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なんだか嫌な予感がするんだ……



「んー、なんの話だっけー?」


 床に座ってベッドに背中を預けているフィルは、面倒くさそうにそう言った。手に持った小皿にはクレアが持ってきてくれた焼き菓子が乗っている。ナッツの混じった生地をふんわりと焼き上げたそれをフォークで刺すと、フィルは大きな口に放り込んだ。


「この距離で聞いてなかったのかよ」

「きーてたけどきーてなかったー」

「もう君はいいよ。リタはどうだ?」


 フィルに返事を求めることを諦めたクレアは、リタの方に目を向ける。リタは口に運ぼうとしていたフォークを、皿の上に戻した。それから少し考える素振りを見せ、ちょっとだけ大げさに頷いてみせる。


「お母さんの言いたいことはわかりますよ」

「だって家主のボクが何も気にするなって言ってるんだぞ? ジャグならまだしもニーナまで……」


 ブツブツと続けるクレアに、リタは苦笑いを浮かべた。彼女の中で母親はどんな扱いなのだ、と少し不憫に思ったが、彼女に対する態度を思い返すとそれもまあ仕方ないかと思い直した。リタはまだ不服そうなクレアをちらりと見てから、再び皿を持ち上げる。焼き菓子が刺さったままのフォークをゆっくりと口元へ運び、小さく口を開けた時だった。


「ていうかそんなに気を使ってたならもっと早く言ってくれよって話なんだよ!」


 クレアはテーブルに身を乗り出してリタに詰め寄る。ちょうど食べようとしていたリタは、再びそれを遮られる形となった。


「それはそうですけど、私じゃなくてお母さんに言ってくださいよ……」

「言ったけどさ、微妙な反応だったんだよな」

「そうですか。まあでも、言えないから気を使っていたんだと思いますよ」


 そう言いながら、リタはようやくフォークを口へ入れることができた。数回咀嚼して飲み込むと、それを待っていたクレアが口を開く。


「難しいな」

「まあ、気持ちの問題ですから」


 皿をテーブルに戻したリタがそう言うと、クレアが目を丸くして顔を上げた。その驚いたような目で真っ直ぐに見られ、リタは首を傾げる。クレアはしばらくそのままでいた後、プッと吹き出した。


「え、何か変なこと言いましたか?」


 ははは、と笑ったクレアは首を横に振る。それから、自らを落ち着けるように水を飲んだ。


「いや、ボクもニーナも同じことを言ってたからな」

「フィルも同じこと言うと思いますけどね」

「……んー、なにー?」


 少し空腹を満たせたせいでウトウトしていたフィルは、リタに名前を呼ばれてハッと目を開ける。しかし、話を聞いていなかった彼女が適切な返事をできるわけがなかった。あくびを数回、それから何も言わない二人の方を見て首を傾げる。


「呼んだよねー?」

「ごめんね、起きると思わなかった」

「もともと起きてたよー?」

「寝てただろ」


 目をこするフィルは、クスクスと笑うクレアのことを完全に無視をしてリタの方を見た。それから決して立ち上がらずに、腕と足の力だけでずりずりとリタの方へ移動する。リタの隣まで来ると、あくびをして彼女の肩に頭を乗せた。


「なんのはなしー?」

「結局みんな同じことを考えるって話、かな?」


 話を全く聞いて聞いなかったフィルにどう説明していいかわからなかったリタは、そう曖昧に告げる。きっと全く理解していないであろうフィルだったが、なんの疑問もみせる事なく頷いた。


「あと、気持ちの問題って言葉がいかに便利かってことだ」

「ふーん」


 興味なさそうにそう言ったフィルは、もう一度あくびをする。それから、何も言わずに再び目を閉じた。その様子に、リタは苦笑いを浮かべる。


「話が逸れましたね。なんの話でしたっけ?」

「えぇっと……ニーナとジャグには、もっと気を使わずにいてくれてもいいのにって話だ」


 クレアは水を一口飲み、すぐにコップをテーブルに戻した。そうでした、と頷いたリタも同じく水を飲む。


「それはもう本人たちに直接言ってくださいね」


 ニコニコと笑うリタに、クレアは肩をすくめた。彼女はまだ手を付けていない焼き菓子をフォークで小さく切り分け、少しずつ口に運ぶ。んま、と小さく呟いたのを聞いて、リタはふと思い出した。


