85話 左遷された戦車兵がまたまた左遷された物語
今話は少し短めです。
会話は誰が誰とか考えてはいけないw
元車長とガリ勉は、なんとなく分かる箇所もあるとは思うけど…
1940年7月上旬 エストニア タリン
「まさか、また露助との最前線に駆り出されるとは思いも寄らなかったな」
這う這うの体でノルウェーからイギリス軍と共に撤退して、ブリテン島にたどり着いた左遷された戦車兵たちであったが、非情にもロンドンで待ち受けていたのは、次なる命令であった。
桜子さんとの邂逅など、ほんの僅かな休息を挟んで、バルト海へと向かう貨客船に乗せられ、やってきた先はバルト三国の一番北にある国、エストニアだった。
「フィンランドとノルウェーに続いて、今度はエストニアですか……」
「戦車もなしで我々に一体どうやって戦えというのです?」
「我々は陸に上がったカッパならぬ、鋼鉄の馬を失った騎兵だもんなぁ」
「イギリス本土に撤退できて、今度こそ日本に帰れると思ってたら、このザマだよ」
皆がそれぞれ、ため息の混ざった異口同音に似たような、不平不満を並べ立てた。
そこには、ロンドンで皇族の桜子さんと面会した時のような、模範的な帝国軍人の面影は微塵もなかった。
当然ながらも、こちらが素の状態である。
しかし、この口調のまま桜子さんに語り掛けでもすれば、不敬罪でブタ箱に放り込まれかねないのだから、桜子さんとの面会時には猫を被っていたのであった。
この時代は、権威主義的な風潮が色濃く残る階級社会なのだから、相手に接する時の態度や口調には特に五月蝿いのである。
基本的に家庭内でも、父親や家長、戸主の言葉は絶対であった。
地震、雷、火事、オヤジという言葉がある程には、家長の権威というのはあったのだ。
「まあ、ロンドンで桜子ちゃんを拝めただけでも良しとしましょうよ」
「桜子ちゃん可愛かったよね」
「可愛らしさの中にも皇族の威厳があったけどな!」
「あれが帝王学を学んで人を使うことに慣れた、上流階級の雰囲気なんだろうね」
この連中、よく訓練された下僕もとい、皇室を崇拝する模範的な大日本帝国臣民である。
まあ、この時代の日本人の大部分は、似たようなモノではあるのだが。
もしかしたら、ただ単に桜子ちゃんフリークスなだけの、熱狂的な愚民なのかも知れないけど。
「桜子ちゃんには、平民出身の将軍様には出せない高貴さがあったよなぁ」
「中将や大将といっても、下級武士の倅や孫に庶民の出とかも多いしね」
「平民出の人間は偉くなっても尊大に偉ぶるだけで、威厳がないよ」
「しょせん庶民では、高貴なる者の務め、義務を解せないからな」
「フランス語で、ノブレス・オブリージュですね」
明治維新で徳川幕府を倒してはみたものの、結局のところ日本人は殿様や権威とかいうモノが好きなのである。
そして、武士に代わる権威として、皇室と皇族を持ち出して、それを神輿にして利用しているのだ。
まあ、新たな秩序を作るのに、朝廷の権威が必要だったとも言えるのだが。
「高貴さは義務を強制するだったか?」
「桜子ちゃんの行いに例えると、パリでイタリアのムッソリーニと連名で、ドイツと英仏連合国に停戦を呼び掛けた行動が該当するな」
「うん、あの桜子ちゃんの行動は凄かった」
桜子さんは別に、ノブレス・オブリージュに基づいて行動したわけではないのだが、外部の人間から見れば、また違った視点で物事は見られるという典型である。
日本の皇族である桜子さんが、世界に向けて平和を呼び掛けた行動が、高貴なる者の義務を果たしたのだと、みんなの眼には映ったのであった。
つまり、結果こそが全てである。
そう、たとえそれが勘違いであったとしても。
「おまえらって、なにげに博識だよな」
「一応、中学は卒業してますので」
「これぐらいは知っておかなければ、出世できませんよ」
元車長は脳筋で勉強が嫌いなのだから、出世はできなさそうであった。
そして、北欧に義勇兵と称して左遷される原因を作ったのも、また元車長だったりしたのである。
「それにしても、ガリ勉がお偉いさん用のちゃんとした言葉が使えたんだという、新発見もあったな!」
「うむ、ガリ勉の面目躍如ってところだな」
「時と場所と相手で使う言葉を選んで話さないと、出世は覚束ないですよ」
「あーあ、本当なら桜子ちゃんにお言葉を掛けてもらう栄誉は、俺のモノだったのになぁ」
そう、この連中を代表して桜子さんと言葉を交わしたのは、皆からガリ勉と呼ばれている現車長であった。
元車長では、ボロが出てしまい不敬罪に成り兼ねないので、皆に全力で止められたのだ。
「貴方だったら、きっと不敬罪で捕まっちゃいますよ」
「違いない」
「降級を食らって、ガリ勉に階級で追い抜かれたのが悪い」
「おまえら容赦ないな!」
元車長の身を案じて気遣ったりするのだから、なんだかんだいってもこの連中は仲が良いのである。
それに、陸軍を休職中とはいえ、この連中の中で現車長の階級が一番高かったのも、皆を代表して桜子さんと言葉を交わしたのに影響していた。
ほら、元車長は独断専行の咎で降級を食らっているから……
「ところで、エストニアって北欧なのか?」
「緯度的には、北欧のストックホルムやオスロと同緯度ぐらいですけど、どうなんでしょうね?」
「でも、地理的には東欧なんじゃないの?」
「バルト三国はバルト三国という区分けで、一括りなのかも知れないよ?」
皆で一斉に首を傾げて考え込んでしまった。
ちなみに、ヨーロッパの東欧や中欧とかの区分けというのは、年代で違っていたりもする。
「まあ、北欧でも東欧でもバルト三国だとしても、些細な問題ですよ」
「そうだな。どちらにせよ、俺たちがやることに変わりはないか」
「露助に嫌がらせをするということだな!」
「そういうことですね」
この連中、どうやら骨の髄まで露助が嫌いみたいであった。
まあ、日本陸軍の下士官教育を受ければ、ソビエト連邦を仮想敵国として繰り返し刷り込まされるのだから、これも教育の賜物なのであろう。
それに、この戦車兵たちはノモンハンやフィンランドで、直接的にソビエト赤軍と干戈を交えているのだから、なおさらソビエト嫌いなのであった。
台本形式から卒業した…だと?
会話文だけ書くのって楽だったんだなぁと思った今日この頃ですw
けど、本当は台本形式で書いていた会話文の間に、地の文をねじ込んだという…




