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11.かくして、魔法人形は天魔の楽園へ

呼ばれた気分で、振り向く。思わず、息を呑んだ。


―――――私、あの人形の、そばにいる。でも、さっきの呼吸音。聞き間違いじゃ、ない。この人形から、した。


うつむいた顔を覆った髪の一部が、微かに揺れてる。



呼吸、してた。



人形じゃ、ないの?

「申し訳ございません、生かして捕まえる、というのが、難しく」

さっきより、近くでヴィルフリートさまの声が聴こえる。よかった、彼も無事みたい。

安堵が、気を大きくしたのかもしれない。




そばにいるのは、人形じゃない。


呼吸している、生命のある、存在。そう思ったら、―――――感じたら。




「大丈夫?」


咄嗟に、手を指し伸ばさずにはいられなかった。

テツさまとゼンさまが、警戒してたのは知ってる。近寄るのは危険。理性では、そう判断した。それが、利口な選択だ。わかってる。けど。

身近に感じたその存在は、私の警戒心に、何も訴えかけてこなかったの。あったのは、せいぜい、―――――痛ましさ。


命ある相手が、不当に拘束されている。そんな姿を見れば、思わず手助けしたくなるものでしょう?


手を伸ばす。これはもう、思考が働く前の行動だ。

顔と思われるところに触れた。髪越しに。湿気たような不潔さはない。あるのは、埃っぽさ。それも、相手の無機物的な雰囲気を助長させてる。

そこではじめて、薄気味悪さが、私の意識に忍び寄った。ようやく、思う。



あ、これ、失敗したかな。



「おい、ミア・ヘルリッヒ!」

ヴィルフリートさまが、慌てた声を上げた。

でも逆に、その声に、私は背中を押された。ええい、ままよ。

ヴィルフリートさまが、泡を食った声で続ける。

「離れろ、危険だ、それは、」

私は彼女の顔を上げさせる。そうっと、壊れ物みたいに。刹那。


―――――ガラス玉みたいな目と、視線が合った。



そう。視線が。私を貫く。つまり。




(意志が、ある)




やっぱり、生きてる、の?


驚くと同時に、気づいた。血が、相手の白い肌とかさかさになった唇を汚してることに。

そういえば、私の手は私自身の血で汚れてたのよね。申し訳ないと感じながらも、違和感があった。

(え? 肌…皮膚…顔、が、ある)

手足はマリオネットみたい骨格がむき出しなのに、その、面立ちは。

ため息がこぼれるようなうつくしさ。でも、健康的な美とは正反対。影があった。美貌には違いないけど、濃厚な蜜を滴らせたような感じね。

白皙の肌に、半ば眠ってるみたいな大きな目は、漆黒。対みたいな真っ黒な髪は、長く、うねって―――――。






「それは、魔法人形だ!」






ヴィルフリートさまの叫びと同時。


ちろり、伸びた舌が、唇を掠めて私の血を舐め取った。直後。

長いまつ毛で縁取られた大きな目が、はじめて目が覚めたように見開かれ、私を映す。

とたん。


彼女の頬が上気した。目が潤む。恍惚と。



「ぁ、…あ…っ」



喉から、上ずる声がせりあがった。直後。


光が弾ける。

(まぶし…っ)

思わず、目を閉じた。同時に、顔面に、爆風の感覚。

吹っ飛ぶようなことはなかったけど、衝撃に、思わず尻もちをつく。

ちゃり、鎖の音が、耳元で、聴こえた。

伺うように薄目を開ければ、―――――眼前に、人影。伸びた足が見えた。ただそれは、





(鎧…?)


寸前まで、影も形もなかった古びた鎧に覆われてる。





ぎょっと、見上げれば。

無骨な鎧が、高い位置から、私を見下ろしてた。中身は、さっきの女の人なんだろうけど、見てなかったら男の人だと思うくらい、厳つい。

目が合った、…と思う。直後、鎧はその場で身を縮めるように跪いた。

無骨な姿なのに、びっくりするくらい、流麗な動き。

とたん、さっきの女の人とは全く違う、男性の声が、歌うように言葉を紡いだ。







「お会いしとうございました、我が君」


…。







つい、私は渋い顔になる。




いつから学院の地下に繋がれてたのかしら。かわいそうに、壊れちゃったのね。




目の前の存在が、ヴィルフリートさまが仰ったとおり、魔法人形って言うなら、彼女が言う『我が君』は。








天魔。



即ち、神話における、世界の救世主。








うん。

ないわー。


私みたいな凡人が、そんな伝承の存在を掠めてるもんですか。

人違いよ。明らかに。勘違いって言うか…それとも、誤作動かしら?

