていなさい、とご指示くださったのだけど、甘かったわ。


ご令嬢方は、授業をサボって待ち伏せなさってた。

私は今、素で落ち込んでいるの。ご令嬢方の前で、特にしょげた演技は必要なかったのは好都合だけど。

なんで落ち込んでるのかっていうと、授業をサボるはめになったから。


惜しすぎる。授業料が。お金をドブに捨てた気分。



ゆえに、とも言えるけど。

他の方が授業を捨てるなんて、ちょっと想像が及んでなかったのもこの事態を招いた原因の一つよね。


己の愚かさが招いた状況なら、仕方がないわ。どうにか、対処しないと。

怯えるわけにはいかない。

弱みを見せたくないってわけじゃなくって、嗜虐心をそそる反応だからよ。

相手をエスカレートさせる反応は避けるべし。

けど、無礼になってもいけない。平然としてるのも、舐めてるみたいに見られるし。


ひとまず、恐縮した態度で、縮こまる私。





「ミア・ヘルリッヒ」





フルネーム。呼び捨て。煮えたぎる怒りが目に見えるみたいだわ。


怒り? 違うわね、正確には。

嫉妬。


思い返せば、確かに、求婚の一場面だけ見れば。

―――――素敵だったと言えなくもなかった、かもしれないわ。




でもそれは、アイゼンシュタットさまが素敵だったからよね。


あたたかい日差しの中、精悍ながらも妖艶なあの方は、灰色の現実さえも七色の夢に変えそうだった。




残念なのは一点だけ。相手が私ってこと。


「今すぐ、話を断りなさい。面と向かっては失礼ですから、文章で。文面なら、わたくしたちが考えて差し上げますから」

つい、目が輝いたわ。本気?



なんて魅力的な申し出かしら! ありがとう、実は良い方なのね?



シルヴィアさまより先に、彼女たちと話をするべきだったわ。…でも。

無意識に、肩が落ちた。


断るには至極惜しい申し出だけど、もう話は決してしまったのよ。


行動が、若干、遅いわよ、もう。

さて、どうしようかしら。

まだ瑞々しい花束を胸に引き寄せ、顔を伏せた刹那。


「あなた、その指輪…!」


いきなり、右の手首をつかまれた。引きずる勢いで、引っ張られる。あいたたたたっ。

そのお嬢様が凝視しているのは、私の右の薬指。

そこには。


「婚約指輪…シルヴィアさまの」


仰る通り。シルヴィアさまに、強引にはめられてしまったもの。

サイズ、合わないんですけど。


今はあなたが正当な持ち主だ、とか言われたけど。…ちょっと、違和感覚える台詞よね。

何か、勘違いしていないかしら、シルヴィアさまは。

私はアイゼンシュタットさまの求婚を、表向きしか受け入れてはいないのに。


(茶番、とはっきり申し上げたはずだけど)


さっき、互いに協力を乞う形になった私たちは、一旦、話を保留にしている。

シルヴィアさまは我を押し通したい。私も我を押し通したい。

幸い、求める結果は被らない方向性にあるのだから、互いの望みを交換条件にしませんか、と申し出れば、どうにか、受け入れられた次第だけど。


うっかりしていると、シルヴィアさまの掌の上で転がされて終わりだわ。気を付けないと。

なつっこく見えて、あの方だって、貴族なのよね。

シルヴィアさまの意のままにならないようにするには、極力、事態を一人で乗り切らなきゃならない。ある程度は対等の立場でいるために。あとは。



(アイゼンシュタットさまを、味方につける必要があるわね)



