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梅雨の思い出  作者: 宮里蒔灯
番外編
4/4

夜空に咲くは大輪の華

番外編「笹に願いを」の続きです。

今日は、県内有数の大規模な花火大会である。


会場最寄りの駅前では、うちわ片手にそぞろ歩く浴衣姿のカップルや、お面をつけて走り回る甚平の子供たちや家族連れで賑やかだった。まだ日は高く、太陽の強い日差しを直に感じる。

遠くから聞こえるお囃子の軽やかな音色、微かに漂う定番の屋台の匂い。祭りの熱気と人々の興奮が空気を伝い、辺り全体が浮き足立つ。


そんな中、改札近くに一際目立つ男性が人待ち顔で佇んでいた。

ツーブロックの黒髪を無造作に整え、すっきりした白のパンツととネイビーの半袖シャツ、足元はボーダーのデッキシューズを組み合わせた、まるで雑誌のモデルのような背の高いイケメン。

通り過ぎる女性たちは一様に頬を染めてチラチラと視線を送るが、彼は気にも止めない。


14時50分着の下りの電車が到着したようだ。

再び改札から乗客が溢れると、たむろしていたナンパ男たちは一斉に色めきたった。清楚でかわいらしい女性が一人で軽やかに現れたのである。

ゆるく巻いたダークカラーのセミロングを低い位置で一つに結んで、涼しげなフレアスリーブの白いブラウスと向日葵色のギャザースカートにカンカン帽とショルダーバッグをアクセントにした、夏の装いがよく似合う。


彼女は辺りを見渡すと、女性たちからロックオンされていた男性の元へ駆け寄った。


「ごめんね、待たせた?」


「いや、今来たところ。じゃあ行こうか」


微笑み合ってその場から立ち去る二人の自然なやり取りに、声をかけようとしていたナンパ男たちや獲物を狙う目をした女性たちは這々の体である。

美男美女の似合いのカップル。

見かけた周囲の誰もが納得するが、彼ら自身は自分たちがそう見られていることに全く気付いていなかった。


(高井くんがかっこよすぎて女の人たちから注目されてる…。一緒にいるのが私ですみません!)


(野崎のかわいさに男共がざわついてるな…。絶対近付かせねえ。しかし本当にかわいすぎる)


もちろん互いに同じようなことを考えているなど思いもしない。ある意味似た者同士であった。


そもそも、何故二人が連れ立って花火大会の夏祭りへ来たかというと、話は先月の七夕の食事会に遡る。


◇ ◆ ◇


「そういえば、野崎の会社っていつから夏休みなの?」


3杯目のハイボールと串盛りを注文した後、樹が口を開いた。クリームチーズと胡桃のはちみつがけをクラッカーに乗せていた清華はおっとりと答える。デザートのような前菜だが、彼女の手元にある赤のサングリアとの相性は抜群だ。


「うちは社員に5日間の夏期休暇があって、7月から9月の間でいつ取っても自由なの。大体お盆の時期は既婚者の社員が休みを取るから、私は8月23日から一週間休むつもり。で、25日の金曜から27日の日曜まで実家に帰る予定。高井くんは?」


清華に促された樹はニッと笑い、胸を張った。


「俺のとこはお盆の時期に5日間、計9連休でーす」


「えー羨ましい! ずっと実家に帰るの?」


清華は高校の友達とルームシェア、樹は会社近くの独身寮に住んでいる。二人の地元は隣県の中央に位置する中規模の都市だ。それぞれの家から電車で2時間ほどかかる。清華は月一くらいで実家に帰っていたが、樹は家族から呼び出されるか大きな休みのときにしか戻らない。


ネギがたっぷり乗ったもつ煮を小皿に取りながら、樹は首を振った。この店は料理や飲み物の統一感はないが、どれもこれも絶品なことだけはたしかである。


「毎年その時期は、仲良い友達家族と千葉の館山にある民宿に泊まりに行くんだ。海で釣りしたり、山で昆虫採集したり、まあ俺は子供たちの遊び要員だけどね。ただ、法事があるから26日と27日の土日で実家には帰ることになってて。あ、館山の土産渡したいから、もし野崎に予定がなければ地元で会わない? 日曜に法事があるから、できれば26日の土曜日がいいんだけど」


