第五話 武器の要らない平和な世界
物語が飛び飛びになっているのは寝起きだから勘弁してください。
「今日のニュースは……、ふむ、帝国と和平条約締結で本格的な終戦状態に突入か……。賠償金すげーな」
何気ない日常。それは新聞を読みながら代用品でないコーヒーを飲めることにある。しかもこのコーヒーは砂糖モリモリという何とも豪華な代物であった。最近はこうした高級品の流通も制限を解かれ始め、世の中が平和になり始めたのだと実感できた。
しかし、そんな俺の平穏を乱すものが部屋に現れた。
「コウタ! コウタコウタ!」
リビングの扉を乱暴に開け放つ生意気なロリっ子の存在である。こちらは静かに新聞を読みふけり世の中の見解を広めている最中だというのに何とも迷惑なやつである。
「なんだ。俺は忙しい……って、なぜ真っ裸!?」
「コウタ! ヒリヒリする! 肌がすごくヒリヒリする!」
「ああ……それは日焼けだな。水着の跡がくっきりとついてるもんな」
「日焼け止めは塗ったぞ!?」
「一回だけじゃなあ……、定期的に塗り直ししないと」
涙目でリビングに入ってきたロリっ子は全身から水が滴れていた。おそらくシャワーを浴びた時に日焼けが沁みたのだろう。今まで袖の長い軍服ばかりだったためこのような経験がなく、戸惑っているようだった。
しかしそこは自業自得である。俺は何度も日焼け止めを塗り直せと言ったにもかかわらずミシェルはそれをしようとしなかったのである。
「それで、お前は俺に何をしてほしいんだ?」
「このヒリヒリをどうにかすることを要求する!」
「クリームでもメイドさんに塗ってもらうんだな」
俺はメイドさんに問題を丸投げした。またあの日焼け止めの時みたいに俺が塗ることになったら今度こそメイドさんに通報されかねないからだ。俺は改めて新聞に視線を落とした。
しかし、俺に無視されたことに腹が立ったのかミシェルは予想外の行動をとってきた。
「ねえ……ヒリヒリするんだけど……」
ミシェルの細腕が俺の首に絡みついてくる。その腕は見事に日焼けしていた。俺は内心ドキドキするのを隠しながら平常心であることをミシェルにアピールすべく無視する。
「……メイドさん今留守なの。だからいいでしょ?」
「……帰ってきたらやってもらいな」
耳元でささやかれて俺は背筋がむず痒くなった。しかし俺はロリコンではないのでこんな誘惑には屈しない。男児で屈することなどあり得ない。
「お前は、どうしてこうもスキンシップが好きなんだ?」
「コウタは嫌いか?」
正直嫌いではない。むしろ好きなまである。しかし、それを言っていってしまうと後々様々な方面に遺恨を残しそうなのでだんまりを貫くことにした。
「……」
「好きなんだろ? このロリコン」
「違う。俺はノーマル、ノーマルなんだ……」
最近自信がなくなってきている自分がいる。自分がもしかして真正のロリコンではないのかと日に日に思う日が増え、正直気が気でないというのが最近の俺の内心と言ったところである。
「とにかく、体拭いてこい。そしたら塗ってやるから」
仕方ないので折れてやることにした。
~~
最近のミシェルの過激な目に余る行動、そして自分自身の心境の変化などに最近振り回されているような気がした。そのため町を散歩しながら自分探しをすることにした。人は思考するときに歩くなどしていると考えがまとまりやすいからという話を聞いたからである。要は一人になりたいのである。
町は来た時と変わらず活気に満ちており、きらびやかなドレスを着た人やらタキシードに身を包んだ人やらがひしめき合っている。普段着で歩いている俺はその空気の中で若干浮いている印象を受けた。しかしこの空気に溶け込むことのできる服を持ち合わせていないのでどうしようもない。元々おしゃれに興味もないので気にもする気はない。
と、そこで俺はふと思い出す。そう言えばミシェルも普段着と軍服しか持っておらず、かつあの子はおしゃれに意外と気を使う女の子であるということを。
前回の海でも軍隊で使われていた水着しかなかったのでスクール水着になったくらい、俺達の手持ちは少ないのだ。
折角戦いも終わりお互い一般人に戻ったのである。少しくらいおしゃれになってもいいかもしれないと思い立ったのだ。
俺はそう思いたつとすぐに視界に入った服屋に足を運んだ。
