3話 高橋是清ですが私の目の前に詐欺師がいます
『私は今日、幼女の皮を被った詐欺師に出遭った』
高橋是清著 ダルマ日記から抜粋
大日本帝国七千万臣民の皆様、いかがお過ごしでしょうか?
私こと藤宮桜子内親王が、大元帥陛下の名代として、臣民の皆様にご挨拶を申し上げます。
昨今の国際情勢は、列強のブロック経済により貿易が停滞しており、予断を許さない状況ではありますが、ご心配には及びません。
神国にっぽんには、現人神であらせられる天皇陛下がおわします。陛下は日々、帝国と臣民の安寧を願って古来から伝わる皇室朝廷の祭事を行っております。
八百万の神々に守られた神国にっぽんは永遠に不滅であります!
しかし、帝国臣民の皆様方一人一人が、国を思い家族を思い隣人を思えば、帝国は更に強靭な国家となり得るでしょう。
それでは、帝国の繁栄を願って臣民皆様一同、ご唱和下さいませ。
『いやさかえー! いやさかえー!』
うん。強靭な国家というよりも、狂人な国家になってしまう気がしないでもない。
もっとも、この時代の人間は未来人たる私の価値観から言わせてもらえれば、既に半分狂ってる気もするから、多少、全体主義的な要素が加わろうが、今更なのかも知れない。
平和で自堕落な生活が送れた21世紀の日本が懐かしいです……
1935年8月 赤坂御用地 秩父宮邸
「もっと紙幣を刷って国民に金をばら撒けと?」
「うんそうだよー。臣民にお金をばら撒いたら、それだけ国内でお金がグルグルと回って経済とかいうのが活性化するって偉い学者さんが言ってたよ」
どうせ帝国の紙幣は不換紙幣なのですから、金の保有量に連動した紙幣の発行でなくても良いと思うのですよ。
もっとも、過去の金本位制でも兌換出来る紙幣の5倍以上は流通させていたのですから、なんちゃって金本位制の気がしないでもない。
みんなが一斉に紙幣と金と交換しようとしたら、交換しきれないじゃありませんか。
金融と経済って摩訶不思議な気がしますね。
まあ、ぶっちゃけ半分詐欺みたいなモノなのかも知れない。
「むむむ……」
なにが、むむむじゃ! なにが!
私の目の前で、うん。一人称を"私"や"桜子"って言わないと、お父様とお母様に怒られるのです。俺って言った時にお母様なんて、ぶっ倒れてしまいましたしね。
よほどショックだったみたいなので、お母様にまた倒れられても困りますし、それからは俺呼ばわりは自重していますのよ。オホホ。
だから、思考しているときも"私"という癖を付けておかないと、口に出すとき思わず"俺"って言いそうになってしまいボロを出しかねないので、頭の中でも"私"と呼ぶ訓練をしているのであります。
そうじゃなくって、
私の目の前で、唸っている御仁はダルマさんです。
またの名は、
高橋是清とかいうんだな。元首相で現職の大蔵大臣でもあります。通算で何度目の大蔵大臣就任なんでしょうかね?
この御仁は本当に見た目がダルマさんにそっくりで、愛嬌がある風貌をしているお爺ちゃんですよね。
高橋是清の渾名が"ダルマさん"になったのも納得のダルマぐあいだと思います。
当然のことながら、このダルマさんにも護衛を付けてます。二・二六事件で死なせるには余りにも惜しい人材ですしね。
このダルマさんはもう既に、かなりの高齢でいつ何時ポックリと逝ってしまっても不思議ではない爺さんではありますが、最低でもあと5年は生きてもらわなければ、日本が大日本帝国が困るのですよ。
二・二六で死なせるわけにはまいりません。
それで本日は、ご近所さんでもある高橋是清さんを、お茶に招いたというわけなのです。
青山通りを挟んで殆ど対面という立地条件を活かさない手はないよね!
お茶をしばきつつ幼女の仮面で、ぼかしながら日本の経済と金融の話をしているというわけです。
桜子ちゃん流、経済諮問会議とでも名前を付けましょうかね?
「一人当たり毎月1円を生涯年金とかの名目で給付すれば、月に7000万円。年間で8億4千万円のお金が新たに国内に流通するでしょ?」
「そんな大金、財源がありませんぞ」
「だから、お金を刷ってばら撒くのよ。所得が増えれば税収も増えて国の予算も増えるんじゃないかなぁ」
「なるほど。鶏が先か卵が先かということですか……」
「私には詳しいことは分からないよ。でも、臣民が持つお金を増やしたなら、国債とかいうのも発行しやすくなるって言ってたよー」
「うーむ……」
国債を発行しすぎて国が借金を返せなくなって、『ごめんね♪てへぺろ☆』こんなアホな状況になってしまったら、一体全体どうなるのか知らんけど。
第一次世界大戦後のワイマールドイツや、ジンバブエみたいなハイパーインフレになるのかな?
でも未来の日本では、赤字国債や地方債をバンバン発行してそれが積もり積もって、国民一人当たり1000万とかの借金を国と地方自治体がしていたのに、金融と経済は回っていたから意外と大丈夫なのかも知れない。詳しいことは知らん。
「借金を外国にするのではなくて、臣民に背負わせれば、例え国が債務不履行になってもチャラに出来るとも言ってたよー」
「うむむ……」
「それか、徐々にインフレーションに誘導して国の借金の価値を目減りさせる方法もあるって言ってたよー」
「なるほど……」
お? ダルマさんにも、このインチキな感触が届いた感じがしますね。
本当にこの政策が上手く行くのかは知らん。
でも、未来の日本も似たような政策を行っていて回っているのだから、大丈夫な気がしないでもない。
多分だけど。
「そうだ! このアイデアは、お金の円がグルグルと回るのだから、円環の理とでも名付けましょう!」
「なるほど…… 円環の理ですか。いや、藤宮様は小さいのに聡明でございますな」
「えへへへ。そうかな?」
まあ、中身の魂は一応は大人のはずだからね。
もっとも、元ネタの円環の理の正しい意味は知らないのですがね!
「ところで、藤宮様」
「んー、なんでしょうか?」
「藤宮様に知恵を付けた偉い学者というのは誰なのですかな?」
ヤバっ!
桜子ちゃんピンチです! どうやって誤魔化しましょうか?
そうだ!
東京在住の人間じゃなくて地方の人間って設定にすれば、誰か分からなくて煙に巻けれるかな?
「え、えーと、確か、所々に京言葉が出てた気がするから、多分、京都の方の学者さんだと思うなぁ」
「なるほど。京都学派の連中でしたか……」
え? こんな適当な嘘で誤魔化されちゃうの? そんなんでいいの?
ふっ、ダルマさんも案外ちょろいぜ!
それにしても、幼女稼業も楽ではありませんね。
天才子役の才能が欲しいです……