花摘み 0
集団行動は、あまり好きではない。
しかし、だからと言って自分勝手に行動するほど、子供でもない。
合わせるところ、やるべきことはきちんとする。たとえ自分が嫌でも。
しかし、プライベートまで周りに合わせるほど、私は自己のない人間ではない。
一人の人間として、一つの一意見として主張すること事が、最善の策と感じる。
彼を見て、いっそうそう思うようになった。
彼は自己満足、自分勝手の塊だ。嫌な奴だ。しかし、相手の嫌がることはしない、自分のするべきことはきちんとする、という馬鹿みたいに生真面目だ。しかも、言っていることが屁理屈だが、意外と理に適っているようにも聞こえる。
これほどまでに、馬鹿な人間はいないと思った。
これほど、面白い人間はいないと思った。
そうして私は、彼に近づいて行った。
「花ちゃんは誰がいいと思う?」
「えー私ー?私はあとでいいよ。坂ちゃんが先に話したらいいよー」
「私も後がいいなー」
「栗ちゃんはー?」
「後だよー」
「玉ちゃんはー?」
「あっとー」
「しのたんはー?」
「あたしもー」
「ご飯はー?」
「うーーん言いづらいなー」
「ぴっぴはー?」
「えんりょー」
「ぷーさんはー?」
「いやだよー」
「福はー?」
「いやいやよー」
「ほくほくはー?」
「うー」
「ぜいいんだめじゃーん」
「このはどうなのよー」
「あたしは最後でいいよー」
「じゃ、じゃんけんしよ」
「ちょっと、こわいよー」
「待ったなしだよー」
「じゃんけんで勝った人が好きな人を言う順番を決められるってことでー」
「うわー、最初と最後にはなりたくないー」
「でも結局話すんだから早いほうがいいなー」
「最後はこのじゃなーい?」
「あ、そうだね」
日乃元、坂之下、栗井、玉村、飯田、熊本、東雲、福丸、北下澤、花井、此花の一一人がそんな話をしていた。どこかの誰かと違って、同級生の顔と名前と声は覚えている。
私は友人の美山てゐ、木谷ちふゆと一緒に行動していた。同級生で友人と言っていい友人は、この二人だけだ。先輩や後輩にも仲の良い人はいるが、同級生にはとことん嫌われている。それはなぜかと言えば、一緒に行動したり一緒の考えを持とうとする女どもの考えについて行けないからだ。
正直言って、ツレションは大嫌いだ。
そんなわけで、同性同齢には嫌われる。
まあ、例外もいる。彼女らのように。
てゐちゃんは生まれつき体が悪く、そのためもあってか気弱な子だ。それが同性には『作っている』という認識らしく、彼女も嫌われている。それに対して木谷さんは誰にでも優しく、色々なところに友達を作る。しかし私には彼女はいいように使われているようにしか見えない。人一倍気を遣う彼女が、大変そうで、でもそれは彼女の自由だから。私は何も口は出さない。私がすることはせいぜい、一緒に遊ぶことだ。それも私の自己満足だ。
しかし私がいくら集団行動が嫌いだからと言って、こんな特別な時に、友人と遊ばないのはもったいない。
集団行動は嫌いだが、機会を逃すほど娯楽嫌いではない。
今私は、その二人とともに部屋で休憩している。話し声は隣の部屋からしているものだ。さっきはその話をしている部屋にいたが、てゐちゃんは食事の後は薬を飲み、安静にしているように言われている。そんな子をあんな奴等とは一緒の場所には置けず、木谷さんのいる部屋に移動してきたのだ。
「ごめんね、私のせいで遅くなっちゃって」
「そういうことは言わないの、鬱陶しいから」
「うん」
「ねぇ、何かしない?トランプとか」
「する元気があればね」
「ごめん」
「だから謝らないでって」
「うん」
「ん……じゃ、音楽聞こうか」
「そうだね」
「うん、それなら大丈夫」
「何聞く?」
「何がある」
「アニソンとボカロかな」
「マジラブは?」
「もちろん」
「「それだ」」
と、曲が決まったところで隣の部屋から物音と話し声が聞こえた。内容から察するに、男子が女子の部屋へ来て、告白をするから別の場所に移動する、とのことだ。
……まさか、京谷が来てるなんてことは無いよな。
「先生に見つかって、大目玉喰らわないのかな?」
「先生も分かってるんじゃない?」
「かもね」
「吉村さんは、京谷君に告白しないの?」
「何その気持ち悪いの、やめてくんない?」
「てっきり好きなのかと」
「私も」
「そんな馬鹿な。いくら二人でも怒るよ?」
「冗談だよ」
「本気にしないでよ」
「ふーん、なんか誤解されてる気がするけど、違うからね」
「うん」
「わかってるよ」
