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13.試金石

屁理屈ね。私、ちっさく吐息。


でも、その通り。私も問題ないわ。シルヴィアさまに問題がなければ。

(逃げたって言うことは、目的を知った上で会いたくないのだろうし)

ただ、相手は国の軍部。騎士だ。モメたら大ごとになりそうで、そこだけが心配。


寮で。


周りの騒ぎは他人事として、さあ出かけようとしたところで、ベランダに現れたシルヴィアさまが庭から一緒にお出かけしましょうと誘ってこられたときには驚いたけど。

―――――シルヴィアさまが楽しそうに笑っていらっしゃるなら、これでいいのだわ。

気を取り直して、私。


「あまり、市場に来られないのなら、しばらく街中を散策なさいます? 近くに公園もありますよ。珍しい野鳥がたくさん見られます」


「まあ」

シルヴィアさまが、空色の瞳を輝かせた。いきなり、隣に並んでくる。当たり前だけど、私より背が高い。奇襲を受けた心地で、身を離すより先に、腕を絡められた。


…これ、私が逃げないようにって意図を感じるのだけど? なんで?


逃げられなくなって、ようやく警戒心が湧いた。

もしかして、今日のお出かけのお供は、誰でもよかったってわけじゃないの?

「とっても素敵! …でもすっごく残念」

口惜しそうに小さく呟き、シルヴィアさまは目を伏せた。伏せた、まつ毛まで金色。それが真っ白な頬に影を落とすさままでまばゆい。



「お兄様やテツさまとできるだけ早く合流しないと」


…聞いていませんが。



「お仕事の邪魔して本当にごめんなさいね、ミアさま。もうしばらくお時間頂けません?」

私より身長高いくせに、上目遣いはあざとくないですか。

否、とは言えない。実際、好都合ではあるし。


だって、そうでしょう? 近々、話し合いの必要があるとは思っていたんだから。


それとも、彼らとの間で今日まで起こった諸々と、今日の騎士さま方の訪問は関係あるのかしら。

もしかして、私も無関係じゃないの? いえ、きっとそうね。だって。

なにも関係がない相手に、彼らが時間を割くわけないもの。


五大公家の中でも、イェッツェル家とアイゼンシュタット家はとびきり忙しいのよ。


時間をもらうことが、むしろ悪い気がする。うん、とっとと従うのが最善ね。

「分かりました」

頷く。とたん、シルヴィアさまの顔に、笑顔が花咲く。


「ありがとう、ミアさま、大好き」



そういうのは結構です。



でも、繰り返してそう仰ってくださるからこそ、安心するのも事実なのよね。

お傍にいても、いいんだって。









公園の敷地内に入った時、私は思い切ってテツさまに声をかけることにした。


記憶の中のシルヴィアさまに、背中を押してもらえたから。



「あの、テツさま、どちら、まで」



足早に歩いてきたため、少し息が切れる。

基本的にテツさまは律儀だもの、無視とかはされないはず。案の定、すぐ振り向いてくださった。

目が合う。ホッとした。無言が気まずかったのは私だけみたい。目を見たら分かった。


テツさまが不機嫌ってわけじゃないってこと。


むしろ、心配って言うか…気遣いの色が見えた。それが、目が合うなり。

―――――失敗したって雰囲気になって、それが続いて後悔に変わる。




そこに、私への悪感情は、ない。




安心、したら。

足が、もつれた。慌てて、踏ん張る。

「すまない」

気まずげな声がしたと思えば。


握りこんでた手の力が緩む。かと思えば、私の背中を抱くようにして、近くのベンチに向かった。

あ。歩く速さが、ゆっくり。


「気遣いが、足りなかった」

丁寧で慣れたエスコートに、照れる間もなく、私はベンチに腰掛けてた。

足が、だるい…。


一息つけたとたんに、気づく。身体がわずかに汗ばんでた。

隣に座ったテツさまは、平然としたもの。鍛え方が違うのかしらね。



汗が流れそうになるのが恥ずかしくて、心持ち身を離しながらハンカチを額に当てた。


「理由も言わず、引きずるようにして、申し訳なかった」



いえそんな、反射的に応じようとして、動きが止まる。理由って。

あれだけ急いで場所を移動する理由が、あったってこと?

