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12.デートしましょう

「親切心から、申し上げていますのよ」


市内でも有名なカフェの、テラス。今日は、よく晴れている。

そのテーブル席を挟んで、私の向かい側に立っているのは、ユリアーナ・シンジェロルツ。


五大公家のひとつ、天使の血統、シンジェロルツ家の長女。



真っ直ぐな白金の髪を顎先あたりの高さで切りそろえた、知的な美貌が、濃紺の双眸を燃え立たせ、私を断罪するように見つめてる。


「親子のような間柄と申しましても、あなたとジャック・ハイネマンの間に血縁関係はなく、戸籍上も無関係。ならば、あなたは何なのでしょう。その財産の一部にとりついている寄生虫も同然ではないですか」


毅然とした声には、ふしぎと悪意がない。

舞台で高らかに読み上げられている台本の台詞でも聞いてる気分だわ。…もしかすると本人も、目の前にいる相手に伝えるっていうより、女優気分に浸ってるのかも。


拍手でもしたほうがいいかしら? 悩む間にも、響きよく声は続く。


「この婚約は、いずれアイゼンシュタットさまの瑕になりますし、あなた自身の重荷にもなるでしょう。…今なら傷は浅くて済みますわ」

ある意味、正論。すべてね。


ユリアーナさまは、こういう方。率直だけど、悪い方じゃないの。きっと、あるのは善意だけ。


…そういう人間こそ、一番厄介かもしれないけど。

「婚約を解消なさってはいかが?」

私たちが間に挟んでる席には、テツさまとゼンさまが座っていらっしゃる。特に彼らの表情が動いた様子はないわね。漂うのは穏やかな空気。強いて言えば。



諦め。



シルヴィアさまはゼンさまの隣で席に座ろうとして、ユリアーナさまの言に口元をおさえた。驚いたって顔だけど、何かを言おうとして抑え込んだって態度にも見えるわね。

休日の午前中、居合わせた全員、私服。もうまるきり他人事の気分で思う。


この席、華やかだわー。


私は内心、ため息をついた。ユリアーナさまは嫌いではないけれど、怖いくらい知的に見えてこの方、学年でも屈指の、

「あらどこまで話したかしら…」




―――――おバカちゃんである。


(面倒な方に捕まったわ)




