90話 おや? 転職したと思った元戦車兵が……
1940年7月中旬 エストニア タリン
「東のソ連との国境沿いにあるイダ・ヴィル県は、もう既に露助に占領されたみたいだな」
「いよいよ年貢の納め時ってヤツですかね~」
「それを言うなら、三途の川の渡り時じゃねーの?」
「どちらにせよ、今度こそ死んだかなぁ」
「いざとなったら、何処かの国の大使館か領事館に駆け込んで保護してもらえば良いのでは?」
「捕虜になった場合の取り扱いってどうなっているんだろうね?」
「露助に戦時国際法を守らせるのは、泣く子と地頭を黙らせるよりも難しい注文だと思うぞ」
「まあ、露助だからね……」
「というか、ボクたちは駐在武官、観戦武官補佐見習いのはずだよね?」
「そうだな。見習いとはいえ、やっぱ観戦武官の肩書きは格好良いよな!」
「それなのに、なんでボクたちは戦車に乗せられる破目になったのでしょうね?」
「さあ? 露助の駐屯地を制圧して戦車を鹵獲したまでは良かったけど、エストニア軍では戦車を動かせる人間がろくすっぽいなかったからでは?」
「困っていたエストニア軍に、大佐殿が動かせる人間ならいますよとか、言っちゃったのが運の尽きだな」
「まあ、それは仕方ないですよ。大佐殿はエストニアとラトビアで現地の諜報組織を育てた実績がありますので、この地に思い入れもあるのでしょう」
「人との縁は大事にしないといけないからなぁ」
「巡り巡って自分の為になるかも知れませんからね」
「それにしても、よりによってBT-7とT-26とはね……」
「ノモンハンで散々に打ち負かした相手ですもんね」
「なにやら因縁めいたモノを感じるな」
「BT-7の機動性は悪くないんだけど、装甲がチハよりも薄いんですよね」
「追加で溶接した、12ミリの鉄板に期待するしかないな」
「それでも、フィンランドで遭遇した重戦車にでも出会ってしまえば、12ミリ程度を足したところで大した意味なさそうですけどね」
「気休めだったとしても、ないよりはマシでしょ」
「そりゃそーだ」
「エストニア軍にも付け焼き刃で操縦法を教えたけど、どこまで動かせるものかねぇ」
「何人かは筋が良かったですけど、集団戦術は期待できそうにありませんね」
「しかし、彼らも時間がない中で良くやってますよ」
「本土防衛だからな。彼等も必死なんだろうぜ」
「敵の敵は味方ということで、我々もお手伝いしましょう」
「最初からその為に、エストニアに呼ばれたような気がしてきたわ」
「俺もそんな気がしてきた」
「まあ、なんにせよ、首都タリンを防衛することを考えましょうよ」
「つまり、やることはフィンランドでもエストニアでも、何ら変わりはないってことだな!」
「露助をぶっ飛ばす、これだけです!」
「ははっ、違いない」
「おい、聞いたか?」
「なにをです?」
「このタリン沖にロイヤルネイビーの戦艦が出張ってきているってよ!」
「ロイヤルネイビー? イギリス海軍がバルト海にですか?」
「そう、そのイギリス海軍が近くにいるって話を聞いたんだよ」
「はぁ? それってイギリスは露助と本気で戦争する気になったということなのか?」
「どこまで本気なのかは定かではないけど、このタリンの沖合にロイヤルネイビーがいるのは間違いないらしいぞ」
「露助のバルチック艦隊をやっつけてくれないかな?」
「対馬沖ならぬタリン沖の海戦か」
「あと、艦砲射撃も重要ですね」
「戦艦って38センチ砲とかだよな?」
「うわー、そんな重砲を食らったら、100メートル四方の人間は無事では済まなそうですね」
「直撃を受けたら骨すら残らないだろうなぁ」
「ロイヤルネイビーが味方で良かった……」
「違いない」
※※※※※※
1940年7月中旬 東京 赤坂 秩父宮邸
【バルチック艦隊がロイヤルネイビーを攻撃! 英仏とソ連との間で開戦か?】
ガタッ!
