27話 旗を高く掲げよ!
1937年9月 ドイツ バーデン州 ハイデルベルク
「人造石油の技術をですか?」
「はい。石炭から液化燃料に変換する技術は、油質が悪い満州産の石油にも応用が出来るかと判断致しました」
「ふーむ……」
「企業とは、たとえ、所属する国家の政体が変更されたとしても、潰れない限りは生き続けます」
「ナチス政権後を見据えてということですか……」
「はい。ナチス政権一点張りの企業経営は、企業の屋台骨を危うくしかねないかと思われます」
「その保険の為にも、日本との合弁ですか」
「既にアメリカとも合弁で、似たようなことをされていますよね?」
「では、日本がナチスに迫害されているユダヤ系ドイツ人を受け入れてくれると?」
「はい。ですが、あくまでも、相応の技術を持っている技術者と、その家族限定ではありますが、それでもよろしいでしょうか?」
「ええ、タダほど高いモノはありませんからな。日本にも見返りが必要なのは理解しています」
「ボッシュ会長自身のIGファルベン以外にも、ロバート・ボッシュ社の方からも技術者を都合付けて頂けたらと」
「叔父の会社の人材もですか? もしかして、燃料噴射装置や点火プラグ関係ですかな?」
「御明察の通りです。我が国は、欧米に比べて近代化に乗り遅れましたので、様々な分野でドイツの技術支援が必要なのです」
「わかりました。職を失ったユダヤ系の人造石油や合成ゴム、エンジンの燃料噴射系と点火系の技術者を中心に、リストの作成を急がせましょう」
「お願い致します」
「私自身は歳を取り過ぎたのと、色々な肩書きや柵から日本には行けないので、その代わりの罪滅ぼしみたいなものだと思っておいて下さい」
「ボッシュ会長に、そう言って頂けると助かります」
「なんの、マイトナー女史の出国を助けて頂いたのと、行き場のないユダヤ人を受け入れて下さるのですから、こちらこそ感謝しております」
「お互いに、持ちつ持たれつということですか」
「企業とは、取引先や消費者がいてこそ成り立つのですから、はじめから持ちつ持たれつですよ」
「本来であれば、国家と国民の関係も迫害ではなく、持ちつ持たれつが健全だとは思いますがね」
「馴れ合いまで行くと不健全ですが、それでも迫害よりはマシでしょうね」
1937年9月 ドイツ バイエルン州 ニュルンベルク
『でぃふぁーねんほー! でぃらーいえんふぇちゅげーしゅろっせん!』
ぐーてんたーく!
国家社会主義ドイツ労働者党の全国大会に、日本からの来賓として呼ばれたお父様に付き添って、ちゃっかりと参加している桜子です。
それでは、チョビ髭伍長閣下こと、ヒトラー総統の演説をお聞きください。
『……私は、我が民族の復興が自然にできるとは、諸君に約束しない』
『国民一人一人が、自ら全力で国家に尽くすべきだ』
『自由と幸福は、けして天から与えられるものではない』
『すべては、諸君のたゆまぬ意志と働きに掛かっている!』
『我々自身の国家が、我々自身の国民一人一人のみが頼りになるのである!』
『ドイツ国民の輝かしい未来は、我々自身の手で掴み取るのだから』
『国民自身が国民を向上させるのだ!』
『勤勉さと、屈強さと、誇りと、決断によってのみ、ドイツの復興は成し遂げられるであろう』
『それは、ドイツを興した祖先に並ぶ、いや、祖先を超える高みへと到れるであろう』
『諸君は、それが可能なドイツ人である!』
『誇り高きドイツ民族の栄光を取り戻そうではないか!』
……うん。言っていることは、思っていたよりも割りとマトモだ。
口先だけの道化師か、権力に飢えた扇動者、そのどっちかだと思っていたのですけど、これは意外でしたね。
もっとも、そう思ってしまっている時点で、ヒトラーの術中に嵌まっているのかも知れませんが。これは、普通の人では見分けがつかないはずですよ……
たとえば、この時点でのナチスには、まだ理性が残っていたと仮定しましょう。
それがなんで、来年にはオーストリアを併合し、再来年にはチェコスロバキアを解体して、チェコ部分を併合したり、更にはポーランドにまで侵攻するような暴走をしてしまったのでしょうか?
