さあ、釣りますよ!
フィルは結局五枚もクッキーを食べた。
何枚でも食べられる、とは思ったがリタは三枚でお腹がいっぱいになった。
「フィル、服は?」
「着なーい」
聞いた私がバカでした、とリタは諦めて昨日使った布だけをかばんに突っ込む。
誰も来ないだろうとは思うけど、何があるかわからないでしょう?
リタはかばんに釣り用の餌と、折り畳み式の小さな椅子を入れる。
「さ、行くよ」
「おー!」
リタはかばんを背負い、フィルにサンダルを履かせる。
そのまま家を出て、郵便受けを確認する。
何も入っていない。
入っていることの方が珍しいが、リタは家を出るとき必ず確認するようにしている。
「リタ、釣り竿は?」
「あ、忘れてた」
リタは慌てて家の裏の小さな倉庫に向かう。
フィル用の釣り竿を探さないといけない。
昔は家族三人でよく釣りをしていたから倉庫にあるだろう、とリタは思い出してた。
「えーっと、ここら辺にもう一本……」
倉庫の中は不要物入れと化している。
小さい頃読んでいた絵本、壊れたストーブ、使わなくなった大きな鍋。
「あった!」
倉庫の奥から二本の木の釣り竿を見つけ出す。ホコリは被っているが、まだまだ使えそうだ。
両方を倉庫から出し、重い方を倉庫に戻した。
「フィル、あったよ」
玄関前で待っていたフィルは完全に郵便受けに体重を預けている。
壊れるからやめなさい、と釣り竿を手渡す。
「一本?」
「私のは川に置きっぱなしだから」
釣り竿を受け取り、空いた方の手はリタと繋ぐ。
「さ、行きましょう!」
「おー!」
繋いだ方の手を高く上げ、気合を入れる。
しかし、小さな村だ。川までは家から徒歩で二分もかからない。
気合を入れるほどもない。目と鼻の先だ。
「近いねー」
「そうだね、近くていいでしょ」
リタは自分の釣り竿を拾い上げる。
かばんをおろし、中から折り畳み椅子を取り出した。
「座っていいよ」
「ありがとー! 釣り竿はどうするの?」
「餌を付けるからちょっと待ってね」
そう言ってリタはフィルの釣り竿を預かる。
餌をつける手つきは慣れたものだった。
なんの迷いもなく、二本の釣り竿に餌をつける。
その間フィルは足をパタつかせ、河原の石を川に蹴り入れていた。
「さあ、釣りますよ!」
「おー!」
再び二人は拳を突き上げ、気合いを入れる。
気合いを入れてから三十分後、フィルは完全に飽きていた。
正しくは三分後からずっと飽きていた様子ではあったが、ごまかしごまかし椅子に座らせていた。
「リター、もう帰ろー」
「え、まだ三十分しか経ってないよ」
「釣れないじゃんー」
「じ、じゃあもっとお話ししようよ! えーっと、フィルは何が好き?」
リタはフィルが飽きないように話を振る。
釣りは食料調達だ。今日魚が釣れないからといって死ぬわけではないが、釣れる時に釣っておきたい、というのがリタの考えだった。
フィルはうーん、と考えリタに笑顔を向けた。
「リタとー、食べること!」
そう言ってもう一度ニカッと笑う。
その笑顔にリタは頬が緩む。
「あ、ありがとう。でも、食べるのは面倒くさくないの?」
「うーん、ずっと食べなくても生きてこれたからねー、食べるって楽しいの!」
リタは首をかしげる。わかるような、わからないような。
じゃあ服を着るのだって同じなのではないだろうか。
そう思ったことがバレたのだろうか、フィルは言葉を続ける。
「わたしずっと水の中にいたでしょ? だからねー、服はザラザラして嫌なの。」
あと着るのもめんどくさい!と笑って付け足す。
リタは再び首をかしげる。
しかし、今度はわからなくもない。リタも着替えるのが面倒で、パジャマのまま1日を過ごすことが多々あった。
「じゃあー、リタの事も教えてよ!」
「私? うーん、私は……」
そう言いかけたとき、フィルの釣り竿に反応があった。
「リタ! 曲がってる! 釣れる?」
「つ、釣り上げて!」
フィルは言われた通りに釣り竿を持ち上げる。
「おーお! 釣れたー!」
フィルが上げた釣り竿にはそれなりの大きさの魚がかかっていた。焼いて食べると美味しい魚だ。
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶフィルに、リタも嬉しくなった。
針から魚を外し、餌を付け直そうとするリタをフィルが止める。
「まだ釣るのー?」
直前までの喜びは何だったのか、フィルは完全に冷め切った目をしてリタを見ていた。
「え、楽しんでなかった?」
「楽しかった! だから帰ろー」
そう言って、自主的に椅子を畳む。完全に帰る準備をしている。
リタは少し考え、フィルに従う事にした。
本日の釣果は一匹。
フィルが釣りを嫌いになる前に帰ろう。
「わかった、帰ろうか」
リタはそう言って自分の釣り竿を川から上げ、フィルが畳んだ椅子をカバンにしまう。
「釣り竿はここに置いていくよ」
「うーん、めんどくさいしねー」
そうだね、と返事をしてカバンを背負うと、フィルが驚いた顔でリタを見つめる。
「な、なに?」
「リタもめんどくさいとか思うんだねー」
フィルは楽しそうに跳ね上がり、リタの手を取る。
「じゃあ、帰りましょー!」
そのフィルの声を合図に、二人は帰路についた。