見上げれば、テツさまは私を見てなかった。むしろ、私を何かから庇うように隣に座って、




「見つかってしまったのでな」


正面を、冷厳な眼差しで見据えている。




その時、ようやく私は気づいた。見覚えのない人が、立ち止まって、こっちを見てる。

顔を上げれば――――――赤茶の髪の青年が、ひらり、手を振ってきた。誰。


一見、害意らしいものはない。

けど、どうしたって、先日の、地下の出来事を思い出してしまう。

まさか、テツさまに害意を持つ相手が、また現れたのかしら。あの時の人たちは、全員、ヴィルフリートさまがアイゼンシュタットの領へ連れ帰った―――――というか、捕縛して、連行したみたいだけど。


今、少し離れて真正面に立つのは、青年だ。あのときのひとたちとは、雰囲気がなんだか違う。

腰に、剣帯。私服だけど、筋骨隆々―――――あ、私、この感じ、覚えがあるわ。

戦いに慣れた気配、飄然としてるけど、奔放さは感じない、どちらかっていうと、組織のにおいをまとうこのひとって、たぶん。


「見覚えがある。アンガス・バルヒェット…石黒せきこくがついてきたか」


テツさまの呟きに、納得。このひと、騎士さまだ。雰囲気からして、間違いない。

アンガス・バルヒェット…って聞いたことある。と言うか、見たことが、あるわ。


騎士団からの武具発注書の中に。


でも、公国に忠誠を誓う騎士さまを、なんで貴族のテツさまが警戒なさるのかしら。

「さすが、アイゼンシュタットの若様。覚えていてくださったのは光栄ですが、お手柔らかにお願いしますよ」

いやほんと。

石黒せきこくの騎士さま、なんだか、困った態度で両手を挙げた。


あれ、そういえば、彼はシルヴィアさまに面会を求めたのよね。なんで、テツさまについてきたのかしら。


氷月ひょうげつの騎士と二人で来たのだろう? 二手に分かれるのは悪手ではないか」

テツさまの態度に、私、ひやっとする。だって違うんだもの。

私に対するものと。…なんだか、説明が難しいけど、明らかに。


慣れてるのか、騎士さまは緊張をむしろ楽しむ態度で、



「そうするしかなかったと言いますか、氷月ひょうげつのもろとも、イェッツェルのお二人とシンジェロルツのお二人に捕まりそうになったんで、あっちをイケニエに捧げてオレはこっちにきました」



ひどい。同時に、すごい。生贄を差し出したにしろ、彼らを振り払えたっていう事実が。

「オレたちは、そちらのお嬢さんを王宮にお連れしたいだけなんですが、そのご様子からして、あまり気に入らないようですね? なぜです、もちろん、丁重に扱いますよ」


一定の距離を置いて、立ったまま、騎士さま。




ん? なんて言ったの、今。私を、王宮へ連れて行くって、言った? 騎士さま方は、シルヴィアさまに会いに来たのではないの? 事情までは、聞いてないけど。




「そうだろう、貴様はな。シルヴィアを介し、接触しようとした方法には、穏便に事を運ぼうとした意思を感じる。だが」

さらりと肯定し、テツさまは淡々と続ける。



「今回貴様らにミアの連行を命令した相手に届けた後のことまでは、責任を負うつもりはないだろう」



連行。命令。…まるで犯罪者ね。思うなり、顔をしかめる。


私、王宮に連れていかれるほど悪いことなんて、してないわ。…最近は。

騎士さまは、少し目を見張った。あまり考えてなかったって風。やりにくそうに頭をかいた。

「ですが」

騎士さまの目が、テツさまから私に向いた。



「彼女が本当にあの存在であるならば」


あの存在?



