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12話 英国紳士は慌てない


「我が国が貴国に望むのは、大英帝国の延命です」


「……は?」



 今この男は、なんと言った? ……延命と聞こえたのだが?



「聞き取りにくかったので、すみませんが、もう一度言って頂きますかな」


「はい。我が国が貴国に望むのは、大英帝国の延命です」



 どうやら、私の耳が悪くなったようではなかったらしい。

 それは喜ばしいのだが、聞こえてきた内容が喜ばしくはないのが……


 我が国に対して、日本が支那での仲介を求めていたのではないのか?

 それがなんで、我が国の行く末の話になるのだ?


 さっぱり分からん……



「延命? それは穏やかではありませんな」



 大英帝国の延命とはなんだ? 嫌な予感がしたと思ったら、時限式の爆弾だったとは。



「古今東西の歴史を垣間見ても、未来永劫に栄えた国はございません」


「うーむ、それは確かにその通りですが…… しかし、吉田外相のおっしゃり方は、5年や10年程度しか猶予がないように聞こえたのですが?」



 そう、引っ掛かるのはここなのだ。延命とは、つまり、我が大英帝国が既に病魔に侵されていると言ってるも同然ではないか。

 まるで、我が大英帝国が、近い未来に崩壊するような言い方に聞こえるではないか!



「ヒトラー氏が率いるナチスドイツが、数年のうちに欧州で二度目の大戦を起こす可能性が極めて高いのは、イーデン外相もご存じのはずです」


「その可能性は十二分にありますな。しかし、それが即、我が大英帝国の崩壊に結び付くでしょうか?」



 我がグレートブリテンは島国なのだ。万が一にもドイツと再度の戦争になったとしても、陸軍国家のドイツではブリテン島は落とせまい。

 それは、先の欧州大戦でも証明された事実なのだから。


 潜水艦による海上封鎖で、経済が締め上げられるのが弱点ではあるが、本国を占領されるわけではない。



「直接は結び付かないかも知れませんが、引き鉄にはなり得るでしょう。先の大戦で一番得をしたのは、どの国でしたかな?」


「一番はアメリカで、二番は帝政を倒したロシアでしょう。以下、独立を果たせた東欧やバルト諸国、フィンランドといった所ですな」



 忌々しいことに、一番得をしたのは植民地人どもというのが、また腹立たしい。

 我が国や欧州諸国を踏み台にして、日本もかなり得をしたがな!


 しかし、得をした国と大英帝国の崩壊の引き金が、どう結び付くのだ?


 アメリカ……?


 まさか!? いや、その未来は十分にあり得るということか。



「左様。先の欧州大戦で、大英帝国の繁栄には翳りが見え始めました」


「我が国の繁栄を掠め取って行ったのが、アメリカですな」



 まあ、日本も多少は掠め取ったともいえるが、今は些細なことと思っておこう。



「つまり、大英帝国の没落は、アメリカ合衆国の繁栄へと繋がっているのです」



 ええーい、明け透けに全部を言わんでも、十分に理解したわい!


 いかんいかん、興奮してはいかん。アンソニーよ、落ち着くのだ。

 英国紳士は優雅でなくてはな。



「貴国、大日本帝国は、アメリカの繁栄が面白くないと?」


「ある程度は繁栄してもらった方が、貿易とかの面で恩恵もありますが、アメリカの一人勝ちだけはさせたくありません」


「なるほど……」



 つまり日本は、勢力均衡が望ましいと考えているわけか。ただでさえ、世界の生産力の半分を占める勢いの植民地人どもが、更に国力を増すなどということは、太平洋を挟んでアメリカと睨み合っている日本にとっては悪夢にも等しい。

 もっとも、日本とアメリカが潰し合っているのを、ダージリンティーでも飲みながら、優雅に高みの見物をするのも紳士としては、それはそれでやぶさかではないのだが。


 日本も四方を海に囲まれている島国なのだから、たとえアメリカと戦争になろうとも、二年か三年は戦えるであろう。島国を占領して屈服させるのは、並大抵の労力では出来んのだからな。

