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23話 リーゼ・マイトナーですが、この違和感はなんでしょうか?


 1937年7月 ドイツ ベルリン



「初めまして、リーゼ・マイトナー博士。秩父宮桜子内親王と申します。桜子とでも藤宮とでもお呼び下さい」


「初めまして、プリンセス藤宮。私がリーゼ・マイトナーよ。お姫様のお手紙は読ませて頂きました。随分と英語がお上手なのですね」


「お母様や、ここに控えている侍女にしごかれましたので大変でしたけど、こうして役に立って良かったです」



 確か、プリンセス藤宮の歳は、7歳とか言ってましたね。7歳にしては、随分と大人びて見える気がします。

 もっとも、王族とか皇族に生まれたら、小さい頃から英才教育を施されますので、その為、早熟になって大人びて見えるのかも知れませんが。



「それで、私を日本に招聘したいから、お姫様が直々に私に会いに来て下さったのですね」


「はい。マイトナー博士の研究は、人類の未来にとって有益と判断しました」


「それは、光栄なのですけど、その話は、手紙で一度断ったはずですが?」



 プリンセス藤宮なのか、その後ろにいる大人なのかは知りませんけど、私の研究を日本人が評価して高く買ってくれている事は、理解は出来るのですけど。



「失礼を承知で申しますが、このままドイツに居てもマイトナー博士に未来はありません」


「それは、どういった意味で? どう受け取ったらよいのでしょうか?」


「フリッツ・ハーバー氏は所長の座を追われ、貴女も教授を降ろされました」


「それは、お姫様がおっしゃる通りですけど……」



 このままドイツに留まっていても、飼い殺しされるのがオチで、ろくすっぽ研究をさせてもらえない可能性が高いのかも知れない。

 その証拠に、今でも半分はドイツ人の助手兼雑用係の身分に落とされているのだから……


 それにしても、この娘は何者でしょう?

 子供を相手に話をしているという実感が全く感じられないのですが……



「教授を解任されただけで、済むとお思いですか?」


「それは……」


「ナチスのユダヤ人政策は、これから益々過激になっていくでしょう」


「その可能性は、十二分にあるわね」


「非常に危ういですよ。私としては、このまま日本に亡命するのをお勧めします」



 亡命、亡命……か。私も亡命は考えた事はあるけど、亡命先の候補には日本は入ってなかったわね。極東アジアは欧州からでは遠すぎますし、人種も言葉も文化も違いますので、完全に日本は眼中になかったのよねぇ。

 しかし、子供とはいえ、日本の皇族が直接的に私を勧誘しに来るという事は、相手はそれなりに本気という事なのでしょう。


 一考の余地はあるのかも知れません。ですけど、それをこの場で口にするのは憚られますね。



「ゲシュタポや親衛隊情報部が、何処で監視しているのか分からないから、迂闊な事は言えません」


「マイトナー博士はオーストリア国籍ですよね?」


「そうだけど、それがなにか?」


「貴女を監視する管轄はゲシュタポではなく、どちらかというと、SDの二局二課とジポの政治警察局三部の仕事です。それに、SDの監視は織り込み済みです」


「く、詳しいのね」



 しかし、親衛隊情報部の事を略して、SDと呼ぶのとジポを知っているとは。なんで、そんなにも詳しく知っているのか、疑問が湧いてくるのですが……



「まあ、それなりには。それで、日本の皇族の肩書きは伊達ではありません。それこそ、此処ドイツでも通用するぐらいにはね」


「流石は、現存する王朝の中で、世界最古の王朝といったところでしょうか?」


「そんなところです。だから、貴方を保護することぐらいは簡単にできるのですよ」


「それはありがたいわね」



 なるほど。外交関係に配慮して、一応の監視はしていても、この場は見逃されているという事でしょうか?

 日本のお姫様が、同性の科学者に憧れて会いに来たといったような、シチュエーションを演出しているのかも知れません。


 それに、私を保護出来る? 日本に亡命を申請すれば、保護してくれるという事ですか。



「ウランは次世代の燃料となり得る可能性を秘めた鉱物です」


「よくご存知ですね」


「勉強しましたし、ある程度は日本でも研究は進められていますので」


「そういえば、仁科博士はコペンハーゲンのボーア博士の研究所に在籍していたわね」



 勉強した? まさか、子供が物理学を? その歳では、有り得ないと思うのですが……

 いや、違う。先程までの話の内容もそうですけど、このプリンセス藤宮は、明らかに、見た目の年齢と中身の年齢が釣り合ってない。



「科学者や研究者、技術者という人種は、自分の知的好奇心や探究心を充たすために、時には人としての倫理観を置き去りにする場合があります」


「それは、ノーベル氏やハーバー所長、ボッシュ博士とかの事を指して言ってるのかしら?」



 しかし、ダイナマイトにしろアンモニアの合成にしろ、戦争で人を殺す目的で発明されたわけではない。豊かで便利な世の中を作ろうとして発明されたものなのだから。



「有名どころですね。誤解なきよう申しますと、その方達に倫理観がなかったと言っているのではありません。一般論として申しております。また、科学技術の進歩。それ自体を否定しているわけではありません」


「そうね。科学技術の進歩を抜きにして、人類の繁栄の歴史はあり得なかったでしょう」


「ええ、資源の乏しい我が国にとっては、科学技術こそが国を繁栄させる基礎だと考えております」


「それで、日本はウラン鉱石に目を付けたと?」



 確かに、資源の乏しい日本が自前で賄える燃料があるとすれば、それに着目するのは道理ではありますね。恐らくは、日本の国内でウラン鉱山でも発見したということでしょう。

 でも、つい最近、満州で油田が発見されたとのニュースも耳にしたのですが。まあ、石油だけがエネルギーの選択肢ではないという事なのかも知れません。



「はい。石炭や石油の代わりに、発電所の燃料としてウランは使えると判断しました」


「ウランを使って発電ねぇ…… その可能性は十分あるけど、私の研究もそこまで進んでいる訳ではないのですよ」


「心配には及びません。ウランの原子は核分裂しますよ」


「!?」



 まさか、ウランの原子核が核分裂反応を起こす……? いや、在り得なくはないのかも知れない。

 それにしても、物理学とは、大学で勉強して初めて理解出来る代物のはずなのに、たかだか、7歳の子供が、さわり程度とはいえ、ウランや物理学の話を知っている事が驚きです。

 この娘は、いったい何者なのでしょうか?


 可愛いだけのお姫様というのは、完全に仮面を被っているだけみたいですね……



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