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梅雨の思い出  作者: 宮里蒔灯
本編
1/4

雨が降ったら(清華編)

証券会社に勤める野崎清華は、横断歩道の前で信号待ちをしていた。


オフィス街の中を走る大通り沿いなので車通りも多ければ、昼休みなので歩行者も多い。大半はOLかサラリーマンだ。彼らは手元のスマホを見ていたり、同行者とおしゃべりに興じている。

清華は制服姿で手荷物の小さなバッグをさげて、早く青にならないかとソワソワしながら向かい側にある歩行者用信号を見つめた。


天気予報でお昼から雨が降るって言ってたし、早くお昼ごはん買ってこようっと。


一緒に昼を食べる職場の同僚たちは、朝の通勤時にコンビニで買ってきていたり、仕出し弁当を頼んでいた。清華は寝坊してしまい、朝礼には間に合ったが仕出し弁当を頼みそびれてしまったのである。故に、外に買いに行くのは清華一人だけだった。


「あ、雨だ」


人混みの中から聞こえた小さな声に思わず空を見上げると、微かな雨粒が頬に当たった。まだ雨足は強くないが、清華はバッグの奥から折り畳み傘を取り出し、開く。色とりどりの紫陽花の柄に一目惚れして購入したものだ。


そのうち信号が青に変わり、人が動く。

清華のように傘を持っている人は余裕を持って歩くが、ない人は小走りに屋根があるところを目指す。


そういえばさっきの声、中学のクラスメイトだった高井くんに似ていたな。高井くんもよく体育の時間とか外で活動しているとき、真っ先に雨に気付いてたのよね。降り始めの雨って、なんだか思い出しちゃうな。


お気に入りの傘を差しながら、中学生だった10年前の記憶を思い出し、清華は横断歩道を渡りきった。


男子の中で一番背が低いのに高井という苗字でよくからかわれていた、おとなしい性格だったけど芯の強かった彼は、今何をしているんだろう。

クラスは一緒でも、当時は同じ部活以外の男子と話す機会がほとんどなかったけれど、清華には忘れられない彼との思い出が一つだけある。


当時を懐かしんでいた清華は、突然の強いビル風に傘を持っていかれ、バランスを崩して転びそうになった。かろうじて近くにいた背の高い男性が清華を受け止めてくれなかったら、尻餅をついてスカートが濡れてしまったかもしれない。


「大丈夫ですか!」


「は、はい、何とか。すみません、助けていただいてありがとうござい、ま、す?」


驚きでまだ胸がドキドキしているが、慌てて礼を言う。しかし男性は清華を離してくれない。それどころか、彼女の顔をじっと見つめてきた。整った顔立ちの彼の強い光を宿す瞳に困惑した清華が身動ぎすると、男性が慌てて離れる。そして、おずおずと口を開いた。


「あの、違ったら申し訳ないんだけど、第三中学出身の野崎清華?吹奏楽部だった」


「そうですけど…えっ?高井、くん?うそ…」


「久しぶりだね。成人式もその後の同窓会も会わなかったけど、野崎来てた?」


「成人式の日は高熱で寝込んでいたの。それにしても、中学卒業以来だから10年ぶり?わあ、変わらないね」


まさかさっきまで思い出していた高井樹本人と出会うとは。清華は思わず彼の姿を上から下まで見てしまう。髪型もスーツも革靴もビシッと決まった、仕事の出来るビジネスマンといったところか。でも、無表情だと凛々しいのに、笑うとふにゃっと柔らかくなる目元は変わらない。

樹はそんな彼女を見て苦笑いを浮かべる。


「おい野崎、目線がはっきり言ってるぞ。どう見ても変わっただろ?高校から大学で一気に30センチ近く伸びたから、180センチ越えたんだ。もう名前でいじってくる奴もいないよ。それにしても偶然だね。この近くで働いてるの?」


「ええ、その向かいの通りのビルに入っている証券会社で。高井くんも?」


「ああ、俺はもう一つ奥の通りにある食品会社の営業やってる。ところでお昼ごはんでも買いに行くの?俺、外回りが多くてあんまりこの近くの店を知らないんだ。教えてくれない?」


「お弁当屋さんでいいなら、この先にあるわ。お総菜が美味しいのよ」


樹も持っていた傘を差して、二人で連れ立って歩き出す。昔話に花を咲かせながら、お弁当屋であれこれ選び、店を出る。


「あれ、もう雨が止んでる」


「本当に通り雨だったのね。あ、見て。あそこ」


「うっすら虹が見えるね」


ビルとビルの間から、少しの青空と小さな虹が顔を出していた。曇天が広がる中で、絵画のように切り取られた美しい光景に、周囲の人々も歓声をあげたり、写真を撮っている。


清華はポツリと呟いた。


「あのときと一緒だわ」


「そうだね」


すぐに優しい声で返事が聞こえ、隣にいる樹の顔を見上げるととても優しい微笑みを浮かべていた。


「高井くんも、覚えているの?」


「ああ、あれも梅雨のときだったっけ。陸上部の練習に行く途中、転びかけた野崎の腕を掴んだら、見ていた周りの連中から囃し立てられたんだよな。でも野崎は気にせず、空に現れた小さな虹を見つけて、俺に向かって嬉しそうに笑ったんだ」


「ふふ、恥ずかしいわ。小雨だったから傘も差さずに帰ろうと思ったら足元がぬかるんでいたのよね。二度も同じように助けてもらっちゃったね」


彼も覚えていてくれたことに清華は胸がじんわり暖かくなる。

傘を閉じ、再び二人で並んで歩いた。しばらく無言だったが、樹が清華のほうを見ずに口を開く。その横顔は少し緊張しているようだった。


「あのさ、野崎って、今、付き合っている人って、いる?」


「ううん。もう一年くらいいないわ」


「じゃあさ、急だけど今日の仕事終わりに飯でも食べに行かない?野崎に予定がなければだけど…」


「いいよ。美味しいところ連れていってほしいな」


「ああ、まかせとけ」


先程の横断歩道で、またも赤信号に引っかかった。その間に二人は連絡先を交換する。ふと清華は樹に尋ねた。


「そうだ。さっきこの横断歩道で信号待ちしているとき、「雨だ」って言ったの、もしかして高井くん?」


「え?俺、声に出してた?何故かよく雨の降り始めに気付くんだよな。もう無意識だよ」


「私、その声で高井くんのこと思い出したの。だから、こうして会えてすごくビックリして、すごく嬉しかった」


「そっか」


「じゃあまた後で」


「うん、またね」


照れ笑いで頭をかく樹に手を振り、清華は職場のビルへ入った。エレベーターを待ちながら、チラリと手元のスマホを見ると、「高井樹」の連絡先が表示されている。


もしチャンスがあれば、言ってみようかな。あの助けてくれたときから、高井くんが初恋の人なんだって。変わらないって思ったのは、その笑顔が昔と一緒だからだって。


今日来てきた服が、樹と食事に行くのに恥ずかしくない格好か思い出しながら、清華は降りてきたエレベーターに鼻唄混じりに乗り込んだ。

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