 我が国は、頃合いを見計らって和平の斡旋をすれば、双方に恩を売れるというシナリオだな。


 これは、我が大英帝国にしか出来ない外交的センスというヤツだ。

 うむ。まさしく、優雅でエレガントな紳士に相応しい役回りではないか。


 しかし、大西洋を挟んでアメリカと隣国の、我が大英帝国も似たような状態なのが、頭の痛い問題なのだ。植民地人とは同じアングロ・サクソンといえども、アメリカとはあまり仲が良くないしな。

 それに、欧州がきな臭いから、我が国の方が戦争の足音が近い。それも、笑えない冗談なのだが。



「欧州で戦争が始まったと仮定した場合に、アメリカは貴国に対しての借款や兵器供与、軍需物資の売却で莫大な富を得るでしょうな」


「そして、我が国はアメリカに対して莫大な負債を抱える、か」



 これでは、ドイツに戦争で勝てたとしても、我が国は青息吐息ではないか!

 これなら、戦争などしない方がマシということだ。


 戦争は富と資源の莫大な浪費以外の何者でもないということか。


 なるほど。我が国にとって大陸不干渉が一番ダメージが少ないというのは、このことを指して言った言葉だったのか。



「そうなればスターリング・ポンドは、世界の基軸通貨としての価値を大幅に低下させるでしょう」


「うむむ…… 代わってドルが基軸通貨になるということか」



 それは、断じて許容できない。



「アメリカの一人勝ちの状況を作らせないためには、貴国のプレゼンスの保持が必要です」


「それには、大英帝国の延命が必要ということでしたか」


「満州に未発見の油田が存在します」


「満州に油田!?」



 いきなり話が明後日の方向へ飛んだな。

 しかしこれは、とんだサプライズだ。


 それにしても、未発見なのに存在するとは? 矛盾する言い方ではないか。

 どうも、日本人の言い回しは、回りくどい言い回しが多い気がして、些か疲れる。


 まあ、極秘で調べたということなのかも知れんな。



「ええ、油質は悪いですけど、量はあるみたいなのです」


「油質が悪いということは、採算性が悪いということですな」



 だが、それも量があるのであれば、大量に採掘すれば採算性も改善されよう。


 そして、満州に油田があれば、日本の燃料事情が改善されて、戦略が根底から変わるということだ。

 しかし、なぜそれを未公表の段階で、わざわざ我が国に教えるのだ?



「貴国は満州での油田開発に興味はございませんかな?」


「それは、大変に興味深い提案ですね」



 なるほど。アメリカとロックフェラーへの牽制に、我が国を使いたいということか。

 これで、日本が再接近してきた理由は理解できた。



「もちろん、我が国の企業との合弁になりますが」


「それは貴国の権利であり、当然でしょうな」



 満州は日本の縄張りなのだから、我が国も満州の油田を独占して、単独で開発できるなどとは思ってはおらん。そう思えるほど、傲慢でもない。

 これが、アフリカの植民地とかであったのならば、また別の話だがな。



「アングロ・ペルシャンでも、ロイヤルダッチ・シェルのどちらでも構いません」


「ロスチャイルドやオランダとの調整は、我が国に任せてもらえると?」


「貴国政府のガバナンスは必要でしょう」



 ほう? 日本は我が国に対して、忖度してくれるということか。


 ということは、ロイヤルダッチ・シェルよりも、アングロ・ペルシャンの方が都合が良さそうだな。


 いや?


 両方に話を持って行って、入札させた方が後々のしこりが少ないのかも知れん。

 それとも、オランダも巻き込んだほうが良いのか?


 うーむ…… それは無しだな。


 ああ見えても、オランダは結構トラブルメーカーになりやすい。


 やはり、シェルよりも、アングロ・ペルシャンの方が良いか。









 東京 秩父宮邸



「藤宮様、地図の上にぶらぶらと錘を垂らして、こんなので本当に資源の埋蔵場所が分かるのですか?」


「だいたいの場所は分かるよ」



 まあ、前世での知識を活用しているだけなのですがね!



「本当ですかねぇ……」



 むむっ、コイツは侍女のくせして信じてませんね。


 私の侍女のくせに!



「当たるも八卦当たらぬも八卦とかいうしね」


「その言葉は、占いの吉凶は気にするなという意味ですよ?」



 なぬ!?



「探索の範囲を絞れるだけでも、有効なんだよ!」


「そんなものですかねぇ……」



 そうなんだよ!



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