39話 艦政本部長ですけど、また少女の絵を検分してます
東京 秩父宮邸
「フフフンフンフン♪」
「藤宮様、ご機嫌ですね」
「まあねー」
「今度は何を描いておられるのですか?」
「じゃじゃーん!」
桜子ちゃん特製、対魚雷網であります!
これを、艦政本部のお偉いさんに渡せば、魚雷に対しての生存性も上がるというものです。
「対魚雷あみですか?」
「そうだよ! これで、敵が放った魚雷を魚を獲るようにして捕らえるんだよ!」
「それが可能ならば、素晴らしいですね」
「そうでしょ! そうでしょ!」
「でも、一つだけよろしいでしょうか?」
「んー、なにかな?」
「対魚雷あみではなくて、この場合は対魚雷もうと呼ぶのが正しいのでは?」
なぬ!?
「……」
「……」
こ、細けぇことはいいんだよ!
クレヨンでは、細かい漢字を書くのは難しいのですよ……
東京 赤レンガ 艦政本部
「ふーむ、対魚雷あみ、か……」
「この絵は、また藤宮様のお絵かきになった絵でしょうか?」
「うむ。恐れ多くも、藤宮様がお描きになった絵で正解である」
「また、アイデアが浮かんだから、とりあえず描いてみたという感じですね」
「不敬なことを申すと、些かやっつけ仕事的な感じの絵ではあるな」
「ええ、この前のシフト配置の絵に比べたら、手抜き感は拭えませんね」
「魚雷網のことを、あみと書いてあるしな」
「それはまあ、藤宮様もまだ御年8歳の子供ですから……」
「習ってない他の漢字を書けるだけでも、御の字ではあるな」
「それだけでも、十分に藤宮様は優秀ですよ」
「そうだな。ワシが藤宮様と同じ年の頃は、まだ洟垂れ小僧だったわい」
「小官も同じでありましたよ」
「普通はそうだよな…… 藤宮様は勉強ばかりしているのかも知れんな」
「皇族の教育は厳しそうですね。しかし、これは面白そうなアイデアだと思いますよ」
「それは確かに、面白そうではあるがなぁ」
「本部長は不満がおありですか?」
「不満という訳ではないのだが、この突拍子もない発想はワシの頭では出てこなかったので、少々面食らっているというのが本音ではあるな」
「子供の柔軟な発想なのかも知れませんね。これは、頭の固い軍人の発想では出てこなさそうです」
「それは、藤宮様に入れ知恵をしている者が居ると聞こえるのだが?」
「過去に艦政本部に持ち込まれた、藤宮様のアイデアの場合では、その可能性も否定出来ませんでしたけど、これは間違いなく子供の発想ですよ」
「電波探知機にブロック工法やシフト配置だったな。それらは確かに、工学や船舶工学を修めていなければ、出てこなさそうなアイデアではあるかも知れん」
「もっとも、有用な兵器や装備であれば、出処は詮索せずに活用すべきとの結論なのですがね」
「まあ、それはもっともな話ではあるな」
「ええ、どこの出身で誰が考えたとか、そういうので採用の合否を決めるのは愚の骨頂ですから」
「なんか、耳が痛い話だな……」
「そういえば、少し前までの海軍には、そういう所がありましたね」
「ハンモックナンバーによる序列や出身派閥とか色々とあったな」
「兵学校と機関学校の統合が出来ただけでも奇跡ですよ」
「それは、永野さんや井上君たちのおかげだな」
「及川さんの功績も見過ごせません」
「そうだったな。それで、肝心の話だが、この対魚雷網は有効足り得ると、貴官は思うか?」
「ああ、そうでしたね。対魚雷網に関して言えば、船の行き足に目を瞑るのであれば、ある程度は有用かと思います」
「やはり、船の行き足が落ちるのがネックか……」
「どうしても、余分に水の抵抗が増えますので、それは致しかたなしかと」
「仮に、この対魚雷網を使用した場合は、どれぐらい速度が落ちると思う?」
「2ノット程度は落ちるかと思われます」
「ふーむ、2ノットか……」
「対魚雷網を常時展開するのではなくて、戦闘時のみ展開すると仮定した場合は、30~34ノットの全速航行の2ノット減とかですので、些細な問題の気もしますがね」
「だが、その2ノット減が致命的になる場面があるのではないか?」
「そうなる場面も出てくるかも知れませんが、それよりも敵の魚雷を受けないという方が、小官には魅力的に思えますね」
「敵の放った魚雷が、対魚雷網を喰い破る可能性もあるのではないか?」
「ええと、敵の魚雷が40~45ノットの速度と仮定しまして…… 恐らくは大丈夫かと思われます」
「そうか? それでも心配になるのだが……」
「対魚雷網は魚雷を受けても、その衝撃を後方へと圧力を逃がすことが出来ます。ちょうど、網が"く"の字に折れ曲がる感じになるかと」
「だが、その衝撃を逃がす後方は、船体側面なのだが?」
「デリックのブームの長さを、10メートル以上にすれば問題ないかと」
「だが、網で魚雷が止まったとしても、そこで魚雷が爆発すれば、水圧で船体にダメージを受けないか?」
「小官も、その可能性は否定しません。至近弾と同じで、リベットが緩んで浸水とかも発生するかも知れません」
