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おかえり、フィル



 サクはフィルのために魔法陣を描く。

 フィルがここに来るために描いたものよりもっともっと複雑で細かい。


 フィルは興味津々でサクの指先を見つめる。

 サクの指先には全く迷いがない。フィルはそのなめらかな動きに釘付けになっていた。


「サク、それ難しい?」


 クレアの金髪をサラサラと撫でながらフィルはそう尋ねる。

 眠そうにしていたクレアは、フィルにもたれ掛かり気持ち良さそうに寝息を立てている。


「うーん、最初は難しかったけどもう覚えてしまったからなあ」

「え、それ全部覚えてるの?」

「まあな。 フィルも覚えるか?」

「ちょっと難しいかもー」


 わかり切っていた答えにサクは、ははは、と笑って描いていた手を止めた。


「じゃあこれを持って帰れ」


 芝生に積んであった分厚い本をフィルに向かってポイと投げる。

 フィルが中身全部に首を振った本だ。


「う、重っ」

「ははは、大丈夫か?」


 膝を立てて座っていたフィルは、投げられた本を一度は受け止めたが、あまりの重さにズルズルと太ももとお腹の間に落とした。

 ずっしりとした重さをお腹に感じる。


「これ、高いでしょ?」

「まあ、安くはないけど、私はほとんど使わないからさ。

それにフィル、興味があるんだろう?」


 サクはニヤリとしてフィルを見る。

 その顔をみたフィルは少し恥ずかしそうに手元の本に目線を落とす。


「えっと、わたしがやる気を出すとリタが喜んでくれるから……」


 本の表紙を指でなぞり、フィルはモジモジとそう口にした。


「じゃあ、なおさら頑張らないとな」

「……んー」


 サクは再び魔法陣に取り掛かる。フィルはもらった本をギュッと抱きしめ、サクの姿を見つめた。




「よーし、完成だ!」


 足元に描き上がった魔法陣を見て、サクは満足げに頷く。


「わーい、はやーい!」


 勢いよく立ち上がったフィルのせいで、彼女にもたれ掛かっていたクレアが芝生に倒れて目を覚ました。


「……なに、できたのか?」


 クレアは目をこすり、立ち上がる。まだ眠そうな目をしたまま、体についた草をパンパンとはらう。


「うん! わたし帰るねー」

「そうか……」


 ふわぁ、と大きなあくびをしてフィルに近寄り、かがめと手で示す。


 首を傾げてそれに従ったフィルの頭をポンポンと叩く。


「気をつけて帰るんだよ」

「クレアも元気でねー

じゃ、お世話になりましたー」


 分厚い本と自分で魔法をかけた本を抱いて、フィルは頭を下げる。


「ああ、また来るんだぞ」


 サクはそう言って、フィルを魔法陣へ誘う。



 フィルを真ん中に収めた魔法陣は強く青い光を発する。

 青い光はフィルを包み込み、村へと運んだ。






◇◇◇◇◇






 村中を青く照らした魔法陣は、フィルを運びきると薄れて消えていった。


 二冊の本を抱えたフィルは玄関を勢いよく開ける。


「たっだいまー!」


 家の中でよく響いたフィルの声に、リタがリビングから駆け寄ってくる。


「フィル!」


 勢いよく抱きついたリタのせいで、サクにもらった二冊の本が足元に落ちた。


「リタ、どうしたのー?」

「心配したんだよ!」


 呑気な声を出したフィルの肩を掴んで前後に揺する。


「まだ一日しか経ってないよ?」


 フィルは自分がリタに会いたくて泣いたことを棚に上げてそう言った。


「そうだけど……」

「リタは寂しがりやさんだなー」


 フィルは、恥ずかしくなって俯いたリタの頭を撫でる。嬉しさでフィルの頬は緩みきっている。

 フィルの手つきは徐々にエスカレートし、リタの髪はぐしゃぐしゃになる。


「もー、フィル!」

「えへへ、ごめんねー」


 リタは手ぐしで髪を整える。

 フィルに向き直り、両手を大きく広げた。


「おかえり、フィル」

「ただいまー!」


 フィルはリタに飛びつき、二人は声を出して笑った。


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