1話 クルシミマス(クリスマス)がやって…来ない?
「………何もやる気が起きない…。」
来たる年末。
恋人達にとって一大イベントであるクリスマスを目前にした12月20日、1人ワンルームマンションの1室で掛け布団を被って丸まってる男がいた。
鈴原 翔。
現在25歳独身。
小中高と共学に通いながらも、色恋沙汰には全くと言っていいほど関わらず(正しくは関われず)過ごし、高校卒業後すぐに働き始めた職場で生まれて初めての彼女が出来たのが一昨年の夏。
告白したのは翔だ。
彼女の名前は藤堂 美希。
美希と初めて会ったのは、違う部署との合同飲み会。
翔が21歳、美希が23歳の時だ。
彼女は所謂高嶺の花。
容姿端麗、頭脳明晰、誰からも一目置かれる存在とのこと。
何故、高卒の自分が受かるようなこの会社に?とも思った翔だったが、彼女の優しげな笑顔を見た瞬間全てが吹き飛んだ。
改めて言うが、小中高と恋愛経験皆無の翔だ。
部署も違えば、交際まで行くにはどうしたらいいかもわからない始末。
同期達に助けて貰い何とかその日の内に連絡先を手に入れたが、告白するまで費やした時間が2年。
翔曰く、
「ちょくちょく連絡取ってたり、2人きりで食事にも行ったんだけど彼女の反応はイマイチだったんだよ…。」
それはただ単に告白する勇気がなくヘタレていただけじゃないのだろうか。
ともかく、飲み会から2年。
きっとダメだろうと玉砕覚悟で告白したのだが、まさかのOK。
1番驚いたのは、他でもない告白した翔本人だっただろう。
しかし…
「お付き合いの件はお受けします。ただ…私は結婚するまではプラトニックな関係でいたいんです。それでもよければですが。」
「いいです!美希さんと付き合えるだけで嬉しいから!」
即答である。
残念な気持ちが無いと言えば嘘になるが、それでも好きな人と恋人になれる。
それだけで翔は嬉しかった。
それからというもの…翔は絶好調であった。
仕事では大きな契約を取り、上司との関係も良好。
プライベートでは綺麗な彼女の手料理でデレッデレ。
嫌なことがあったとしても全て忘れられる。
「恋愛って素晴らしい!!」
思わず叫んでしまうほど幸せだった。
しかし何が起こるかわからないのがこの世の中。
付き合い始めて2年を迎えた今年の8月。
翔もそろそろ結婚を意識していた。
「婚約指輪は給料3ヵ月分って言うし、今まで貯めた分と合わせるとクリスマスにプロポーズかな!」
結構ロマンチストな所があるが、人生で重要な出来事であるプロポーズ。
念入りに計画を立てていた。
そして3ヵ月後…12月1日、事件は起こった。
夜にディナーの予約を入れているのと、今日の内に婚約指輪を買おうと思っている為残業せず定時で帰る翔。
いつもなら美希の迎えに行くのだが、ディナー前に予定があるからと今日は別行動だ。
退社後、事前に調べて置いた美希のサイズに合う婚約指輪を買い、夜景の綺麗なレストランでソワソワしながら待つ。
まだ渡す訳ではないのだが、態度に出てしまう辺り気合いが入っている証拠なのだろう。
しかし約束の時間を過ぎても姿を現さない美希。
いつもなら、約束の時間より早めに着くので不安が募る。
「何かあったのか?」
さすがに心配になり、美希のスマホに連絡するも繋がらない。
「まだ会社にいるのかな?」
残業しているとは思わないが、念の為美希と同じ部署の同期(美希と付き合うきっかけになった男の1人)に電話をかける。
「…もしもし?」
「もしもし、翔だけど。」
「おー!どうした今話題の色男!!」
「話題?色男?何のことだ?」
「またまたとぼけやがってー!」
「そんなことよりさ、今会社か?」
「ん?いや、もう家だけど?なんか忘れ物か?」
「いや、美希がな連絡着かなくてな。まだ会社にいるのかと思って電話してみたんだよ。」
「は?何言ってんだ?」
「ん?変なこと言ったか?」
「藤堂さんなら昨日いっぱいで退職したろうが。」
「…………は?」
(……今なんて言った?退職?美希が?なんで?)