「そういえばクレアさん、最近お母さんがやたらとベタベタしてくるって言ってましたよね?」

「んあ、言ったな」


 皿の上に視線を落としたまま、クレアはそう答える。その返事に、リタは続ける。


「それって、その話をした日からですよね?」

「そうだけど」

「そうですか……」


 自分で聞いておきながら納得のいっていなさそうなリタに、クレアはフォークを咥えたまま顔を上げた。彼女の肩には、すでにすやすやと寝息を立てているフィルがいる。結局寝てるじゃないか、と心の中で呟いたクレアに、リタが再び尋ねる。


「出て行かないことになって嬉しかったんですかね?」

「さあ、ボクは知らないけど。なんでそんなこと聞くんだよ」

「いえ、少し気になっていたので」

「何がだ?」


 別に変なことなんかないだろう?と言うクレアに、リタはこの違和感をうまく言葉にできずにいた。そんな時、寝ていたと思っていたフィルが目を開く。うんと伸びをして、それから少しだけ前のめりになってクレアをジッと見た。


「今度は呼んでないぞ」

「知ってるよー。今度はちゃんと話きーてたからー」


 それだけ言うと、ちらっと窓の外を見た。大粒だった雨はいつのまにか細かい粒に変わっている。風が出てきたせいか窓へ細かい雨粒が打ち付けられていた。フィルはすぐにクレアへ目線を戻すと、ニヤリと笑う。その表情に、クレアは嫌な予感がした。


「クレアが泣いて止めたから、ママが嬉しくてひっついてくるんじゃないのかなーってリタと話してたのー」

「言ったのはフィルでしょ」

「そーでしたー」


 クスクスと笑うフィルは、クレアが固まっていることに気がつかない。


「まーリタにはそれはないーって言われたけどねー」

「うん、だから言わなかったんだってば。……クレアさん?」


 ようやく、固まっているクレアにリタが気付いた。表情の消えた彼女の目の前で、リタは手を数回振る。


「大丈夫ですか?」

「……っだ、大丈夫だ! ちょっとぼーっとしてた」


 ブンブンと頭を振ったクレアは、ぎこちなく笑顔を作った。その様子に、リタが小さく笑う。


「何にも言わないから図星かと思いましたよ」

「リタがそれはないって言ったんじゃんー」

「そうなんだけどさ」


 二人はクスクスと笑った。それが別に事実に気付いて笑っているのではないことくらい、クレアにもわかる。それが、事実でないと思っているから笑っているのだ。二人の笑い声に、クレアは乾いた笑いで同調する。


「ははは。そ、そんなことあるはずないだろ」

「ですよね、失礼しました」

「んー、だよねー」


 いつもは鋭いフィルも、今回ばかりは何も言ってこなかった。心の中でホッとしたクレアは、コップに残っていた水を一気に飲み干す。ごきゅっと喉が大きく鳴った。


「でもクレアが泣いて止めたら面白いと思うんだよー」

「フィル、失礼だよ」

「えー、クレアだからいーじゃんー」


 なおも笑い続ける二人に、クレアは未だぎこちなく笑いかける。空になったコップをテーブルに置き、落ち着けるように息を吐いた。


「そ、その話はこのくらいにしておかないか?」

「なんでー? そーぞーだからクレアは恥ずかしくないでしょー?」

「ま、まあそれは君たちの妄想(⚫︎⚫︎)だけどさ。なんだか嫌な予感がするんだ……」


 やけに強調されたという言葉を、今日の二人は気にも止めない。それどころか納得して頷いている。


「嫌な予感、ですか?」

「き、今日のボクの勘は当たりそうなんだ。だから別の話を——」


 しよう、そう言いかけた瞬間だった。部屋の扉がノックもなしに勢いよく開かれる。


「クレアちゃーんっ!」


 飛び込んできたのは話題のど真ん中、ニーナだった。この雨の中あまり傘もささずに外を歩いたのか、頭からしっとりと濡れている。彼女はそこにリタとフィルもいることに気がつくと、にこっと笑った。


「なんの話をしてたの?」


 それこそ、クレアの感じていた"嫌な予感"だった。何かを答えようとするフィルと、濡れた母親を咎めようとするリタより早く、クレアが叫ぶ。


「うわああああああっ」


 全てを遮って叫んだクレアは勢いよく立ち上がった。そのままニーナの背中をおし、一瞬で彼女を部屋の外へ追い出す。混乱する一同をよそに、クレアは扉を閉めた。


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