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リタは知らなくていーのー



「クレアが遅いからもー眠くなっちゃったー」


 クレアに先導されるフィルは、右手をリタと繋いで大きくあくびを繰り返した。目の端に溜まった涙をゴシゴシと擦る。クレアはそんな言葉に、眉間にしわを寄せてフィルを振り返って後ろ歩きを始めた。


「フィルがゆっくりで、って言ったんだろ」

「そんなこと言ったかなー?」


 クレアにジッと見られて、フィルは視線を泳がせる。どうしても誤魔化したい様子のフィルを見て、クレアはニヤッと笑った。それから、リタの方を見る。


「なあ、リタ。フィルは君とイチャイ——」

「あー!」


 クレアの言葉をさえぎり、フィルは大声を張り上げた。ガシッとクレアの角を掴み、無理やり進行方向を向かせようとする。しかし、クレアはそれに抵抗をしてその場に踏ん張った。このままでは自分の思惑がリタにバレる、と、フィルはクレアの小さな体をヒョイと抱き上げた。その間、わずか数秒。その無言の攻防に、リタは訳が分からずに首を傾げた。


「なにしてるの?」

「なんでもなーい! ほらー、早く帰るよー」

「わかったから、おろせ!」

「やだー」


 クレアを抱いたまま歩くフィルは、クレアの言うことに首を横に振る。一方のクレアも、フィルに抱き上げられていることは嫌な様子だが一切暴れたりはしない。抵抗さえすればフィルの腕から逃れることは簡単だろうが、フィルがふらついて二人とも怪我をする可能性が拭えないのだ。

 手も足も出ないクレアは、ぐぬぬと唸り考える。しばらくフィルに運ばれた後、ハッとして体をひねった。フィルの耳元に口を寄せ、ボソッと呟く。


「おろさないなら、もう一度言うぞ?」


 口は塞がれているわけではなく、自由だ。からかうためだけに言ったさっきの続きをリタに伝えてもいいんだぞ、と言葉の裏に隠してフィルに脅しをかける。それを汲み取ったフィルは、すぐにクレアを地面におろした。


「もう解決しました、よね?」


 リタはそう尋ねるが、自分でもその質問の意味がよくわかっていない。それでも、何かが目の前で起こって、解決したことだけがわかった。リタの質問に、クレアは首を傾げてフィルに雑に抱き上げられて乱れた服を整える。クイッと顎でフィルを示し、回答をそちらにゆだねた。リタがフィルを見ると、彼女はニコッと笑う。


「なにー?」

「二人だけわかり合っててズルくない?」

「リタは知らなくていーのー。帰るよー」


 一歩前を行くフィルとクレアがまた何かを言い合っているのを見て、リタは不満げに頰を膨らませた。




◇◇◇




 大きなベッドにダイブして、リタは枕に顔を埋めた。お風呂から出た後、クレアに頭を拭かれているフィルを横目に風呂場を飛び出したことがリタの頭に繰り返される。


——あんな態度、とるんじゃなかった。


 どうしてもあの時はその場にいられなくて、一言も言わずにその場を去ってしまったのだ。あの後、二人は何を話しただろうか?私の態度を変に思っただろうか? そんな不安がリタの頭をぐるぐると回り、何度も記憶が繰り返される。ふんわりと自分の家で使っているのとは違う石鹸の香りがして、リタは両脚をバタつかせた。

 

「クレア一人で寝れるのー? 一緒に寝てあげよーかー?」

「寝れるに決まってるだろ!」

「そっかー、じゃーおやすみー」


 扉の向こうから笑いながら言い合う二人のそんな声が聞こえた。おやすみ、とクレアの返事の後、扉が開かれる。ペタペタと早い足音が聞こえ、直後にベッドが揺れた。


「リター、なんで先に戻っちゃうのー」


 隣に飛び込んだフィルからも、リタと同じ香りがする。ベッドの上に座るフィルは、仰向けのリタの体を揺らしてそう尋ねた。リタは枕に顔を埋めたまま答えない。というより、なんと言っていいか分からずに答えられなかった。じっと黙っていると、フィルはふーと息を吐いてリタの頭を撫でる。


「もー寝ちゃったー……?」


 そう言うと、髪の流れに沿うように手を動かす。それがくすぐったくて、リタが声をかけようとしたその時だった。はぁ、とため息を吐く音が聞こえて、それからフィルがポツポツと話し始めた。


「リタは寝てても可愛いねー。いー子だねー。いっつもありがとー」


 髪を撫でる手は止めず、フィルはそう続ける。子供を寝かしつけるように背中を一定のリズムで叩き、ふぁあとあくびをした。寝ている——振りをしている——リタは、思わず笑い出してしまう。こらえるように肩を揺らすと、あくびをしていたフィルが手を止めた。


「……もしかして起きてるー?」

「うん」

「今起きたー?」

「ずっと起きてた」


 枕に顔を埋めたまま話すリタに、フィルはその枕を取り上げた。勢いよく引っ張ってリタの頭の下から取り上げ、ボフッと背中に投げつける。それから、背中に乗った枕を叩いた。


「起きてた、なら、返事、くらい、してよー!」


 言葉を途切れさせ、間で枕を高く叩くフィルは、むぅっと頰を膨らませる。ぽこぽこと叩かれているリタは、フィルの手の隙をみて仰向けになりる。それから、枕でフィルの拳から身を守り、そのまま座った。


「わかったわかった、ごめんって」

「やだー!」

「それにしても、いい子って……」


 先ほどの言葉を思い出して小さく笑ったリタに、フィルの頰が赤くなる。キッとリタを睨み、手に持った枕を再び奪い取って顔を埋めた。


「だっていー子だもん! 間違ってないもん! 悪い子よりいーでしょー!」


 そう言うと、両手で枕をリタに投げる。受け止めたリタは枕をベッドに置き、フィルに近寄って頭を撫でた。


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