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フィルのこと、信用してるから



 気まずい静寂の中、リタは小さく笑ってフィルの手を取った。


「えっと、小さい頃の夢を見た、ってことだよね?」


 顔を隠していた手をどかされたフィルは、恥ずかしさを誤魔化すためか少しムッとして頷く。


「そっか、思い出せてよかったね」


 リタはフィルの頭を撫でて、微笑んだ。しかし、フィルは頬を膨らませたままジッとリタを見た。目が合うとハッとして、何かを言おうとするが口をつぐむ。リタが首を傾げると、プルプルと首を横に振る。


「まだ何か言いたいことがある?」

「わ、わたしは強いからー……」

「知ってるよ」


 さっきも言っていた、“強い”にどんな意味があるんだろう。リタが次の言葉を待っていると、少し暗い雰囲気を蹴破る可愛い音が――ぐぅー、と鳴いた。


「もうお昼過ぎてるからね。ごはん食べよ?」

「んー」


 まだ何か言いたげな様子だが、フィルはリタの言う通りにベッドから降りる。リタは手早くクローゼットからフィルの服を取り出して着替えさせた。何の抵抗もせず、されるがままのフィルはいつもよりすんなりと着替えを終えた。


「よし、何食べる? 魚焼く?」

「焼くー」


 そんな会話をしながら部屋を出ようとしたリタを、フィルが引き留める。部屋にバリアが張られているかのように、部屋のギリギリで踏みとどまって腕を掴んだ。振り返ったリタは呆れたようにため息をついたので、フィルは体をビクリと震わせる。


「や、やっぱりい——」

「どうしたの?」


 言葉を遮り、リタはフィルをギュッと抱きしめた。ポンポン、と子供を寝かしつけるように優しく背中を叩く。


「あ、あのね、わたしは強いんだよ?」

「うん、知ってる。それに、さっきも聞いたよ」

「そーじゃないのー」


 リタの肩に顎を置き、フィルは首を横に振る。


「リタが思ってるより強いよー?」

「うん、わかってるよ」


 リタが髪を撫でるが、フィルはそれでも首を横に振った。長い銀髪が絡み付いて、少しこそばゆい。


F-11(エフ イチイチ)は、人間一人くらいすぐ……」


 フィルはそこまで言うと黙った。ぐずぐずと鼻をすすり、リタの腰に回している腕に力を込める。フィルが話し始めるまで待とうと思ったリタは、背中をリズムよく叩いた。

 しばらくそうしていると、フィルはぼそぼそと話し始める。


「……リタはもーちょっと怖がったほーがいー」

「どうして?」

「わたしがいつ、こーげきしだすかわからないでしょー?」


 そう言うと、腕の力を抜いてリタと少し体を離そうとした。しかし、リタがそれを許さない。離れようとしたフィルを抱きしめる。


「そんなことするの?」

「したくないー……でも昔のわたしはしたかった、らしー」

「うん、そんな夢を見たんだね」


 リタは優しくそう言うが、フィルは未だに納得していない様子だ。ほどいた腕はリタの背中に回さず、だらんと下におろしている。


「夢じゃない!」


 そんな大きな声を出すフィルを見るのは初めてで、リタは驚いた。耳元で叫ばれたので、頭の中がキンとする。少し顔を歪めたリタを置いて、フィルは続ける。


「イチだったのはわたしだし、早く人間なんか消し去りたいって思ったのもわたしなのー」


 そう言ってリタの肩を軽く押す。体を離して、プイッとそっぽを向いた。フィルは両手を握っていて、それが小刻みに震えている。


「昔でしょ?」

「リタ、ちゃんときーてたー?」


 あっけらかんと言ったリタに、フィルは呆れたように返す。しかしリタはこくんと頷いた。

 なにを今更、とリタは思っていた。人を傷つけるために生まれたなんて、初めて話を聞いた時から知っている。それを面倒くさそうに話したフィルを見て、その意思はないんだと安心したのもよく覚えている。魔法が使えると初めて聞かされたときも、クレアにそんな彼女が怖くないのかと聞かれた時も、フィルのそんな性格を(かんが)みればどうでもよくなった。それを今更、そんな真剣な目で言われても。


「大丈夫、今はフィルでしょ。もうF-11じゃない」


 フィルに一歩近づいて、ガバッと抱きしめる。ギュッと体を押し付けるとトクトクと心臓が鳴っているのがわかった。自分のなのかフィルのなのかわからないけど、リタはなんだか安心した。それはフィルも同じようで、一瞬緊張したように体を硬くしていたが、リタに体重を預ける。


「そー、かもー」

「それに、フィルが面倒くさがりなの知ってるから」


 そう言ってクスクスと笑うと、フィルはハッとしてそれからムッと頰を膨らませた。


「わかんないでしょー!」

「そうだね。でも、フィルのこと、信用してるから」


 その言葉に、フィルはドキリとした。夢の中で、記憶の中で、自分がそう言った覚えがあった。わたしはあの後、なんて言っただろう。そんなことを思っているなんてつゆ知らず、リタは続ける。


「よし、そんなことよりご飯食べよ!」

「え、あー、うん!」


 戸惑った表情を見せた後、リタの首に腕を回してギュッと抱きついた。思い出すのをやめたフィルはニッと笑う。遠い将来、万が一、億に一、人間に手を出そうという思いが自分を蝕んでも、リタがまた助けてくれそうだ。

 そのまま部屋を出ようとするが、最後にもう一つ、と立ち止まった。部屋と廊下のギリギリの境目に立ち、リタの目をジッと見る。


「リタ、助けてくれてありがとー」


 フィルが真剣な表情でそう言った。夢の中で、夢だと気付いたフィルを助けてくれたのはリタだった。しかし、夢の内容なんて知らないリタは、ふふふと笑って繋いだ手を揺らす。


「なんの話? まだ寝ぼけてるの?」


 そう笑うと、リタは手を引いた。部屋の中で立ち止まっていたフィルはふらついて一歩廊下に出る。


「よし、魚焼こう!」

「おなかすいたー!」


 タタタとリタを置いて走り出したフィルはもう元気そうだった。いつも通りの笑顔で、さっきまで部屋を出るのを怖がっていたのが嘘みたいだ。


「リター? はやくー!」


 すでにリビングから顔を覗かせているフィルが、リタに向かって手を振る。リタはそれを見て笑った。家中に響くほど大きな笑い声に、フィルは目を丸くする。


「ど、どーしたの?」

「フィルは私のこと好きなんだな、と思って」

「ん、すきー!」


 フィルは、まだ部屋の前に立っているリタの所へ戻ってきて抱きついた。えへへ、と笑うと、チュッチュッと両頰にキスをして一歩後ろに下がる。


「してほしそーにしてたからー!」


 リタがまだ何も言っていないのに、フィルはそう言ってクスクスと笑った。


「フィルもしてほしそうにしてるよね?」

「きゃー!」


 笑ったままわざとらしい悲鳴を上げたフィルは、再びリビングへと走り出す。その後ろを追いかけながら、リタも笑う。二人の楽しげな笑い声が家を包み込んだ。


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