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21話 秩父宮ですが、アジアの解放ってなんですか?


「日本は東インドの独立派を支援していると聞き及んでもいるのですが、その辺はいかがでしょうか?」


「民族自決は必要だとは思いますが、民族の独立は他人の手ではなく、自らの手で掴み取るものかと存じます」



 独立とは違うかも知れんが、日本だって鎌倉時代や戦国時代とかでは、内戦に次ぐ内戦によって日本を統一したのだ。

 外国の力を借りて独立したとしても、それは真の独立とは言えまい。手を借りた国の紐付きになるのが落ちだ。



「日本は独立派を支援しないということで、よろしいのですね?」


「貴国と貴国の植民地である現地の人々との問題だと考えます」



 これが所謂、言質を取らせない、政治家、役人的な答弁というヤツなのだろう。

 私には些か腹芸は無理があるのだがなぁ。こういうやり取りは疲れますね……



「日本が方針転換をしたと、小耳には挟みましたが、どうやら本当のようですね」


「なにが日本の未来にとって最善なのか? その答えが欧米列強との対立ではなくて、協調路線ということです」



 日本からイギリスまでの航海の二ヶ月の間、暇つぶしに桜子さんお手製のボードゲームの相手をして、そこで嫌というほど、日本という国が不利な立場にあるのを、改めて理解させられ思い知らされましたからねぇ。

 欧米列強に喧嘩を売るのは自殺行為ですよ。


 それを理解できないのか理解したくないのかは知らんが、未だに鼻息が荒い馬鹿な連中が多くて困りますね。

 戦略演習には、桜子さんお手製のゲームは持って来いだな。桜子さんは、戦略シミュレーションとか言ってたな。


 日本の陣営だけでなくて、仮想敵国の陣営で日本を攻める役をやらせることが味噌であろう。いかに、アメリカという国が巨大な国なのかを嫌でも理解させられるのだからな。

 これは、陸大や参謀本部だけではなくて、士官学校や海軍兵学校の頃から勉強させた方が良いゲームであろう。帰国したら、ボードゲームを量産して配布することを検討するべきか。



「なるほど、理解しました」


「アメリカには既に、フィリピンを7年後の1944年には独立させる法律があります」


「タイディングス・マクダフィー法でしたっけ?」



 このおばちゃん、なにげに凄いな。私ですら、フィリピン独立法としか記憶してなかった法律名を、スラスラと諳んじるのだからな。

 さすがは、オランダの女王陛下といったところか。



「女王陛下は、よくご存知でいらっしゃる。確かに、そんな名称でしたね。差し出がましいようですが、一つ提案がございます」


「なんでしょうか?」


「東インドの安定のためには、アメリカの真似するのも、一つの手ではあるかと?」



 我が国が欧米列強との協調路線を歩むのであれば、東南アジアの植民地は安定している方が望ましい。

 それには、アメリカのフィリピン政策をオランダにも真似してもらった方が安定に繋がる。



「東インド・コモンウェルスねぇ…… フィリピンの独立も、経済的にはアメリカの植民地となんら変わりわないということですか」


「貴国、オランダの権益を残したまま、東インドを穏便に安定させたいのであれば、アメリカが中南米で行っている政策は有効です」


「成立の過程はともあれ、日本も満州で似たような事をしていますね」


「国際的な評判は良くありませんが、我が国の防衛政策上必要だったと、女王陛下にはご理解頂きたく存じます」



 しかし、本音を言えば、満州派や大陸の利権に目が眩んだ連中の暴走に無理矢理付き合わされて、なし崩し的にああなってしまった面は否定できない。

 満州を抱え込んだことによって、防衛する国境線の距離は果てしなく長くなってしまった。女王陛下にはああ言ったが、実際のところ防衛政策上は失敗だったのではないのか?


