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……にぃ……



 その日、フィルは夢を見ていた。それは記憶の片隅をくすぐられる、とても懐かしい"思い出"だった。



 少女はパタパタと足音を響かせて走っていた。肩口で切りそろえられた綺麗な銀髪が、さらさらとなびいている。肩まで捲り上げられた服の袖から伸びる白く細い腕に、うっすらとF-11(エフ イチイチ)という文字が見える。

 少女は、謎の機械の散らばる薄暗い部屋に駆け込んだ。部屋にいた一人の老人が、ギョッとした表情で少女に注意する。


「危ないから走るなと言っておるだろ」

「はかせー! あのね、イチねー!」


 舌っ足らずな口調で興奮したように飛びかかってきた少女――イチを、博士と呼ばれた老人はフラリとして受け止めた。そして再び注意する。


「自分のことをイチ、と言うのはやめるんだ」

「……わたしー?」

「そうだ、偉いぞ」


 わしゃわしゃと頭を撫でられて嬉しそうなイチは、ここに来た理由を思い出してハッとした。老人から一歩離れ、あのねあのね、と跳ねる。


「あのねー、イチ……わたしがねー、ボールで遊んでたらねー、マルゴにぃがねー、割っちゃったのー!」

「またか……」


 はあ、とため息をついた老人は、部屋を出る。薄暗い部屋に長時間いたためか、外の日差しに目を細ませた。玄関から外に出ると、周りは何もない森の中だ。老人はその森に声を響かせる。


「マルゴ! マルゴ!」

「なんだよ」


 呼ばれたマルゴは、ガサゴソと音を立て離れた所から歩いてきた。目つきが悪く、ひょろりと背の高い青年だ。こんがりと焼けた黒い腕には、M-205(エム ニマルゴ)と書かれている。彼は面倒くさそうに前髪をかき上げ、老人の後ろに隠れたイチをのぞき込んだ。


「イチ、告げ口か?」

「マルゴにぃが悪いもん!」

「ちょっと力入れたら割れただけだろ? 俺は悪くないね」

「はかせー!」


 口では勝てない、と、イチは老人に助けを求める。ため息をついた老人に、マルゴはキツい目を向けた。その視線に臆することもなく、老人は優しく口を開く。


「お前たちは兄妹なんだから、もっと仲良くするんだ」

「はあ? 妹つったって、じいさんが勝手に作っただけじゃねえか」


 噛み付くように言い返すマルゴに、老人は口をつぐんだ。その隙に、とマルゴは厳しい口調で続ける。


「俺の使命は人間たちの支配、そうだろ? 妹と仲良くすることじゃない!」

「ちがう、お前たちは二人で戦うんだ」

「そんなこと言って……何人失敗してんだよ!」


 そう言って激しく地面を踏む。柔らかい落ち葉が粉々に砕けるだけで、より一層頭にきたマルゴは地団駄を踏み続ける。その姿に、イチは老人の脚の後ろから心配そうな顔を覗かせた。


「マルゴにぃ?」

「お前だってそうだぞ! こいつのおもちゃにされて死んでいくんだ!」


 マルゴは老人を指差し、早口でまくしたてる。イチはマルゴの言葉に体を固まらせ、それから怯えた表情で老人の顔を見上げた。

 老人はイチの頭にポンと手を乗せ、まっすぐな視線をマルゴに向ける。


「これまでの二一四回の失敗で学んだんだ。お前たちは必ず成功させる」

「この間のマルシにだって同じこと言ってたんだろ!」

「そ、それは……」


 口ごもった老人に、バカにしたように鼻で笑ったマルゴはクルリと背を向けた。ヒラヒラと後手に手を振って、歩き始める。


「イチ、ついて来い」


 イチの方は一切見ず、マルゴは冷たい口調でそう言った。早足で遠ざかるマルゴの背中をと老人を見比べ、イチはオロオロとする。それでも、再び心配そうな表情で老人を見上げた。


「……イチ、死んじゃうのー?」

「そんなわけないだろう」


 優しくそう言って頭を撫でる手に、イチは肩の力を抜く。えへへ、と笑って老人の手の温かさを感じていると、遠くからマルゴの声が聞こえた。


「おい、イチ!」

「はーい! はかせ、いってきまーす!」


 老人に手を振り、マルゴの声のした方にパタパタと走り出す。落ち葉を踏み鳴らし、マルゴを見つけて駆け寄った。


「なーに、マルゴにぃ?」


 木に寄りかかって座っているマルゴの前にしゃがみ、イチは首をかしげる。さっきまでボールを割られて怒っていたことは、もう頭にない。この兄妹はいつもこんな調子なのだ。決して仲が悪いわけではなく、よく喧嘩をするだけでむしろ仲は良い方ですらある。

 マルゴはイチの目をジッと見つめ、真面目な口調で伝える。


「俺たち、二人でここを抜け出そう」

「はかせはー?」


 間の抜けたイチの発言に、マルゴは首を横に振った。


「イチは小さいからわからないんだ、あいつは良い奴じゃない」

「はかせはやさしーよー?」

「この間までここにいたマルシ、覚えてるか?」

「シーにぃ? はかせがとーくにお仕事に行ったって言ってたよー?」


 イチは、マルシ——腕にM-204(エム ニマルヨン)と書かれていた青年——を頭に浮かべ、答えた。マルゴはイチの両肩をがっしり掴んで首を横に振る。周りには誰もいないが、静かな口調で、いつもより低い声で小さく囁く。


「嘘をついてるんだ。マルシは……あいつに殺されたんだ」


 その言葉にイチは顔を引きつらせ、じんわりと目を潤ませた。みるみるうちに涙が頬を伝い、わんわんと泣き出す。


「う、うそだもん! はかせ、そんなことしないもんー!」

「そっか、そうだよな……」


 諦めたように呟いたマルゴは、ボロボロと涙を流すイチの頭を撫でた。あぐらをかいた上にイチを座らせ、落ち着くまで撫で続ける。そこには先程まで老人に見せていた表情はなく、優しく柔らかい兄の顔があるだけだ。

 しばらく頭を撫でたり、背中を優しく叩いたりしているうちに、イチは落ち着いた。安定した呼吸を聞いて、マルゴはホッとする。それから、落ち着いたイチを立たせ、自分も立ち上がる。上に座らせていたせいで少し脚が痺れるが、パチパチと叩いて紛らわせた。


「なあ、イチ。こっそり町に行ってみないか」

「はかせが危ないからダメだって言ってるよー?」


 真っ赤な目のイチは、マルゴを見上げて首を傾げる。それでもマルゴは諦めず、誤魔化すように首を振った。ポンと肩に手を置いて、フッと優しく笑う。


「ちょっとならバレねぇって。さっき割っちまったボールも買ってやるから」

「行くー!」


 イチがピョンと跳ねるので、マルゴは、現金なやつめ、と苦笑いした。ニコニコとした表情でマルゴの手を握ったイチは、彼が何を考えているのかなんて知らなかった。



 隣で寝ていたリタが目を覚ました。窓の外はまだ暗く、大きくあくびをしたリタは再び目を閉じる。


「……にぃ……」


 むにゃむにゃとそう言ったフィルに、リタは小さく笑った。口元を緩めているフィルを見ていると、楽しい夢を見ているのだとすぐにわかる。寝返りを打ってリタの手をギュッと握ったフィルは、再び夢の中へ戻っていった。


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