5話 中島知久平ですが幼女からお手紙もらいました
1935年10月 東京 某所
「生産性、整備性、生存性、操縦性、省力化、集弾率、速度。これらの頭文字を取って、7S、か……」
「それと、均質化、強靭性、高出力、高火力、高高度性能、回避性能、航続距離の7Kですね」
「生産性と省力化は同じような気もするがの」
「そうですね。省力化して簡素化すれば、部品点数は少なくて済みますので、生産性は上がります」
「そして、部品点数を少なくすれば、整備性も上がるということか」
「整備性には部品の均質化も絡んできますよ」
「そうだな。この相関図の通りだな」
しかし、この図は視覚的に見やすいよう上手いこと描けてるもんだ。
絵自体は下手だけどな……
「部品を均質化すれば生産性も上がりますね」
「うむ」
「そして、整備性が上がれば、エンジン不調による墜落も防げて生存性も上がります」
「生存性には防弾や操縦性も係わってくるぞ」
「防弾には機体の強靭性もですね」
「あと、高火力も集弾率も敵機を撃墜するためなのだから、生存性を高めるというわけか」
「高出力のエンジンは、速度と高高度性能に必要で、速度は生存性にも繋がる、と」
高出力のエンジンなんぞ無いがな。今のままだと絵に描いた餅だな。
「航続距離は燃費とタンクの容量でどうとでもなりそうだな」
「航続距離が短すぎたら、戦闘時間に支障が出て生存性が低下しそうですね」
「外部に燃料タンクを付ければ、航続距離は伸ばせるか」
「爆弾のように戦闘時に切り離せるようにするのがベストですね」
「そうだな。しかし、航続距離を伸ばしすぎても操縦を代われない単発機では、操縦者の負担が増えて生存性が低下しそうだな」
「そうですね。巡航速度が時速300kmと仮定すれば、片道2時間か2時間半が限度でしょうか?」
「行動半径が750kmで、航続距離が1500kmか」
「プラス、戦闘時間で30分から1時間でしょうか?」
「そんなところだろう」
戦闘時間も航続距離に換算すれば、片道フェリーだと2000km以上飛べる単発戦闘機か…… まるで双発機並みだな。
「あとは、回避性能でしたか」
「回避性能は運動性能、旋回性能だから、生存性に直結するな」
「運動性能はエンジンと機体設計のバランスが大事ですね」
「しかし、これらの仕様を一度に全部取り入れるとなると、とんでもない機体になるぞ?」
「機体重量も重くなりそうです」
「だからこそ、高出力のエンジンということか」
高出力のエンジンなんぞ無いがな。今のままだと絵に描いた餅だな。
これ、さっきも言ったか。
「ですが、高出力のエンジンとなると、1千馬力以上でしょうか?」
「うーん、最低でも1千5百馬力は欲しいな。これにそう書いてあるしな」
「ああ、書いてありますね。しかし、そんな高出力のエンジンなど我が社にはありませんよ」
「他社でもな。まだ日本では製造すらされておらん」
恐らくは欧米列強にも、まだ1千5百馬力のエンジンは無いはずだ。
しかし、先の欧州大戦からこの方、エンジンの高性能化の波は速い。開発速度から考えれば、近いうちには開発が可能になるであろう。
「それ以外にも、非芸術性、前線での激しい使用に耐えうる兵器としての質が大切か……」
「それは、整備性と強靭性に繋がりますね」
「そうだな。高性能でも繊細で壊れやすく整備に手間が掛かる逸品よりも、中程度の性能で簡素な作りでも壊れにくい品が現場では求められるだろう」
「熟練の整備工以外には、整備と修理が出来ないエンジンと飛行機では、いざ戦争になったとしても、それでは戦争になりませんしね」
「そういうことだな。もっとも、定数と稼働数の違いぐらいは、お偉いさんにも理解してもらいたいものだがね」
「配備するだけで、全機が出動可能と思われては堪りません」
「精神論で飛行機が飛ぶとでも思っているのだろう」
「気合と根性で飛ばせとか言いそうで怖いですね」
「ガソリンとオイルが根性と気合で出来ているのならば、誰も苦労はせん」
ああいう手合いは、部品の不具合も気合で直るとでも思っているのだろう。近代の工業製品には、精神力なんぞが通用する余地などないというのに……
まったく、困ったものだ。
「しかし、この場合の非芸術性というのは、芸術がギリギリまで仕上げ完成された飛行機が芸術という意味でしょうか?」
「そうだろうな。つまり、無駄がある方が潰しが利くということだ」
「なるほど。冗長性と発展性を持たせた機体設計の方が有利ということですか」
そうか! 発展性を持たせれば、エンジンも改良した高性能なモノに乗せ換えることが可能になるということか。
「そういうことだな。後々に改良する余地を残した機体の方が都合が良いはずだ」
「次の機体は、余裕を持たせた設計にしてみましょう」
「軍の要求する水準はいつも過大すぎるのだから、先に手を打って開発して技術的な蓄積をするべきだな」
「しかしそれだと、軍の都合を無視して自社による独断での開発になるのですが、その点は大丈夫でしょうか?」
「なに、構わん。軍が詮索してきても、小型連絡機とでも金持ちの個人用とでも言い張ればよい。それに、儂を誰だと思ってる?」
日本の飛行機王の名は伊達ではないのだよ!
「軍人も先生には逆らえませんか」
「そういうことだ」
「わかりました」
「軍から仕様の要求が来る前に、試作機を作り上げるぞ」
「三菱が地団太を踏んで悔しがるのが目に見えますね」
「ああ、三菱の後塵を拝すわけにはいかんからの」
日本の飛行機のパイオニアは、我が中島と決まっておるのだ。
「それにしても、このペーパーは何処から回ってきたのですか? 陸軍航空本部の第二部ではなさそうですが……」
「出所は極秘だ」
藤宮様から直接手渡されただなんて、言えるわけがない。
「ふーむ、子供の書いた字のようにも見えますね」
……鋭いな。