ここは、ベルシュゼッツの首都、ウルグヴォルン市。人出が多く、いつも賑わってる。

店舗が多ければ、勤める人間も必要。モノが集まるところには、ヒトも集まる。市民の数が多いのは当たり前。


その首都の端っこ、山脈の中腹にガルド学院は建っているの。


休日ともなれば、店の手伝いのある私が、寮に一日の外出届を出すのは毎週のことなんだけど。ふと、遠い目になる。


―――――どうしてこうなったのかしら。


週末の、今日。

私がいるのは、ハイネマン商会の店内じゃない。


青空の下、露店が立ち並ぶ賑やかな街中。


学生が入るにはお高いけど、貴族が入るには安っぽい、でも格式は高いってこのカフェで。

まさか、五大公家の三家が一堂に会するなんて思いもしなかったわ。

あとから寮を出た私とシルヴィアさまが、テツさまとゼンさまに合流した形だけど、そこにシンジェロルツ家の方がいらっしゃるとは想像もしてなかった。

―――――ああほら、人目人目。注目を集め始めてる。目立つゾーンに入ってる私、肩身が狭い。いや、私は見られてないはずだけど、場違い感がすごい。

正直言えば、今すぐ退場したい。

当然よね。


三家の方は、そこにいるだけで特有の空気感を放ってらっしゃるもの。


私だって、この方たちを眺めるのは眼福だわ。ただし、他人事としてなら、ね。

「あ、姉上…」

気弱な声が上がった。見れば、ユリアーナさまに隠れるような位置取りで、彼女の袖を引っ張った少年がおずおず声を上げる。

「その、席へ戻りましょう。お店の方にもご迷惑です」

姉上ってことは…ああ、彼が、ギル・シンジェロルツさまなのね。ユリアーナさまの弟君。白金の髪に、夜空の色の瞳。でもどこか、影が薄い…病弱って噂、本当なのかしら。

ヴィルフリートさまよりは年上らしいけど、あの方より小柄。

「いいえ、だめよギル。宙ぶらりんな状態は、わたくし、うんざりなの」


ある意味、ユリアーナさまは勇敢よね。だって、先にテツさまたちは婚約の件に関して、箝口令をしいてる。その彼らを横目に、私に挑んだんだから。


空気を読まない人、ともいう。


「どういうおつもりでいらっしゃるか、色々、はっきりさせるべきですわ」

その気持ちは、分からなくもない。

「大体、アイゼンシュタットさまとイェッツェルさま方にも、言いたいところはありましてよ?」

今度は、テーブル席に座る三人に飛び火した。ぐるり、見渡して、ユリアーナさま。


「箝口令などどういうおつもり? まっとうな説明もなしでは、周囲の不満は募る一方ですわ。よもや、二年前の傷害事件をお忘れになったわけではございませんわよね?」


一斉に当時の学院の空気を思い出したせいだろう、ユリアーナさまの瞳のみならず、席の雰囲気が一瞬、猛烈に暗くなった。

すぐ、流れ去ったけど。


ユリアーナさまの視線が、また私に戻った。



「ミアさまもいけませんわ。何を言われようと、その、つんと取り澄ました表情が変わりませんもの…他の方々がムキになろうというもの」



それは、申し訳ないわね。や、皮肉じゃなくって、真剣に。

でも真面目な話、表情ってどうすれば自然に変えられるのか分からないのよね。

例外は、営業スマイル。

ただ、日常生活にそれはダメってことくらい、知ってる。それに、自然じゃない。


このままだと、今度はお小言が始まるわ。この場からの離脱は最優先事項…さて。


私は少し、考える。

一人で席を離れるのは簡単だけど、せっかくの休日、テツさまたちと話し合いはしたい。

よし、ひとまずテツさまを誘って―――――。

思いさした刹那。



「意外だな。他の者も、俺と同じように感じているのか」



テツさまの言葉に出鼻を挫かれた。のは、私だけじゃなかったみたい。

何を言ったんだろう、このひと。

そんな目で、席の周りにいる全員が、テツさまを見ている。

おとなしそうなギルさまが、おろおろテツさまと周囲を見比べてた。


たった一人、表情の変わらないテツさまだけが、独り言みたいに言う。



「ミアはいつも冷静だ」


同じ言葉、そっくりそのまま、テツさまにお返ししたいのだけど、立場上、言いにくい。



それに、テツさまはいつもみたいに単調な語調だけど…なんだか、しみじみ述懐してる雰囲気ね?

椅子に座ったまま、テツさまは私を見上げた。思わず目を逸らす。

緊急事態ならともかく、平時は真正面からその顔を見るのはつらいです。平静を保てる自信がない。

視線を、頬のあたりに感じる。あの、黄金の、目が。

じっと、見てるのかと思うと。…隠したい。隠れたい。落ち着かない。つい顔をしかめた。とたん、言われる。


「笑わない。するのは嫌そうな顔だけだ」


ああ、他の者と同じって、そういう…いや、周囲は、私の表情が変わらないのが残念って言うより、癇に障るんだと思います。


しかたない。私、頷く。



「わかりました」



テツさまが笑ってほしいと仰せなら。私、心の中で声を張る。




いらっしゃいませー、何をお探しでしょう?




―――――にっこり、渾身の笑顔を浮かべる。テツさまの真正面で。

自慢じゃないけど、笑顔は褒められたことしかないわよ。

とたん、目を見張って、シルヴィアさま。

「あら、可愛い」

悔しそうに、ユリアーナさま。

「可愛いわね」

遅れて、姉上の隣で、はにかみながら頷いてくださるギルさま。

ゼンさまに至っては、面食らって、余計な一言。

「可愛い笑顔がここまで胡散臭く見えたのは、生まれて初めてだ」


うっさいです。


テツさまは、少し、唖然。一度、目を伏せ、―――――今度はなぜか上目遣いに、

「それもいいが、それではない」

言いにくそうにぼそぼそ。…言いたいところはわかります。


営業スマイルは自然な笑顔とは違いますものね。


でも自然な笑顔って、やり方が分かりません。困ったなぁ。

悩む私に、低く、テツさまが呟いた。


「すぐ笑えるなら、すぐ泣けるものだろうか」



ウソ泣きがうまければもっと楽にすむことは多かったわね…って、え?



思わず笑顔を消した。内心冷や汗を浮かべて、私の様子をうかがうような態度のテツさまを見下ろす。

テツさまの黄金の目にあったのは、子供みたいに純粋な好奇心。


あの、この間、地下で一緒になった時も思ったんだけど、こんな目の方だったかしら。

ものすごく真っ直ぐな強い目の方なのは知ってるけど、もっと、奈落に落ち込みそうな、がらんどうの虚無を中心に湛えた方だった気がするのに。

今、私を見てる目、は。

貫くような。切り刻むような…いえ、切り開こうと、してる、ような?