そんなことを話していると、一人の女子が入ってきた。玉村さんだ。ノックくらいして欲しかったが、元々玉村さんの部屋でもあるから、そんなことは言えなかった。何か忘れものだろうかと思っていたら、違った。大きく予想のはずれた、面倒なことだった。
「吉村さん、ちょっと来てくんない?」
「……何の用?」
仲の良くない相手の頼み事などよくないことに限るが、今回は本当に面倒だった。
「山口が、呼んでる。あんたに、言いたいことが、あるって」
「……嫌だって、言ったら?」
「駄目」
玉村は、山口が好きだ。なんとなく分かる。空気で分かる。しかし一切理由は分からない。
好きな相手が自分の嫌いな相手に告白しようとしていたら、それはいい気分ではないだろう。しかも、自分に呼び出させる。この状況は、流石に彼女に同情した。
私は、告白大会の行われている広間二へ向かった。
「俺と付き合おうぜ」
第一声が、これだった。正直、反吐が出た。
その後、延々と自分の良さを語られたが、覚えているものは一つもない。言い終えたところで私は言った。
「あんたと付き合うなんて、お断りだ」
その後、後ろから何かを言われ続けたが、無視した。
漫画のシーンに、失恋から始まる恋というのがあったのを思い出した。傷心中の人を慰めたことから恋が始まるというものだ。
私は、極上のステージを作るのが好きだ。舞台俳優が誰であろうと。せめて舞台俳優に、幸あれ。
部屋へ戻ると、てゐちゃんが苦しそうにしていた。不安そうにしていた木谷さんを部屋にいるように指示し、私は先生方のいる部屋へ向かった。幸いなことに一番理解のある恵波先生が介抱してくれた。恵波先生以外に木谷さんのことを良く思う人はいなかった。
面倒だからだ。
恵波先生はまた別の一人部屋へ木谷さんを運び、安静にさせておくように私に指示した。見回りついでに、自分の医療道具で何か使えるものはないか取りに行ってくれた。
その間私はてゐちゃんの隣にいた。何も出来なかったが、せめて病人の近くにいて、して欲しいことをできるだけするように努めた。
悪いようにはならなかった。しばらく安静にしていたら、体調も良くなり、完全ではないが元に戻った。
「早く寝ろ、と言いたいが……」
「せっかくの旅行、眠って終わらせたくありません先生」
「……ふう。また悪くなったら、絶対言いに来いよ」
「「ありがとうございます先生」」
「おう、感謝しやがれ。あと」
「?」
「困ったら京谷に言うのも一つの手だ。あいつに言えば俺を飛んで呼びに来ると思うから」
「頼りたくないんですよ、いっつも頼っているから」
「友達なんてそんなもんだ。あいつだって実際お前らに頼りまくっている」
「……ふう、失礼しました」
そうして部屋を後にした。
こんなことを言った後に頼りたくはないが、この後すぐに頼りたいと思ってしまった。
部屋へ戻ってみると、なんと木谷さんが、部屋の中にいなかったのだ。トイレにもおらず、隣の部屋にもいなかった。考えたくない、嫌な事態になってしまった。てゐちゃんと広間二へ向かった。
予想通り、広間二には木谷さんの姿があった。その隣には男子が一人。確か、……あ……あた……に……新田だ。その後ろから、二十人以上の男女がその光景を見ていた。
「木谷さん、俺と付き合ってください!」
「おおおおおお言った!」
「ひゅうひゅう!」
「イケメン!」
「まあね」
新田は後ろの野次馬に対して手を振った。
「……なんで?」
「好きだから」
「かああああっこいいーーーー!」
「イケメン!」
「それに、いま俺のことが好きじゃなくても、後から好きになることだってあるじゃん」
「うーん……」
「やらないよりもやったほうがいいって。あとで後悔しても知らないよ?」
やらないよりもやったほうがいい。
それはよく京谷が言っている言葉だった。京谷はそう言って、色々なことをしてきた。主に下請けの仕事が多かったが。理由は表舞台が苦手、人のやりたがらない仕事が好き、人が多いのは苦手、といった情けないものだったが、理に適っていると思った。
その言葉を、この場面で使われるのが許せなかった。
私はいつの間にか二人の間に立っていた。
全員が奇異の目で私を見ていたが、そんなものが全く気にならないほどに、私の腹は煮えくり返っていた。
「木谷さん、嫌なら嫌と、ハッキリ言えばいいじゃない」
「でも、失礼だし」
「おい、邪魔すんなよKY女」
「五月蠅い黙れ」
「てめっ」
「五月蠅い」
「……っつ!」
「木谷さん、木谷さんはどう思うの?この男付き合いたいと思うの?」
「……でも私の考えが変なのかもしれないし」
「『でも』って言っている時点でそれは木谷さんの考えではなくなっているの。そんな考えで告白の返事はだめ。もっとはっきり自分の意思を持たないと」