さっき、私の血を舐めたことで、ひよこの刷り込み的な現象が起きたとか。なんにせよ、魔法人形の詳細なんて知らないから、推測しかできない。


それに、さっき、使徒は言ったわよね。




天魔は既に彼らの元にいるって。


第一、私は魔法が使えないわ。




あらゆる条件が言ってる。


私が天魔のわけがない。

否定するのは簡単だけど…問題があるわね。



―――――相手が、私を天魔だって信じてるらしいってこと。



顔面に吹き付ける魔力の気配や得体のしれない存在感、なによりヴィルフリートさまの断言から、彼女が魔法人形ってことに間違いはない、と思う。私程度じゃ力量は推し量れないけど。


その、信を。



今ここで、そっけなく断ち切っていいものかしら。



反応が読めないでしょ? 違うって言って、騙したとか逆恨みされたらどうするの。否定を受け入れられず信じ続けられても困る。



なら?



心底困惑して、私は貴族の方々の反応を伺った。


視界の端に映るテツさまは、特に動揺もなく、平然と見守る姿勢。


ゼンさまは完全に面白がってる。


ヴィルフリートさまは、何が起こってるんだろうって感じに、きょとん。


すみません、無礼な感想言います。






ええい、あてにならないわね、五大公家ってのは!






自力で逃れるしかない現状に、私は必死に考える。


その鼻先に、鎧の両手が差し伸べられた。恐々、子供みたいな仕草で。

なぜかしら、拒絶や叱責に、身をすくめてる感じに見える。


「皆、待っております。戻りましょう、楽園へ」


声に、隠せない歓喜がにじんでた。そのくせ、どこか怯えてる。

今は、私が優位ってことね。そう、少なくとも、今は。


…よし、決めた。


悪いけど、彼女の思い込みを利用させてもらうことにするわ。

なんだかこのままじゃ、攫われてしまいそうなんだもの。楽園へ。



『天魔の楽園』。聞いたことがあるわ。それは、天空の果てにあるって。そこに、魔法人形や天魔の眷属が眠ってるって噂。


連れていかれたら、逃げようがない。




これ多分、やばい状況よ?




尻もちをついたみっともない姿勢から、私は立ち上がる。ゆっくり、慎重に。

その動きの端々を、余すところなく見られている――――観察されてる感覚が、…正直、きつい。

視線が痛いなんて、はじめて。なにこれ。


まるで、自分に手錠をかけてくれって言うみたいに差し出されたままだった両手を、私はそうっと包み込む。大きすぎて、包みこみ、きれなかったけど。


緊張で、心臓が痛いくらい鼓動してるけど、表面はどうにか平静を保って。

鎧の、目があると思える切り込み部分を覗き込み、真摯に告げる。



「今は、まだときじゃないわ」



相手が、息を吐いたのが分かった。落胆。悲しみ。そんな感じの、吐息。

「…いつ、まで」

相手が、答えにくいことを尋ねようとしたのが分かった。でもすぐ、彼女は飲み込んでしまう。無礼と思ったみたいに。

そのまま、力なくうなだれた。


―――――大型犬がしょんぼりしているのに似た様子に、胸がずきずき痛んだ。


そんな態度見せないでよ、もう。

「先に、戻っていて」

一瞬、鎧の両手を強く握りこみ、慰める心地で囁く。


「必ず、私は帰るから」


実のない、口先だけの安い約束の言葉だ。言った直後に、ひどいな、と思ってしまう。

だから、せめて祈りを込めた。





―――――彼女のご主人様が、できるだけ早く、楽園へ戻ってくるように。


勝手な自己満足だけど、騙すことを許してちょうだい、この祈りだけは、本物だから。





ぱっと魔法人形がまとう空気が華やいだ。明るく。

私が手を離せば、彼女は弾むように立ち上がった。そのまま、鎧が浮き上がる。


浮くの? そのすごい重量ありそうな姿で、軽々? もしかして鎧自体が魔道具じゃないの? …ぜひ詳しく見せてほしい、と思って抑え込む。


そういう場合でも、相手でもない。


「お待ち申し上げております、我が君」

華やいだ、男性の声が告げる。ん、でもなにかしらこのノリ。


これでお別れみたいな…え、ちょっとまさか。




「我ら、幾星霜の時の果てまで!」


誓約でもするように、彼女が叫んだ直後。




―――――スガン!!