「第二次世界大戦キターーーっ!!」
「藤宮様、五月蠅いです。淑女たる者、もう少しお淑やかでなければ、殿方に嫌われてしまいますよ?」
「あい……」
それにしても、まさか本当にイギリスとソ連が戦争になるとはねぇ。
この世界線は、不思議に満ち溢れていますね。お釈迦さまもビックリだよ。
世界は混沌としていて、一寸先は闇といったところでしょうか?
まあ、史実は史実で、どうしてこうなった? とかいう感じのコトも一杯ありましたけど。
でも、まだお互いに宣戦布告までには至ってないみたいですね。
戦闘は始まっているのに、おかしいですね?
バルト海でロイヤルネイビーとバルチック艦隊が睨み合っていたところ、偶発的に宣戦布告なしで戦争状態に突入してしまったのかな?
まあ、詳しく知りたければ新聞の続きを読めば、詳細は書いてあるでしょう。
どれどれ……
【イギリス海軍広報部からの発表によると、バルト三国からバルチック艦隊の領海外への排除の要請を受け、その要請を受諾したロイヤルネイビーは、バルト三国の領海を侵犯していた、ソビエト連邦のバルチック艦隊に領海からの退去を通告。
しかし、バルチック艦隊はロイヤルネイビーからの通告を拒否。これに対してロイヤルネイビーは、体当たり等でバルチック艦隊の艦船を強引に領海外へと押し出そうと試みた。
このロイヤルネイビーの強引な行動に対して、バルチック艦隊が至近距離から発砲した。
このバルチック艦隊の暴挙に対して、ロイヤルネイビーも反撃を開始。その後は、至近距離での砲撃戦となった模様だ。この戦闘でロイヤルネイビーは駆逐艦二隻を撃沈されたが、バルチック艦隊の駆逐艦も五隻撃沈したと発表した。】
……両者ともに一体全体、ナニやっているんでしょうかね?
これは、ちょっと理解に苦しみますね。
これはアレかな?
ロイヤルネイビーも自分からいきなり攻撃を仕掛けるのは外聞が悪いから、体当たりとかで挑発して、それにバルチック艦隊がキレて先に向こうから発砲するように仕向けたのかな?
腹黒紳士ならやりそうな気がしますよね? こんな駆け引きなんぞ朝飯前でしょうし。
それと、まだ続きが書いてありますね。
なになに……
【また、戦艦バーラムが大破したとの噂も流れているが、この件に関してイギリス海軍広報部は、否定も肯定もしていない。
しかし、巡洋戦艦のレパルスが駆逐艦数隻を引き連れて、スカパフローを出航したとの情報が入ってきている。
また、レパルスの姉妹艦であるレナウンも、ジブラルタルからポーツマスへと戻ったのち、素早く補給を済ませてから慌てるようにしてポーツマスを出航し、ドーバー海峡を東へと向かって行ったとの情報もある。
これらの情報を鑑みると、バルト海情勢で何らかの大きな変化があったことは、ほぼ間違いなさそうだ。】
ふむふむ、レナウンとレパルスがバルト海方面に追加で向かった可能性があるのか?
もしかしたら、バルチック艦隊をなめていて油断したところで、強烈なしっぺ返しでも食らったのかも知れませんね。
こういうチョンボは、どの軍隊でも絶対にやらかす要素だからね。
でも、絶対に泥縄式とは、このような出来事を指して言う言葉なんだろうなぁ。
翌日
【イギリスとフランスがソビエト連邦に宣戦を布告!】
ガタッ!
「今度こそ本当に、第二次世界大戦がキターーーっ!!」
「藤宮様…… 藤宮様のお母様である妃殿下に言いつけますよ?」
夏子さん、それだけは勘弁してください!
お母様の小言は、精神的にくるモノがあるんですよ……
そういえば、1940年の7月から話が動いてない…