「……でも」
「じゃあ木谷、質問を変える。」
私は木谷さんをまっすぐ見た。
「私とその男と、どっちと遊びたい?」
「……吉村さん」
「だってさ、ごめんね新田君」
私は木谷を連れて行った。新田が、野次馬が後ろから私に何かつぶやいていたが、気にも留めなかった。
私は、自分が好きなことには手段を選ばない。
「ありがとう、吉村さん」
「ありがとうって言うくらいなら、最初から面倒なことにしないで欲しいなー」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんじゃないと許さない」
「……?」
「『ごめん』は?」
「ご、ごめん……」
「うん、オッケー」
そうして私と木谷さんは、てゐちゃんと一緒に部屋へ戻っていった。
しばらく部屋で安静していたら、とあるストーリーを思い出した。今はまっている少女漫画だ。主人公が普通女子でヒーローはイケメン。その二人の恋愛模様を描いたというベタベタなものだった。私は正直内容よりも、ホモカップリングにはまっていたのだが、内容も凝っていて正直面白かった。その内容にあったワンシーン。主人公の女の子が不良たちに囲まれ、付き合ってほしいと言われた。もしYESを言わなかったら何をされるか分からない、そんな状況でヒーローが現れるという、またまたベタな展開。しかし、ちょっと違ったのが、ヒーローがあまりかっこよくないところだ。女の子を見つけた彼は何事もないかのように、遊ぶ約束をしていたという体で女の子の手を引っ張った。それを見かねた不良たちは彼を止めるが、『告白なら明日やってください』と一蹴。不良たちは暴行を加えるも全く微動だにせず、今日ばっかりは勘弁してくださいよといくらあざができようと無視。それどころか下手にすら出ていた。不良たちが呆れるまで何もしなかった。不良たちの暴行が終わり、あざだらけの彼に『ありがとう』と彼女は言った。しかし彼はなぜありがとうと言うのかと聞き返してきた。戸惑う彼女に彼はこう言った。
「街中で見かけた友人に声をかけるのは、当たり前だろう?」
これはとある女の子の話だ。彼女は遠足の日、一人でお弁当を食べていた。前日買いに行ったお菓子も一人で行っていた。彼女は一年前の運動会で、大きな失敗をした。それから、彼女は一人になった。お弁当は美味しくなかった。みんなの声が遠く感じた。すると、一人の男の子が隣にシートを敷いてお弁当を食べ始めた。彼は島からの転校生で、優しい性格だった。みんなから好かれている子だった。そんな子と一緒にご飯を食べたらその子に迷惑がかかってしまう。彼女は移動しようとした。しかし彼がそれを止めた。「俺とご飯を食べるのは嫌か?」「そうじゃないけど」「なら移動しなくてもいいだろ」そう言って彼はお弁当を食べ始めた。彼は何も言わなかった。黙々と食べ進めた。沈黙に耐えかねた彼女は言った。「どうして私と一緒に食べてくれるの?」「たまたまだ」「そんなわけないよ」「そんなわけしかない」彼は言った。
「俺が弁当を食いたいと思ったところにたまたまお前がいただけだ。そして、嫌じゃないなら一緒に食う。何かおかしいところはあるか?」
そんな風にまた、助けられたらな。
……。
…………。
………………。
あ~あ、助けに来てほしかったな~。残念だな~。
……。
…………。
なんて。
冗談冗談。
そんなわけないじゃん。
冗談。
もしの話だよ。
もしかしたらの話。
………………もし……
「どうしたの吉村さん。顔赤いけど、大丈夫?」
「大……丈夫」
「むすっとしてるし……もしかして私のがうつった?」
「大丈夫だってば。それよりてゐちゃんはどうなの?」
「うん、だいぶ良くなったよ。ありがとう」
「そ、じゃあ、買い物に行こっか」
「まだ売店開いてるかな」
「大丈夫でしょ。木谷さんも行くよ」
「ちょっと待ってー。お財布探してる」
「早くね」
「あった、行こう」
そうして私たちは売店へ向かった。途中、てゐちゃんが気分が悪くなり、一緒にトイレへ行こうとしたが『私だけでいいから、吉村さんは先に行ってていいよ』と言われ、その言葉に甘えさせていただいた。
取り敢えず、家族へのお土産選びを済ませた。これを友人同士で選ぼうとは思わなかったからだ。
すると、トイレから出てきた京谷を発見した。
諸悪の根源め。許せん。
むう。こっちに気づいたのに知らん顔して、腹立つ。お前になんか罰を与えてやる。こっちに来い。とびっきりすごい罰を与えてやる。簡単には許しはせんぞ。
そうして私はそいつを呼んだ。