「そうであろう?」
「ですが、直接的に船体側面に大穴を開けられるよりかはマシでしょう」
「それは、貴官が申す通りであるな」
「小型艦ならば、魚雷一本受けただけで、即、轟沈もありえるのですから」
「それは確かに、小型の艦艇ではその可能性は十二分にあり得るのが怖いよな」
「それに、対魚雷網に捕らえられた魚雷が、必ずしも爆発するとは限りません」
「信管が網の目に入って起爆しないということか?」
「そうなりますね。鋼鉄じゃなくて相手が海水では、信管も誤作動以外では作動しないでしょうしね」
「うむむ…… それは、確かにその通りなのだが」
「それでも心配でしたら、対魚雷網を二重にする手もありますな」
「また一段と船足が遅くなりそうだな……」
「船の生存には代えられませんよ」
「だが、この案に対して賛同を得るのは、なかなか厳しいと思われるぞ?」
「船乗りの気質は、なかなか変えられませんか」
「うむ。船の速さこそが、生存の第一だと考えている連中は多い。特に駆逐艦以下の小型艦艇乗りにはな」
「ですが、こうは考えられませんか?」
「どんな風にだ?」
「小型艦艇は、魚雷一発で轟沈だからこそ、対魚雷網を使用して直撃を避けられるのであれば、一発喰らったら即轟沈の憂き目は避けられると」
「ふむ? 視点を変えてみるということか」
「そういうことです」
「うーむ……」
「とりあえず、物は試しと試作してみませんか?」
「そうだな。対魚雷網を試作して、実際に魚雷を撃ち込んでみて試してみないことには、何とも言えんからな」
「テストの結果が良ければ、多少は船足が遅くなるのも許容してくれる賛同者も出てくるでしょう」
「そうだと良いのだがなぁ」
「それに、最悪、軍艦乗りに受けが悪かったとしても、なにも使い道は軍艦とは限りませんよ」
「商船にも使うということか?」
「ええ、この対魚雷網で一番恩恵を受けるのは、商船だと思いますね」
「元々の船足が遅いし、小回りも効かない商船が敵の魚雷から逃れられるかは、半分以上は運にも左右されるからな」
「はい。商船の場合でしたら、元々の船足が遅いので、対魚雷網を展開したとしても、さほど影響は出ないかと」
「なるほど」
「それに、対魚雷網を展開した方が、対潜水艦行動を取らなくてよい分、逆に目的地にも早くたどり着けるかも知れません」
「たとえ、対魚雷網の展開で船足が遅くなったとしても、船が真っ直ぐに進める分だけ、之の字運動のロスをカバー出来るという訳か……」
「はい。対魚雷網の使用で、通常の商船の航行速度12ノットが11ノットになったとしても、之の字運動よりも航行距離が短い分だけ有利な気がしますね」
「航行距離が短くて済むということは、船舶の燃料も多少は節約出来そうだな」
「そうなりますね」
「ふーむ、試してみる価値はありそうだな」
「我が国は、資源の半分以上を海外からの輸入に頼っているのです。商船を守ることこそが、一番重要かと存じます」
「そうであったな。特に鉄や石油は、ほとんどが輸入なのだから、商船が次々に沈められでもしたら、それこそ日本は干上がってしまうのであったな」
「ええ、だからこそ、この対魚雷網を試してみて、是が非にでも実用化しなければなりません」
「まったく、藤宮様のアイデア様々であるな」
「はい。まったくもって、赤坂御用地には足を向けて寝られません」
「いや、普段から宮城と赤坂御用地に足を向けて寝たら駄目だろうに」
「言葉の綾ですよ」
「まあ、分かってはおったがな。ところでな、」
「なんでしょうか?」
「昔、防雷網というのがあってだな……」
「そういえば、聞いたことがありました。現在では、停泊中にしか使われてないヤツですよね? この対魚雷網と似ているのですか?」
「ほぼ、そのまんまだな。防雷網は、あまり効果が芳しくなくて廃れたのだがな」
「……」
「まあ、若い貴官が知悉してなくても、それは仕方あるまい」
「……」
「まあ、そのなんだ、気にするな」
「では、この対魚雷網は没ですか……?」
「いや? 今の技術で改良すれば、多少は使えるようになるかも知れんので、試作とテストはしてみよう」
「ありがとうございます!」
「軍艦は無理でも、商船には必要になるやも知れんのでな」
赤坂御用地 秩父宮邸
「くしゅん!」
むむっ!? これは…… どこかで誰かが、藤宮様は可愛いですねって、私の噂をしているみたいな気がしますね。これも、ブロマイド効果というヤツなのでしょうか?
あ、ちなみに、来年からは、カレンダーも作るみたいなことを言ってましたね。恐らく来年には、善良なる大日本帝国臣民の家庭において、一家に一枚? 桜子ちゃんのカレンダーが壁に飾られるようになるのかも知れませんね。
なんだか、七千万臣民が総愚民化してきているような気がしないでもない。
それはそうと、次のアイデアを急いで考えて、捻り出さなければなりません。
そう、世界大戦は、もう既に目前まで迫っているのですから!