これは、アレかな? 国内経済を回していた公共投資が自転車操業だったから、それに行き詰って、その打開策のために戦争に打って出たのが正解なのかな?
併合や戦争をして外国から略奪をしないと、国内経済が破綻するだなんて、ビジネスモデルの失敗だと思うのですけど……
あー、でも、未来でも世界の警察官が、国内の軍産複合体を食べさせるために、似たようなことをしてましたか。
結局のところ、力こそが正義というのは、いつの時代でも普遍的なのかも知れません。力なき言葉には、耳を傾けてくれる人も少ないですしね。
反ユダヤ人政策でも、ドイツ国民を煽りに煽っていたので、その否定は、ナチスの存在意義が問われるので、いまさら穏健な政策へと舵を切る方向への修正も効かずに、自縄自縛に囚われてしまい、にっちもさっちも行かなくなっていたようですしね。
極端な主義というのは、選択肢を狭めるということですね。
つまり、どの国でも大多数を占める、サイレントマジョリティー、声なき多数派が所属するであろう、中道が一番まともなのかも知れません。
ニュートラルだと、遊びの部分が多くて、余裕がありますもんね。
それにしても、チョビ髭総統は、我々とか自身とか一人一人とかのフレーズを繰り返すのが好きみたいですね。
刷り込みとか反復学習みたいなものなのかな?
歴史のお勉強として、ある程度はナチスのことを知識で知ってはいるものの、実際にこうして生で見てしまうと、また違った一面が見えてくるので、これはこれで新鮮は新鮮なのですけど、
しかしこれは、この集団での熱狂は……
ヤバい。
はっきり言って、これはかなりヤバい……
集団催眠とか集団洗脳の危険な感じがモロに出てますわ。人間という生き物は、集団で何かをするとなると、興奮する性質があるような気がしますね。連帯とか一体感というヤツなのでしょうか?
そういった、人間の心理を巧みに利用できる側の人間が、自分の都合のいいように大衆を扇動して、権力というモノを掴み取れるのかも知れません。
その権力者を選ぶとか、権力者を信任する過程において、大衆の心理を誘導するのですから、その点においては、民主主義も全体主義も、なんら大差がない気がしないでもない。
私の場合は、前世の記憶があるから、眉に唾を付けて見学しているので、まだ大丈夫なのですが。
ナチスの悪逆非道な行為を知らない、この当時の大多数のドイツ人にとっては、まさしくナチスこそが、第一次世界大戦の敗戦から、ドイツを復活させる救世主に見えてしまっても、これは仕方がないのかも知れません。
ナチスの思想や政策が受け入れられない私ですら、危うく感化されて取り込まれそうになるぐらいのヤバさが、この会場にはありますよ。
集団全体で、狂ってるといってもいいのかも知れません。
お父様やお母様を含めて、この会場に居る日本人には、ナチスの教義に取り込まれてしまわないように、注意喚起を促しておく必要がありますね。
党大会の会場に入る前に、注意をしておけば良かったのだけど、もう既に、あとの祭りでしたか。これは、失敗したかも知れません。
イギリスの首相を務めたことのある、ロイド・ジョージですら、この光景を見て感激して取り込まれてしまったのですから、色々な面で耐性が弱くて感化されやすい日本人にとっては、なおさらだと思います。
取り込まれてないことを祈りましょう……
あ、ついでに、チョビ髭おじさんと記念写真を撮りました。こうしてみると、子供好きな気さくなおじさんに見えなくもないのですがねぇ……
それで、写真ですけど、どうしよっかな?
A → 悪逆非道な人間と一緒に写っているだなんて、どーなのよ?
B → それを捨てるだなんてとんでもない!
まあ、歴史上の人物ですから、記念にはなりますので、捨てないで大事に取っておきましょうかね?
さらに、ヒトラーが描いた絵も、私がおねだりしたら、喜んで何点かくれました!
この絵も、後世ではレア価値のある、お宝になりそうですよね?