予想外の言葉に固まる翔。
しかしまだ終わりではなかった。
「……今日、部長から言われたんだぞ?藤堂さんは寿退社だって。彼女、皆をびっくりさせたいからって秘密にしたんだと。男連中はかなり驚いたけど、女性陣は知ってたらしくて昨日花束をプレゼントしてたりして。しかも今日女性陣から聞いた話はデキ婚だとか…」
翔の耳にはもう何も聞こえなくなっていた。
どうやって帰ったのか全く覚えてないが、部屋に辿り着いていた翔は持っていた荷物ごとそのままベッドに倒れ込んだ。
(連絡着かない…昨日いっぱいで寿退職…デキ婚……いつ?…誰と?)
付き合い始めた時の約束を守っていた翔は、もちろん子供が出来るような行為をしていない。
となれば、彼女の浮気ということになる。
(いやいやいや…美希に限って…もしかしたら暴漢に襲われて…でもそれだと寿退社なんて言わないし…)
どうれだけそうしていただろうか、1人悶々としていると部屋に響く通知音。
慌てて起き上がり、スマホを取る。
他の荷物をばらまくがそんなことなど気にしていられない。
美希からだ。
翔は通知のあったアプリを開き内容を確認する。
「翔へ。もう知っているかもしれないけど、私は退職しました。好きな男性との間に子供も出来、もう2度と会うこともありません。さようなら。」
実に簡素な内容だ。
翔からも連絡するも一向に既読が付かない。
電話しても電源が入っていない。
「まじかよ…。」
否定して欲しかったことが事実だとわかり、その日は泣きながら眠りについた。
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そして現在12月20日。
あれからというもの仕事には行っていない。
着信履歴やアプリには会社や同期の名前がズラッと並んでいる。
無断欠席だ。
10日ほど休んだ日、誰が連絡したのかマンションに警察が訪ねてきたが、無事だとわかるとさっさと帰っていった。
きっとそのうちクビになるだろう。
「もうなるようになれだ。」
そんなことを言いながらベッドを抜け出し、無くなった食材や生活用品の買い物の為身支度を整える。
部屋の鍵を閉め、歩いて駅前のスーパーまで向かう。
平日の昼間に出歩くことにも慣れ、何を買おうかと悩みながら歩いていると通りの向こうに見覚えのある人物を見つける。
「美希!?」
思わず声が出てしまった。
僕の声が聞こえたのか、まずいっ!という顔をした美希が走って逃げる。
「!待てって!」
慌てて追いかけるが、普段から職場に行く以外出掛けることもなく、しかもここ最近は引きこもっていて特に運動不足だ。
しばらく走っているとすぐに息が上がる。
膝に両手を付き、肩を揺らす。
だか連絡の取れなかった相手にやっと会えたんだと自分に鞭を打ち、再度追いかけるため顔を上げると、美希は立ち止まりこちらを向いて驚いている。
「…は?」
一瞬意味が分からず固まる僕。
しかしすぐに理解する。
左から何か堅い物がぶつかってきたからだ。
「ガッ!?」
ぶつかってきた物の勢いそのままに吹き飛ばされ、建物に叩きつけられる。
(痛い痛い痛い痛い!!息が出来ない苦しい!!)
痛みに顔を歪めながらも、自分に何が起こったのか目視で確認する。
トラックに跳ねられたらしい。
運転手は意識がないのか前を見ていない。
しかもまだ終わりではなくそのトラックが迫ってきている。
「アハハーー!!ーーーー!!」
美希が笑いながら何か叫んでいるが、耳もやられたみたいで何も聞こえない。
僕は目前に迫ったトラックを見ながらそのまま意識を失った。
書いてみましたまる
お楽しみいただければ幸いです。
12月12日
※トラックに跳ねられた割にアッサリしすぎてたので、翔が苦しむ描写を追加しました。
※美希がそんなに悪い女になってなかったので最後笑わせました←