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75話 Placere amor proximo tuo


 1940年6月14日 イタリア ローマ



『プリンセス藤宮、ようこそイタリアへ!』


「しばらくの間、お世話になります」 



 帝都東京を飛び立って、香港~マンダレー~デリー~テヘラン~イスタンブールを経て、イタリアの首都であるローマへとやってきました!

 ちょうど、マイトナー博士を連れて、ドイツから日本へと帰国した時と似たような行程を、逆に辿ったような感じになりました。今回は五泊六日の旅程でしたけど。


 ローマの空港に降り立ったら、儀仗兵が整列して出迎えてくれたのです。ちょっと偉い人になったみたいな感じがして、面映い気がしますね。

 そして、私と同じ年頃の女の子から花束のプレゼントもありました。


 イタリアや日本の報道陣も一杯いて、パシャパシャとカメラのフラッシュを焚かれたりもして、眩しかったよ。

 イタリア以外の欧米各国の報道陣も、チラホラと見受けられる感じでしょうか?


 まあ、こんな時期に日本のエンペラーの姪っ子が、わざわざイタリアを訪問するのですから、何かあると思うのが人情というモノでしょう。

 イタリアの都合の良いように使われているような気がしないでもありませんけど、この訪問が歴史のターニングポイントの一つになりそうな予感がするので、文句は言わないでおきましょう。


 それにしても疲れたよ……


 一日中飛行機に乗り続けるのも、考えものですよね?

 まあ、実際に搭乗している時間は、長くても半日程度だったんですけど、昼間は丸々潰れますので体感的には一日ということであります。


 それでも、寝るときは地上のベッドで寝れるのですから、まだマシだと思っておきましょう。

 DC-3のDST仕様で、フライト中に空の上で寝るのも、それはそれで乙なモノではあるのですけど。



 それで、私がローマに到着した日が、ちょうどドイツ軍がパリへと入城した日と重なったみたいでした。

 どうやら、イタリアは火事場泥棒よろしく、フランスに攻め込むのを思いとどまってくれたようで、なによりでしたね。


 だからこそ、私を招待したのだとは思いますけど。

 開戦を決定していたのならば、日本の皇族なんか呼べませんもんね。




 ※※※※※※




 エマヌエーレ三世国王が主催する歓迎晩餐会に出席しております。私が主賓ですので、旅の疲れがあろうと余程の体調不良でもない限りは、晩餐会を欠席するわけにはまいりません。

 つまり、私に与えられた役割は、大日本帝国を代表して天皇陛下の名代としての役割もあるということですね。


 私は子供なのに、日本もイタリアもそれでいいのか? とか少し心配になりますけど……



『プリンセス藤宮は楽器を演奏なさいますか?』



 ドゥーチェことムッソリーニさんに声を掛けられてしまいました。

 先程からハープが奏でる音色が会場に彩りを添えていたのですけど、私が演奏者のほうを見ていたので気になって声を掛けてきたのでしょう。



「ピアノでしたら、嗜み程度には」


『おおっ! ピアノですか。それは良いですな。是非とも一曲お願いできますかな?』


「ええ、喜んで」



 ドゥーチェことムッソリーニさんに、ピアノの演奏をお願いされてしまいました。

 ムッソリーニは早速、配下の者に小声で話して従者がハープ奏者を見て頷いているところをみると、ハープの演奏が終わったら次の演奏に割り込ませる気満々のようですね。


 偶然なのか神の悪戯なのかまでは知りませんけど、ハープの隣にグランドピアノが置いてありますしね。

 さて、なにを弾きましょうかね? イタリアといったらコレかな?



 ~♪ ~♬ ~ ~♩ ~♫ ~ ~♪



 私がピアノの前に歩いていったら、晩餐会に出席している面々が興味津々といった様子でガヤガヤとしていましたが、私がピアノを弾き始めると辺りは静寂に包まれました。



 ~♪ ~♬ ~ ~♩ ~♫ ~ ~♪



 演奏が終わって顔を上げると、シーンと静まり返る晩餐会の会場がありました。

 もしかして選曲を不味った?


 恥ずかし気に会場の面々に一礼をすると、最初はパチパチとまばらだった拍手が、さざ波からやがて津波のような拍手に変わり、最後にはスタンディングオベーションの嵐へと変化してしまいました。

 会場からは「ブラボー!」の大歓声が聞こえてきましたので、どうやら選曲ミスではなかったみたいなのでホッと一安心といったところです。



『す、素晴らしい…… まるで心が洗われる音色だったよ』


「そう言って頂けると、私も演奏した甲斐があったというものです」



 席に戻ると、ドゥーチェが目元をナプキンで拭っているところでした。私が演奏した曲で感動してもらえるだなんて、逆に私も感動しちゃいますよ。

 ドゥーチェだけではなくて、エマヌエーレ国王陛下は涙をこぼしながらチーンと鼻をかんでいますし、ローマ教皇猊下なんて口から魂が飛び出しちゃうのでは? そんな感じで惚けてしまいました。


 あれ? でも、ムッソリーニって無神論者だった気がしたのですけど? 違ったのかな?


 しかしこれで、ドゥーチェの見栄や虚栄心、ドロドロとしたルサンチマンも綺麗さっぱりに洗い流してくれたことでしょう。

 音楽には心を癒す効果もあるはずですしね。



『この曲は、なんという曲なのかね?』


「カッチーニのアヴェマリアです」



 そう、私が演奏した曲は、カッチーニのアヴェマリアでした。

 初めてこの曲を聴いた時の衝撃は、転生しても忘れられない衝撃として残っているのです。



『こんなカッチーニのアヴェマリアは聴いたことがない。だが確かに、これはアヴェ・マリアだ……』



 まあ、ジュリオ・カッチーニがこの曲を作曲したわけではないから、ドゥーチェが知らなくても、それは仕方ないよね。

 私が数十年先の未来で作られた、カッチーニのアヴェマリアをパクッて弾いたのだから、まだこの時代では知られてない曲なのは当然ではあるのですよ。


 それに、カッチーニのアヴェマリアの作曲者はロシア人ですしね!

 でも、ジュリオ・カッチーニが作曲したことになっているので、もーまんたい。



「Placere amor proximo tuo」


『汝の隣人を愛せよ…… 確かにその通りだな』


「さすがに、右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ。そこまでは思いませんけど」


『イタリア国民の命を預かる身としては、たとえ聖書の教えであったとしても、それは無理な注文ですな』


「イタリアの目指すべき道は、覇道ではなく友愛にあると愚考しました」


『そのとおりだと思うよ。だからこそ、フランスを後ろから刺さなかったのだからね』


「その選択は後世の歴史が、きっと評価してくれることでありましょう」


『歴史か…… 私も悪名を轟かせて卑怯者の汚名を被りたいとは思わないよ』


「ミュンヘン会談みたいに、もう一度平和の使者をやってみる気はございませんか?」


『しかしあの時の私は、結果的にピエロの役回りを演じてしまったのだよ』


「相手がいることですから、時には思うような結果にならないことも致し方ありません。ですが、やることに意味があると思うのですよね」


『後世の評価か?』


「sì 世の中、やらない善よりやる偽善とも言いますので」


『そういうことでしたら、プリンセス藤宮にも協力してもらいましょう』



 あれ? もしかして今度こそ不味った?


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