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梅雨の思い出  作者: 宮里蒔灯
番外編
3/4

笹に願いを

拙作「梅雨の思い出」本編(全二話完結済)を読むと、樹と清華が再会した流れがわかります。

今回は番外編の七夕お食事会です。

デートではありません(キリッ)

樹と清華が中学卒業以来10年ぶりに再会して、2回目の夕食を共にした帰り道。

昼間の蒸し暑さも夜には多少緩和され、並んで歩く二人に涼やかな風が通りすぎる。


「七夕当日のみのクーポンですっ!彼女さんとご一緒にぜひお越し下さいっ!」


「え!あの、はい、どうも」


ざわめく交差点近くで、居酒屋の店員らしき若い女性が元気良く道行く人々にチラシを配っていた。

樹は「彼女さん」という言葉に、思わずそれを受け取ってしまう。全然そんな関係ではないのだが、そう見えるのか。内心の喜びを抑えた樹の手元を清華が覗きこむ。じわりと手に汗がにじむのは、酔いのせいか緊張のためか、わからなかった。


「へえ、『七夕限定カップル割引(串焼き十本盛り777円他・短冊付き)』だって。男女一組で行くと、飲み放題も777円、他にも割引メニューありますって。7月7日は来週の…金曜日かな。高井くん、その日って空いてる?このお店行ってみない?」


「いいね。金曜日は外回りがあるから、直接お店に集合でいい?もしかしたら少し遅れるかもだけど」


「うん!楽しみにしてるね」


すんなり3回目の約束もできて、しかも初めて清華から誘ってくれた。嬉しさから頭に血が上り、さらに酔いが回ったようだ。ビール2杯くらいで頭がクラクラする。でも幸せだ。「彼女さん」か。いい響きだな。支離滅裂だ。全て酒のせいだ。そうに違いない!間違いない!気にしない!


横で楽しそうに話をする清華の色付いた頬や目元、うなじに甘い気持ちが芽生えたことも、全ては酒のせいなのである。


それでも清華の話に相槌を打ち、最寄り駅までしっかり送り届けられたのは、彼女の前ではかっこよくありたいという見栄が頑張ったおかげだ。


◇ ◆ ◇


ダイニングバー「KUKU-BAKUBAKU」。

駅から少し離れた、飲食店が多数入るビルの8階にある和モダンな居酒屋だ。店内は畳敷で個室が多く、隠れ家的な雰囲気が人気の、社会人が少人数で訪れるような店である。


清華がエレベーターから降ると、女性店員がすぐに近づいてきた。笑顔が作り物ではなさそうで、この店で働くのが楽しいんだな、教育が行き届いているなと、大学4年間飲食店でアルバイトしていた清華は内心感心した。


「いらっしゃいませ!「KUKU-BAKUBAKU」へようこそ!ご予約のお客様ですか?」


「18時から高井で予約しています。連れが30分ほど遅れてくるのですが、先に入っていても大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ!ではお席までご案内しますね。靴箱はそちらにありますので」


「ありがとうございます。まあ、すごい大きな笹ですね」


「ええ、店長が張り切りました!今週の月曜日から置いたのですが、スタッフも休憩中に七夕飾りを作ったりして、小学生以来でしたけど楽しかったです」


「いいですね」


靴箱の横に大きな窓があり、その前に笹が飾られていた。思っていたよりも本格的だ。短冊もたくさんあり、来た客たちも楽しんでいる様子が伺え、清華も思わず微笑む。


「こちらのお席でございます」


通されたのは、定員4人くらいの個室だった。入って正面の窓からは、周囲のビルの隙間から空が見える。今にも雨が降りそうなどんよりとした曇り空だった。七夕当日なのにと残念に思ったが、そもそもこんな都会で天の川が見えるはずもないかと、あっさり納得する。


「只今おしぼりとお通しお持ちしますね。どうぞごゆっくり」


「お願いします」


障子を閉める笑顔の店員を見送り、清華は座布団に腰を下ろした。金曜日の夜だし、割引きキャンペーンもしているからさぞ騒がしいかと思いきや、個室が多く時間も早いからか、他の客の声はそこまで響くことはなかった。


スマホを見ると、樹から「あと15分で着く!」とまた連絡がきていた。すでに予約の一時間前には、樹から遅れる旨の連絡があった。近くの得意先にいるらしいので、終わり次第すぐに向かうとのこと。


高井くんはマメだなぁ。昨日の夜もお店や時間の確認の連絡きたし。かっこよくて、優しくて、仕事熱心で、話も面白くて、彼女になる人は幸せだろうな。でもモテないわけがないから、心配になっちゃうか。


つらつらと考えていると、突然胸に鋭い痛みが走った。清華は思わず心臓のあたりをきゅっと手で押さえる。ふと自分の左側にある窓を見ると、今にも泣き出しそうな、苦しそうな顔をした自分と目があった。


「彼女」、か。私には縁のない言葉ね。


苦笑いで自嘲しながら、落ち着くために深呼吸をすると、閉じられた障子から店員に声をかけられた。


「失礼します。こちらおしぼりと本日のお通し、鶏肉とキュウリの梅肉和えです。あと、この短冊も。お連れ様の分も置いておきますね。良かったら、何かお願い事を書いてみてください」


