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恋人になったら何が変わるのー?



「たっだいまー!」

「おかえり」


 一回の休憩を挟み、二人が家に着いた時には外はほぼ真っ暗だった。もう少し遅くなれば足元も見えずに危なかっただろうな、とリタはホッと胸をなでおろす。


「うー、寒かったー」

「よく頑張ったね」

「まあねー!」


 両手の荷物を誇らしげに掲げながら、フィルはペタペタと廊下を走る。リビングの扉を開けると、一気に暖かい空気が流れ出た。寒さで緊張していた体がゆるみ、リタは深く息を吐く。


「リター、聞きたかったんだけどねー?」


 早々とテーブルの上に雑に荷物を全部乗せたフィルは、まだ扉の近くでぼんやりしているリタの前に立った。首を傾げたリタに、フィルは続ける。


「恋人になったら何が変わるのー?」


 同じように首を傾げたフィルは、至極真面目な顔でそう尋ねた。帰り道で口数が少なかったのはそんなことを考えていたせいだろうか。そう思ったリタだったが、口から出たのは曖昧な言葉だ。


「えっと、何が変わるんだろうね?」

「わたしがきーてるのー!」

「私も聞きたいな……」


 あはは、と笑ったリタは、とりあえず荷物を置こうとテーブルまで移動した。フィルが雑に置いた荷物を端に寄せ、隣に並べる。山盛りになった食材は後でキッチンに運ぶとしよう、とリタは一旦それを忘れることにした。


「ねーねー」

「はいはい、一緒に考えようね」


 リタはそう言うと、ソファに腰を下ろす。ポンポンと隣を叩くと、フィルは何も言わずにそこに座った。体を九十度ひねってジッと見つめるフィルに、リタは困ったように笑う。


「……今まで通り、かな?」


 少し考えてからリタが発したその言葉は、逃げでも、照れ隠しでもなかった。本棚に並んでいる恋愛小説の主人公たちが恋人同士になってからしたこと。今までリタとフィルがしてきたこと。改めて比べてみてわかった。ほとんど違いがないのだ。しかし、フィルは不満げに頰を膨らませる。


「今までどーりなんてやだー」

「じゃあフィルは何を変えたい?」


 リタが苦し紛れに聞き返してみると、膨れていた頰から空気が抜けた。真面目な顔で考え始めたフィルは、眉間にしわを寄せる。そのまま数分、何も思いつかなかったのか、フィルは再び頰を膨らませた。


「……今までどーりでいー」

「不服そうだね」

「だってー!」


 ぷくぷくに膨れた頰をつつくとフィルは少しだけ笑顔になる。リタが何度もそれを繰り返すと、プハッと吹き出した。


「もー! 真剣に考えてるのー!」

「ごめんごめん、面白くって」

「リタも考えてー!」


 リタの指を掴んだフィルは、ムッとした顔でそう言う。その表情もなんだか可笑しくて、リタは反対の手で頰をついた。無抵抗のフィルに、リタは好き放題にする。しかし、しばらくつついていると、フィルの瞳からは涙がこぼれ始めた。


「わ、ごめん、痛かった?」


 さすがにやり過ぎたか、と慌てて手を離したリタに、フィルは目をこすって首を横に振る。ズズッと鼻をすすると、濡れた眼を伏せた。


「だ、だってリタ真面目に考えてくれないんだもんー。わたしはこんなに真剣なのにー……」

「ごめんね、私も真剣だよ」


 リタは指先で溢れる涙をすくうと、反対の手でフィルの頭を撫でる。それでも、フィルは納得していない様子で小さく首を横に振る。


「でもね、今すぐ変わるなんてできないよ」


 リタの言葉に、フィルはパッと顔を上げた。何が言いたいのかわからない、といった表情を浮かべるフィルに、リタは照れ笑いで続ける。


「フィルは出会った時から特別で、たぶん、ずっと好きだし、こ、恋人になれたのはもちろん嬉しいよ。フィルが私のこと好きでいてくれるのも嬉しいし、真面目に考えてくれるもの嬉しいし……」


 自分でも何が言いたいのかよくわからなくなったリタは、わしゃわしゃと頭を掻く。聞いているフィルもわからないだろうと、彼女を見ようと思った時だった。いつの間にか間近にあった整ったフィルの顔が、より一層近付く。唇が触れるか触れないかギリギリのところでフィルは口を開いた。


「じゃー、一つだけー。きょーからはいつでもしていーい?」


 今までもしてたじゃん、という言葉はフィルの唇に遮られる。本日三度目のその柔らかい感触にリタはまだ慣れない。心臓が口から飛び出そうで、うまく息もできない。二度三度、唇を落としたフィルは、コツンとおでこを合わせてニッと笑った。


「もー唇にしていーって言ったもんねー?」

「い、言ったけど……」

「やっぱり変わったじゃんー!」


 嬉しそうに目を輝かせるフィルは、もう一度、今度は頰に唇を落とす。


「きのーまではここだったけどー……」


 そう言うと、再び唇にキスをした。ほんの一瞬触れるだけで離れ、幸せそうに笑う。


「きょーからはいーんだもんねー!」


 少し赤い頰でそう言うフィルは、両手でリタ頰を包んだ。真っ直ぐに目が合って、リタは思わず視線をそらす。


「……フィル、ずるい」

「なにがー?」

「さっきまで泣いてたくせに」


 リタが照れ隠しに言ったその言葉にフィルは、えへへと笑った。それから、もう一度だけリタの唇をふさぐ。さっきより少し長く、少しだけ強く。それで満足したのか、ぴょんっと立ち上がると、うんと伸びをした。


「よーし、きょーはおりょーり手伝いますー!」


 そう言うと、まだ固まっているリタを放ってテーブルにほっぽり出されたままの荷物に手を伸ばす。


「リター、はやくー」

「あ、うん、わかってる」

「顔真っ赤だけどー?」


 ケラケラと笑うフィルはペロッと舌を出した。


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