素で、一瞬理解できなかったけど。まさか。

天魔のことを、言っているの? 公の場で言葉を濁す事情なんて、それしか想像がつかないわ。でも、だとしたらどうして。



騎士さまが、そのことを知っているの。



「誰も、無碍には扱えません」

「分かっていないな。いや、わかっていて、目を逸らしている」

テツさまの言葉は、容赦ない。

「公王さまなら、慎重だ。本人に何の通達もなく騎士をよこす真似はしない」

テツさまの言葉に、私は盲点を突かれた気分になる。

いきなりのことだったから、騎士さまたちに学院へ向かうよう命令した相手が誰かなんて考えてなかったけど。


騎士さまを動かせる存在って言ったら、まっさきに公王さまを連想する。


だけど、…そうじゃないの? だったら、誰が。

「急いで動いたのは、そんな公王さまの了解をあとから得るつもりがあるのだろう。もうどうしようもなく事態を進めた後でな。そう、どうしようもなく、だ」



テツさまの黄金の瞳が、細められた。不穏。言葉も態度も。



騎士さまの顔から、笑みが消える。

「迅速な判断と行動は、時には優れた結果をもたらすが―――――」

騎士さまの気持ち、よくわかる。威圧感が増して、肩の重さがシャレにならない。

私なんか、隣にいるだけなのに、まるで動けそうにないわ。


「この度は、あまりに愚かと言わざるを得ない」


テツさまの大きな手が、私の右手を壊れ物でも扱うよう丁寧に持ち上げた。その、指に。




―――――アイゼンシュタットの家紋が彫り込まれた指輪があるのを、見せつけるように。




騎士さまは、一瞬、唖然。すぐ、顔をしかめた。眉間をもむ。

「待ってください。アイゼンシュタットの若様の婚約者はシルヴィア・イェッツェルさまでは」

テツさまは、しれっと。


「いつの話だ」



…知らないほうが悪いって態度ですが、えーと。



でもこの場合、騎士さまを責めるのは酷だわ。この数日のうちに、そのあたりの事情は、天変地異みたいに変わったのだもの。



「あの、ひとつ、よろしいでしょうか」



ようやく、流れるようだった対話が止まったのをいいことに、私は割り込ませてもらう。

黄金の目が、私に向いた。目の端で、騎士さまの身体から、力が抜けたのが分かった。呪縛が解けた感じね。今度はこっちが金縛り状態だけど、私はどうにか喉を震わせた。


「いったいどなたが、騎士さま方に、私を連れてくるよう命じたのです?」

なんにしろ、高位の方に間違いはないだろうけど。テツさまは即答。




「宰相閣下だ」




私は意識を手放してもいいと思う。代わりに、ため息をついた。魂が少し抜けたかもしれない。信じがたい言葉だけど、こんなことで、テツさまは嘘をついたりしない。

「国の枢機を預かる方が」

私にとっては、とても理不尽な状況だわ。ほんの少しだけ苛立ちが湧いた。

それにしがみついて、正気を保ち、

「事実とも分からないことに、動かれるのですか?」




「―――――顕現したとすれば、実に数百年ぶりの話になる。国にとって、重要な問題だ。…先に伝えておく」




テツさまの口調は、どこまでも理性的だ。こういう場合には、憎らしくもなる態度だわ。






「先日の魔法人形の一件、国に奏上したのは俺とゼンだ」


思わず、テツさまを真正面から見直す私。なんの冗談ですか。






あの件は、私の中で、魔法人形の誤作動で片付いてたもの。


それが、こんな大げさなことになるなんて。自然と視線がキツくなる。

テツさまが、もちろん、そんなことで動じるわけもない。



「場に居合わせたのが、俺たちだけなら内密の話で終わらせられたが、使徒やベッカーがいた。あれらに事実を曲げて報告されるわけにはいかないからな。ミアの安全のためにも、私見なく、誰より先に国へ報告する必要があった」