店員から渡された桃色と青色の短冊を前に、清華はじっと考えた。そして、これから来る元同級生の顔を思い描き、桃色の短冊にペンを走らせる。


女子高、女子大と進んだ清華は、知り合いの異性が数えるくらいしかいない。職場の人とは仕事で関わる以外にプライベートで遊ぶこともないので、どちらかというと男性に苦手意識があった。


しかし、この前再会した樹とは割とすんなり話もできて、その後の夕食も楽しく過ごすことができた。互いが互いの「初恋の人」と知ったときは二人して照れてしまったが、自然と次の約束もできた。


うん、久しぶりの貴重な男友達だから、こんな感じのお願い事でいいわよね。


窓にうつる自分の表情が、先程違ってにっこり微笑んでいることに、清華は気付いていない。


「お連れ様、お見えになりました」


「ごめん、遅くなって。野崎、何か飲み物頼んだ?」


「お疲れさま。ううん、まだ頼んでないわ。生ビールにしようかな」


「じゃあとりあえず生ビール2つお願いします」


「かしこまりました!」


「あ、これ、書きましたから持っていてください」


「はーい!ありがとうございます」


汗だくの樹は、短冊を受け取った店員の背中を見送る。近くで配っていたといううちわをバタバタ仰ぎながら、ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを一つ外した。その大きな手とちらりと見えた鎖骨の生々しい色気に、清華は思わずメニューで顔を隠す。自分の無意識な仕草が彼女を真っ赤にさせていることに、樹は全く気付いていない。


「野崎、店員に何を渡したの?」


「えっと、玄関に笹が飾ってあったでしょう?今日は七夕だから、イベントを楽しむためにお客さんに短冊を書いてもらってるんだって。高井くんの分はこれね」


「え、笹なんかあったっけ。急いでたから見落としたな」


「あんな大きな笹を見落としたの?連絡ももらってたし、そんなに焦らなくても良かったのに」


「いやだって待たせるの悪いし、早く野崎に会いたかったし」


「えっ」


驚いた清華は思わずメニューから顔を上げて、口を押さえ目線が泳ぐ樹を見つめた。


「お待たせしましたー!生ビール、2つ、です?」


元気の良い声が響く。二人の間の微妙な空気に気付いてか、店員は戸惑いながらテーブルに生ビールを置き、そそくさと出ていこうとする。樹は手元の短冊に気付き、店員を呼び止めた。


「ちょっと待って。はいこれ」


「ああ、ありがとうございます。飾っておきますね」


さっさと書いて短冊を店員に渡した樹に、清華が何事もなかったように話しかける。


「願い事は何にしたの?」


「ん?「宝くじ10億円当たりますように」」


「あはは!欲張り過ぎでしょ」


「そういう野崎はどうなんだよ」


「私は、「これからもたくさん美味しいもの食べられますように」って」


「食い気が全面的に出すぎてない?そういえば、この店の名前って、たくさん食べてもらえるようにっていうことで「食う食うバクバク」なのかな?」


「あ、メニューに書いてあるよ。高井くんの言ってる意味と「空々漠々」っていう四字熟語をかけたみたい。四字熟語のほうの意味は、「果てしなく広いさま、とらえどころのないさま」だって。名付けたオーナーが飄々としているらしいよ」


「へえ、面白いこと考えるなぁ。そういえば、食べたいもの決まった?メニュー握りしめてるけど。俺結構腹減ってる」


「ええとね…」


先程の気まずい雰囲気はどこへやら、楽しくメニューを選ぶ二人であったが。


(短冊見られないように、帰りは気をそらせないと…)


まさか同じ事を考えているとは、想像もしていなかった、


◇ ◆ ◇


客を全員送り出した閉店後、玄関周りの掃除を終えたアルバイト店員二人が、笹に飾られた短冊を勝手に批評していた。一人がある短冊に気付く。


「ねえ、これ…」


「ああ、私が担当したテーブルのお客さんたちのだ。OLっぽい女の人が先に来て短冊を書いた後に、背の高いスーツの男の人が遅れて現れてささっと書いてたから、一緒に書いたんじゃないんだよ。すごくない?美男美女のカップルかと思ったら、短冊見るとそうじゃないっぽいし。せっかく目立つように並べて飾ったのに、二人とも話に夢中で笹も見ずに帰っちゃって、ちょっと残念だったよ」


「何それ、やばくない?10年ぶりとか、運命じゃない?あっ、思い出した!先週のチラシ配りのときに、私その二人に渡したわ。あの雰囲気はどうみてもカップルだと思ったから配ったんだよね」


「はー私も彼氏欲しい。イケメンで背が高くてお金稼いでくれて優しい人、どこかにいないかなあ」


「おーい、掃除終わったか?みんな待ってるぞ。早く着替えて、まかない食おうや」


「はーい!終わったので、後で確認お願いします。って、聞いてくださいよ店長!すっごくロマンチックな短冊があったんですよっ!」


「ん?何だ何だ」


話が読めない店長に、二人の女子店員が興奮気味で自分達が発見した短冊について話し出した。三人はガヤガヤと騒がしく店の奥へ消える。同時に店内の照明も落とされた。


窓からの月明かりに照らされ、薄暗い店内の中に笹が淡く浮かぶ。

天井まで届く背丈の笹には、色とりどりの七夕飾りや好評だった客からの短冊も吊るされている。


その中でも気を利かせた店員によって、桃色の短冊と青色の短冊が寄り添って並んでいた。



野崎と、10年前より仲良くなれますように。I.T

高井くんと、10年前より仲良くなれますように。S.N

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