 満州国軍が一人立ちするまでは、我が帝国陸軍の負担は増えるばかりではないか。

 これも全て、大陸利権に群がる亡者どもが悪い! 『英霊の死を無駄にするのか!』なんて、声高に叫んでいる連中には、更なる犠牲が出ることなどお構いなしなのであろう。


 更なる犠牲が、更なる英霊を作り、また更なる犠牲を生み出すのか……

 ふっ、度し難いな。


 桜子さんが言った通りであって、まるで大陸は底のない泥沼だな。島国で海洋国家である我が大日本帝国には、大陸は手に余る。そのことは私でさえ理解できるというのに、アジア主義の連中は、なぜ理解できないのだ?

 アジア主義、東亜の解放などとは言ってはみても、所詮は欧米列強の代わりに、日本人がアジアを搾取したいだけの方便であろうよ。


 それでは、支那の連中の反発を生むだけではないか。まったくもって度し難い……


 桜子さんは、『小日本主義、万歳!』とか言ってたなぁ。



「満州の傀儡国家が問題なのではなく、満州の市場が閉鎖的なのが問題なのですよ」


「世界恐慌からのブロック経済で、仕方なくでしょうか?」


「では、開放する用意があると?」


「誤解なきよう申し上げておきますと、一応ですが、満州の市場は既に開放されてはいるのですよ。遼東半島の大連や旅順は言うに及ばず、営口と安東も自由貿易港に指定されております」



 実態がどうあれ、建前上では、満州は自由市場主義経済なのだ。治安が悪くて、外資系企業の進出が捗々しくないとも言えるのかも知れんが。



「そうだったの? それは失礼したわね」


「フォードとゼネラルモーターの二社だけで自動車市場の過半は占めてますし、香港上海銀行などの外資系の銀行も進出しております」



 国策で、同和自動車なるモノを作ったが、欧米の自動車メーカーに追い付くには長い年月が必要であろう。



「へー、それは知らなかったです」


「新たに発見された油田も、既にアングロ・ペルシャンとの合弁も決まっておりますし、けして、満州の市場は閉鎖的ではない。そう、ご理解して頂けるかと」


「そこは、ロイヤルダッチ・シェルを使って欲しかったわね」



 我が国としては、ロイヤルダッチ・シェルでも良かったみたいなことは聞きましたがね。



「イギリスの都合もあったのでしょう」


「ちっ、ジョンブルめ! まあ、過ぎたことは仕方ないとして、その事はもういいわ」



 うわー、この女王様、舌打ちしましたよ…… 余程、アングロ・ペルシャンに対抗意識を燃やしているとみた。しかし、頭の切り替えが速い。政治家として大切な資質の一つだな。このおばちゃんは、女王陛下だが。



「それよりも、アメリカの真似をするというのが癪に障るわね」


「お嫌ですか?」



 そういえば、話が脱線してたな。東インドのコモンウェルス化の話が大事であった。



「だってそうでしょ? 外務省のことをアメリカだけは国務省と呼ぶだなんて、傲慢が過ぎるわよ!」


「はははっ、それは確かにおっしゃる通りですな。外交イコール自国の国益ですから、国務省なのでしょう」


「アメリカの辞書には、協調とか融和とかの言葉が載ってなさそうなのが問題なのよね」


「は、はぁ……」



 なんと返答したら良いものなのか悩むぞ! それに、また脱線しているじゃないか。話好きな人間の特徴の一つに、よく話が脱線するというのが多々見られるようだな。



「自己中心的な傲慢さも、ここまで明け透けな名称だと、逆に清々しくも思えてくるわね」


「アメリカの傲慢さが羨ましいですな。それで、東インドの問題なのですが……」



 話を軌道修正しなければ、アメリカの悪口だけで会談時間が終わってしまいそうだぞ。これが、おばちゃんパワーというヤツなのか……

 勢津子さんには、こうなって欲しくはないなぁ。



「我が国の内政問題です。貴国、日本は内政干渉をするつもりですか?」


「滅相もございません。あくまでも助言と申しますか、提案と受け取って頂けたらと」



 うへぇ、藪蛇じゃねーか。だから、言いたくなかったんだよ。



「提案ねぇ。では、拝聴しましょう」


「貴国の問題ですので強制は出来ませんが、しかし、このままでは植民地というのは、あと半世紀も持たないはずです」


「私はとっくに墓の下だわ」



 女王陛下、将来のことは責任放棄ですか?



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