うまく言えないけど、今までと違ってる、気がする。どうなってるの。


得体の知れない熱が、怖い、んです、が。

はりつけにされた心地になって、それでも、半歩、下がろうと、するなり。





がし。





ひえ。手、右手を掴まれた。掌、大きい。私と違いすぎる。

いきなりの接触に、胸の内で根っこから動揺した私に、まじめな顔で、テツさま。


「ミアの笑顔も見たいが、同じくらい、泣き顔も見たい」





もっと。意味が。理解できるように言ってください。


まさか言葉そのままの意味なんてことは―――――ありません よ ね ?





身を乗り出すような感じで、私の顔を覗き込み、テツさま。

「…嫌がることなら少し知っているから、それを、してみても?」

そういえばこの方、悪魔の血統―――――つい逃げ腰になる。慌てて、自制。だって、直感が叫んだんだもの。逃げたらきっと、すごく怖いことになる。

直後、パン、手を叩く音。


「そこまでだよテツ」

手を打ち鳴らしたゼンさまは、うんざりと顔をしかめた。



「友達の性癖なんて、それ以上僕は知りたくないからね」



テツさまは、ゼンさまを横目にする。ほっ。視線から逃れられるだけでこの解放感。

テツさま、視線にも魔力がこもってるんじゃないの。


冗談で思って、ぞっとした。…ありそう。


「大体、昼日中から醸し出す空気かい、これが。ここには子供も女の子もいるんだよ」

まっとうそうに仰ってますが、ゼンさま、その中に私は入ってるんでしょうか。

…いいわ。それより。


目の端に映ったユリアーナさまが、なぜか少し赤面していらっしゃる。

最初の勢いが削がれたご様子。しめた。

私、内心でガッツポーズ。逃げるなら、今がチャンス。


いっきに頭が冷静になる。


どうやって、テツさまを誘おうかしら。早くしないと、ユリアーナさまが我に返っちゃう。

ええい、もうダメもとで。

「では、テツさま」



掴まれてた手を、握り返す。



そうしてはじめて、握っていたことに気づいたって顔で、テツさまの目が、手に向いた。


何にしたってさっきから、テツさまの、退廃的で妖艶な容姿の印象を上回る、力強いくらい厳格な表情は変わらない。

正直、怖い。けど、これでめげてちゃ主導権は握れない。


「笑わせる方法や泣かせる方法が知りたいなら」


表向き平然と、私は誘ってみた。




「デート、しましょう」




相手を知らないからには、何も分からないわ。お互いに。

話したいことは、たくさんあるもの。でも、―――――正直なところ。


断られる気がした。


なにせ、相手はあの、テツ・アイゼンシュタットさまなのよ。

デートなんて軽いノリは―――――きっと嫌う。じゃあ重いノリってなんなのさとか聞かれても困るけど。


でも言っちゃったものは仕方がない。それに、誘い文句としては過激だった気にもなる。ただそこは大目に見てほしい。こっちも必死だったのよ。


開き直った私の前に、




「…ああ、行くか」


テツさまがしずかに立ち上がった。




怒ってる、感じはない。迷惑そうな様子も。でも、手放しに歓迎してるって風でもないから、最初、なんて言われたか分からなかった。けど。


う、ん?


肯定、されたの? いま。

理解するなり、私、困惑。絶対断られると思ってた。だって、態度が。


退屈そう…とまでは言わないけど、事務的というか、テンションが低い。


あ、やっぱり、迷惑なんじゃ。私に恥かかせないよう気遣ってくれてるとか。

ありそう…。

この方とこれから二人きり…あれ、なんだかピンチな気分。


「素敵なお話ですけど、テツさま、今日は」

助け舟ってわけではなさそうだけど、何か言いたげなシルヴィアさまに、

「あとで集合しよう」


私の手を引いて歩きだしながら、テツさま。その時になって、気づく。



(い、痛、…っ)


緊張し過ぎで気付かなかったけど、手を握る力が、すごく、強い。む、無意識、かしら。



(やっぱり、めいわく、だったんじゃ)