「わあ、嬉しい! お土産楽しみにしてる! 友達家族さんとのお土産話も聞かせてね。ええと、私も26日なら大丈夫だよ。あれ、8月最後の土曜日ってたしか…」


「ああ、懐かしいなぁ」


スマホのカレンダーで予定を確認していた清華が少し考え込むそぶりをすると、同じタイミングで樹も何があったか思い出した。


「「S川の花火大会!」」


◇ ◆ ◇


花火大会の会場となる川辺に向かって歩き始めた樹と清華は、人波に揉まれて自然と腕と腕がふれあいそうなほど近い距離になった。

樹の左隣にいる清華は、駅前で配っていた団扇を日除けにしながら苦笑する。


「人がいっぱい。昔からこの花火大会って大盛況だものね」


「ああ、熱気がすごいな。でも、昔に比べたら規模が縮小したんじゃないか? 前はこの道の両側に屋台があったけど、今は片側だけだし」


「何だか寂しいわねぇ。こうやって廃れていくのかしら…あっ、焼きそばの屋台発見!」


「野崎、郷愁から食欲への切り替えが早すぎない? で、どこにあるの?」


「ほら、あそこ!」


切なそうにため息をついていたかと思えば一転、清華は興奮した様子で樹の腕に自分の右手を添えた。無意識の行動なのだろうが、今までになく接近した彼女との距離に、思わずにやける口元を片手で隠す。


まるで中学生の頃に憧れていた、好きな女の子とのデートを再現しているみたいだ。童貞じゃあるまいし、落ち着け俺。もう25歳の大人だぞ。


内心の動揺を抑えながら、人混みをかきわけて焼きそばの屋台へ辿り着いた。愛想の良い屋台の店主から、おまけだと山盛りに装ってもらった焼きそばのパックを手に、清華は大喜びだ。仕事帰りの食事会とは異なり、彼女がいつもより幼く見える。


その後、焼き鳥や冷やしきゅうり、近くの居酒屋が露店を出していたので唐揚げと枝豆と生ビールを購入。奇跡的に空いたベンチに並んで腰掛け、戦利品を堪能する。

清華は早速焼きそばに舌鼓を打つ。樹はビール片手に焼き鳥をかじった。


「あーこれこれ! チープな美味しさっていうのかしら。久しぶりにお祭りに来たけど、子供の頃からの習慣でこの匂いは食べなくちゃって思わせるのよ」


「原価率とか考えると、あれだけどね。いや美味いんだけどね」


「高井くん、大人の事情をお祭りで出しちゃダメ。お祭りは童心に還って楽しまなきゃ」


「はい、すみません。どうにも薄汚れた大人の自分がいまして。中学生の頃のピュアな自分を思い出して…ふっ!」


「あはは! ピュアって、自分で言っちゃう?」


真顔で諭す清華に、樹は殊勝に頭を下げた。しかし堪えきれず吹き出してしまい、つられた清華と顔を見合わせて笑い合った。楽しく食べ終わり、ゴミ箱を探して二人は再び歩き出す。

半歩後ろからついてくる清華を気にしながら、空き容器を右手でまとめて持った樹は周りを見渡す。


「なかなかないな…」


「うーん、もっと花火大会の会場近くにならあるかもね。川沿いまで行ってみようよ。どれくらいの見物客がいるのかも気になるし。そうだ、館山はどうだった?」


「うん、楽しかったけどすごい疲れた。子供の体力ヤバすぎる。館山の民宿は毎年の恒例行事なんだけどね。友達は高校からの連れで勇紀っていうんだけど、高卒で働いててすぐに当時の彼女との子供が出来たんだよ。彼女、圭子さんは年上でもう働いていたからすぐに籍入れて、その後年子でもう一人生まれてさ。今は6歳の男の子と5歳の女の子。もうかわいくて、憎たらしくて、でもかわいいんだよね。二人とも親より俺と遊んで欲しがるから、体がいくつあっても足りないよ」