「いらっしゃいませ~。どのようなものをお探しですか?」
~~
屋敷に帰ってきた俺は両手に二つの紙袋を持っていた。一つは自分用の服、上下三着で一万フランほどの値段である。そしてもう一つがミシェル用、一着五万フランのバカ高い服である。その他にアクセサリーや小物なども店員に買わされた。見事に口車に乗せられたのである。
「……自分探しに出たのになんで俺はショッピングを楽しんでいるんだ?」
我ながら謎の行動である。昔から脈のない突然な行動が多いと死んだ仲間に言われることがあったが、まさにそれが発揮された形となってしまった。久しぶりの買い物にテンションが上がっていたというのもある。ショッピングなんてここ数年やっていいないからだ。
「メイドさん。いるか?」
「……はい。どうされました?」
俺は屋敷に入るとすぐにメイドさんを呼び、紙袋を手渡した。
「これをあいつに着付けてやってくれ」
「……これは……、お高いものですよね?」
「ああ、すげー高い。でもそれくらいはいいさ。支払いは軍が持ってくれるし。俺は部屋に戻るからなんかあったら呼んでくれ」
俺はそれだけ言って立ち去ろうとした。しかし、メイドさんは俺を引き留めずっしりと重い紙に包まれた荷物を手渡してきた。
「あなた宛てに荷物です。やけに重いものが入っているようですが……」
「なんだこれ? 軍から送られてきたのか」
俺はそれを受け取ると部屋にまっすぐ向かった。そして部屋に入るとすぐに包みを破いて中の物を取り出した。
中身は拳銃であった。
「……ん? 手紙が」
俺は不機嫌な表情で拳銃を眺めた後、手紙が同封されていることに気が付いた。それを手に取り、読んだ。
そしてすぐにそれを破り拳銃と共にゴミ箱に突っ込んだ。
「余計なお世話だ……」
手紙にはこう書いてあった。
『ミシェルリコットが再び能力を開花した場合の自衛手段として、これを贈らせてもらう』
ひどく気分を害される内容だった。軍部は未だにミシェルが危険だと思い込んでいることに腹が立った。彼らにとってはまだ彼女は化け物であり、人類の敵側だと言いたいのだろう。
コンコンとドアがノックされ俺はハッとなった。不機嫌そうな表情を叩いていつもの調子の表情に戻る。なぜならこのドアの向こうに何がいるのか俺にはわかるからである。あの包みが送られてこなければ俺は終始この部屋でにやけていただろう。
なぜなら、俺のプレゼントした服やアクセサリーをつけた人物が後々ここを訪ねることが分かっていたからである。俺は服を買ったときからこの展開を予想し、ひそかに期待していたのである。
「入ります。ご主人様」
メイドさんは見事ににやけていた。この人は可愛いものがかなり好きみたいで、そんな彼女がこんなだらしない表情をしているのだ。嫌でも予想が付く。待った甲斐があったと俺は期待に胸を膨らませる。
「どうだ?」
「ご主人様、あなたはロリコンの変態ですが、とても良いセンスをお持ちの様です。一生ついていきます」
メイドさんはいつになく上機嫌に陰に隠れる小さい影をドアの前に立たせた。
……俺も思わず口角が上がった。嬉しさのあるがこの笑みは猫なんかがすり寄って来た時に思わず笑ってしまうような感覚だろう。人間は面白以外にも可愛いものを見ると思わず笑いたくなるのだ。
天使がいるのである。普段は全裸でも眉一つ動かさない奴が、この時ばかりは羞恥で耳まで真っ赤にして唇を震わせているのだ。体の前でもじもじと指を組み、上目遣いでじっと俺を見つめていた。
その姿に思わず笑い声が上がりそうになる。
「ふふ……、可愛いじゃないか!」
「ば、ばばば、バカにしてるのか!?」
フリルのついたワンピースに首飾りと髪留め、そして子供用の口紅。総額で十万フラン。服だけでも五万フラン。本来であればもう二度と買うものかというところだが俺はまたあの店に足を運ぼうと心に決めた。
先ほどまでのもやもやとした気持ちはもう晴れていた。
こんな姿を見ているとこの女の子に銃口を向ける瞬間が思い浮かばなかった。やはりあの拳銃は粗大ごみに捨てるべきだなと思いつつ、俺は目の前の天使のほっぺをメイドさんとひたすら突きまくった。
……その後、羞恥を覚えたのか悩みの種だったミシェルの過激な行動は少しだけ沈静化を見せることなった。
そろそろ学校始まるな。