80話 独仏休戦協定
『では、この条件でドイツとフランス両国ともに異存ありませんね?』
いまの言葉は、ムッソリーニおじさんの発言であります。
ドゥーチェ、やったね! ミュンヘン会談に続いて、平和の使者の役を演じることができたよ!
私とドゥーチェが連名で和平を提案したため、なし崩し的に休戦条約締結の見届け人にされてしまったのですよね。
まあ今回は、子供の私がタヌキのオブジェになっているのですが……
『異存なし』
『異議なし』
『異存がなければ、署名をお願いします』
休戦協定に署名するドイツの代表は、ヒトラーのイエスマンやラカイテルと揶揄されていた、ヴィルヘルム・カイテル上級大将ですね。
フランスの代表は、シャルルはシャルルでも、ブリテン島に逃げ出したノッポさんではなくて、シャルル・アンツィジェールさんであります。
ヒトラーおじさんは私と一緒に、車両の隅っこに座っています。ヒトラーは何にでも口をはさむ目立ちたがり屋だと思っていたのですけど、今回の休戦協定は部下であるカイテルさんに任せております。
休戦協定を結ぶのは軍人の仕事だと、ヒトラーは遠慮したのでしょうかね?
史実では、カイテル上級大将に任せて、サッサと退出してしまったみたいでしたけど、この世界では休戦協定を黙って見守っています。
『これにて、ドイツとフランスの休戦協定が締結したと確認しました。両国ともに休戦協定の内容を遵守し履行することを願います』
『了解した』
『心得ました』
これで、ドイツとフランスとの戦争は終わったということであります。
まあ、一応は。という但し書きは付くのですがね。
それでも、終戦は終戦であります。
「あの、最後に一つだけよろしいでしょうか?」
『プリンセス藤宮、いかがなさいましたかな?』
最後に私が口をはさむとは思ってなかったようで、ヒトラーを少し驚かせてしまいました。
「今日、休戦条約の調印に使われたこの車両なんですけど、ドイツに持ち帰らないで、このまま平和の記念館として、この場所で保存するわけにはいかないでしょうか?」
『どうして、この車両をドイツに持ち帰ると思ったのですかな?』
この食堂車の外にたむろしているドイツ軍の兵士たちを指差して、ヒトラーの疑問に答えてみることにしました。
「あの徽章って鉄道工兵のマークですよね? だから、この車両を記念にドイツに持ち帰るのかと思いましたので」
『プリンセス藤宮はお詳しいですな……』
嘘ぴょん。
歴史どおりなら、休戦条約の調印に使われたこの車両はドイツに運ばれて、最終的には破壊される運命にあるのですから、もったいないと思ったまでなんですよね。
「しかしそれでは、もったいない気がしましたので、口を挟ませて頂きました」
『もったいないとは、どういった意味で?』
「ドイツとフランス両国とも、栄光と屈辱の両方を味わった車両なのですから、もう二度と戦争を繰り返さないと誓う平和のモニュメントとして、この車両はうってつけだとは思いませんか?」
『なるほど……』
「先の大戦ではドイツはフランスに負けました。しかし、今回はフランスに勝ちました。だから、記念のプレートを掲げれば、それで留飲は下がりませんか?」
記念館として保存したほうが、後世に喜ばれると思いますしね。
ええ、それ以上の他意はありませんよ? 本当に。
『うーむ、フランスがその記念のプレートを外さないと保証してくれるのであれば、一考の余地はありますな』
「博物館も、フランス戦勝の博物館でもドイツ戦勝の博物館でもない、平和記念館とかの名前の方がお互いのしこりが少なくて済みそうなので妥当な感じがしませんか?」
『戦勝記念館ではなく、平和記念館ですか? ふーむ……』
「それと、この車両を食堂車としてそのまま使うと、さすがに痛んでしまいますので、レプリカの食堂車を隣においてレストランを開くのも一興かと思います」
『このコンピエーニュの森を観光地にでもするのかね?』
「和平が為った象徴として、コンピエーニュの森を平和の聖地にして、観光客を呼び込み平和の尊さを啓蒙するのです」
『ふむ…… フランスの諸君は、プリンセス藤宮の提案をどう思うかね?』
『平和の聖地…… 良き案かと』
『もう戦争は懲り懲りなのが正直な気持ちですので賛成します』
『ふむ…… 』
「そして食堂車には、シュタインベルガーを置くのです」
『あはは、それはいい! しかし、フランスでドイツワインを頼むなんて命がいくつあっても足らなさそうな気がするな』
「でも、平和になれば、観光客は来るでしょ?」
『なるほど、観光客はフランス人だけとは限らないということか』
「そういうことです」
『わかった。フランスの諸君も賛成してくれたことだし、この食堂車は平和の記念館として保存しましょう』
「ありがとうございます。ヒトラー総統の英断に感謝します」
よっしゃ! どうやらこれで、この食堂車が破壊されるのを防ぐことができたみたいですね。
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「総統閣下、食堂車の件はあれでよろしかったので?」
「なに、偶には子供のお遊びに付き合うのも悪くはないもんさ」
「総統閣下がそう仰られるのでしたら否はございません」
「それに、プリンセス藤宮の提案を蹴って食堂車をドイツに持ち帰れば、我々が悪者になってしまうではないか」
「汚名を被るのは困りますね」
「余も子供の笑顔を泣かせるような真似は極力したくないからな」
「そういえば、総統閣下は子供がお好きでしたね」
「泣きわめく聞き分けのない子供は苦手だが、プリンセス藤宮のような聡明な子供は好きだよ」