「その子たち、高井くんのことが大好きなのね。私も4歳の姪がいて、お兄ちゃんの子供なんだけど、よく遊ぶの。そのときの話題が、好きな男の子の話で。もう立派な「女」なのよね。自分のかわいさを引き立たせる服装や話し方を知っているし、どうすればパパやじいじが自分の言うことを聞くかもわかってて、見てて末恐ろしく感じる」


「ああ、たしかに友達の娘のほうはそんな感じかも。あれ? 野崎のお兄さんってたしか…うわっ!」


「きゃあっ…ご、ごめんね」


二人の前を歩いていた人が突然進行方向を変えたので、清華はバランスを崩し樹にしがみつく格好になった。慌てて離れようとした清華の肩を空いている左手で抱きよせ、樹は前を見たまま早口で告げた。


「…人、多くて、危ないから。抜けるまで、支えるから」


「…あ、ありがとう。何だか、いつも助けてもらっているね」


さっきビールで喉を潤したのに、然り気無さを装って出たセリフはカサカサした声で。

笑って冗談っぼく拒否される可能性だって、大いにあったのに。


清華は照れながら素直に頷き、離れることはなかった。

10年ぶりに再会したあの梅雨の日のように、彼女の髪の甘い香りに、柔らかな体に、頭がクラクラする。


「…ゴミ箱、どこだろうね」


「…うん」


さっきまであんなに饒舌に話していた二人だったが、互いの赤くなった顔を見ないまま、言葉少なく人並みの中を進む。


太陽が徐々に傾き、川から涼しい風が運ばれ、昼間の暑さはようやく軽減された。しかし二人は互いの体温を感じて、なかなか火照りが冷めない。


花火大会が開始される空砲の乾いた音が鳴り響く。


◇ ◆ ◇


その後、二人の会話はどこか上滑りしているようだったが、事前に予約していた観覧席に無事辿り着き、たくさんの花火を見ることができた。

そのどれもに感動して手を叩いて喜ぶ清華の横顔に、樹は胸が締め付けられるような、焦がれるような、久しぶりの感覚に戸惑っていた。


混雑回避のためクライマックス前に席を離れて、盛大になっていく打ち上げ花火を見ながら駅まで戻る。帰り道はまだ混雑していなかったので、横に並ぶ樹と清華の間には少し距離があった。それを寂しく思いながら、樹は自分の気持ちを認めた。


最初は初恋補正というか、昔の憧れの人と再会できて舞い上がっていたが、食事を重ねるごとに10年の歳月を埋めていくのが楽しかった。彼女の仕事に対する真摯な姿勢、友達と遊んだ話をするときの柔らかな顔、冗談に付き合ってくれるいたずらっ子のような瞳、その全てに惹かれる。


俺は、今も彼女が好きだ。


ドンッ!!


「わあ、今のが最後かしら! すごくきれい! 小さい花火もかわいいけど、やっぱり打ち上げ花火はこれじゃなくちゃ」


君の笑顔こそ、空に咲くあの花のように、艶やかで鮮やかで美しい。

樹を見上げて花のように笑う清華に、危うくキザなセリフを口にするところだった。


「うん、そうだね」


来年は、この距離を埋めて、君と花火大会を見に行きたい。

そんな思いを込めて、夜風に吹かれた髪を押さえる清華に微笑む。


結局、旅行の土産を渡していなかったことに気付いたのは、樹が家に帰ってからだった。

これでまだ付き合ってないんだぜ…

ちなみに清華ちゃんが浴衣を着ていないのは、「お土産もらうついでの花火大会だから、デートってわけでもないのに、浴衣を着るのは張り切りすぎかな…」と悩んだ末でした。

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