13話 艦政本部長ですが幼女のお絵かきを検分しています
東京 秩父宮邸
「フフフンフンフン♪」
「藤宮様、ご機嫌ですね」
「まあねー」
「今度は何を描いておられるのですか?」
「じゃじゃーん!」
桜子ちゃん特製、レーダー&ソナー解説図であります!
これを、艦政本部のお偉いさんに渡せば、日本のレーダー技術の進歩も早まるというものです。
「船から雷が出ているように見えますね」
「そう見えるかな?」
「でも、船からは雷は出ませんよ」
絵が下手クソで悪かったな!
東京 赤レンガ 艦政本部
「ふむ? 電波を発信して、物体に当たって跳ね返った電波を受信して、敵の位置を測定するとな?」
「はい。例えば、前方200kmまで探知が可能と仮定して、時速400kmで敵の航空機が向かって来た場合には、迎撃に30分の猶予が生まれるということです」
「艦隊上空に空母から迎撃の戦闘機を上げる時間を稼げるというわけか」
「そうなりますな」
仮に、探知可能な範囲が100kmしかなかったとしても、見張り員の目視での視認距離よりも、機械の目の方が遥かに遠くまで探知できるのか。
この機械が開発され配備されれば、見張り員は軒並み失業か冷や飯食らいに成り下がってしまうな。
「ふーむ……」
「また、艦隊の前方に電波探知機を載せた哨戒艦を配していれば、索敵範囲はさらに広がるかと」
「なるほど……」
「水上電探ですと、夜間や濃霧発生時の海面上での敵の艦隊を発見できるようになります」
「この絵を見る限りそのようだな」
昼夜逆転の生活をさせて、夜目を鍛えている夜間見張り要員も必要なくなる時代がくるということか。
「微笑ましい絵ですな」
「藤宮様の描かれた絵であらせられる」
「この絵を描いたのは藤宮様でしたか」
「この件は内密だぞ」
「はっ、最大級の軍事機密でありますね」
「うむ。そういうことだ」
「了解しました」
いくら、藤宮様が皇族であらせられても、子供の描いた絵を参考にして、軍事兵器の開発を検討しているなどと世間に知れたら、それこそ軍の沽券に係わる。
「この電探とやらがあれば、美保関沖での惨事は防げたかも知れんな」
「運用次第でしょうが、少なくとも夜間でも無灯火の船が居るのは分かりますね」
ふーむ、電子の目か……
「それで、このマグネトロンとはなんだ?」
「マイクロ波を発生させる真空管の一種のようなもので、我が国が世界に先駆けて開発したらしいのです」
「なに? 欧米先進国よりも先に発明しただと!?」
「理論だけは欧米が先行してましたが、開発に成功したのは我が国が最初みたいです」
「それでも大したものではないか」
「はい。小官も文献を漁っていて初めて知ったのですけど、既に8年ほど前にアメリカの学会で論文が発表されていました」
「まったく話題にもなっておらんではないか」
「日本国内でも発表されたのですけど、当時は相手にされなかったみたいでして……」
明治以来の日本人の舶来信仰というヤツが、日本人が発明したモノの価値を見る目を曇らせているような気がする。
「有用性について、まったく理解されなかったということか」
「電波を発信するのは、暗闇にちょうちんを灯して敵に自分の位置を知らせるも同然の行為。そう受け取られたようです」
「その話は聞いたことがあるな。作戦行動中は敵に見つかるまでは無線を封鎖するから、それと同じと考えたわけだ」
「そういうことですな。それもあってか、マグネトロンの特許はアメリカが先に押さえてしまいました」
「なんたることだ……」
軍人の科学音痴を是正しなければ、いつか手痛いしっぺ返しを喰らう破目になりそうだな。
「同じくこの八木・宇田アンテナも理解されなかった装置ですね」
「うーむ……」
「もっとも、宇田博士は昭和7年に、超短波長電波の研究で帝国学士院賞を受賞しております」
「平賀造船中将も受賞している賞か」
「そういえば、平賀博士も受賞してましたね。小官は今は亡き藤本造船少将の設計の方が好みではありましたが」
「藤本さんには気の毒なことをしたと思ってるよ」
彼の先進的な発想で造られる軍艦の方が、これからの時代にはマッチしたはずなのだが……
もう既にそれを考えても詮無きことか。
「用兵側の無茶に振り回されていましたからね」
「海軍軍人のくせして、軍艦というものの構造に疎い連中が多すぎるのが問題だよ」
軍艦というのは、技術の粋を集めた結晶だというのに、その技術をろくすっぽ知らない人間が船を扱うなどとは、嘆かわしい。
「まず重武装ありきの発想は改めてもらいたいところですな」
「もっとも、我々も艦政本部に配属されなければ、柔軟な発想を持てたのかは疑問は残るがな」
「立場が人を変えるのは、それはそれで柔軟な思考ができている証拠かと」
「変節漢と後ろ指を指されそうだがな」
「それは確かに……」
なにかと批判の多い硬直化した官僚機構も、動脈硬化を避けるために頻繁に部署替えを行うのは、物事を多面的に見られるので歓迎すべき出来事であるのだが、それを生かすも殺すも人次第ということか。
「それはそうと、この絵にある水中の潜水艦へ向けているのは、音波だよな?」
「はい。それ以外にも、対潜水艦においては、磁気などを使った発見装置も有効的だと思われます」
「先の大戦では、我が帝国海軍も地中海でドイツのUボートには苦しめられたから、潜水艦を発見できる装置は重要だな」
いつ何時、襲撃されるかも知れないという、見えない敵というのは、それ程までに恐ろしいモノなのだ。
「我が帝国海軍は、どうも対潜水艦戦闘を軽視している風潮が見受けられます」
「地中海での戦訓が活かされておらんようだな」
「所詮はイギリスの手伝い戦だった。それぐらいの感覚の人間が多数を占めていたのでしょう」
しかし、軍内部では未だに、そう思っている連中が大半であるのが悩みの種であるのだが。
イギリスがされた事を、同じく島国である日本がされないとでも思っているのであろうか?
甚だ不安だ。
「これからの時代は、用兵側の軍人も科学技術に精通し、それを使いこなさなければ、近代戦を勝つことは難しい時代になるはずなのだ」
「頭の中が日本海海戦での勝利の幻想で止まっている感じがしますね」
勝利の美酒というのは、まるで遅効性の毒だな。
「困ったものだ…… それに比べて、藤宮様は聡明であらせられる」
「子供の柔軟な発想というヤツなのかも知れませんね」
だがしかし、いくら藤宮様が皇族であったとしても、子供が最先端の科学技術を知り得て、かつ理解し得るものなのか?
まあ、考えても仕方ないことなのかも知れん。
案が有用であれば、それを活用するのが軍人の務めなのだから。