膨らみかけた怒りが萎む。私は内心青ざめた。言われてみれば、その通り。


私は事態を軽く見てた。ううん、違うわね。天魔って言う存在が遠すぎて、うまく現実につなげて考えられないって言った方がいいのかしら。


正しい位置で、折り合いをつけられない。その点。



おそらく、テツさまは、誰より現実が見えていらっしゃるんでしょうね。



不意に、唇が痛くなったことで、気づく。あ、噛んでた。じっと覗き込んでくる黄金の視線が恥ずかしくて、つい顔を隠すように横を向いて、口元をこする。


「ベルシュゼッツの貴族なら、理解されていらっしゃるはずです」

騎士さまが、はじめて真摯な表情で口を開いた。絶句から立ち直るの、早いわね。

私はしばらく立ち直れそうにないわ。


「かの存在が、どれほど、この国に重要か」



「知っている。ゆえに、奏上の折、伝えたはずだ」



大人相手にひとつも負けず、視線を返したテツさまは堂々と応じた。






「ベルシュゼッツ公国内にあれど、ガルド学院は自治権を有している。外部からの干渉は、それを脅かすものだ。よって、彼女の卒業までは、学院の真名持ち総出で守ると言った。皆から了解は得ている」


…………………初耳ですけ ど。






シンジェロルツ家の真名持ちたるギルさまを含め、当代の真名持ちは五大公家に一人ずついらっしゃるのだけど。

今度は私、嫌な汗をかき始めた。えぇっと。現在、学院に在籍の真名持ちって。


まだ学院生には年齢が届かないギルさまを省けば、現在、総勢四名。

テツさまは、言わずもがな。おそらくは、ゼンさまもそう。


あとは―――――悪魔の血統、レオ・マイヒェルベックさま。そして。



悪魔と天使の複雑な混血、合成獣キメラと畏怖をもって呼ばれる異端児たる血統の、カイ・リヒトフォーフェンさま。



マイヒェルベックさまも理解不能で怖いけど、正直、リヒトフォーフェンさまが本気でわけわかんなくって私程度じゃ対応のしようがなのですけども。

え、でもテツさまが仰ったことが事実なら。




この、短期間の間に、テツさまは、あの突き抜けた変態―――――もとい思考回路が異次元の方々と、話をつけられたってこと? それほど天魔が特別な存在だとも言えるけど。




…仕事、早すぎませんか。いえできる方なのは知ってましたけど。


もう…これは、いちいち私に状況がどう変わったかとか伝える間もないくらい濃い活動量だわね。

でも。

冷静になるべく、ハンカチを元に戻して、押しとどめるように胸の高さに両手を挙げた。



「正直に言います。私は、私があの存在だとは思えません。人形は誤作動を起こした、それが事実と思います」



はっきり、言い切る。それが、私の嘘偽りない実感だ。

「それが、こうも大騒ぎになっていることが、あまりに申し訳なく」


「なら、逆にはっきりさせたほうがいいと思わないか、お嬢さん」


騎士さまの言葉に、私は改めて彼を見遣った。初対面のせいもあって、あまり信用はできないけど。

「…はっきり、させる方法は、あるんですか?」




天魔を確認する、試金石ってなんだろう。




想像もつかない私に、騎士さまは正直に首をかしげる。

「それはお偉いさんが考えるさ。知識・人脈・権力・身分、どれをとっても最高の方々がな。だからこそ、一度、宰相閣下や公王さまに会うのもひとつの手だと思うがね」


―――――結局、そこに戻るんですね。でも彼の言うことも一理ある。


私程度の知識じゃ、到底追い付かない状況だもの。

悩みかけた私の耳元で、不意に、テツさまが囁いた。

「…聞くことはない」

あんまりいい声が間近で鼓膜を震わせたものだから、ぞくっと寒気に似た感じが背中を滑り落ちる。すでに座ってるのに、さらにへたり込みそうになって、寸前、無理に背筋を伸ばす。

だめだ、そんな場合じゃないのに。



「簡単に確かめる方法なら、ひとつ、あるだろう」





平成30年もそろそろ終わりますね。読んでくださった方ありがとうございます。よいお年を!

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