おはよう、フィル
次の日、リタが目を覚ますとフィルがベッドにもぐりこんでいた。
まとわりつくように脚を絡められていて、フィルの体温が子供のように温かいことに気付いた。
リタは眠たい目をこすり、昨日のことを思い出す。
確か、フィルがお風呂上りにソファで寝てしまって、気持ちよさそうに寝ているフィルを起こすのは可哀想だと思って、でもベッドまで運ぶのは難しいと思って……そこまで思い出してうーん、と眠たい頭を回転させる。
そうだ、少し経ったら起きるかと思いってソファにもたれかかって少しの時間本を読んで、それでも起きないから悪いとは思いながらも諦めてベッドに入ったんだった。
フィルは夜中に目が覚めてベッドにもぐりこんだのだろうか。
幸せそうな顔をして眠っているフィルを起こさないようにリタはベッドから出ようとしたが、ますます脚を絡めてきて抜け出せない。
「フィル……、まあいいか」
抱き枕状態のリタは、はだけた毛布をかけ直し再び目を閉じた。
◇◇◇◇◇
「わ、フィル起きて!」
次にリタの目が覚めたのは、正午を大きく回ってからだった。窓から入る、高く昇った太陽の光が眩しい。
フィルは寝返りをうったのかリタに背中を向けており、絡みつけられていた腕も脚も解放されていた。
慌てて立ち上がったリタの声にもフィルは反応せず、小さく寝息を立て続けている。
「フィルー、起きてー」
ゆさゆさとフィルの体を揺する。
すると、フィルは面倒くさそうに大きく伸びをし、目を覚ました。
「おはよう、フィル」
「……んー、おはよー」
そう返事をしたフィルだったが、再び丸くなり眠りにつこうとする。
「ちょっと、もうお昼だよ」
「……んー」
「昨日のクッキー食べないの?」
「……食べるー」
フィルはゆっくりと伸びをし、体を起こした。
かかっていた毛布がはらりと落ち、柔らかい肌があらわになる。
「フィル、裸で寝たら風邪ひくよ」
「……リタがあったかいからだいじょーぶ」
眠たげに立ち上がったフィルに、ベッドのシーツを巻きつける。
まだ意識がハッキリしていないのかなんの抵抗もせず、リタにされるがままになっていた。
「先に行くよ」
未だ目をこすっているフィルにそう伝え、リタはキッチンへ向かった。
リタがリビングに入ると、ソファにはバスローブが残っていた。予想していた通りではあるが、夜中に裸でウロついて寒くなかったのかと心配になる。
脱ぎ捨てられたローブを横目にキッチンに入る。
フィルが大切に持って帰ってきたクッキーの紙の箱を取り出す。棚を開けるだけでいいにおいが漂ってくる。
さあどうぞ、といつの間にか席に着いたフィルの目の前に箱を置いて気づいた。
「私さっきシーツ巻かなかった?」
「……なんの話?」
もういいです、とリタはもう一度キッチンに戻り、ミルクの瓶を取り出す。キッチンボードからはマグカップを二つ取り出した。
「……いただきまーす」
その声を合図に、フィルは箱の中から一枚取り出し、かじる。
サクッと軽い音がする。
眠たそうだったフィルの目が輝く。一気に目が覚めた様子だった。
「おいしいー! リタも食べて!」
甘くてー、サクサクしてー、でもしっとりでー、とにかく美味しいの!、と興奮した様子でまくしたてる。
フィルのその熱気にリタもテーブルにつき、一枚手に取り口に運ぶ。
「ん、ほんとだ、すごく美味しい!」
口当たりはサックリと軽く、口に入れた途端バターの香りに包まれる。口どけも良く、パサつかない。大ぶりなのに何枚でも食べられる、といった感じだ。
流石にいつも列ができているだけはあるな、とリタは深く感心した。
すでに二枚目を口にしているフィルのマグカップにミルクを注ぐ。
「食べ終わったらちょっと外に行こうよ、いい天気だし」
「えー、おうちでゴロゴロしたーい」
フィルはマグカップに口をつけ、ゴクゴクと喉を鳴らす。一気に飲み干し、楽しそうにプハッと息をはいた。
「フィルの好きな魚を釣りに行こうと思うんだ」
「釣り? 楽しいー?」
「そ、そりゃあ楽しいよ!」
リタは少し言葉に詰まった。
楽しいか、楽しくないか、なんて考えたこともなかった。リタが釣りをするのは食料調達のためだ。
「んー、じゃあちょっとだけねー」
フィルは三枚目のクッキーを手に取り、気だるそうに返事をした。