思わず、唇がへの字になる。沈んだ心に影響されて、足が、重い。

そのせいか、引きずられる心地で私はテツさまに続いた。


「ミアが望むなら、まずは一対一で話をしたい」


テツさまの声が硬くて、私は内心青ざめる。なんだか不穏。足がもつれそうになった。




歩幅、違いすぎるもの。




「なら、そうだな、あとでいつもの店でね。―――――気を付けて」

ひらり、手を振ったゼンさまの最後の言葉が気になったけど、そのときには、私たちはもう道に出てた。そのときになって、はじめて気づく。


―――――テツさまの腰に、剣帯。彼は剣を身に着けてた。振り向けば、…ゼンさまも。


物騒。…何か、あるのかしら。

背中を、ユリアーナさまの声が追ってくる。

「あ、お、お待ちになって、アイゼンシュタットさま、まだ話は―――――」

二人の剣を見た後では、その声は能天気にも感じられた。空気を読まない方だけど、こういうときは、ちょっと気が抜けて助かる。


「さあ、ユリアーナさま、おかけになって、ギルさまも。どうせなら、皆で一緒にテーブルを囲みませんこと?」

ころころと笑いながら、シルヴィアさまがユリアーナさまを誘ってらっしゃる。引き受けてくださるってことだろう。



「気にしなくとも、支払いは先に済ませている。…少し、歩くか」



では、テツさま。

もう一つ先に、しておくことがあります。放しませんか。手を。


でも、言い出せる雰囲気じゃない。頑張って、私はテツさまの後に続いた。

それにしたって、今度はテツさまと手をつないで歩くなんて。


―――――さっきは、シルヴィアさまだったのよね。


どちらにしても、畏れ多いったら。

今見上げてるテツさまの後姿は、近くにあるけど、遠い感じがする。

シルヴィアさまはまだ幾分か身近に感じられるのだけど…。



ちょっと、現実逃避気味に、先ほどの店に来るまでの流れを思い出す。



「ごめんなさいね、ミアさま。今日、わたくしに付き合っていただいて」

街中で、くるり、振り向いたシルヴィアさまは今日も完璧な美人だった。

清楚な白のワンピースに薄いピンクのカーディガン。長い金の髪を黒のリボンで緩く背中あたりでまとめている。華奢なサンダルで歩く姿は、いかにも上品。


「ハイネマン商会のお店は問題ないかしら?」

対する私は、裾にとりどりの花を刺しゅうした、基本無地のチュニック。動きやすい黒のパンツを合わせて、あんまり愛想も花もないいで立ち。要するに、地味。


はた目から見て、お嬢様と付き人ってところかしら。だから、一歩下がって歩いてたんだけど。


「店なら、大丈夫です。誰か一人がいない程度で起こる問題はありません」

心配そうなシルヴィアさまに、私は淡々と応じる。周囲を目だけで見渡した。素人判断じゃはっきりしないけど、

「誰も、追って来てる感じはありませんね」


「まだ寮を捜しているのじゃないかしら」

軽やかに進みながら、楽しそうに、シルヴィアさま。

「きっと、わたくしが街中に出るなんて、想像もしていらっしゃらないわ」

くすり、息だけで笑う。まるで無邪気に。


「そんなものよ、お堅い騎士の方なんて」


つい、シルヴィアさまに会いに来た相手が気の毒になる私。

そう、今朝、シルヴィアさまには来客があった。騎士団に所属する騎士が二名。来訪の理由までは知らないわ。

騎士団は、国の武力。五大公家の親族も多く所属してる。




騎士団は、大きく分けて五つ。


炎狼えんろう氷月ひょうげつ石黒せきこく風早かざはや銀影ぎんえい


今日訪れたのは、確か、

(氷月と石黒のお二方、だったわよね)




騎士団は国の花形。中でも、エース扱いされてるお二方の訪問に、寮内は賑やかだった。

もっとも、容姿においてすら選定基準が厳しいって言われてる一番の花形は、公王さまの親衛隊の騎士たちだけれど。


「よかったのですか、お客様にお会いされなくても」

両手を口の前で合わせ、うふふと笑うシルヴィアさま。

「寮に、外部からの訪問者がお越しになったことは知っているけど、わたくし、誰が何の目的で誰に会いに来られたのかなんて、存じませんもの」


無邪気に仰ってるけど、これ、全部知ってらっしゃるわよね。


だから、会わずに外へ出てきたんだわ。

それでもこう仰るのは、彼らの訪問を直接シルヴィアさまに告げようと動いた寮母さんか生徒がこの方を見つけられなかったってことよね。






「誰からも何も聞いていませんから、知らずにお出かけしてたって、仕方ない話ですわね?」






読んでくださってありがとうございました~。

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