とりあえず、私は目の前の彼女たちの反応に、悟らずを得なかったわ。

私が敵に回したのは、アイゼンシュタットさまの信奉者だけじゃない。シルヴィアさまを慕う方たちもだってこと。


そうね、結局私の行動は、シルヴィアさまの顔に泥を塗ったのと同じだもの。


私の指にある婚約指輪を燃えるような目で見た誰かの声が、揺れて響いた。怒りのあまり。

「何を、当然のように、あなたが」




こういう場合、集団って厄介だなって思うの。


一人の感情が徒党を組んだ仲間に伝染して、歯止めが利かなくなる。




仕方がないわね。黙っていたら、憎悪が募って攻撃性が増すだけなら。

―――――私は、彼女たちと交わさなくてはならない。言葉の剣戟を。


「私が、この指輪に相応しいとは思っておりません」


受けて立つ、というよりは、せめて、受け流すために。

ひとまず正直に、自分の気持ちを告げる。

今の彼女たちには、迎合も誤魔化しも嘘も気分を逆なでするだけけだもの。


第一、この程度、一人で乗り切れないんなら、アイゼンシュタットさまから求婚を受けるには相応しくないでしょう。シルヴィアさまとの取引相手にもね。


「ならば、シルヴィアさまにお返しなさい」


迷いのない、命令。正面から逆らうのは、愚だわ。

でも、ご令嬢方は聞く耳を持っていらっしゃるかしら。


「それは、シルヴィアさまのみならず、アイゼンシュタットさまのご意思も無視することになります」

今一つ私が思った通りの言動をできない理由が、これ。

お二人がかかわっていらっしゃるからよ。


気持ち的に、私は彼らの望みを尊重したいの。


「勘違いも甚だしいわ!」

激高した声が上がった。私は竦みもせず、煽られもせず、嘆息。

「私の指にこの指輪があることをお二人が望まれる以上、私はそれにふさわしくあるべく努力するだけです」


当たり前みたいに言ったけど、指輪の件は、望んだのはシルヴィアさまだけ。




アイゼンシュタットさまの真意は、どこにあるかわからないわ。


でもこの場合に、言う私が自信なさげじゃ話にならないのよね。




ご令嬢の誰かが自身に言い聞かせるみたいに呟いた。

「テツさまは、間違われただけ、何かの手違いに決まってる」


その通り。正解だわ。道化は私。ただし、それを知ってるのは当事者たちだけなのよ。


それに、間違いと認めるのは、周囲もバツが悪いに決まってる。だから、強く言えないんだわ。

実際、それを言ったご令嬢の声は、尻すぼみに消えた。皆に睨まれて。




相手は、テツ・アイゼンシュタット。過ちなんて、犯すわけない。それに。




少し前のことを苦労なく思い返す私。


休み時間。

廊下を歩いていた私は、正面から珍しく一人で歩いてらっしゃるシルヴィアさまを見た。


彼女は教室に飾ろうと思っていたらしい小さな花束を、書類と共に手にしていて。

その書類というのが、どうも生徒会役員の兄上から計算を任されたものだったらしい。


ともかく、取り巻きのいない彼女が手荷物を持っているという姿に驚いて、小走りに駆け寄った私は、お手伝いを申し出た。


大した荷物じゃなかったけど、シルヴィアさまが荷物を手にしているって姿は、似つかわしくないように見えてしまうのね。

振り向いたシルヴィアさまが、ありがとう、と微笑んで、花束を手渡そうとするなり。




風が吹いたの。




拍子に、書類がばらけ、花束も散らばった。背後へ。


シルヴィアさまも私も慌ててしゃがみ込み、回収作業になったわけだけど。

一輪。ほんの蕾だった花が一輪だけ、前方へ転がってた。


それをはじめに取り上げるために、私は一歩、前へ出たの。


拾い上げ、一度立ち上がったのは、すぐ振り向いてシルヴィアさまのお手伝いをするためだったわ。






ことが起こったのは、その刹那。






偶然、シルヴィアさまと廊下で会って。


偶然、風が吹いて。偶然、シルヴィアさまが荷物を落として。


偶然、私が立ち上がった拍子に―――――ああなった。



誰の計算でもなく、これだけの偶然が重なったのなら。






―――――それこそ、運命って言葉すら当てはまってしまわない?





読んでくださってありがとうございました!

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