鎧が飛び立った。垂直に。即ち。

直後、何度か連続した猛烈な破壊音に、私、無言で頭上を見上げた。


―――――茜色の夕焼けの空が、頭上に開いた穴の先に見える。





彼女、退場に天井をぶち抜いて、飛び去って行ったわけよ…最後まで私しか見てなかったわね。





ばらばらと細かい岩の粒やら砂やらが落ちてくる空間に、痛いくらいの沈黙が落ちた。

辛い。


というか、そこのベッカー先生、目が怖いです。それに使徒たちの空気が刺さる。


居たたまれない。つい、強く言い捨てた。




「…演技ですからね?」




生まれてこのかた、私に天魔だったなんて記憶はないもの。

つい、恨めしい気分でテツさまとゼンさまを見遣る。

「大公家の方々は、目の前で危機に陥ったベルシュゼッツの国民を見捨てるのですか」

テツさまは、面食らったみたい。少し目を見張る。


「すまない」


初めて気づいた、って態度で困った顔になった。はじめて見る表情だ。かわいい。…うっ、でも絆されたりしませんからね。

「危機と思っていなかった」


困らせたことに内心狼狽える。でも撤回はできない。

難しい顔で黙り込んだ私をどう思ったか、テツさまは素直に続ける。

「ミアは悠然としていたからな、任せたほうがいい結果になる、へたにこちらが動けば邪魔でしかないと判断した」



―――――正しいわね。



さっき、私以外が何かをすれば、相当事態はややこしくこんがらがったはず。

「あ、僕も同じで」

テツさまの隣で、ゼンさまは片手をあげたけど…あなたは面白がってましたよね? 何か一言言ってやろうと思ったとき。




「ミアー、そこにいるかーい?」




はるか頭上から、声。リタだ。

やっぱり、私がここにいるって気づいてくれたみたいね。なんだか複雑な気もするけど、伝えるべきことは伝えておかないと。

「リター、迷子は見つけたからもう大丈夫よー」

声を張れば、

「分かった、皆に伝えとくよー」

よかった、聴こえたみたい。でも続けて落とされた台詞は、嬉しくなかった。


「それでいつまで遊んでるのさ、日が落ちるまでー?」


とっとと帰るわよ。

リタの声に、日常が戻ってきた感じがして、安心したせいかしら。お腹がすいた。

汚れまくってるから、シャワーも浴びたい。正直、こんなぼろぼろの格好で、テツさまの前に立ちたくないんだけど。

でも確かに、ここからまともな手段で帰るとなると、うん、時間はかかるかしら。


余計はことは言わず、私は一番大事なことを、真剣に告げた。



「夕飯は取っておいてー」


「わかったー」



リタの声が、聴こえるか聞こえないか、のタイミング、だったと思う。





―――――ドズンッ。





いやな、お腹の底に響く重い音がした。

…今度は、なにかしら。

「ミア」

周囲を見渡した私を、テツさまが呼ぶ。そばへ、と手招かれ、小走りに駆け寄る。その最中にもまた、重い音。小刻みに、連発。

それを難しい顔で聞いてたヴィルフリートさまが、なぜか、ぱっと顔を輝かせた。


「聞いてくれ、ミア・ヘルリッヒ!」

嫌な予感。身構えた私に、褒めてくれとばかりに、ヴィルフリートさまは続ける。

「ゴーレムの最後の一体、支配ができたんだ!」

さすが、やり遂げたんですね…なんだか今まで忘れてたって感じの反応が気になるんですが。

「そいつに、僕について来いと命令していてな。そう言えば、いつまで経っても来ないと思っていたんだが」


ヴィルフリートさまの、快活な声が途中で途切れた。



私はなんとなく、高い位置にある、ゴーレムがあけたと思しき穴を見上げた。



ついて来いって、命令なさったんですか。

あの穴、ゴーレムが空けたとは言え、高い位置にあるし、巨体が通り抜けるには小さいと思いますけど。

だんだんと、状況が飲み込めてくる。…悪いことに、ゴーレムは基本的に、支配者には従順。



ついて来いと言われたなら、どうあってもついて来ようとするわよね。



「この音、そのゴーレムがついて来ようとしているってこと?」

ゼンさまの言葉に、首をひねるヴィルフリートさま。

「おそらく。だが何をしているのやら」


「新しい穴をあけようとしているのではないか?」


テツさまが淡々、言うなり。

―――――ピシピシピシッ。

足元に、縦横無尽の亀裂が走り始めた。弾けた岩に、思わずぴょんと飛ぶ。あの、これって。

「ちなみに、ゴーレムって言うけど、どれくらいの大きさ…」

ゼンさまが言いさした時、穴が開いてた壁が崩落を始める。足元のひび割れは、もうごまかしがきかないほどに進み――――――、

「なんと、ヴィルフリートさま、あの巨人を支配されたのですか!」

手前を差し置いて、さすがです。

騒ぎ始めたベッカー先生の声が、突如、さらなる轟音にかき消えた。ひえ。


思わず、目の前のテツさまの腕にしがみついた。振り払われなかったのは、幸い。直後。





床、ゆかが消 え た !!





あーぁ、って表情のゼンさまを横目に、私たちは落下。

地下の、さらなる下層へ。こうなったら、敵も味方もないわよね。








ねえ、聞いてくださるかしら。





落ちるのは、もうたくさんだわ!








読んでくださってありがとうございました!

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